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第二十九話 意外と正気

「はは……先輩、家のお風呂ですよ? 何も出ないです」

「無理無理、頭洗う時とかどうするんだよ」


 そんな怒られましても。


「先輩、よく考えてみて下さい。バスルームで、そばを離れなかったらおかしいですよね?」

「旅行で一緒にお風呂入ったじゃん」

「それとこれとは話が違うんです」

「ダメ……?」


 捨てられた猫のような目を向けられて、思わず目を逸らす。見たら絶対断れない。


「近くにいますから」

「……言ったな?」




「良かった。一人じゃ絶対入れなかった」


 振り向いた先輩が、無邪気に笑う。

 爆音の心音を悟られないように、平静を装って微笑み返す。


 俺は今、先輩がシャワーを浴びる様子を、服を着たままバスタブに座って見ている。


 近くって確かに言ったけど……。先輩、水しぶきが冷たいです……。

 ただ、幸いなことにというべきか、色気というより美しさが勝って、意外と正気を保てている。

 なんていうか……天使の沐浴に遭遇したみたいな?


 手を伸ばしたら触れてしまう距離に、先輩の背中がある。

 素肌が砂糖みたいに白くて、守ってあげたくなるような華奢な体。


 先輩、痩せすぎじゃないか?


「ちゃんと食べてますか?」

「最近、暑くて食欲なくて」

「しっかり食べないと倒れちゃいますよ」

「はは。お前、お母さんみたいだな」


 悲しくなるほど意識されていない。

 それにしても、俺が先輩を好きだと知っていて、この仕打ちは、ちょっと残酷すぎないですか?

 もしも先輩が、兄と付き合うことになっても、俺とこういう事しちゃうんですか?


 ほんの少し芽生えた反抗心が、俺にイタズラを要求する。

 ゆっくりと腕を伸ばし、シャンプーを流している先輩の背中を、やさしく指先でなぞる。


「!?」


 突然、水をかけられてパニックになった猫のように、先輩が、バスタブに腰掛けたままの俺に抱きついた。


「何!? 何!? 今の!? 何かいた!?」


 俺は既にビチャビチャなのに、追い討ちをかけるように、床でシャワーヘッドが暴れている。


「絶対何かいたよな!?」


 裸の先輩の胸元が、俺の顔に密着する。


「だ! 大丈夫です! 何もいないですから! と、とりあえず離れて下さ……」

「無理無理無理無理!」

「いや、俺の方が無理です!」

「あ……痛っ……目にシャンプー入った……」

「えっ!? 大丈夫ですか!?」


 バスタブから立ち上がり、目を擦っている先輩の手を掴む。顔を上げた先輩の、涙をいっぱいに溜め込んだ瞳が、俺の目を捕えた。

 濡れた体に、ほんのり上気した頬。


「ハワワワワワワワ!!?」


 理性崩壊の危機に、思わず両手を上げて絶叫する。


「アワワワワワワワ!!?」


 絶叫する俺に驚いた先輩が絶叫し、その足に暴れるシャワーヘッドがぶつかり、また先輩が俺に抱きつく。


「ウワアーンッツ!! もう無理! 無理!」


 泣き出す先輩。水の重みを感じる服。いつまでも暴れているシャワーヘッド。


 大惨事。

 まさかほんの少しのイタズラ心が、こんな結果を招くとは……。




「大丈夫ですよー……。もう怖くないですよー……」


 ふわふわ、もこもこのクマ耳付きフードの半袖、半ズボンパジャマを着た先輩が、ソファに座る俺の膝の上に座り、俺の首に腕をまわしている。もうかれこれ30分くらい、先輩の背中をさすり、なだめている。


 俺が悪いんだから仕方ない。


「先輩、パジャマかわいいですね」


 先輩の気分を変えようと話を振る。


「姉が買ってきた」

「意外とかわいいものに抵抗ないですよね」

「かわいいも何も、パジャマはパジャマだろ」


 そういう考え方ですか。お陰でかわいい先輩が見られて俺は幸せです。


「希惟さんの服、借りちゃってすみません」


 濡れてしまった服の替わりにお借りした、希惟さんの服。希惟さんがこの家にいた時に使ってたって聞いたけど、本当に希惟さんのなのかな?

 よれよれのTシャツに、毛玉が付いたグレーのスウェットなんだけど……。近所に住んでるニートの持ち物だったりしない? 俺の兄が休日に着てるのと、ほぼ同じなんだけど。


「俺のはサイズ合わないから」


 拗ねた声で先輩は言った。


「お前、今、うれしい?」


 うん? 何でこのタイミングで?

 あ、俺が先輩を独り占めしてるからか。

 成り行きでこうなったとはいえ、とけてしまいそうなくらい幸せを感じている。先輩はふわふわ、もこもこだし。


「それはもう、うれしいです」


 先輩は頬を膨らませて、俺のみぞおちを殴った。


「ウッ」

「お前、やっぱりそれ脱げ」


 えぇー? な、なぜ……?


「先輩。機嫌、直してください」


 先輩の頬に手を添える。

 怒っているのに、どうしてこんなに愛しいんだろう。

 

「先輩が望むだけ、俺の血を差し上げますから」

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