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第二十六話 誘惑させてください

「亜蘭くんどうしたの? うん、大丈夫だよ。うん、何? 俺に出来ることならなんでもするよ」


 なんだそのやさしい声! 気持ち悪いから止めろ!


「あ、うん。俺はいいんだけど……」


 兄が、俺を見て戸惑いの表情を浮かべる。

 何だ? 何を言われた!?


「いやいや、迷惑なわけないじゃん! 亜蘭くんに誘われたら、何がなんでも行くよ! じゃあ、今から向かうから!」


 電話を切った兄が、呆然とした様子で呟く。


「亜蘭くんから、今から会えませんか?って誘われちゃった……。しかも二人で」

「は!?」


 う、嘘だと言ってください、先輩。

 この間の旅行で、誘惑するって言ってましたけど、こんなに早く実行されちゃうんですか!?


「行くな! 熱が出たとか言え!」


 兄の胸倉を掴み揺らす。


「ちょっ、やめっ、相談したい事があるって言ってたから! お前の事かもしれないし! そんなすぐ熱とか出ないでしょ!」

「もう、通りすがりの弟の友人から襲われたとかでいいから断れ」


 理人が、

「手伝おうか?」と俺に聞く。


「お前、行ったら先輩に誘惑されちゃうんだぞ!?」

「誘惑って、確かに亜蘭くんはかわいいけど……。百歩譲って誘惑されたとしても、お前と亜蘭くんの事知ってて、俺が亜蘭くんの誘惑に屈すると思うのか?」

「兄貴……!」


 兄はそう言うと、食べかけのアイスを冷凍庫に大事にしまい、服を着替え、髪をセットした。


「おい、何でデートに行くみたいな服着て、髪も整えるんだよ。ここ数年で一番のオシャレじゃねーか」

「お兄さん、そんなのじゃなくて、襟がよれよれのやつとかがいいんじゃない?」

「髪型も俺が整えてやるよ」

「エーン! 何でハサミ持ってるの!? 俺は行くからな! 絶対付いて来るなよ!」


 兄は、

「亜蘭くんに見放されても、俺のせいじゃなくて、お前の優柔不断が招いた結果だからな!」と俺に捨て台詞を吐き、足早に家を出た。


「甲斐くん、俺、本当は、この後ガソリンスタンドのバイトがあって忙しいんだけど」


 月のない夜のような理人の目が、ギラリと光った。


「急用ができたってバイト先に電話しなきゃ」




 まだ空の明るい、夏の夜の始まりに、全面ガラス張りの店が華やかに客を誘う。外国人客やカップルで賑わう、ここはホテル併設のダイニングバー。

 店内で談笑している先輩と兄を、テラス席から観察する。


 まさか、同じ店で同じ事をすることになるとは。


「甲斐くん、和牛サーロインステーキ食べていい?」


 いい訳ないだろ、7,700円するんだぞ?


「甲斐くん、俺、思わずついて来ちゃったけど、タクシー代払ったら残り500円になっちゃった」


 リアルな高校生の財力。

 ところで俺も残り1,200円しかないけど、オレンジジュースを二つ頼む感じでいいの? 帰りは歩く一択だね。


「普通に話してるだけだね。甲斐くんが慌てるから警戒しちゃったけど、心配する事なかったんじゃない?」


 早くも警戒を解き始めた理人に、俺は真実を語る。


「先輩の好きな人、実は、俺の兄なんだ」

「……は?」


 理人は眉間に皺を寄せて、俺を見た。


「いやいやいや、何でそんな事になっちゃってるの?」

「俺だって信じたくないよ……」


 理人は、先輩と兄の方を見ると、

「そんな雰囲気に見えないけどなー」と言った。


 そうかな? そう言われてみれば、ただ相談に乗っているだけにも見える。ここからじゃ会話が分からないから、何とも言えないけど。


「何話してるんだろう……」


 理人がアンテナの付いた機械をバッグから取り出し、それに繋げたイヤホンを片耳に付けた。もう片方のイヤホンを俺に渡す。


「こんな事もあろうかと思って、出掛ける間際、お兄さんの鞄に盗聴器仕掛けといた」


 え? 吸血鬼ハンターってそういう事もするの? そんな日常的に盗聴器持ち歩いてるものなの? なんで、よくある事ですみたいな顔してるの?


 離れた席にいる、先輩と兄の声が耳に届く。


「すみません、突然呼んでしまって」

「大丈夫だよ! 亜蘭くんに頼られるなんて光栄だな〜! 何の相談?」


 少しの沈黙の後、初恋の人をデートに誘うみたいに、兄の手を握った先輩が、

「……誘惑させてください」と言った。


 悪い予感が的中してしまった。

 俺の視線の先で、兄が沸騰したみたいに、真っ赤な顔で固まっている。

 おいこら、まさか先輩を前に、先輩の誘惑を想像してる訳じゃないだろうな。


「あ、あの、その、それってつまりどういう」

「お兄さん、俺に身を委ねたくなるような事、教えてください!」


 先輩、言い方がけしからんです!


「あのね、亜蘭くん、とりあえずこの手を、手を離していただいて」


 先輩が、兄の指に自分の指を悩ましく絡める。


「どうすれば、俺に舐めたり吸ったりして欲しくなりますか? 俺、誘惑したことないから分からないんです。お兄さんなら、俺に教えてくれますよね?」


 理人と一緒に頭を抱え込む。


「甲斐くん。俺、愛しさと切なさと怒りが混じりあって、もう限界」


 俺も限界。

 先輩、誘惑ってそういうことですよ。


「亜蘭くん、とりあえず落ち着いて。色々あって、すごく悩んじゃってるんだよね? 誘惑って、振り向かせたいとかそういう事なのかな?」


 先輩の誘惑から目を覚ました兄が、まともな事を言う。


「好みのタイプとか参考にならないかな? 文都は、セクシーかキュートか選ぶならキュートって言ってたよ。ちなみに俺はセクシー」


 あいつ、バカなの?

 深夜、カップラーメン食べながらどうでもいい話してた時のやつだろ、それ。


「お兄さん……」


 先輩が、兄の手首を掴み引き寄せる。キスしてしまうのかと思うほど、顔と顔が近づいた。


「俺、魅力ないですか?」


 あわわわわわわ……。




-これまでのまとめ-


日ノ岡亜蘭 ひのおかあらん

先輩。

吸血鬼。

再生能力が高く、怪我はすぐ治る。

文都の血を吸いたい。

理人の事は本能的に気に入らない。

文都の好きな人が、兄、日ノ岡希惟だと勘違いしている。


甲斐文都 かいあやと

後輩。

先輩の事が好き。

先輩から食欲の対象として見られている事が悩み。

先輩の好きな人が、兄、甲斐公都だと勘違いしている。


黒石理人 くろいしりひと

文都のクラスメイト。

吸血鬼ハンターの血を引いている。

先輩の事が好き。

先輩が吸血鬼だと知っている。

文都の事はライバルだと思っていない。

先輩に関わる事だとやり過ぎてしまう。


甲斐公都 かいきみと

文都の兄。

文都と亜蘭が付き合っていると勘違いしていた。今は、文都が亜蘭の事を捌け口に使っている上、理人と浮気していると勘違いしている。

亜蘭と希惟が吸血鬼という事は知らない。

亜蘭にときめいてしまった。


日ノ岡希惟 ひのおかけい

亜蘭の兄。

吸血鬼。

勉強と仕事で忙しいまま今に至り、他人との付き合い方がよく分からない。

弟を溺愛している。

公都の事が気になる。

亜蘭の血を吸いたい人間が、文都の事だと知った。

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