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第十一話 先輩が来ない

「文都、最近ご機嫌じゃない?」


 新作のお菓子を鞄に入れながら、鼻歌を歌う俺に兄が言った。


「やたらお菓子買うし、女子か」


 そう揶揄されても、全く気にならない。

 お菓子はもう、先輩以外には渡さない。


「いいよなー学生は気楽で。あと1ヶ月くらいで夏休みだろ?」


 それを聞いて、学校の準備をする俺の動きが固まる。

 学校がないということは先輩がいない。


「海行ったり山行ったり、遊び放題じゃん」


 そ、そうそう。一緒に遊びに行ったりすれば……。

 動物園以来どこも行ってないな。


「長電話して夜ふかししたり」


 そもそも連絡先知らないな。




 朝のバスに揺られながら、俺は、夏休みに先輩を誘う口実を考えていた。


 俺の血を吸いに来ませんか?


 それは色々リスクがありすぎる。誘い文句が怖すぎるし。

 外は暑いし、先輩は日光長い時間浴びたくないだろうから……。


 涼しい部屋で休みませんか?


 違う。そうじゃない。何か別の思惑がありそうな感じがアウト。

 シンプルに! 夏休み、どこか行きませんか? そう言うだけ!

 前に先輩が、出かけるなら二人がいいって言っていたし、きっと大丈夫なはず。


 緊張の面持ちで、先輩が乗る停留場を迎えると、バスはそのままそこを通り過ぎた。




 先輩が来ない。


 昼休み、放課後、次の日、また次の日と、先輩がいない日が過ぎていく。

 俺から会いに行っても、その度、先輩は忙しそうにどこかへ行ってしまう。


 思えば、先輩がいる日常が当たり前になってしまっていたかもしれない。辛い。


 俺の心情を見透かしたように、

「最近、先輩来ないね」と理人が言う。


 机に突っ伏したまま、うんとか、すんとか曇った返事をすると、理人は、

「甲斐くんに興味なくなったかな?」と言葉の槍で、俺を背中から串刺しにした。


 気が付かない内に、先輩の機嫌を損ねる事をしてしまったのだろうか……。


 思い当たることを頭に浮かべてみる。


 押し倒したり、飴舐めさせたり……。

 最低だ! 俺は変態か!


 自責の念に駆られていると、後ろから、

「ちょっといい?」と声を掛けられた。


 振り向いた瞬間、そのまぶしさに目が眩む。

 日増しに気温の増すこの季節に、暑苦しさを全く感じさせない、涼しげな表情。

 淡い茶に緑が混ざった宝石のような瞳に、羽のようなまつ毛、光の束のような髪。

 非の打ち所がない整った顔立ちが俺を見下ろしている。


 久しぶりの先輩が美しすぎる。


 聞きたいことは色々あったはずなのに、いざ面と向かうと、わざわざ口にするのは女々しいようで言葉が出ない。


 先輩は、数日ぶりだということを全く気にしていない様子で、

「体操服貸して」と言った。


「体操服」

「午後、体育だから」


 唖然とする俺の代わりに、理人が、

「俺のをどうぞ」と献上する。


「死ね」


 理人を一瞥した先輩が、冷たい言葉を投げた。


 先輩って、理人限定で冷たいよな……。

 よっぽど理人が恨みを買ってるのかな。


 先輩が不機嫌な顔で俺に迫る。


「早く貸せ」


 カツアゲですか?

 もはや、それさえ愛しい自分が怖い。


「先輩には大きいかもしれないですけど」

「別に気にしない」


 俺は気にします。


 先輩は、俺の体操服を受け取ると、制服のボタンを外しながら、

「最近、よく物が無くなるんだよ」と眉を寄せて言った。


「ペンとか消しゴムとか、よく無くなるから、変だなって思ってたんだけど……。最近icカードとか体操服まで無くなって、それでさすがにおかしいなって思って。だから最近忙しい。新しい物も買わないといけないし、借りたり返したり、先生に事情を話したり……」

「先輩……それって……」


 盗難……?


「面白がってるんだろ。その内収まるだろうから」


 そう言った先輩の白い肌が露わになる。


「って、ここで着替えないでください!」


 何でそんなに無防備なんですか!?


 慌てて周りの目に触れないように、腕を広げて壁を作る。


 目のやり場に困る……!


 俺の体操服を着て、先輩が、

「お前のニオイがする」と言って笑った。


 サイズの違う服を着たアンバランスな姿に、守ってあげたい欲が沸騰する。


「先輩……」


 何で言ってくれなかったんですか? と言おうとして、心がブレーキをかけた。


 そんな事言える関係なのかな? 俺が一方的に好きなだけなのに。


 もしかしたらこの間、教室にicカードを忘れたかもと言っていた時には、すでにやられていたのかな。

 先輩は何とも思っていない様子だけど、何日も経った後で話を聞いたという事実が引っかかってしまう。


 失望に、苛立ちのスパイスを振りかけたような感情が、胸の中をぐるぐると渦巻いている。

 犯人に対する怒りもあるけれど、先輩に起こっていることを知らずにいた自分や、何かがあっても言うに値しない自分が腹立たしかったり、悲しかったりするのかもしれない。




 先輩の物を盗んでいた犯人が見つかったのは、それから二日後のこと。

 先輩と同じ二年生の男子で、その生徒を特定したのは、理人だった。

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