第十九話 どういうタイプが好きなの?
「いやー高級車の乗り心地っていいね」
俺達は今、ラーメン屋さんに来ている。
当初行こうとしていた、先輩のバイト先近くの店ではない。
結局、みんなほとんど何も食べていなかったこともあり、兄が別のラーメン店を指定し、お兄様が車を出した。
さてはあいつ、お兄様が語り出した時、すでにラーメンの事考えてたな。
出汁の香りが漂うカウンターに、兄、お兄様、俺、先輩の順で並んで座る。
あれから、お兄様は急に静かになってしまった。
それにしても静かすぎない?
実はめちゃくちゃ怒ってたりして……。
「先輩、お兄様が急に静かに」
右隣りの先輩に、声量を最小限に留めて話す。
「反省してるんだろ」
反省……なのか?
「お兄様はどうして人間を見下してるんですか? 昔、何かあったとか?」
「さあ……。兄との関わりあんまりなくてよく分からないけど。多分、誰かと深く関わることなく、勉強と仕事で忙しいまま今に至るから、人間だけじゃなくて、自分以外との付き合い方が分からないんじゃない? 俺にも過干渉だし」
お兄様は学歴社会が産んだ闇ですか。
「ちょっとかわいく思えてきました……。けど、お兄様よくラーメン屋に来てくれましたね。人間が作る物なんて口にしないとか言いそうなのに」
「そんな事言ったら、俺達食うものなくて死ぬぞ」
空気の読めない兄が、
「高貴なお兄様には不釣り合いなお店だったかな?」と言って笑う。
ヒヤヒヤしながらお兄様の方を見ると、お兄様は兄を見て、
「ここはあなたのお気に入りの店ですか?」と聞いた。
敬語。
「急なキャラ変やめろよー、こんな小汚い店、低脳な人間が来る所だ! とか言えよー」
ちょっ、兄貴、横見ろ横。ラーメン屋店主からの刺すような視線!
「俺の働いてる会社の近くにあるから、昼はよく来るんだよね」
そう言うと、兄は名刺を取り出し、お兄様に渡した。仕事柄いつも持ち歩いているらしい。
それを見て、
「お兄さん、マジでカッコいい」と先輩が感心した。
あんな紙切れで先輩からカッコいいを貰えるなら、俺は百万枚配る。
お兄様が名刺を見て、
「甲斐公都さん。飲食店向けのシステム販売ですか……」と呟く。
それを聞いて、兄が、
「なんか文句ある?」とまた喧嘩を売る。
「私の会社がホテルや飲食店を経営しているので、繋がりがあると思いまして」
「あーお兄様、ホテルの支配人とか似合いそうだよねー」
「支配人ではないですが……」
お兄様の丁寧な口調が、逆に怖い。
ところで。
「先輩、どうしてずっと手を握っているのでしょうか?」
席に着いた瞬間、先輩は俺の手を握り、自分の膝の上に引き寄せた。
それからずっと、どこにも行かないように捕まえているみたいに、俺の手をカウンターの下で拘束している。
若干、先輩側に傾いた体を、左隣のお兄様に気取られないよう、俺は脅威の体幹で耐えていた。
俺の問いに対する、先輩の返答はない。
眉間に皺を寄せ、不機嫌にも見える顔で、何かを真剣に考えている。
先輩は、少しの沈黙の後、
「お前、どういうタイプが好きなの?」と俺に聞いた。
先輩……?
どうしてこのタイミングで、そんな質問を?
俺の好きなタイプは先輩ですが?
先輩と俺が付き合っていると思っている兄が、
「亜蘭くん、健気だねー」と言う。
俺を食欲の対象として見ている先輩が、
「早く言え」と迫る。
先輩を好きな俺が、
「かわいい人です」と答えると、何も知らないお兄様が、
「おい人間、さっき聞きそびれたが、亜蘭とどういう関係なんだ」と古風な吸血鬼モードに。
それを聞いて、真の何も知らない兄が、
「内緒にしといた方がいいのかな〜?」とニヤつく。
ムカつく顔やめろ、お前が一番何も知らないんだぞ。
先輩は、俺の答えに納得しなかったようで、
「かわいいはダメだ。他のにしろ」と言い放った。
「放っておけなくて、守ってあげたい……。やめましょう! この話題は!」
何だこの羞恥プレイは。
先輩は、何でチベットスナギツネみたいな顔してるんですか?
カウンターに次々とラーメンが置かれる。
湯気の立ちのぼる透き通ったスープに、油がうっすらと浮かんで、キラキラと輝いて見えた。しっとりしたチャーシューに、半熟の味付け卵と海苔が乗っていて、細めのストレート麺によくスープが絡む。
ふと隣を見ると、先輩が天使のような微笑を浮かべていた。
先輩、お美しいです。
こんなおいしいラーメンを食べたら、どんな種族の垣根も越えられる気がする。
いつか、お兄様も人間の事を好きになってくれるかもしれない。
第19.5話 かわいいはダメだ
「亜蘭、最近悩んでいる事はないか? それか欲しいものとか」
ニューヨーク帰りの兄が、俺に聞く。
何で悩んでいる事の次に言う事が、欲しいものなんだ? 脈絡ないな。
「特にないですね」
そう言うと、分かりやすく兄が項垂れた。
意気消沈ぶりがサングラス越しでも伝わってきて、正直ウザい。
「いや、欲しいものはあります」
「よし、亜蘭が欲しいものはなんでも買おう。その前にまずは部屋に行こう。亜蘭に似合いそうな服を買ってきたんだ」
「血を吸いたい人間がいる」
兄が唖然として、彫刻のように固まった。
「だけど、中々吸わせてくれなくて」
兄は、急に緊張感のある声で、
「ドナーからの提供で十分だろう」と言った。
そうだった、兄はこういう吸血鬼だ。
「まあ、俺の気持ちなんて分からないでしょうから、もういいです」
それを聞いて、兄がこの世の終わりみたいな顔をする。
だから、そういう所がウザいんだって。
「美しい容姿は獲物を惹きつけるためにある」
仕方ないというような顔で兄は言った。
「吸血鬼らしく誘惑すればいい」
誘惑、誘惑、誘惑……。
「先輩、どうしてずっと手を握っているのでしょうか?」
文都がおずおずと、こちらを窺う。
こいつ、そういえばモテるよな。この前もバスで……。
思わず手を握る力が強くなる。
誘惑ってなんだ? 何すればいいんだ?
吸血鬼らしくって言われても、誘惑なんてしたことないからな……。
「お前、どういうタイプが好きなの?」
文都が、困惑の表情で俺を見る。
なんだその顔。
「早く言え」
もったいぶるな。
文都は、俺から目を逸らすと、
「かわいい人です」と言った。
はぁ?
「かわいいはダメだ。他のにしろ」
俺にない要素はダメだ。かっこいいとか強いとか言え。言え言え言え。
「放っておけなくて、守ってあげたい……」
こいつのタイプ、俺と正反対なんだけど……。どうやって誘惑するんだよ。
それより、何でさっきから、そんなに言いにくそうにしてるんだ?
はっ……。
その時、浮かんできた一つの仮説に、俺は、雷に打たれるような衝撃を受けた。
こいつ、さっき俺の兄の事、ちょっとかわいく思えてきました……って言ってたな。
放っておけなくて、守ってあげたい……?
そういえば、お兄様はどうして人間を見下してるんですか?とか、やけに兄のこと気にかけてたし。
大体、何でこいつが助手席で兄の話聞いてたんだ? 今も隣同士だし。
俺の隣で、文都が世界平和を願うみたいな顔でラーメンをすすっている。
おい、幸せそうな顔でラーメン食いやがって……。
俺に血を吸ってもいいって言ったくせに、俺の兄が、好きなタイプ……?
怒りで逆に笑えてきた。
俺が、どれだけ我慢してるか分かってないみたいだな。
お前が兄を好きになるなんて、俺は絶対認めないからな。




