第十二話 先輩の何なの?
別教室への移動の途中、前方から上級生が歩いてくるのを見て、理人は、すれ違い様にその胸倉を掴んだ。
「え!?」
突然の暴挙に、目を疑う。
いつも笑顔でいる理人の面影はそこにはなく、掴んだ相手を睨みつける目が、ギラギラと獣のように光って見えた。
「理人!」
そのまま殴りかねない様子に慌てて間に入るも、理人は俺の呼びかけに応じない。
「それ、亜蘭先輩のだろ」
理人の視線の先には、胸ポケットにささったボールペンがあった。
真っピンクで、フワフワの素材でできたハートが付いている。ハートの部分には目と口が付いていて、何かを訴えているような何とも言えない表情でこちらを見ている。
ハートの化け物と目が合ってしまった。
理人? 落ち着いて? それは先輩の物ではないのでは?
先輩らしくない物なのに、理人はそれに確信を持っているようだった。
「先輩の筆箱から無くなってた。先輩が持たなそうな物だったからよく覚えてる」
理人が掴んでいた手を離し、上級生の腹を蹴る。
蹴られた相手が苦しそうに唸って、床にへたり込むと、その髪を乱暴に掴んだ。
「どんな気分? 先輩の物、手に入れて嬉しかった? それ眺めて楽しんだ?」
「おい! 理人!」
犯人だって確信持ってても、普通いきなり蹴るか? まだ自白した訳でもないのに。
いつもと違う理人の様子に戸惑いが隠せない。
「俺がやっと見つけたのに……汚い手で横取りかよ」
手を離された上級生がふらついて、床に尻もちをついた。
上級生を咄嗟に庇うと、俺の背中に蹴りが直撃する。
最近よく痛い思いするな……!
ご乱心のおじさんの平手よりも、先輩の噛みつきよりもずっと痛い。
骨が折れていないか心配になりながら、
「やりすぎ」と諭す。
「どこが? あのさ、前から思ってたけど、甲斐くんって先輩の何なの?」
理人が、俺を見下ろして笑う。
「やさしいだけじゃ、先輩取られちゃうよ」
その後、その上級生は自分のした事を認め、盗まれた物は先輩に返された。
理人は暴力を振るったものの、蹴られた側にも非があった事、普段の素行に問題がない事で停学は免れ、処分は課題や先生との面談といった学校内での指導に留まった。
「甲斐くん……。これ、病院代……」
教室で、理人がおずおずと病院代を差し出す。
眉を下げ、見捨てられた子犬のような姿に、この前の面影はない。
「本当ごめんね……! あの時は血が上ってて……。甲斐くんを蹴るつもりはなかったんだよー!」
平謝りする姿に、あの時の理人は、別人だったのではと思えてくる。
「分かってるって、気にしてないから。理人のおかげで犯人分かったんだし」
「甲斐くん……」
俺を抱きしめようとする理人を慌てて制止する。
「痛いから、まだ痛いからやめて」
もしかしてお前、怒ると人が変わるタイプの方? 危ないな。
「あの上級生、二年生だったね。先輩に嫉妬して、困らせてやろうと思ったらしいよ」
「先輩と同じ学年か……。大丈夫かな」
理人から話を聞いて不安になる。
解決されたとはいえ、気持ちの悪さは残っているだろうし。
「大丈夫じゃない?」と理人は言った。
「あいつ大怪我して入院したよ。学校も変えるみたいだし」
入院?
「何で?」
意外な結末に驚く俺に、理人は、
「バチが当たったんじゃない?」と言った。
昼休み。
俺は、小鳥に餌を与えるように、先輩の口にお菓子を運んでいた。
俺の日常に先輩が戻ってきて嬉しい。
「マジで良かったわー。犯人見つかって」
「うちらも犯人探ししてたんだけど、亜蘭くんのファンが暴走してストーカー化してると思ってたから、男はノーマークだったんだよね」
先輩のお友達が、それぞれそう言った。
いつも仲良しだから、お二人も先輩の事をすごく心配していたんだろうな。
そういえばと、気になっていた事を聞く。
「あのペン、先輩のだったんですね。ピンクのハートが付いてる……」
あのハートの化け物。
「姉から貰った」
例の初めての時にがっついて、相手を貧血で倒れさせたという……。
変わった趣味してますね。
「あれを持っている事に理人が気づいて、それで犯人が分かったんですよ」
「なんで? あいつが俺の私物、知るわけないだろ」
沈黙が流れる。
言われてみれば、確かに。
「そういえば、足りないんだよな」と先輩は言った。
「謝罪が?」と先輩のお友達が聞く。
「返ってこない物がある。捨てられたのかな?」
「えーあいつまだ隠し持ってるって事? やっぱストーカーじゃん」
「俺達で、もう一回制裁しとく?」
怒りが収まらない先輩のお友達が、報復をほのめかす。
「退院後また制裁されたら、流石に凝りそうですね」
それを聞いて、時が止まってしまったように先輩達が固まった。
その表情が知らなかったと物語っている。
「え? どういう事?」
「大怪我して入院したって、学校も変わるって聞いたんですけど……」
「は? 何で?」
先輩達が知らなかった事を、理人はどうして知っていたのだろう。
「まあ、自業自得?」
気まずそうに先輩のお友達が言う。
話題を変えるように、もう一人のお友達が、俺を窘めた。
「ていうか甲斐くん落ち着きすぎ! 亜蘭くんが酷い目あったんだよ? もうちょっと怒ってもよくない!?」
それを聞いて、俺と先輩の目が合った。
「お前、めちゃくちゃ怒ってたよな」
先輩は、そう言って笑った。




