第四十三話 圧倒的敗北
「毒を持つ哺乳類、ブラリナトガリネズミは、唾液の毒を用いて獲物を麻痺させて捕獲する習性があるらしいよ」
中間テストが終わり、秋も深まるこの頃。
昼休みの時間になると、理人は、俺と机を挟んで向かい合って座り、そう言った。
「つまり、何が言いたいの?」
理人が、パンの袋を破る。
「先輩と何かいいことがあったとしても、あくまでも、それは捕食の為の行為であって、自惚れるなよと言いたい」
捕食。
「先輩をネズミに例えるな」
「ネズミじゃない、トガリネズミ。猫だって仕留めた獲物を弄ぶ習性があるじゃん?甲斐くん、そういうことだよ」
獲物。
「つまり、俺は弄ばれていると?」
「もしくは、長期的に捕食する為に麻痺させられている」
「……どうして突然、そんな話を?」
「甲斐くん、最近、うわの空かと思えば、急にニヤけた顔になるし、先輩と何かあったのバレバレなんだよね」
沸騰したお湯のように顔が熱くなる。
理人が、肩を落とすフリをして、
「ショックで俺泣きそう」と言った。
全く泣きそうにない顔ですけど。
「食欲の延長っていう、お前の言い分は分かったけど、先輩がどう思っているかは分からないから」
「ふぅ〜ん?」
なぜか、それを聞くと理人は嬉しそうに笑った。
「何?」
「先輩がどう思っているかは分からないんだ?」
自ら墓穴を掘った事に気づく。
「そ、それは……」
確かに、俺は先輩に好きだと伝えたけど、先輩は……。い、いや、今まで先輩に何回もドキドキさせられてきたんだから、一回くらいどこかで聞いているはず……。
今までの事を思い返してみる。
「お前の血が欲しい」
「俺のこと受け入れて」
「お前になら守られてやってもいい」
「俺に、血を吸っていいって言ったくせに」
「俺のことだけ見てろ」
言われてないな! 一回も! すごい! 清々しいまでに言われてない!
そ、それに比べて、兄は……。
「さすが文都のお兄さん、神」
「はい。好きです」
「……誘惑させてください」
「俺、魅力ないですか?」
「俺は好きです」
すごい! 圧倒的敗北!
でも先輩、俺にキスしてくれましたよね? そういうのって、好きだからするんじゃないんですか? それも吸血鬼的には食欲の延長なんですか……?
「俺だって、血が欲しいってよく言われる」
悲しすぎる強がり。
「ふふ、甲斐くん。さらに俺には切り札がある」
「え? 何その嫌な感じ」
理人の頬にかかる黒髪が揺れる。
理人は、食べかけのパンを持った俺の手を掴み、自分の口に運んだ。
「は?」
どこかから悲鳴があがる。
「俺たち、付き合ってるもんね?」
「お、お前……自分を犠牲にしてまで俺を邪魔したいの?」
「何のこと? ほらほら、罵倒してみな? ドS俺様鬼畜攻めの傷が広がるだけだよ?」
「くぅっ」
「よく考えたら、甲斐くんと先輩を遠ざけるいい機会だなって。先輩とは、その後ゆっくり仲よくなるよ」
俺の手を掴んでいる理人の手を掴む。
「お前な、いい加減に……」
そう言って理人を睨みつけると、また悲鳴が上がった。
「あはは」
「うう……」
こんな理不尽なことある?
「お前、プライドないの?」
「プライド? はは、そんなものより先輩がほしいの、俺は」
「ぐう……一体どうしたら……はっ」
難局に立たされた俺に妙案が浮かぶ。
理人を掴んでいた手を離し、文化祭で鍛えられた悪い顔で微笑む。
「な、何……?」
嫌な予感を感じた理人が狼狽えた。
「お望み通り恋人ごっこしてやろうか?」
理人の顎を掴み、顔を近づける。
一際大きな悲鳴が上がった。
「ちょっ、ちょっと!? 甲斐くん正気!?」
「どっちが先に根をあげるかな?」
「はっ……か、甲斐くん? う、後ろ……」
俺の背後を気にする仕草をして、理人が弱気な声を出す。
「そんなバレバレな手に引っかかる訳ないだろ。早く降参しないと本当にキスするからな」
「あはは……」
ふと、冷たい空気を感じて振り返ると、先輩が俺の背後に立ち、見るものを凍らせてしまうような冷たい視線を向けていた。
「仲が良さそうだな」
「……いいえ? 全然? すごく仲が悪いです、俺たち」
背中に冷たい汗が流れる。
「ふぅん?」
俺の肩に指を置きながら、先輩がゆっくりと移動する。
移動する先輩を目で追う俺と理人。
死刑宣告を待つ囚人のような気分だ。
先輩が理人の方を向き、
「おい犬、俺のものに手を出すな」と釘を指す。
俺のもの。
理人の鼻先を人差し指でつつき、
「いい子にしてたら、ご褒美をくれてやらないこともない」と言う。
「は……?」
理人の顔が赤く染まっていく。
せ、先輩? 今日はいつになく尊大なご様子で……。
俺に向き合った先輩が、俺の顎に指を触れた。
「お前、欲求不満か?」
顔から火が出たみたいに熱くなる。
「へ……?」
「かまってやるから、よそ見するな」




