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第十六話 俺は、お前のことが嫌いだ

 結局、理人は、先輩に迷惑をかける事も、何か事件を起こす事もなく、バイト期間を終えた。


 バイトが終わる頃に店先で先輩を待っていると、小さな紙袋を下げた理人と鉢合わせた。

 ちょうど裏口から出てきた先輩と、三人で向かい合う。


「バイトおつかれさま」

「あっという間だったよ。店長からは、このまま続けて働いてほしいって言われたんだけど……」


 先輩が、

「こいつがいるなら、俺が辞めるって言って、考え直させた」と言い放つ。


 わあ、ナイスディフェンスです。先輩。


「制服返しにきたの?」


 その割には荷物が小さいような。


「制服はもう返したんだ。今日は先輩に渡したいものがあって」


 そう言って、理人は紙袋から小さな箱を取り出した。

 先輩の目の前に立ち、箱から小さなものを取り出すと、先輩の左手を取り、それを薬指にはめた。

 流れるような手つきに、抵抗する時間も与えられない。


「俺とお揃いのシルバーリング」


 満面の笑顔で、理人が先輩に自分の手を見せる。

 その薬指がキラリと光った。


「あ゛?」


 先輩が低い声で凄む。


「……はあ!?」


 思わず間抜けな声を出す俺に、理人が、

「早い者勝ちって言ったよね?」と言って笑った。


 こいつ……。

 先輩、何で抵抗しないんですか!?


「甲斐くん、何で抵抗しないのって思ってる? できないんだよ。先輩、吸血鬼だから」


 先輩が、理人に手を握られたまま、その場にしゃがみこんだ。


「気分悪い……」


 息をするのが苦しくなるような、黒く重い雲が空を埋め尽くしている。

 遠くでゴロゴロと猛獣が喉を鳴らすような音が聞こえた。


「何で、その事……」

「先輩が吸血鬼だって事、自分だけが知ってると思ってた?」


 お揃いのリングをつけた手が、離れることのないように強く握られている。


「入学してすぐの頃から、ついつい目で追うようになって、自分が惹かれていることに気付いた。その時は、先輩が吸血鬼だって疑ってた訳じゃなくて、先輩が吸血鬼だったらいいなと思ってた。確信に変わったのは動物園に行った時だよ」


 姿勢を低くして、理人が先輩の頬に触れた。


「先輩の事を知りたい。どれくらいの力で、どんな風に触れたら、どんな反応を示すのか。痛いのか、くすぐったいのか」


 小さな子に優しく言い聞かせるような口調が、歪んだ愛情をより鮮明にする。


「吸血鬼は再生能力が高いらしいけど、それって、どれくらいなの? 例えば、このきれいな目をくり抜いて大事にとっておいたら、先輩の目は元通りになるのかな?」


 先輩が、刺すような視線を理人に向けた。


「それなら、ずっと俺の手元に置いておけるのにね」


 間に入った俺を避けて、理人が先輩の手を離し、後退した。

 自分の背中に先輩を隠して、理人に向かい合う。


「お前、悪ふざけでは済まないって分かってる?」


 こんなに不愉快な気分になったのは、人生で初めてかもしれない。


「甲斐くん、俺はいつも真剣だよ」


 理人は、俺の背に隠された先輩に向かって、

「俺は、先輩の事が好きだよ」と言った。


 俺という壁越しに、先輩が、

「俺は、お前のことが嫌いだ」と言い返す。


「先輩は、俺の事を好きになるよ。だって、先輩と俺は繋がってるから。先輩に吸血鬼の血が流れているように、俺にも特別な血が流れてる」


 おい……。

 振られて諦めるタイプではないような気がしてたけど、自信過剰すぎるだろ。


「もっと先輩と一緒にいたいけど、雨も降りそうだし、甲斐くんも怒ってるから今日は帰るね」


 俺達に背を向けて歩き出した理人に向かって、帰れ帰れと心の中で連呼する。

 言い忘れていた事を思い出したように、理人が振り向いた。


「甲斐くん、俺、甲斐くんの事、ライバルだと思ってないよ。だって、甲斐くんは、先輩にとって食欲の対象だもんね」

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