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第三十九話 恋のトライアングル

「理人、お前は何で俺より先に着いて、茶菓子食べてるんだよ」

「甲斐くん、遅かったね。何で先輩と一緒なの?」

「兄貴は何でそんな格好なんだよ、テレワークだろ?」

「テレワークだからだよ! 何で亜蘭くんが一緒にいるの!?」

「希惟さんは……一体どうして……」


 希惟さんは不愉快そうな顔で、

「出社しない部下の様子を見に来たんです」と言った。


 部下?


「おい、お前、俺の上司じゃないだろ! 社長だろ!」


 兄が希惟さんを指差して怒る。


 社長? 社長って言った? 今。




 壁に貼られたカレンダーや、棚に飾られたままの小さい頃の俺と兄の写真、テレビの脇に積まれた漫画、何の捻りもないローテーブルとテレビボード、三人掛けのソファ、座椅子、床に転がっている猫と犬のぬいぐるみ。庶民極めたる、うちの居間。


 先輩と希惟さんがソファに座り、理人が座椅子に、俺と兄が適当に座ってテーブルを囲む。


「文都、何で亜蘭くんが来るって教えてくれなかったの? カッコ悪いところ見せちゃったじゃん……」


 兄が、しゅんとして俯くと、ゴムで上げられた前髪がおじぎをした。


 一度、ヨレヨレのTシャツにステテコ姿見られてるだろ。この期に及んでカッコつけるなよ。

 いっそのこと、もっと格好悪い所を晒して嫌われてしまえ。


「お兄さんはカッコ悪くないですよ。その格好も、俺は好きです」


 先輩は、犬のぬいぐるみを弄びながらそう言った。


 う、嘘ですよね? 恋は盲目ってやつですか?

 

「お茶で良かったかしら」と言いつつ、母が蓋付きの湯飲み茶碗で、希惟さんから順にお茶を出す。


 家にあったの? こんな食器。

 お茶を出す手が震えてるじゃん……。


「お気遣いなく」と希惟さんが微笑むと、母が、恋の訪れを告げる少女のような顔に。


 そして、微笑む希惟さんを見る先輩が、余命を告げる悪魔のような顔に。


「ご家族それぞれにお好きなものをと選んでいたら、品数が増えてしまいましたので、袋に入れたままで失礼します」


 そう言って、希惟さんが、母に手土産を渡した。

 それを見て、キラキラと目を輝かせる兄。


「わーそれ、めっちゃおいしいやつじゃん! とろとろのキャラメルが包まれたチョコレートがサンドされたクッキー!」


 兄が喜ぶのを見て、希惟さんが満足そうに微笑む。

 品のある華やかな笑顔に、庶民的な居間が、高級ホテルのスイートルームに変貌したように錯覚する。


「気に入っていただけて良かったです」


 ハッとする兄。


「じゃなくて! 何で社長が家に来るんだよ!」

「こら! あんたは、こんな若くてイケメンの社長さんが来てくれてるのに、何て口の聞き方なの!? 反省しなさい!」

「痛っ!」


 母は兄の頭にゲンコツを入れて、退場した。




「もしかして、お前が最近テレワークしてたのって、希惟さんが原因なの?」


 兄は、希惟さんを指差しながら、

「輝かしい業績と完璧な容姿って噂になってた新社長が、こいつだったんだよ!」と言った。


 指差すな。


「就任式で顔見た瞬間、こんな韓国ドラマみたいな展開があってたまるかって思ったわ!」


 おかしなことの謎が一つ解けたぞ。


「希惟さん、ホテルや飲食店を経営しているって言ってましたけど、その言葉そのまま経営者だったんですね」

「関連する事業として丁度よかったですし、業績も悪くなかったので、公都さんの勤める会社を買収しました。ホテルや飲食店の経営とは別の新たな事業として、事業の多角化を迅速かつ低リスクで進められます」


 サラッとすごいこと言ったな。


「それで、今まで散々言いたい放題してきたから、気まずくて出社してないの?」

「うっ……。それはそうなんだけど、だけど普通、社長が俺みたいな社員と会う機会なんてないじゃん?」


 理人が、猫のぬいぐるみを弄びながら、

「大きい会社の社長と一般社員が会う機会なんて、入社式くらいなんじゃない?」と話す。


「なのに、こいつ! 嫌がらせかってくらい、毎日来るから! 韓国ドラマみたいに! 本当は暇なの? お陰で同じ部署の女性社員、大喜びだよ!」


 お前、好きだよな韓国ドラマ。


「今まで他人に興味なかったくせに……」


 先輩が胡散臭そうに希惟さんを見た。生ごみにたかる虫を見るような目だ。


 希惟さんは、小さく笑って、

「人間に興味が湧いたと言っただろ?」と言った。


 それを聞いた理人が、

「今まで動物にしか興味がなかったのかな? 寂しい人間だね」と俺に耳打ちする。


 吸血鬼だよ。

 そういえばこいつ、希惟さんの事、先輩の他人だと思ってたんだった。


「今までの、私への言葉遣いや態度について気にしているなら、心配いりません。私はそんな事を根に持つような小さい男ではないですから。だから、ちゃんと会社に来てください。あなたが居てくれないと、会社を買収した意味がない」


 希惟さん……。一般社員の兄にまで、こうして気を配ってくれるなんて、なんて立派な人なんだ……。


「それでも嫌だと言うなら、私がここでテレワークします。一日中、一緒にいることになりますが、その方がいいですか?」

「はぁ!?」

「な、何言ってるんですか? そんな事したら……」


 なぜか、兄よりも先輩が動揺している。


「私は、何日いても構いませんが」


 困惑した顔の兄が、何か言うのを遮って、先輩が、

「そんな事、絶対許さない」と言った。


「亜蘭? どうして怒っているんだ?」

「怒ってません」


 理人が、俺の耳元で、

「先輩、甲斐くんのお兄さんを取られると思って、焦ってるのかな?」と言う。


 た、確かに……。

 先輩が兄に必死で、俺は悲しいです。


 どう見ても怒っている先輩に、希惟さんが優しく言い聞かせる。


「私と公都さんの話に、亜蘭は関係ないだろ?」

「お兄さんを口実に近づくなんて……。関係ない? それは、ご自分がよくお分かりのはずでは? もし、そうなさるのなら、俺もここに泊まります」


 ええ!?


 理人が、

「それなら俺も泊まる」と言って手を上げる。


 えええ!?


「先輩と甲斐くんを一緒にはさせないよ」


 そう話す理人の言葉を聞いて、兄が、

「緊迫する恋のトライアングル……」と震えて言った。


 トライアングルどころかペンタゴンだよ。

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