第三十三話 悪い顔ください
「お化け屋敷、見ていきませんか〜?」
「写真を撮りたい方は、こちらの列に並んで下さいね〜」
ああ、文化祭当日が来てしまった……。
結局、何が誤解を生んだのか、全く分からないまま今日を迎えてしまった……。
吸血鬼と狼男に扮した、俺と理人の前に、撮影希望の列が並ぶ。
「二人で見つめ合って」
「もっと近づいて」
「甲斐くんの悪い顔ください」
「ニコニコ笑う甲斐くんが、泣き顔の理人くんを踏みつけて」
俺たちは何を求められてるの?
順番にポーズを決めて写真を撮っては、中へ案内する。
あああ、こんな事してる場合じゃないのに、先輩と仲直りしないといけないのに……。
「甲斐くん、集中して。早くニコニコしながら踏みつけてよ。俺たち客寄せパンダなんだから。ほら、早く泣かせてみな」
お化け屋敷よりお前が怖いよ。
「写真撮るの飽きたよ〜。次撮ったら、ちょっと休憩して、怖がらせる方と交代しよ」
俺たちの前に、他校の制服を着た、二人組の女子高生が並んだ。小柄な方の女の子に、見覚えがある。
「あれ? バスの子だよね?」
俺がそう声をかけると、女の子は口を手で押さえて、こくこくと頷いた。
「甲斐くん、知り合い?」
「バスで、ご乱心のおじさんに叩かれた時に一緒にいたんだ」
「え……何その状況……怖っ」
確かに、今思うと怖いな。
同行しているお友達と、顔を合わせて嬉しそうにするバスの子をじっと見つめる。
「甲斐くん、どうしたの? この子のこと、そんなに見つめて」
「え? あ、いや……顔が赤いなと思って……」
前に会った時も具合が悪そうだったし、熱が上がりやすい体質なのかな? 心配だ……。
女の子の額に触れると、周囲から悲鳴が上がり、女の子の顔が益々赤くなった。
「甲斐くん……?」
理人が、何してるの?と責める顔で俺を見ている。
「!? ごめん!」
俺、そんなに怖かった?
吸血鬼ってそんなに恐れられてるの?
「大丈夫、怖くないよ! 俺は血を吸ったりしないよ!」
両手を上げて、無害を示す。
「あ……大丈夫です。怖くないし、本物の吸血鬼だったら、むしろ、吸われてみたいかもしれないです……」
そう言った後、バスの子が耳まで真っ赤になった。
吸われてみたい……最近そんな話をしたような。なんだろう、もやもやする……。
「甲斐くん、聞いてる? この子、二人で写真撮りたいって」
「え? あ、うん。でも悲鳴上げられるほど恐れられる俺に、こんな、か弱い子が近づいて大丈夫なの?」
理人は軽蔑の眼差しを俺に向け、
「甲斐くん……」と一言呟いた。
なんだよ、その顔。言いたいことがあるなら言えよ。
教室の窓にアルミホイルを貼り、暗さを作り、黒く塗った段ボールに、美術部が中心になって、赤い絵の具で手形や血しぶきを表現した。カーテンを垂らし視界が妨げられるようにもしている。
雰囲気の演出は、ホラー映画の映像を流しつつ、背中がゾクゾクする効果音と、肌寒い程度に設定したエアコン。
マネキンの首や、赤ちゃんの人形、化学室から借りてきた人体模型の他に、演劇部のクラスメイトが徹底的に演技指導した、精鋭のゾンビ達が待ち構える。
少しの休憩の後、教室に戻ると、さっきまであった列はなくなっていた。
「写真目当ての人は、一回帰ったみたいだよ」
あんなに怖がっていたのに写真撮りたいの? 不思議だな。
「お化け屋敷、雑多な感じするけど、いい出来だね」
「正直、ここまで出来ると思わなかった」
「廊下まで悲鳴聞こえるし、怖がってくれるとやりがいあるよね〜」
「あのゾンビ達の動きが怖すぎるんだよ」
「そうそう、特に田中」
「ゾンビ田中」
本物のお化け屋敷でバイトできるんじゃない?
「じゃあ甲斐くん、俺、出口付近で待機してるから」
「俺は入り口すぐの所にいる」
「導入部分は重要だよ。甲斐くんが、しっかりやらないと、後に響くから。よーし泣かせるぞ〜」
理人は、ワクワクを抑えられない様子で、待機場所に向かった。
お化け屋敷の中は、月明かりの少ない夜よような暗さにしてあって、半透明のシートを巻きつけた、心許ない懐中電灯の明かりを頼りに、一人ずつ進む。
中で潜む方も、よく見えないのは同じなので、足音や懐中電灯の明かりを見て、客を驚かす。
これ、誰か知り合いが来ても分からないのでは?
「次のお客様入りまーす」
仕事だ。俺が怖がらせないと後に響いてしまう。
わーとか言えばいいのかな?
上手く怖がらせられるか、俺の方が怖くなってきたな……。
心細さを表しているような、揺れる懐中電灯の明かりを頼りに、俺は訪問客の前に飛び出した。
「わっ」
驚かすのって意外と難しいな。
子供が背後からイタズラしてるみたいになってしまった……。
これは、失敗だよな、絶対。早々に、しらけさせてしまったのでは……。
「ひっ」
俺の予想に反して、訪問客はその場にしゃがみ込み、体を縮めた。
そのまま、そこで動けなくなってしまったようで、逆に心配になる。
やっぱり、俺の吸血鬼姿が相当怖いのか?
「あの……大丈夫ですか?」
そっと肩に手を触れると、すぐにその手を振り払われた。
「やめろ! 俺に触るな!」
俺が、聞き間違えるはずがない声に、ハッとする。
「先輩……!?」




