第三十ニ話 エロい顔ください
「俺も怖がらせるのやりたいな〜」
文化祭の準備もいよいよ本格的に始まった、ある放課後。
俺と理人は文化祭のクラス企画の為、クラスメイトが用意してくれた衣装を着て、メイクの練習をされていた。
「怖がらせるのもやっていいよ。でもメインは入り口で呼び込みで」
「二人はビジュアル担当だから」
クラスメイトの女子二人が、俺たちに何やら色々塗りながら、そう答える。
何それ? 絵の具?
「甲斐くんは、目が印象的で鼻筋が通って、顔が整いすぎてる正統派イケメン。理人は、切長の目に、ぷっくりした涙袋、口角が上がったアヒル口がかわいい、ミステリアスなイケメン」
本気で言ってる? 笑わせようとしてない?
「そうそう、甲斐くんはあれだよね。輪郭とか目とか鼻とか、顔のパーツをそれぞれ一番いいものを選んで、理想的に組み合わせたような顔だよね」
俺はCGか。
「二人とも人気あるから、お客さんいっぱい来てくれそうだよね〜」
「うちのクラスの二大イケメン見てってほしいよね〜」
もしそうなら、どうして俺たち二人のどちらも、先輩に恋愛対象として見られてないの? 外見に問題がないなら、中身の問題なの?
「写真撮るよ〜」
画面に、普段とは別人の俺と理人が写っている。
俺は、髪を後ろに流し、赤いカラコンを入れ、目元を赤く染め、口の端に血の跡を付けたメイク。膝下まである長いマントを羽織り、黒い貴族風の衣装。襟元のスカーフだけが血のように赤い。
理人は、ふわふわの灰色の耳と尻尾をつけ、鋲のついた首輪をしている。所々穴の空いたグレーのセーターに黒のデニム。グレーのカラコンを入れて、頬や腕に傷跡メイクをしている。
「うーん……何かポーズして」
「え、どんな」
「甲斐くんが、理人の首輪に指かけて、偉そうにしたらいいんじゃない?」
リクエストに応えてポーズを決める。
これはどういうコンセプトなの? 吸血鬼が飼ってる狼男なの?
「もっとエロい顔ください」
「いいねいいね〜」
あれ? 俺の前にいるのは女子高生じゃなくて、おっさんかな?
「お化け屋敷楽しみだな〜」
「明日、美容室からマネキンの頭借りてくるね」
「当日、ホラー映画のDVD流しとこ」
「誰かピエロとか持ってないかな?」
雑多なお化け屋敷になりそう。
理人が、
「先輩来てくれるよね?」と俺に聞く。
先輩は来ないよ、絶対。
「怖がらせるの楽しみだな〜。先輩の泣き顔、想像しただけでゾクゾクする。でも先輩、何があっても平然としてるから、泣かせるのは難しそうだよね?」
泣くよ、秒で。
「気合い入れて本気で怖がらせないと」
やめろよ、可哀想だろ。二度と話しかけてもらえないぞ?
それよりお前、先輩が嫌がることはしないんじゃなかったのかよ。
「ところで甲斐くん、まだ先輩と、よそよそしい感じなの?」
始業式の後から、先輩と気まずい空気のまま、まともに話すことができていない。
昼休みと放課後は、文化祭の準備があるし、朝は一緒に登校するけど、ほとんど会話はない。
謝ろうにも悪い事はしていないし、ただ何とかしたくて謝るのも違う気がする。
お互いなんて言ったらいいか分からなくて、ズルズルきてしまっている感じだ。
なんとかしたいのに、どうしたらいいか分からなくて、もどかしい。
俺は、早く先輩の笑顔が見たいです。
「先輩、忙しいみたいで。教室に会いに行っても、クラスの人に閉め出されちゃうし」
理人が、
「先輩のクラス、今すごくピリピリしてるんだって」と言う。
「猫派とうさぎ派で揉めてるらしいよ」
今? それは今、議論するものなの?
文化祭の事、話し合った方がいいんじゃない?
「文都ー、文化祭いつなの?」
風呂上がりのビールを呑みながら、兄が俺にそう聞いた。
よれよれのTシャツにステテコ姿で。
本当のお前を見られて、先輩に幻滅されてしまえばいいのに。いや、見られてるな、一度。
「来るな」
「冷たいこと言うなよ〜! お前のクラス何するの?」
「お化け屋敷」
「亜蘭くんは?」
「メイド喫茶」
それを聞いた兄が目を見開いた。
ビールを注いでいた手が止まり、グラスから泡が溢れ出す。
「え……? 亜蘭くんがフリフリのエプロンを着けて、おかえりなさいませご主人様♡とか言ってくれる天国?」
「おい、そんなわけないだろ」
そんな事より、このままだと、先輩のご機嫌を直せないまま、文化祭を迎えてしまう気がする。
何か誤解があるはずなんだけど、それが何か分からないし……。
着信音が鳴る。
俺のスマホに、理人と今日撮った写真が送られてきた。
「何それ、文化祭でそれやるの? すごいねー……」
勝手に画面を覗き込んだ兄が、再び動きを止めた。
画面には、仮装した理人の首輪に指をかけ、挑発的な顔をする俺と、何かエロそうな顔をした理人が写っている。
よく見たらアホっぽいな、この写真。
「わーお……。クラスで公認の仲なの?」
何だその反応。
「そういえば、前に、浮気がバレたみたいな話してたけど、あれ何の話?」
「えー? お前、まさか自覚なし? それはお前と……」
スマホがまた着信を知らせる。
「希惟さんからだ」
そういえば、旅行の時の写真を送るのに、連絡先交換したんだっけ。
「スピーカーにしろ、スピーカーに」
面白くなりそうな予感を感じたのか、兄がそう言った。
「はい、文都です。どうしました?」
「……」
「希惟さん?」
「文化祭が、あると聞いて……」
「あ、はい。来週末の土日です」
「来週末、時間は?」
もしかして、それが聞きたかったのかな。
「よかったら、後で詳細送ります。先輩のクラスは喫茶をやるそうですよ。希惟さんが来たら、きっと先輩も喜ぶと思います」
「そうですか……。それは、どうも」
ん? 今、お礼言われた?
明日、雪とか降らない?
「ぷぷぷ、希惟、お前、亜蘭くんに教えてもらえなかったの?」
「公都さん?」
わざわざ言うなよ……。俺もそう思ったけど。
「お前、一緒に行く人いるの? 俺が一緒に行ってあげようか?」
兄が煽るような声で言った。
「素直じゃない人ですね。私と行きたければそう言えばいいのに」
「はぁー!? お、俺は、別に、他に行く人いますけどぉ!?」
「誰ですか……? その人は」
いないだろ。お前、休日いつも一人でダラダラしてるじゃん。
「お前がいてもいなくても、俺は、文化祭行って、亜蘭くんに仕事のストレスを癒やしてもらうんだから! メイド服着た亜蘭くんの頭いい子いい子して、なでなでって……」
こいつ、始業式の朝のこと、よっぽど嬉しかったんだな。
「メイド服? 亜蘭が?」
「あ、希惟さん、それは兄の妄想で……」
「亜蘭くんのクラスは、メイド喫茶なんだって。かわいい亜蘭くんが見れるのかな〜」
おい、だからそんなわけないだろ。
「……」
あれ? 希惟さんからの応答がないな。
「亜蘭が……」
「希惟さん?」
「亜蘭が、下等な人間共に、メイドになって奉仕するだと……!?」
久しぶりに希惟さんが、古風な吸血鬼モードに……。




