第四十六話 loveの方でモテモテ
先輩と別れ、兄と帰路に着く。
結局、デカ盛りには打ち勝てなかった……。
不甲斐ない気持ちで、パック詰めチャーハンの入ったビニール袋をぶらぶらさせながら歩く。
先輩を俺の欲求不満の解消に付き合わせてしまった。後で何かお礼をしないと。夏休みに沢山お金使っちゃったし、俺もバイトしようかな……。
「あれ? あの車……」
家の前に駐まる高級車を見て、兄が顔をしかめる。
「本当に来た……」
ちょうど車から降りた希惟さんが、俺たちに気づき、玄関先で合流した。
遅れて運転席から降りてきた男が、車の前に立つ。
センターで分けられた、頬のあたりまである前髪がサラリと揺れる。暗めのグレージュカラーの髪に、琥珀色の瞳。細いフレームの丸メガネの下に、目尻の泣きぼくろが見える。
きれいな顔だな。
密度の濃いまつ毛が印象的な瞳が、横目で俺を捉えた。
「秘書室長の鬼ケ原伊織です。鬼ちゃんでいいですよ。甲斐文都さん」
「な、なぜ俺の名前を……」
「社長命令で、甲斐公都さんに関する情報を調べましたから。文都さんのことも存じ上げております。社長の弟さん、亜蘭くんに特別な思いを抱いている、違いますか?」
「……」
希惟さん?
変な人がここにいます。
「沈黙は肯定と捉えておきます。俺が思うに、亜蘭くんは君のことを……」
俺のことを?
希惟さんは、落ち着かない様子で兄の手を掴み、
「怪我は大丈夫ですか?」と聞いた。
「もうとっくに治ってるよ。しかし突然だな。来るなら前もって連絡しろよ」
「仕事の合間に時間ができたので。急に押しかけてしまい、すみません。」
あれ? 希惟さんらしくないな。
「社長、会食の時間まで、あと30分です」
あ、この人本当に秘書室長なんだ。
「お前心配しすぎ。あんまり気にするなって、誰だってやらかす事はあるんだから。俺は怒ってないし、安心しろ。もう終わりな、この件は」
兄がそう言うのを聞いて、希惟さんが真剣な顔つきになる。
「……あの、それは、私のことを受け入れてくれると期待してもいいという事でしょうか?」
「……おい? 手をぎゅっと握るな。とりあえず離せ」
「あ……すみません」
希惟さんが兄の手を離し、距離を取る。
俺の隣で、鬼ちゃんさんが、
「人の色恋は見ていて面白いですね」と言う。
色恋?
ところで、俺もう先に家入ってていいかな?
「受け入れるって、どういう意味? まさか、噛みたいとかそういう、お前の性癖のこと言ってるならお断りだからな?」
兄貴……ひどい顔だな……。軽蔑と拒絶が全面に出ちゃってるぞ?
「性癖……? あれは……!」
顔を赤く染めた希惟さんが、ハッと何かに気づいた顔をする。
「……公都さん、もしかして私を普通の人間だと思っていますか?」
「……何か、久しぶりにムカついてきたな。お前のこと……」
また勘違いしてる。
「おい、金持ちだからって庶民を傷物にしていいわけないだろ! お前に常識はないのか!?」
「そ、そういう意味ではなくて……」
俺の隣で、鬼ちゃんさんが真顔で拍手を送る。
この人どっちの味方なの? 希惟さんが不憫に思えてきたんだけど……。
「二度と、そういう事はしません。前にも言いましたが、私は今までそういった衝動に走ることは全くなかったですし」
「当たり前じゃない?」
「ですから、あの……」
「何だよ、まだ何かあんの?」
「私と、お付き合いしていただけませんか?」
「…………は?」
希惟さん……?
俺の隣で、鬼ちゃんさんが、
「いよっ社長!」と場違いな合いの手を送る。
「……な、何に?」
「私の恋人になってください」
「……」
え……? 相手、間違ってませんか?
「あ、あはは。あははは……。面白いな、お前の冗談……」
希惟さんが、顔を逸らす兄の腕を掴み、体を引き寄せる。
「冗談だと思いますか?」
ひえええ……か、顔がいい……相手が兄なのが滑稽だけど。
「な……いや、無理」
頬を染めた兄が、冷たく拒否する。
「私の何が不満ですか?」
「え……」
欠点を見つけられない兄が、只々焦っている。
「私なら、望むものを何でも差し上げられます。何一つ不自由のない人生を保証します」
さすが自分のセールスポイント分かってるな。
「……不自由のない人生……」
揺らいでるし。
兄が、希惟さんの腕を払って体を離す。
「いやいやいや。俺、お前のこと、そんな風に思ったことないし」
「なら、これから意識させてみせます」
「な……やけに食い下がるじゃん。あ、もしかして噛んだ事、深く考えすぎてる? 責任取るとか言ってたけど、あれ、まさか本気? だから気にするなって……噛まれてビックリしたのは確かだけど、どっちかというとお前の寝言に驚いて……」
「寝言?」
「俺の血が欲しいとか言ってたから」
「……」
希惟さんは憂いを帯びた顔で、
「亜蘭に厳しく言っておきながら、自分も同じ事を思うなんて……」と言った。
まるで、先輩が兄を好きだと知っていたような口ぶりと、溺愛する弟と同じ人を好きになってしまった葛藤を表すような切ない顔……!
希惟さんは、兄を抱きしめると、
「残念ですが、仕事に戻らないと」と言った。
「社長、出発のお時間です」
鬼ちゃんさん、ちゃんと仕事するなぁ。
「はな、離してくれませんかね……?」
「また、口説きにきます。何度でも」
「それ、俺がずっと拒否したらどうすんの?お前おじいちゃんになっちゃうよ?」
「私を好きにならない訳がない」
「……」
す……すごい自信だ……。
茫然と立ち尽くす兄を残し、希惟さんは車に乗った。
鬼ちゃんさんが、感情の読めない顔で、
「では、今度会った時には恋バナでもしましょう」と俺に言って車に乗る。
何だったんだ、あの人……。
去っていく車を見送り、さっき言われたことが気になり始める。
「俺が思うに、亜蘭くんは君のことを……」
先輩は俺のことを……?
「文都、俺はどこで間違えたの?」
「……俺は、希惟さんと兄貴、お似合いだと思うよ」
「他人事だと思いやがって……」
お前、先輩と希惟さんから好かれて、吸血鬼からloveの方でモテモテじゃん。
「希惟さんのこと、好きって言ってただろ」
「亜蘭くんのお兄様としてね!」
先輩、希惟さんが兄に告白した事、知ったらどう思うのかな? お互い、兄がライバルになっちゃいましたね……。
「希惟さんと付き合うの?」
正直そうなってくれたら、俺にとっては、ありがたい。
「はぁ!?」
「逆玉の輿に乗りたいって言ってたじゃん。おめでとう」
兄は、眉間に皺を寄せて、
「勝手にお祝いすんな。絶対無理。俺のタイプじゃないし」と言った。
「じゃあ、どういう人がいいの?」
「え〜……かわいくて、放っておけなくて、守ってあげたくなっちゃうような……」
ん? 俺の好きなタイプと同じなんだけど。
「あと、一緒にいると癒されるのに、時々ドキドキさせられて……」
「……大人しく希惟さんと付き合え」
「あはは。お前、結構、俺のこと警戒してるよな?」
まだ冗談が言えるようで良かったよ。冗談? 冗談だよな? そういえば、俺と先輩が付き合ってると思ってる割には、邪魔したがるような。
疲れた様子の兄を横目で見る。
お前、もしかして先輩のこと、本気で好きなの?




