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第二十話 何してくれるの?

 夜が更け、街灯が道の端を照らし、ネオンサインが客の呼び込みをしている。

 よい子は眠りにつく時間、ほろ酔いの大人が、夜はこれからだと言わんばかりに気持ちの良さそうな顔で歩いている。


 ラーメン屋さんを出た所で、先輩は俺の腕を引き寄せた。

 腕を絡め、体をぴったりと寄せると、極寒の雪原にも花が咲いてしまいそうな笑顔を俺に向ける。


「先輩? どうしました?」

「ん? 俺達はいつも仲良しだろ?」


 どうして、そんなにかわいい事を言うんですか? 先輩は俺をどうしたいんですか?

 だけど、なぜか別の意図を感じる気が。やっている事はいつもと変わらないけど、語尾に圧があるし。


「文都、文都」


 兄に促されて、視線を移す。


「お兄様がお怒りだぞ」


 兄の指差した先で、鬼の形相をしたお兄様が、離れていても熱気を感じるほど、真っ赤に燃え上がっていた。

 思わず震え上がる俺に、先輩が迫る。


「おい、何で兄を見るんだ! 俺を見ろ! 俺だけを見ろ!」


 正直、もう死んでもいいくらい嬉しいセリフだけど、このままでは本当にお兄様に殺されてしまう気が……。

 先輩のお顔も、笑っているのに怒りを感じるのはなぜでしょうか。


「おい! 下等生物! 亜蘭から離れろ! 離れないと殺す!」

「は、はい! 今離れま……」


 忠告に従い、離れようとすると、お兄様に見せつけるように、先輩が俺の首に腕を回した。


「俺が許可するまで離れるな。離れたら殺すからな」


 肋骨を折りかねない勢いで心臓が跳ねる。


 お兄様が声にならない叫び声を上げている隣で、兄が、

「お前、離れても離れなくても殺されるな」と冷めた声で言った。




「先輩のお兄様に嫌われてる気がする」


 お兄様の車で家まで送ってもらい、先輩達と別れた後、俺は項垂れつつ、そう呟いた。


 ドアが閉まるまで睨まれてたし。


 それを聞いて、

「実際、嫌われてるからな」と兄が笑う。


「く、苦しい! 苦しい! ギブギブ!」


 俺に首を絞められた兄が、腕をタップする。


「お前と亜蘭くんが仲良しだから、どういう関係か気になってるんだろ。早く付き合ってる事、言っちゃった方がいいんじゃないの?」

「言えない」


 付き合ってないから。


「亜蘭くんがあの様子だと、お兄様にばれるのも時間の問題だぞ? 今でさえ、あんなに警戒心もたれてるんだから、隠れて付き合ってたって分かったら、本当に殺されかねないからな」


 本当に付き合ってたら、それで本望だ。


「それより、今日の先輩、何か変じゃなかった?」

「そうか? でも、確かに言われてみればそうかも? わざとお兄様を怒らせようとしてた気がするし……」


 兄が天啓を受けた顔つきになる。


「もしかして、お兄様に甘えてるんじゃない!?」


 なっ。


「亜蘭くん、お兄様と距離感あったじゃん。素直になれないんだよ! どう接していいか分からなくて、本当は甘えたいのに、わざと怒らせるような事してたんじゃない?」


 先輩が尊すぎる仮説に、兄も興奮を抑えきれない様子で話す。


「そ、それは応援しないと!」

「そうそう! それに亜蘭くんがお兄様に素直になれたら、お兄様も満足して、お前の事許してくれるんじゃない!?」

「名案!」


 お互いにお互いの事を指指す。

 兄のくせに、冴えてるな。


「俺達で応援しよーぜ! 一泊二日の旅行とか計画してさ、二人が仲良くなれるように!」

「ナイス兄貴!」

「そうと決まったら、宿の検索、検索〜」

「俺は先輩にお誘いの電話しないと! 必ず、お兄様もご一緒にって」

「理由は何でもいい、とにかく二人を誘い出せ」


 先輩、文句言いつつ、内心では喜んでくれるんだろうな。


「いや〜なんで俺ってこんなに冴えてるんだろう。亜蘭くんに感謝されて、お兄様って呼ばれちゃうかもな〜」




 数コールの後、先輩のやさしい声が耳に響く。


「何? 何かあった?」


 そう言えば、電話で先輩と話すのは初めてだ。

 直接会って話をするより、先輩を身近に感じて緊張する。


「さっきは送ってもらって、ありがとうございました。今日は本当は会えない日だったのに、先輩に会えて嬉しかったです。もう、家に着きましたか?」

「いや、まだだけど。もうすぐ着く」


 ということは、まだお兄様の運転中かな。


「話していて大丈夫ですか?」

「うん」

「先輩、今度どこか行きませんか? 最近、色々ありましたし、気分転換になれば」


 本当は、夏休みが始まる前にお誘いしたかったです。

 色々あって言えなかったけど。それに、こういう形じゃなくて二人きりで出かける為に誘いたかった。

 でも、先輩の為ならそれも我慢します。


 先輩は、少しの沈黙の後、返答を楽しむようなイタズラっぽい声で聞いた。


「どこに連れてってくれるの?」

「今、探してます」

「ノープランかよ」


 クスクスと笑う声が聞こえる。


「まだ場所は決まってないですが、先輩に喜んでもらえるような所にします。だから、一緒に行ってくれますか? 俺と泊まりで」

「……泊まり?」

「一泊二日です」


 長い沈黙が流れる。

 あれ? 電話、切れちゃったのかな。


「先輩?」


 先輩が、甘くとろけるような声で、

「何してくれるの?」と聞いた。


「なっ……何し……」

「いいよ」


 緊張の糸がほぐれて、息をするのが楽になる。


 もしかして俺、今まで息してなかった?


「よかったです。じゃあ、お兄様もご一緒に行けそうな日を……」

「は?」

「あの、お忙しいとは思うのですが、お兄様もご一緒に行ける日を教えていただけたら」

「は? なんて言った? 今」


 何だろう、急に先輩の声が苛ついた感じに。


「お兄様も一緒に……」


 ブツッ。


 え? 切れた? 電話。運転中だから、電波悪いのかな?


 すぐにかけ直すも、電話は繋がらない。コールが繰り返され、一度切ろうか迷った頃、先輩は電話に出た。


「あ、良かったです。電話繋がって」

「直接聞け」

「へ?」


 先輩の不機嫌な声が聞こえたかと思うと、震え上がるような恐ろしい声で、お兄様が電話を代わる。


「私に用事があるそうだな」

「はっはい……」


 急に、勉強不足で試験に臨むような気持ちになる。つい正座になってしまった。


「先輩と俺と兄とお兄様、四人での一泊二日の旅行を計画していまして、ご都合はいかがかと思い」

「私に、お前のような卑しい人間と楽しく旅行をする時間があると思うか?」


 すかさず、先輩の声が聞こえてくる。


「だそうだ。仕方ないな、俺とお前、二人で……」

「待て、亜蘭が泊まりに行くことも私は許可していないぞ」


 あ、スピーカーでお話されてるんですね。


 電話越しに二人のやり取りが聞こえてくる。


「お兄様に来ていただかないと意味がないんです。それにうちの兄も、同じ兄という立場の者同士、交流を深めたいと言っておりまして」

「……交流を?」


 食いついたぞ。


「あ、はい。お兄様が素晴らしい方なので、興味があると。顔も中身も良くて背も高いし几帳面で……あとはえーっと、車がかっこいいって言ってました」


 車以外、嘘だけど。

 理由は何でもいい、とにかく二人を誘い出せって言ってたし、大丈夫だろ。


「……行ってやってもいい」

「はぁ!?」


 お兄様のツンデレっぽい返事と、先輩の納得がいかないというような声が聞こえる。


 先輩、大丈夫です。分かってます。本当はお兄様に甘えたいんですよね?


「断ったらいいじゃないですか。仕事忙しいんですよね?」

「亜蘭一人を行かせるわけにはいかないだろう」

「……本当にそれが理由ですか?」

「私も、ほんの少し人間に興味が湧いた」

「……は?」


 素直になれない先輩もかわいいな。


「では、都合のいい日にちだけ、後で教えてください。詳細は後ほどお伝えします」

「おい」


 先輩は、お兄様に負けず劣らずの恐ろしさを感じる声で、

「俺は絶対認めないからな」と言った。

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