第三十八話 俺だけ仲間はずれ
文化祭が終わり、もう10月半ば。
来週には中間試験が待っている。
「ちょっと、これ文都の彼女!?」
お風呂から上がると、母がリビングのテーブルに置いていた俺のスマホを持ち、画面を俺に見せつけた。
文化祭の時に、先輩と撮ったツーショットが映っている。ほっぺにキスの写真ではない。
「なんてかわいいの!?」
「ちょっと、勝手に見るなよ!」
「電話がかかってきたから見えちゃったのよ!」
「え? 電話?」
着信履歴を見て、俺は、濡れた髪もそのままにして電話をかけた。
「先輩、どうしました?」
「別にどうもしないけど、ダメ?」
ダメな訳ないじゃないですか〜。先輩からの電話なら、たとえ火の中に居ても出ます。
今日も学校で会ったのに、電話くれるなんて、うれしいな。
「今、どこにいる?」
「家ですよ! お風呂入ってました」
「あっそ。じゃ、おやすみ」
え? な、何か素っ気なくないですか?
もう電話切れてるし……。
なぜかは分からないけれど、文化祭以降、先輩はよく電話をくれるようになった。だけど毎回、短い会話の後で、一方的に電話を切られてしまう。
会話というより、安否確認みたいな……。俺は先輩の声が聞けるだけでうれしいけど。
「ニヤけた顔しちゃって〜。今の、彼女なんでしょ?」
母が揶揄うように俺に聞く。
え? 俺ニヤけてた?
「彼女って……先輩だよ」
「またまた惚けなくてもいいわよ! お人形さんみたいな子ね〜! 今度連れて来なさいよ!」
文化祭の時、先輩、女子高生姿だったから、完全に誤解してるな。
「あの写真は、文化祭の時の……」
タイミングよく、リビングに登場した兄と目が合う。
ああ……どうせまた、浮気がどうとか言うんだろ?
「おい、先に言っておくけど浮気じゃないからな」
「……何が?」
ん?
「ああ、いいよな学生は気楽で……。俺、明日もテレワークしようかな……」
何か様子がおかしいな。
そういえば今日もテレワークって言ってたし。
兄が、上半身だけ完璧な仕事モードになっている。
おい、下パンツかよ。映ったら社会的に死ぬぞ?
「お前、営業なのに大丈夫なの? 会社、買収されて、色々忙しくなるって言ってたじゃん」
俺がそう言うと、兄の肩がビクッと震えた。
え? 何で言い返さないんだ?
「お前、何か隠してない?」
「は、はぁ? な、何もありませんけどぉ?」
絶対何かある。
「最近、俺の周りの様子がおかしくて」
次の日の教室。
肌寒い日も増えてきたこの頃、ベージュのカーディガンを羽織った理人が、俺の話を聞く。
「例えば?」
「先輩は、なぜか最近よく電話をかけてくれるんだけど、すぐ切られちゃうし」
「うんうん」
「兄は仕事に対して無気力になってるし、何か隠してるし」
「まあ、甲斐くんのお兄さんは、いつもおかしいじゃん?」
理人におかしい認定されてる兄って……。
「確かに、それはそうなんだけど。前は、文句言いながらも仕事頑張ってたから、心配で……」
何か言いたいことがあるような顔で、理人は、
「それから?」と聞いた。
「甲斐くんは、もっと自分のことに目を向けた方がいいと思うよ。最近、他に変わったこととかなかった?」
「え? 変わったこと?」
何でそんなこと聞くんだ?
「おかしいなって思うこととか」
そういえば……。
「ちょっとすれ違った時に肩が触れただけで、すごい勢いで謝られたり、下駄箱に赤いバラが入ってたり、時々、熱い視線を感じる事があるかも」
今も、廊下から視線を感じるし。なぜか理人と一緒にいると、よく見られてるんだよな……。何か話したいことがあるのかな?
「そんな気がしてたんだよね……」
「何でそう思うの?」
「それは……」
理人が俺から視線を逸らす。
「お前、何か知ってるだろ」
理人に詰め寄ると、廊下から悲鳴が上がった。
何で?
「やめてやめて! 俺にあんまり近づかないで」
「は? お前、そんなキャラじゃないだろ。何か知ってることがあるんだろ? 言えよ、早く」
理人の腕を掴み、そう言って脅すと、先ほどより大きな悲鳴が上がる。
え? 何で?
「だから、そういうの本当にやめて! 脅すの禁止! 触るのも禁止!」
は? 何でそんなに嫌がってんの?
俺なんてお前から蹴られたんだぞ?
「思い当たる事があるんだろ? 今すぐ吐け、全部」
「甲斐くん! そういうの、お互いの為に良くないから!」
「は?」
「分かった、分かったよ……。放課後、甲斐くんの家行くから、その時話すよ……」
「お前が家に来ると先輩が嫌がるんだよ。ここで言え」
「いや、ここだと傷が広がる気がするから……」
「仕方ないな……。言うこと言ったらすぐ帰れよ」
最近、おかしなことばかりだ。
みんな秘密を持ってて、俺だけが知らない感じ……。俺だけ仲間はずれ?
しょんぼりしつつ、帰りのバスに乗る。
隣に座る先輩が、俺の顔を覗き込み、
「どうした? 何かあった?」と聞いた。
心配してくれるんですね。
先輩だけが俺の癒しです。
「元気出して」
先輩が、俺の右手を取り、指を絡めるように両手で包み、自分の頬に当てた。
「俺がいるから」
な、泣きそう。
今、急速に癒されてる。
「最近、周りの様子がおかしくて……。理人が理由を知っていそうなので、問い詰めようとしたんですけど、逃げられてしまって」
それを聞いて、先輩が俺から目を逸らした。
「ああ……」
何で先輩まで目を逸らすんですか?
「俺は、分かってるから……大丈夫」
え? どういう意味ですか?
俺、慰められてるの?
「俺、今日バイトないんだけど、これからお前の家、行っていい?」
俺の肩に顔を寄せて、先輩が上目遣いで聞く。
かわいい。
先輩は心のオアシスです。
「は……はい! もちろん! あ、でも大丈夫ですか? テスト前なのに」
「うん、一緒に勉強しよ」
わーうれしいなー先輩は甘々でかわいいし、もう、他の事なんて、どうでもよくなったかも。兄の事も理人の事も……。
「はっ」
「どうかした?」
しまった……。放課後、家に来るって言ってたな理人……。家着く直前に気づくなんて、俺のバカバカバカ。
「何かお前、顔色悪くない?」
「あ、いや……」
でも最近、先輩、理人と普通にしてたよな? そうそう、浮気の誤解も解けたし……?
「先輩、あの……今日、理人が家に来るって言っていて……」
先輩が前を向いたまま静止している。
その視線の先、俺の家の前に、見覚えのある高級車が駐まっていた。
え? あれって絶対、希惟さんだよな?
何で家に? 何が起きてるの?
「そういや、突然来て、ぐいぐい家に入られたって言ってたよな? 仕事で忙しいくせに、そういう時間はあるんだな……」
先輩が、氷のように冷たい声でそう言った。
え? 理人って仕事忙しいの?
ああ、ガソリンスタンドでバイトしてるって言ってたっけ。
「俺が金輪際、近づかないよう釘を刺してやる」
本当に釘を刺してしまいそうな顔で、先輩が玄関のドアを開ける。
え!? 先輩、やっぱり理人のこと怒ってたの!?
見惚れてしまうようなスーツ姿の希惟さん、よれよれのTシャツにスウェットで、前髪をパイナップルみたいにゴムで止めている兄、先に俺の家に着いて茶菓子を食べている理人。
三人が一斉に、俺と先輩に目を向ける。
何だこの状況。




