第三十七話 先輩に恋をして、幸せでした
「甲斐くん、豪華賞品って何だろうね?」
「商品券とか?」
「それだと分けるの大変じゃない?」
理人と一緒に、自分の教室へ向かう途中、本部と書かれた腕章をつけた、生徒二人とすれ違った。
弾む声で、
「みんな豪華賞品に釣られて張り切ってるよ」と一人が言う。
「豪華賞品が、一番盛り上がったクラスのMVPに与えられる権利だって分かったら、みんな驚くだろうな」
「ステージで好きな人に愛を叫ぶ権利」
そう笑って話す、二人の背中を見送る。
一番盛り上がったクラスのMVPが?
ステージで好きな人に愛を叫ぶ権利?
一番盛り上がったクラスのMVP=先輩?
先輩の好きな人=兄
「甲斐くん!? 先輩が、甲斐くんのお兄さんに愛を叫んじゃうよ!!」
お前も気づいたか。
「どどどどうしよう!? 兄貴、ステージ見に来るつもりだぞ!?」
「甲斐くんのお兄さん、ノリでOKしちゃいそうだし……」
理人にそう言われて、ふと先日の兄との会話が頭をよぎる。
もし俺と先輩が付き合ってなくて、先輩に誘惑されたら、どうするの?
えー?付き合っちゃうかも。
頭を抱えてその場にしゃがみ込み、
「実は、兄も先輩の事を好きっぽくて……」と告白する。
「はぁ!? じゃあ、あの二人、両思いなの!?」
理人が俺を掴んでグラグラと揺らす。
「も、もう祈るしかないかも……」
「……」
理人が、苦渋の決断をするように、
「いや……まだ方法はあるよ」と言った。
「え……?」
「俺達のクラスが、一番盛り上がればいい」
な、なるほど?
「だけど、どうやってお化け屋敷で対抗する? ゾンビ軍団で冥土喫茶?」
理人は、戦場に赴く戦士のような顔で、
「もう、なんでもやるんだよ」と言った。
な、なんでも……?
なんだか嫌な予感がするな。
「顎クイして」
「キス待ち顔して」
「もっと顔近づけて」
撮影をする観客のリクエストに応え、キス待ち顔の理人の顎を上げ、顔を近づける俺。
観客から悲鳴が上がる。
「り、理人? 合ってる? 作戦通り?」
「甲斐くん、恥を捨てないと、先輩には勝てないよ?」
大丈夫? 捨ててるのは恥だけ? もっと大事なもの捨ててない?
「悪い顔で壁ドンして」
「エロい顔で泣いて」
「恋人繋ぎして、口に指入れて」
悪い顔で、何かエロそうな顔の理人を壁ドンして、手を繋いで……。
「り、理人……。段々、要求が過激になっていくけど!?」
「盛り上がってる、盛り上がっては、いる!」
「そ、そう? これで勝てる? まだやれる?」
観客から、要求が追加される。
「甲斐くん、早く泣けよって言ってー!」
「理人、切なそうな顔で泣いてー!」
えええ、本当にやるの?
オーディエンスの熱気が怖いよ。
「甲斐くん、集中して。早く泣けよって言ってみな? 切なそうな顔で泣いてやるから。ほら、早く言ってみろよ」
お前が何より怖いよ。
人混みの奥に、離れた所から俺達を見学する、兄と希惟さんを見つける。
「……」
「……」
二人とも、そんな死んだ魚のような目で見ないで。
俺達の努力の甲斐もなく、先輩のクラスは、一番盛り上がったで賞を受賞した。
観客席から、ステージ上の先輩達に拍手を贈る。
「亜蘭くん……。よかったね……」
俺の左隣で涙ぐむ兄。
「当然です」
兄の隣で、誇らしげな顔をする希惟さん。
「やっぱり、盛り上がりは売り上げで判断されたのかな……?」
俺の右隣で、公正な判断をされたのか疑問に思う理人。
ステージの上で、いつも通りの制服を着た先輩が笑っている。
猫耳付き女子高生姿もかわいかったけど、やっぱりいつもの先輩が一番です。
MVPに選ばれた先輩が、観客席をキョロキョロ見回し、俺達を見つけて手を振った。
「亜蘭くーん! おめでとー!」
ペンライトの代わりに、スマホのライトを付けて振る兄。
「甲斐くん、傷心旅行はどこにする?」
「理人……。まだ、まだ分からないから……。賞品が、ステージで好きな人に愛を叫ぶ権利じゃない可能性も……」
司会者が、豪華賞品を発表する。
「賞品は……」
ステージ上のスクリーンに、デカデカと、ステージで好きな人に愛を叫ぶ権利という文字が並んだ。
「ああ……」
「俺達、終わったね……」
先輩が目を見開いて驚いている。
先輩、どうするんだろう。先輩にとっては、気持ちを伝えるチャンスだけど……。
ステージの真ん中で、先輩にスポットライトが当たると、会場全体がざわめいた。
やっと、はっきり思いを伝えられたのに……。俺が、先輩だけを好きな事を信じてもらえたのに。
これで終わるんだな、俺の恋。こんなに突然に、あっけなく。
これから先輩と兄が本当の恋人になって、俺は、食欲の対象として、先輩と上手くやっていけるのかな……。
ステージ上の先輩が、マイクを手にして、口を開く。
先輩、俺は、先輩に恋をして、幸せでした。
きっと、もうこれ以上、俺が誰かを好きになる事はないけれど、俺は先輩が幸せなら……。
「俺は、俺が好きなのは……」
祈る理人、アホっぽい顔をする兄、先輩が好きな人を叫んだ途端、その人を殺しそうな顔をしている希惟さん。
先輩が、ステージの端へ視線を向けて、
「クラスのみんなです」と言った。
歓声が上がる。
ステージの端から、先輩のクラスメイト達が飛び出し、駆け寄って、先輩を抱きしめた。
俺、息してる?
「……甲斐くん? 甲斐くん?」
「何でしょう? 理人さん」
「つまりこれは、助かったって事?」
「先輩が、天使で良かった……」
俺の隣で、兄が、
「亜蘭くーん……! 最高のオンステージだよー……」と泣いている。
ステージに視線を戻すと、クラスメイトから抱擁を受けている先輩と目が合った。
先輩が、手でピストルの形を作り、こちらに照準を合わせる。先輩の口の形が、bangと動くのと同時に、片目をつぶって、こちらを撃ち抜いた。
兄を……? だけど、ずっと、俺と目が合っているような……。
止まない歓声に刺激されているのか、俺の心臓の鼓動も、ずっと鳴り止まない。
先輩、先輩の好きな人って……。




