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第十話 国宝に傷つけるようなもの

 結局、作戦は上手くいかなかった。

 隣で帰りのバスを待つ先輩の表情は、いつもと変わらない。

 それを見て、いつもと違う事をした俺が、ため息を吐く。

 

 バスが停車すると、先輩は段差を上がった所で何かに気づき、突然振り向いた。


「icカード、教室に忘れたかも」


 危うく、顔と顔がぶつかりそうになる。

 ほんの少し前に出ていたら、衝突事故が起きていたかもしれない。


「二人分払います!」


 突然の超至近距離に、顔に血が上る。

 それを誤魔化そうと、咄嗟に二人分のバス代を支払ってしまってから気づく。


「教室戻った方が、良かったですよね?」


 先輩が、キョトンとした顔で俺を見ている。


「……いや、後でお金返すから」


 気を遣わせてしまった。

 こういう時、いつも俺だけが慌てふためいている現実が辛い。




 そもそも恋愛対象として見られようというのが間違った思いつきだったかもしれない。

 先輩からしてみれば、トマトジュースから好意を寄せられているようなものだろうし。


 度重なる失敗で苦悶の表情をしていると、いくつか停留場を過ぎた所で、制服の袖が控えめに引かれた。

 視線を向けると、小柄な女子高生が恥ずかしそうに顔を染めて立っている。


「あの、この間はありがとうございました」


 何のことか分からなくて固まってしまう。

 短い沈黙の後、俺が理解していないことを察した女の子は、お礼の理由を言った。


「酔ったおじさんから助けてもらって」

「あ、あの時の……」


 バスの事件で絡まれていた女の子を思い出す。

 顔は伏せていて、よく見えなかったけれど、制服がこんな感じだった気がする。


「お礼を言えなかったのが、ずっと気になっていて、たまたま会えて良かったです」

「あの時は大変だったね。怖かったよね?」


 あの時の事を思い出して辛くならないように、なるべく優しい声で言うと、なぜか女の子の顔がトマトみたいに赤くなった。

 それを見て、再び俺の思考がトマトジュースに戻る。辛い。


 俺に隠れていた先輩が、ひょっこりと顔を出して様子を伺う。

 それに気づいた女の子が、体を畳むように深々と頭を下げた。


「私の代わりに叩かれてごめんなさい」

「いや、当たってない」


 先輩が平然と嘘をつく。


「あ……そうだったんですか?」

「叩かれる瞬間、上手く避けたから」


 それを聞いてホッとしたのか、女の子は小さく息を吐いた。


「国宝に傷つけるようなものだと思って、傷が残ったら一生償っていかないとと思っていたので」


 国宝? ちなみに怪我をしたのは俺の方。


「あ、そうだ」


 俺は、鞄からお菓子を取り出した。

 昼休み、先輩が受け取ったのは飴だけで、残ったものを先輩の友達やクラスメイトに配ったものの、俺の鞄にはまだお菓子が残っていた。

 家に持って帰ると、兄のおやつになって癪なので、渡してしまいたい。


「良かったらどうぞ」


 お菓子を差し出すと、キラキラと光る眼差しが向けられた。

 女の子の顔が、まだ少し赤い気がする。

 熱でもあるのかと心配になって頬に触れると、ボンッと爆発する音がして、顔が更に熱くなった。


「大丈夫? 暑い?」


 言葉が出ない様子に、余程具合が悪いのだろうと心配になる。


 具合が悪い人にお菓子をあげるのってどうなんだろう。


 女の子が、小さな手をおずおずと伸ばし、お菓子を受け取ろうとする。

 それを、先輩が阻止した。


「……先輩?」


 バリッという音を立てて、先輩がお菓子の袋を開ける。


「あの?」


 俺に寄りかかり、淡々と口にしていく。


 先輩、そんなにお腹減ってたんですか?


 らしくない行動に困惑していると、先輩は俯き加減に視線を逸らし、

「俺の為に買ってきたんだろ」と言った。


「……」


 俺は、膝から崩れ落ちた。


 死ぬ。可愛さで殺される。




 女の子と手を振って別れ、先輩の口元を拭く。


「お菓子はもう先輩以外にはあげません」

「お前、何でそんなにご機嫌なの?」


 先輩が、不機嫌なしわを眉間につくる。

 思わず口元が緩んでしまう。

 それが食欲からくる嫉妬だとしても。

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