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第四十一話 恥じらう先輩

「噂なんてそのうち消えるから」


 先輩が、俺の背中をさすって、そう言った。


 先輩、やさしいですね……。


「どうせなら、先輩と噂になりたかったです」

「……」


 はっ……思わず本音が。


「す、すみません。もう気にしないようにします」

「俺は、別にいいけど。お前と噂になっても」

「え!?」


 せ、先輩?

 そんなこと言われたら、俺、勘違いしますよ!?


「さっき、うれしかった」

「え」


 な、何か、最近、俺の都合のいい展開になっているような……。知らず知らず、願望が妄想を生み出しちゃってるのかな。


「先輩ー。次、お風呂、先輩の番だよ」


 俺の服を着た、お風呂上がりの理人が、先輩に声をかける。


「あ、服とタオル、これ使ってください」


 先輩は、受け取った服を顔に当て、上向きの視線を俺に送った。


「ふふっ。文都のニオイ」


 見た人の時間を止めてしまうような、甘い笑顔でそう言うと、先輩は、お風呂場へ向かった。


「甲斐くん? 息してる? おいしい食べ物のニオイって意味だから、勘違いしないでね」


 理人、お前は、俺を現実に引き戻す天才だな。




 お風呂から出る先輩を待つ間、リビングで理人と勉強をする。

 その隣で、ずっと希惟さんと仕事の話をしていた兄が、突然、

「どうやって寝る……?」と聞いた。


「来客用の布団が一組。俺と文都のベッド、ソファ。掛け布団の足りない分は、夏物を重ねるとして……」


 俺、理人、兄、希惟さんで顔を見合わせる。


「一人は、誰かと一緒のベッドで寝るということですか?」


 兄の服を着て、高貴さが失われた希惟さんが、そう言った。


「俺が先輩と寝るね」


 お前は絶対ダメだ。


「俺が亜蘭くんと寝ようか?」


 お前も絶対ダメだ。


 興味がなさそうに、希惟さんが、

「私は床でも構いませんが」と言う。


「はぁ? お前、どうせ毎日ふかふかのベッドで寝てるんだろ? 床で寝たら、翌朝、体バッキバキに痛くなるぞ?」

「……心配してくれてるんですか?」

「心配? してないけど」


 してるじゃん。素直になれよ。


「なら、私と一緒に寝たいということですか?」

「何でそうなるんじゃあ!!」


 怒りの兄。


「何の話してるの?」


 お風呂上がりの先輩が、俺たちに声をかける。


 サイズの大きい俺の服が、先輩の華奢さを引き立て、濡れた髪や襟元からのぞく鎖骨、白い肌が色気を漂わせている。


 ダメだ……。先輩は絶対、一人で寝かせてあげなくては。

 お風呂上がりの先輩の破壊力を前に、固く決意する。


「亜蘭くんは、誰と寝たい?」


 おい、ミスリードを誘う聞き方をするな。

 先輩は一人で寝るんだよ。


「え……? 俺は……」

「誰の隣が安全かよく考えて。文都の隣に寝たら、ドS俺様鬼畜攻めが、何をするか分からないよ?」


 何でだよ。

 希惟さん、そんな目で見ないで下さい。それは妄想の中の俺です。


「何かって何ですか?」

「嫌がる亜蘭くんに、早く泣けよって言いながら、悪い顔で無理矢理キスするとか」


 どういう状況だよ。

 希惟さん、そんな目で見ないで下さい。妄想の中の俺ですよ。


「キ……い、嫌がる……? お、俺は……」


 俯いた先輩の頬が、赤く染まっていく。


 え?


 恥じらう先輩を見て、顔を真っ赤に燃やす理人、兄、俺。


「ちょ、ちょっと、予想外すぎる反応! 先輩が、かわいすぎるんだけど!」


 小声で訴える理人。


「普段あんなに強気なのに、意外と初心なの!? 天使じゃん! 色々教えてあげたい!」


 小声で主張する兄。


 い、いやいやいや、先輩、俺とニ回寝てるし、それ以上に色々してますよね? 恥じらい皆無だったじゃないですか。

 それとももしかして、血を吸う事には大胆だけど、恋愛に関してはピュアなんですか!?


「せ、先輩が一緒に寝ればいいんじゃないと仰ったのでは……?」

「そ、それはそうだけど……。寝るのと、それは別じゃん。俺に……キ、キスとか……」


 えええかかかわいいい。


 もしかして、文化祭で写真を撮ってくれた時も、こんな風に赤くなっていたのかな。あの時、すぐに行ってしまったから、先輩がどんな顔をしてたのか分からなかったけど。


「じゃあ先輩は、寝るのは誰とでもOKなの?」

「え? だって寝るだけだろ?」


 え……その感覚、すごく心配になってくるんですが……。


「キスだって挨拶でするじゃん」


 こいつ、わざと先輩に意地悪なこと言ってるな?


「先輩は、お前と違ってそういうことは軽々しくしないの。大事な人とだけするんだよ」

「えー? それは、甲斐くんの勝手なイメージじゃん。先輩、どうなの?」


 ん? ちょっと待って。

 俺、文化祭の時に、頬にいただいてるんですけど。その答えによっては、色々と思うところが……。どうなんですか、先輩?


「しっ……知らない。言うか、そんな事」


 先輩は、恥ずかしさを誤魔化すように、顔の下半分をタオルで覆い隠し、

「バカ……」と呟いた。


「ああもう、今してやろうかな」


 理人? 理性を失うな。




 結局、兄の部屋のベッドで、兄と希惟さんが、俺の部屋のベッドに先輩が、その隣に来客用の布団を敷いて理人が寝ることに。

 危険人物扱いされた俺は、一人寂しくリビングのソファで寝ることになった。


 兄が、希惟さんに、

「お前、俺がカッコいいからって変な気起こすなよ」と警告する。


「意識してるんですか?」

「はぁ!? 狭いベッドで、お前の寝相に起こされないか心配なだけだけど!?」


 お前の寝相の方が心配だよ。


 心から楽しんでいる顔で、理人が

「甲斐くん、一人で寂しい?」と聞いた。


「寂しいよ。寂しいからお前替われ。俺と」

「あはは絶対嫌だ。先輩の寝顔見るチャンスなのに」

「先輩……」


 大丈夫ですか? 理人のそばで、寝れますか? 俺は心配です……。


 先輩が、理人に見下す目を向け、

「おい、犬。床で大人しく寝てろよ」と言った。


 先輩、たくましくなりましたね……。


「わぁ……クセになりそう。いい子に調教して、その目を俺だけを求めるように変えたいな」


 興奮の仕方が高度すぎるよ。




 賑やかだったリビングがしんと静まっている。狭いソファで寝返りをうち、夏物の掛け布団を引き寄せる。


 みんな寝たかな? 先輩、大丈夫かな? 理人、何もしてないよな?


 心配で眠りにつけずにいると、人目を忍ぶように、控えめにドアが開く音がした。

 ヒタヒタと床を歩く音が近づいて、俺のそばで止まる。


「文都」


 先輩の声がして目を開けると、先輩がソファの前にしゃがみ込み、小鳥がついばむように、俺の服を引いていた。


「先輩? どうしました? 理人に何かされました? 怖かったですか?」


 慌てて飛び起き、間接照明の明かりをつける。先輩の手に触れ、視線を落とすと、先輩の冷たそうな裸足が目に入った。


「入ってください」


 先輩を布団の中に招く。

 ソファに上がった先輩に、暖かい布団をかけようとすると、先輩は、俺の体を強く引いた。


「え?」


 仰向けに横たわる先輩の上に、覆い被さるように馬乗りになる俺。顔と顔がぶつかりそうなくらい近い。


 突如完成した体勢に、困惑が隠せない。


 何でこうなった? 俺は、布団で冷えた先輩の体を温めようとしただけなのに。


「せ、先輩?」


 い、今、わざと引っ張りましたよね?


「お前、俺と寝た時、何もしなかったけど、本当は何かしたかったの?」

「え……?」


 な、なぜ、今そんな話を……?


「な、何かとは……?」


 先輩は、俺から目を逸らし、恥じらいながら、

「……キスとか」と言った。

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