第十五話 何だこの状況
私服に着替えた先輩と一緒に帰路に着く。
日が伸びて、まだ辺りは明るいものの、遠くの空が、まもなく薄暗くなる気配を見せている。いつ明かりを消そうかと様子を伺っているみたいだ。
「理人のバイト、三日間だけなんですね」
あいつ怖いところあるから不安だったけど、ちゃんとまじめに働いてたし、心配する必要なかったかも。
「三日もたずに辞めればいいのにな」
辛辣。
先輩は、本当に謎に理人にだけキツイな。
まあ、あいつも悪い所あるから……。
「先輩と同じ所でバイトするって聞いて、驚きました」
「偶然だろ。お金欲しくてバイト先探してたんだろうから。欲しいものがあるとか言ってたし」
意外と普通な理由。
最近色々あって理人のこと、誤解してたかもしれない。
正直、ヤンデレサイコパス野郎だと思ってたし、何なら先輩から物がよく無くなるって話聞いた時、一番に疑った。申し訳ない。
「先輩のバイト先、いいお店ですね」
「食べたいもの食べれなくて、不貞腐れてたくせに」
それは先輩が悪……悪くないです。先輩がする事は全て正しいのです。
「先輩が作ってくれたから、おいしかったです」
「……」
俺から視線を逸らす先輩の耳が赤い。
え……? 先輩、まさか照れてるんですか?
何ですか? そのかわいい反応。
思わず顔を覆う俺に、先輩が、
「ちょっと寄り道してもいい?」と聞く。
人のいない公園を指差しながら。
空は、タイミングを見計らったかのように薄闇のカーテンを下ろした。
人気のない公園、ベンチに腰掛ける俺の膝の上に、先輩が向かい合わせで座る。
俺と並んで歩くと、いつも上目遣いになる先輩が、俺を見下ろすようになって、新鮮な気持ちになる。
倒れないように腰を支えると、先輩は俺の両肩に手を置いた。
何だこの状況。
「お前、吸われるのが怖いんだろ?」
怖くはないです。
どちらかと言えば、我慢の限界を迎えた俺が、何かしでかさないか怖いです。
「だから、慣れるための練習をする」
「練習」
「今日は噛まない。歯を当てるだけだから」
先輩はそう言って、俺の首元に口を寄せた。宣言通り、先輩の歯が当たる感覚がする。
「怖い?」
「怖くないです!」
ていうかずっと怖くはないです。
「じゃあ何で、こんなドキドキしてんの?」
先輩が俺の胸に手を置く。それは別の意味のドキドキですから。
「大丈夫だから、力抜いて」
先輩が俺の首元を咥えて吸う。舌が密着する感覚にクラクラする。肌に舌を這わせて舐めたり、また吸ったりを繰り返し、唇が離れる度に音がなる。
「うっ」
「う?」
もういっそ、思うがままに吸ってください。
「あ、分かった。お前……」
俺の邪な思いに気付かれてしまった!? だけど、もうそれでもいいような気になってくる。
「首が怖いんだな? 別の部位にする?」
部位って……。
先輩、俺は心配です。
そういう事を聞いちゃうあなたが。
先輩の純粋な気持ちを利用して、悪い大人に色々させられたりしないか。
「先輩、夏休みの間だけ、バイト帰りに迎えにきてもいいですか?」
こんなタイミングで言うのもなんだけど。
先輩、俺は、先輩を食事に誘うような悪い大人から守りたいです。
先輩が、怪訝な顔で、
「何で?」と言う。
「お前にメリットある?」
「俺が、先輩に会いたいんです」
先輩の顔が、いたずら好きの猫のように、驚きの表情から喜びを含めた笑みに変わる。
「俺も」
大好きなものを独り占めするように、先輩が俺を抱きしめた。
「夏休み入ったら、あんまり会えなくなると思ってたから嬉しい。今日だって本当は、会いたくて誘ったし」
心臓が激しく鼓動する。
先輩、それは俺の血が欲しいからなんですよね?
先輩は、俺を食欲の対象として見ていて、健やかな血の為に俺の健康が心配で、おいしいものを目の前にしているから、こうして寄り添っているんですよね?
そうじゃなかったら、勘違いしてしまいそうです。




