第四十四話 会いに行きます
その日の夜。
「これは一体……」
宅配便で届けられた、老舗果物専門店の旬の果物たちが、一つ一つ大切に化粧箱に並び、よそ行きの顔をしている。
兄が、呆れた顔で、
「希惟から」と言った。
「まさか、噛んだ件のお詫び? あの次の日、謝罪の品持って、希惟さん直接うちに来たよね?」
「あれは謝罪の品で、これはお見舞いの品なんだって。そのうち、快気祝いまで持ってきそうだな」
兄は、そう言って、添えられていた手紙を俺に見せた。
「経過はいかがですか? 一日も早く回復されることを心から祈っています。側におれず、手紙でのお見舞いとなりお許しください。近いうちに、具合を見に会いに行きます」
心こもりすぎてて怖いな。
「あいつ、寝相のこと会社にバラされないか心配してんのかな?」
「さ、さあ……」
そういえば、先輩も初めて俺の血を吸った後、鉄分ドリンク持って謝りに来てくれてたっけ。初めて血を吸う相手に対する、マナーとかがあるのかな? 希惟さんの場合は未遂だけど。
「恐怖体験すぎて、俺としては無かったことにして欲しいんだけど……」
兄の話を遮るように、俺のスマホが着信を告げた。先輩からの連絡に、胸を弾ませて電話を受ける。
「はい、先輩」
「今、何してる?」
いつもの安否確認ですね? いいんです、俺は先輩の声が聞ければそれだけで。
「今、希惟さんから兄宛てに届いたフルーツを見てました」
「え? ああ……」
「ここまでしなくても大丈夫なのに」
「そんな事ないと思う」
ん?
め、めずらしいな。先輩が希惟さんを肯定するなんて。
「あ……もしかして先輩、希惟さんが兄を噛んだこと、怒ってますか?」
だって先輩は、兄のことが好き……なんですよね?
「いや、むしろ俺にとっては良かった」
え……? どういうこと? 好きな人の血、吸われてもいいの?
「兄は、お前の血を欲しがっていると思っていたから」
「え!?」
フルーティーだけど甘ったるくなくて爽やかな味がするから?
「お前も、吸われてみたいって言ってたし……」
「……」
俺が? 希惟さんに? 何で? いつ?
ちょ……俺、そんな変態的思考、持ち合わせてないですけど……。
「信じてやるって言ったから、信じてるけど、お前ってちょっと気が多いよな」
気が多いってどういう意味でしたっけ……多趣味ってことですか? そうでもないですけど。
「お前も、フルーツが良かった?」
ん? 何の話だろう。
「俺、あの時は居ても立っても居られなくて、よく考えずに、お前の家行っちゃったから……」
「あ、もしかして動物園の後のことですか? あの時は俺も混乱してて、先輩を遠ざけてしまって、すみませんでした」
本当、あの時の俺を殺してやりたい。
「俺は、先輩が来てくれて嬉しかったです。他には何もいらないです」
「……」
な、なんか、妙な沈黙が訪れたぞ?
き、気まずい。先輩とこんなに長く電話で話すの久しぶりだし。
「そ、そういえば先輩、すごいですね。あの理人を手懐けるなんて」
あの、すぐに噛み付く狂犬を。
「ああ……前は、何考えてるか分からなくて、気味が悪かったけど」
やっぱり得体が知れない感じが怖かったんですね……。
「文化祭の時のあいつを見てたら、昔飼ってた犬のこと思い出して。デカくて、尻尾振りながら近づいてくる所が似てるなって思ったら、少しだけ可愛く思えてきた」
犬。
理人、お前、人間として怖れられるか、犬として可愛がられるか選ぶ時が来てるぞ?
「先輩、もしかして犬好きですか?」
「うん。お前みたいな甘えん坊の大型犬が好き」
「……」
はっ……違う。これは俺が好きって話じゃない。危ない危ない、また心臓止まる所だった。好きって言葉に敏感になりすぎてるな……。
「週末、暇ある?」
「はい、もちろん」
先輩からのお誘いは最優先です。
「じゃあ、土曜日、空けといて」
「何かありますか?」
何だろう、ボランティア活動とか? 町内会の廃品回収のお手伝いかな?
「お前の欲求不満の解消」
電話を持ったまま、放心状態になる俺に、兄が声をかける。
「どうしたの?」
「先輩が、俺の欲求不満の解消に付き合ってくれるって……」
「亜蘭くんが、体を張って……?」
兄が、手に持っていたフルーツを落としそうになり、慌てて掴む。
「俺で解消してって?」
「やめろ! 真っ赤な顔で先輩の想像をするな!」
「お前だって真っ赤じゃん! た、確かに舐めたり吸ったりしたって言ってたけど、それ以上は絶対だめ! お兄さんが許さない!」
「な……は!?」
それは血の話だから!
それにお前、どっちの兄だよ。
兄が、俺からスマホを奪い、先輩に話しかける。
「亜蘭くん? そこまでこいつの面倒見る必要ないか、ら……え?」
動きを止める兄。
「な、何を言われた?」
「よかったら、お兄さんも一緒にって……」
「は?」
兄からスマホを奪い返し、スピーカーに切り替える。
先輩が慎ましい声で、
「俺、初めてで自信ないから」と言った。
「お兄さんにいてほしいです」
い、いやいやいや。
吸血鬼の感覚どうなってるの? それとも本当は兄を誘っていて、俺は口実ですか?
「俺、ガツガツいっちゃいそうで……。初めは、ゆっくりの方がいいんですよね? お兄さんは経験ありそうだから、教えて欲しいです」
「え……亜蘭くん? それ、大丈夫……? 亜蘭くんが壊れちゃわない?」
「あ……はい……。でも、もう予約してあって、三人までOKなので。文都とお兄さんを満足させられるか分からないけど……。あ、もし上手くいかなかったら」
上手くいかなかったら?
「お持ち帰りもできます」




