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第四十七話 かわいいかわいい

「先輩、今度の土曜日はバイトがあるので、昼間は電話に出れないかと思います」


 放課後、学校を出た所で、俺の腕を組んで歩く先輩に声をかける。


「え? バイト?」

「はい。丁度探していた時に、知り合いの方から声をかけていただいて」

「何か欲しいものでもあるの?」

「いえ、先輩と出かける時の為にお金を貯めたくて」

「……」


 なぜか先輩が俺の肩に顔を擦り寄せる。

 わー、かわいい。


「バイト、何するの?」

「犬になります」


 先輩が目をパチクリさせる。


「犬?」

「はい、犬です」




 爽やかな青空の下、秋色に衣替えした芝生の広場に、テントが並ぶ。約50店舗の飲食店や子供向けの体験ブース、ステージでは地域のダンススタジオや、高校生のチアダンス部、吹奏楽部などが会場を盛り上げている。


「いい天気でよかったですね」


 俺の隣で、吸い込まれそうな真っ黒な瞳のウサギが微笑み、そう言った。


「そうですね」


 俺は今、産業祭で犬の着ぐるみを着て、子供達に風船を配るバイトをしている。


「まさか、こんなに早く再会するとは……と思っている、違いますか?」

「あの、鬼ちゃんさんですよね? どうしてここに?」


 秘書室長ですよね? 何でウサギの着ぐるみ着て、俺と一緒に風船配ってるの?


「社長からの命令で、甲斐公都さんに関する情報を調べています。その一環で、君のことも調べています」


 なぜ。


「なぜと思っている、違いますか? 人間模様はその人を映す鏡だからです。その人そのものを見るよりも、時にその人を知る事ができることもある」

「へぇ」


 深いな。


「あと、人の色恋は見ていて面白いので」


 やっぱり変な人だ。


「この間、先輩は俺のことを……って言いかけてましたけど、続き教えてくれませんか?」


 どっこいしょと言って、その場にしゃがみ込んだウサギが、俺を見上げる。


 おい、ヤンキー座りするな。凄まれてるように見えるんだけど。


「いいでしょう。その代わり、先に質問に答えて頂きたい」

「あ、はい」

「君は、マゾヒストですか?」

「違うわ。真昼間から何聞いてるんだよ、ウサギの格好で」


 つい荒っぽい口調に。


「個人差はありますが、血を吸うという行為には痛みや危険が伴います。なぜ、君は亜蘭くんに血をあげるのですか?」

「好きな人が喜んでくれる他に、理由なんてありますか?」

「……なるほど……興味深い」


 この人、何歳なんだろう。見た目若いのに話し方とか仕草が年寄りみたいだよな……。


「では、約束通り、お教えしましょう。俺が思うに、亜蘭くんは君のことを……」


 俺のことを?


「全く恋愛対象として見ていない」


 な……い、言い切った……。


「全く……?」

「はい、1 パーミルも可能性はない」


 パーミルって、どれくらいの単位?


「それはなぜ……」


 ウサギの真っ黒な眼差しが俺を貫く。


「君は、痛みを伴う恋が報われると思いますか?」


 痛みを伴う恋。


「君が逆の立場だったら、好きな人を傷付けたいと思いますか?」




 小春日和の会場に、子供たちの元気な笑い声が響く。


「そんなに落ち込まないでください。2022年11月現在、世界人口は推定80億人。亜蘭くんに限らずとも、色恋が起きる可能性は無限大です」

「違います。俺は今、子供に好かれないことに落ち込んでいるんです」


 鬼ちゃんさん扮するウサギに、ニコニコの笑顔で近づいた小さな子供が、俺を見て怖がり逃げていく。


「着ぐるみ着てれば、子供達に無条件に喜んでもらえると思っていたら、そうでもないんですね。小学生にボディーブロー何回も食らってるし、さっきは赤ちゃんに泣かれちゃいました」

「それは身長のせいかもしれないですね」


 え?


「私の身長168㎝に対し、君の身長は181㎝。お子さんからすると、大きいワンちゃんに見下ろされているようで怖いのでしょう」


 口に手を当てて俯く。


 ていうか身長まで知ってるのかよ。俺より俺に詳しいじゃん。


「落ち込まないでください、ほら君を探している子もいますよ」


 ウサギが、人が行き交う場所を指差した。

 俺の視界が、突然光が差したように明るくなる。


「先輩!」


 少し離れた所で、先輩が俺の声に気づいて振り向いた。


「文都?」


 重い頭を支えながら先輩の所に走る。


「はぁっはぁっ! 来てくれたんですね」


 着ぐるみで走るのキツい……息上がる。


「この犬ゼーゼー言ってるー!」


 先輩の目の前で、肩で息をしていた俺の腹に、小学生が右ストレートを決める。


「うっ」


 うう……俺は嫌われ者の犬……。


 先輩が、小学生の前に向き合って、腰を落とした。


「俺の犬をいじめないで」


 先輩の顔面偏差値に、面食らった小学生が硬直する。


「俺のかわいいかわいい、大事な犬なんだ」


 顔を真っ赤に染める小学生とシンクロするように、俺の顔も熱くなる。


「ほら」


 俺の手から取った風船を、先輩から受け取ると、小学生は恥じらいながらお礼を言って、去っていった。


「ふっ……。お前、存在感ありすぎ」

「あはは……」


 ダボっとしたサイズのふわふわニットを着た先輩の首元に、日光が当たっている。

 俺は、先輩に影ができるように、腕を上げて先輩の上に屋根を作った。


 今日は日差しが強いから。


「暑くないですか?」

「……」


 先輩が俺をギュッと抱きしめる。


「先輩?」

「ふふっかわいい」

「……」


 かっかわいいのは先輩です。


 先輩が、

「痛くなかった?」と言って俺のお腹を撫でる。


 心が痛かったけど、先輩が撫でてくれたから治りました。


「様子見に来ただけだから、すぐ帰る」

「えっ……。あ、今日、結構日差し強いですもんね……」

「ガッカリするなよ。電話するから」


 先輩、俺の為だけに来てくれたんですね。泣きそう。


「本当は子供だけなんですけど、もらってください」


 先輩に風船を渡す。


「いいの?」

「はい」


 どうせ、俺の手から受け取る勇気ある子供もいないですし。


 先輩が、とろけそうなほど甘い笑顔を俺に向けた。


「うれしい」


 沢山の誰かが俺の風船を受け取ってくれなくても、たった一人、先輩が受け取って笑ってくれれば、俺はそれだけで幸せです。


 先輩が、俺を好きになってくれる可能性が全くなくても、俺は変わらずに、ずっと先輩を好きだと思います。


「やっぱり、君は興味深い」


 俺と先輩の間に立つようにウサギが現れる。


「わ……ウサギ?」


 ウサギの顔が、ゆっくりと俺に近づいて、先輩の驚いた顔が見えなくなる。そのまま、ウサギの顔が、犬の俺の顔に接触した。


 近くで、子供の大きな声が響く。


「ウサギが犬にチューしてるー!」


 は……?


 先輩が地を這うような声で、

「あ゛? 誰だお前」と言う。


 その姿勢のまま、鬼ちゃんさんは、俺だけに聞こえる小さな声で、

「君の色恋に科学変化を起こしてみたくなりました」と言った。

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