第十四話 健やかな血を育む為に
「は?」
「先輩のバイト先、受かった」
写真に写る理人は、腰から下のサロンエプロン、先輩は上半身から下半身までを覆う胸当てエプロンをつけている。
よく見たらこの写真の先輩、すごく嫌そうな顔してるな。
「これってどこのバイト?」
「駅の近くにあるハンバーガーが売りの店だよ」
理人がネットで検索した画面を見せる。
口コミ評価4.2、月曜定休、営業時間20時まで。おかげさまで、まもなく五周年を迎えます……。
「まだ募集ってしてる?」
「してないよ」
「……」
「してないよ」
二回言われてしまった。
理人は、
「早いもの勝ちだよ」と言って笑う。
その言葉に別の意味が隠されているような気がしてならない。
「ていうかさ、甲斐くん、先輩から俺が一緒にバイトすることになったって、聞いてなかったんだね」
先輩には先輩の世界があって、俺はそれを尊重しないといけない。
そもそも、一方的に俺が先輩を好きなだけだから、先輩が俺にそんな報告をする必要はない。
だけど、先輩の口から聞きたかったな……。
夏休み前、最後の下校。
先輩は、俺にピッタリと身を寄せて歩く。
こういう距離感は近いんだけど……。
「最近何か変わった事ありませんでした?」
俺の問いかけに反応し、先輩が上目遣いで俺を見る。
可愛い。
「ない」
心の距離が遠いです、先輩。
「俺に何かしてほしい事、ありませんか? 血を吸わせる以外で」
「健康的な食事、運動、睡眠」
健やかな血を育む為にって事ですね。
「あ、そうだ。お前、明日暇?」
食欲をそそる香りが漂う店内。
17時という中途半端な時間にも関わらず、ほぼ満席。そのほとんどが女性客で埋まっている。
先輩のバイト先で、見慣れた顔が俺を出迎えた。
「いらっしゃいませーって……甲斐くんじゃん。俺に会いに来た?」
「五周年キャンペーンで、フードメニュー頼むとドリンクタダだからって先輩に誘われて」
「あー……そのせいでめっちゃ混んでランチ地獄だった。やっと今落ち着いた感じ」
「おつかれさま」
店内を見回すも先輩の姿はない。
「あ、先輩はキッチンだよ。ホールやるとレジ混んじゃうから。アイドルの握手会みたいになっちゃって大変なんだって」
えー顔がいいってすごい。
「今、ちょうどオーダー入ってないから呼んでくるよ。空いてる席座ってて」
呼ばれてつい来てしまったけれど、周りはほぼ女性。男一人はお呼びでない感じがする。
メニューも全部英語だし、名前だけでは想像できないメニューもある。
席で、何となく窮屈な空気を感じていると、居心地の悪さにメスを入れるように、水滴をまとう冷たいグラスがテーブルに置かれた。
「何がいい?」
キャップ、エプロン姿の先輩が俺に問いかけた。
「似合いますね」
「よく言われる」
わー可愛いです先輩。
凝縮されていた空気が放たれるように、息苦しさがなくなって、思わず口元が緩む。
「何にする?」
「ダブルパティベーコンチーズ&チーズバーガーとフレンチフライL、あとコーラLで」
先輩が、眉間に皺を寄せた。
「あ、もしかして面倒くさいメニューでしたか?」
作るのに時間が掛かるとか。
違うメニューの方がよかったかな? 隣の席の人が食べてる、雪崩のように溢れ出るチーズのやつとか。
「いや、いい」
先輩が小さなため息を付き、キッチンに戻る。
わあ~ワクワクするな~。背徳的な食べ物って不思議な引力があるよな。ついついカロリーの暴力に、大量の糖質をセットで合わせてしまう。
健康的な食事ってどこかそっけなくて、俺はやっぱり、ハンバーガーにはフライドポテトとコーラ!
十数分後、先輩によって、俺の前に置かれたトレイには、アボカドバーガーとグリーンスムージーが乗っていた。
「……」
先輩、間違えちゃったのかな?
「お前、体に悪いものばっかり頼むな」
意図的だった。
「わあースライスされたアボカドがきれいですねー……。グリーンスムージーってこんなに鮮やかな緑なんだあー……。オイシソウー……」
この緑の液体は何ですか? 飲んでいいやつですか?
シュンとしてしまう。
「もうお前一人の体じゃないんだから」
「先輩、俺の健康を気遣って……」
いや、違うな。
良質な血を作るための土台作りだ。
「俺、もうバイト終わりだから着替えてくる。それ食べたら一緒に帰ろ」
「えー先輩帰っちゃうんですか? 俺も帰りたい」
そう訴える理人に、先輩は、
「お前、期間限定なんだからしっかり働けよ」と言った。
「期間限定?」
「五周年キャンペーン中、三日間だけの臨時バイト」




