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第四十八話 いい子の基準がeasy

「悪いウサギだね」


 月曜日の放課後、週末の事を俺から聞いた理人は、そう感想を述べた。


「先輩がウサギの頭を取ろうとして大変だったって言うから、バイオレンスな産業祭だったんだな〜って思ってたら、そういう事。面白い人だね。甲斐くんと先輩の邪魔してくれるなら大歓迎だよ」


 お前は本当にブレないな。


「でも、着ぐるみ越しならノーカウントじゃん」


 理人の言葉を叩き落とすようなタイミングで、机に乱暴に鞄が置かれる。


「おい、犬。お前、いい子にしてた?」


 これから弱い者いじめをしようとする不良のように登場した先輩が、理人にそう聞いた。瞳に苛立ちが揺らめいている。


 人間として怖れられるか、犬として可愛がられるか、ついに決断の時が……?


「俺、先輩のワンちゃんじゃないよ? どっちかというと、先輩を俺のワンちゃんにしたいな」


 そう言って、理人が先輩に微笑む。


 人間として怖れられて生きることを選んだか。


「なら、よしよしする事もできないな」


 先輩の反撃に、理人と俺が反応する。


「よしよし?」

「いい子にしてたら、よしよししてやるのに」

「……」


 理人が判断を迷っている顔で、先輩を見つめている。


 人間としての尊厳と、先輩からのよしよしを天秤にかけている顔だ。


「甲斐くん、俺、いい子にしてたよね?」


 人間としての尊厳を保ちつつ、先輩からのよしよしを頂く算段だな?


「文都を困らせたり、誰かを脅したり殴ったりしてないな?」

「し、してないよ?」


 語尾に、|(今のところは)が付きそう。

 いい子の基準がeasy過ぎませんか先輩。


 先輩は、

「よしよし」と言って理人の頭を撫でた。


 え!? 先輩? 理人が羨ましいです!


「ふふ」


 勝ち誇ったように、理人の目が、俺は犬にならずとも、よしよしを頂きましたと言っている。


「お手」


 先輩が、そう言って理人に向かって手の平を差し出した。


「……」


 やっぱり犬じゃねーか。


 理人が、差し出された先輩の手を握って頬に当て、

「先輩? 俺、いじめられるより、いじめる方が好きだよ。ワンちゃんごっこするなら飼い主の方がいいな」と言う。


 反撃に出た。


「文化祭の時に気づいたんだけど、昔飼ってた犬に似てるんだよ、お前。真っ黒でデカくて、俺のこと舐めてきて可愛かったな」

「……」


 犬になれば、先輩を舐めても許されるかもとか思ってないだろうな。


「何してても引っ付いてきて、寝る時も、床に自分のベッドがあるのに、俺の布団に潜り込んでくるから一緒に寝てたっけ」

「……」


 犬になれば、先輩と同じベッドで寝れるとか思ってないだろうな?


 理人が、頬に当てていた先輩の手を、小さくて壊れやすいものを大切に扱うみたいに、愛しそうに胸に抱いた。


「仕方ないな。先輩のワンちゃんになってあげるよ。俺に、何をしてほしいの? 何でも言って。俺、頑張るから。頑張って、先輩の為に何でもするから。だから、俺のこと、好きになってほしいな」


 降参したように、今まで望んできた事と正反対の要求を受け入れた理人に、先輩の為に変わろうとする意思が見える。


「ウサギを、こいつに近づけるな」


 先輩が、犬としての自覚が目覚めつつある理人に、命令を下す。


「先輩、前にも言いましたが、あれは、ただ偶然に着ぐるみ同士がぶつかっただけで……」


 先輩の鋭い視線が、俺を刺す。


 うっ。


「偶然じゃない。あのウサギ、俺を見下した目をしてた」


 それは間違いなく気のせいです。


「俺は、今日バイトで一緒にいれないから。あのウサギ、顔も名前も分からない奴なんだろ?」


 先輩……黙っていてすみません。どうしても希惟さんの秘書室長とお伝えするのは気が引けて……。


「大体、何で怒らないんだ。俺がやられてたら、ぶん殴ってたぞ」


 先輩がキスされたなら、むしろ俺がぶん殴りますよ。


「悪いウサギを近づけなければいいんだね?」


 俺の主張は無かったものとされ、話が進んでいく。


 理人は、悪魔が取引をするみたいに、

「必ず約束は守るよ。その代わり、またご褒美が欲しいな」と言った。




「また会ってしまったと思っている、違いますか?」


 玄関先で鬼ちゃんさんが、俺と、先輩の命令に従ってついて来た理人を迎える。


「あれが悪いウサギ?」


 理人の質問に頷きで答える。


「社長の代わりに、甲斐公都さんの快気祝いをお持ちしましたが、お留守でしたので引き返そうとしていた所でした。こちらは、甲斐公都さんが食べてみたいと仰っていた、秒で売り切れると話題のビスキュイサンドです」

「あ……ご丁寧にどうも」


 鬼ちゃんさんが、理人を見て、

「知らない子がいますね」と言った。


「知らなくていいんだよ、悪いウサギさん。どうせ今日で会うのが最後になるんだから」


 理人が、微笑みながら殺気を放つ。


 鬼ちゃんさんは、感情を感じられない顔で、

「なるほど、番犬ということですか。頼もしいですね」と言った。


 何だろう、この二人。似たような性質を感じるような……。


「イタタタタ」


 突然、鬼ちゃんさんがお腹を抑えて苦しみ出す。


「え!? 大丈夫ですか!?」

「急に腹痛が。大変申し訳ないのですが、家で休ませていただけないでしょうか?」

「あ、はい。もちろん」

「甲斐くん!?」


 理人が、俺の正気を疑う顔になる。


「おかしいよ。絶対仮病だよ。家に上がりこむ手口だよ。こんな雑な芝居に騙される奴、この世にいないよ」

「え? こんなに痛がってるのに?」

「イタタタタ」

「……」


 鬼ちゃんさんに肩を貸して、家の中へ案内する。理人が後に続き、玄関のドアが閉まると、鬼ちゃんさんが俺の耳元で、

「実をいうと」と言った。


「快気祝いは半分口実です。君に会いに来ました」


 レンズ越しに、鬼ちゃんさんの琥珀色の瞳が、俺の視線を捕らえる。


 うわ、本当にきれいな顔してるな。


「着ぐるみ越しならノーカウントだと思っている、違いますか?」

「え?」


 ゆっくりと、鬼ちゃんさんの顔が、俺に近づいた。

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