98.群がる爪牙⑥
広大な森の至る所から、魔物たちの叫び声が聞こえた。それは獰猛な咆哮というよりも、怯えきって漏れ出た悲鳴のような響きであった。続いて、地鳴りのような足音が響き渡る。巨大な魔物たちが、四方八方へ逃げ出しているのだろう。
バーンクロウは牙を剥き出して顔をしかめると、宙を燃やして1冊の冒険譚を取り出した。シンリュウはその冒険譚を見て眉をわずかに上げたが、焦る素振りもない。バーンクロウはその冒険譚を上空へ放り投げると、本は瞬く間に燃え消えた。次の瞬間、遠く離れた場所で天にまで届きそうな火柱が上がり、魔物たちの足音がそちらへ向かっていくのが分かった。ライムは、先程の冒険譚があの場所へ転送されたのだと思った。
ライムたちの後ろから巨大なヤドカリのような魔物が、こちらには見向きもせず大慌てで火柱の方角へ逃げてゆく。その時、火柱とは反対側の方角で、木々の樹冠の上に紫色の光が打ち上げられた。上空で花火のように弾け、打ち上げた位置を示しているように見える。それを見たモッチが桃色のペンを取り出すと、シンリュウとバーンクロウを残した全員を宙に書いた線で素早く囲った。
カチッとペンのノック音がすると同時に、灰色の光で転送された一同の真上には、先程離れた場所に打ち上げられたココノハの合図が広がっていた。一同の瞬間移動を待っていたかのように上空の合図は消えてゆく。地上では、木の幹にもたれかかるようにしてトラヒコが座っていた。
「トラヒコ!」
駆け寄る、ライムとネガ。トラヒコは、「あっちは、どうなってる?」と、木々の間から見える火柱を見つめて呟いた。
「シンさんが来てくれたんだよ」
ライムの言葉に、トラヒコは驚いて身体を動かそうとして、顔をしかめた。
「魔力切れもそうっすけど、筋損傷も酷いっすね・・・」
ネガがトラヒコに回復魔法をかけ、ミツカが特製ジュースを取り出しトラヒコに手渡した。
「あと、これはネガくんに」
トラヒコの脇に屈んで懸命に回復魔法を続けるネガが、「へっ?」と顔をあげた。額に大量の汗がにじんでいる。
「ネガだって、回復に補助魔法に、戦いっぱなしだからね」
ライムがネガの肩に左手を置く。だらんと垂れたライムの右手を見て、ネガは「それも、応急処置くらいはしないとっす」と返す。勁弾砲を撃った反動か、初めて勁弾を赤鬼に放った時のような酷い内出血になっている。
「すまんな、お前たち。B級の俺が、こんな不甲斐ない有様で・・・」
リキがそばの木の幹を支えに立ち上がる。ライムたちが何か言葉を返す前に、また紫色の光の合図が打ち上げられた。
「みんな、次、いくよ」
モッチが桃色のペンを宙に走らせる。
次の合図の場所には、打ち上げた本人のココノハが待機していた。その足元には、ユウヒが身体を横たえている。すやすやと寝ているようだ。
「前に、火吹きの実を無茶な食べ方した時と同じっすね。しばらく目を覚まさないかもっす。あの時と同じだとしたら、過剰な魔力量が体内で暴発した後の調整が行われていると思うっす。下手な回復はしない方がいいっすね」
ネガがユウヒの顔を覗き込み、ほっと一息つくと、ミツカにもらった特製ドリンクを一気に飲み干した。
ライムが、リキに守られるようにして眠っているジャンベのもとへ歩み寄る。ジャンベが両手でぎゅっと抱きしめている冒険譚は、今のところ他との違いは見当たらない。しかし、ジャンベはこれが「7」の冒険譚と同じ、メイン・ストーリーの可能性があると言っていたらしい。実際に、梟の栞と思われる集団に襲撃されたし、バーンクロウの存在もある。ただの冒険譚ではなさそうだ。
その時。
ライムは、何者かに狙われているような気配を察知して、振り返った。木々の間から、梟の面がこちらに魔具製銃の銃口を向けている。
「みんな、危ない!」
ライムが叫ぶと同時に、ありとあらゆる場所から、一同は狙撃された。
バーンクロウと向かい合うシンリュウ。
「あの冒険譚、Sランクなんだろう?」
シンリュウの問いに、「ほう」とバーンクロウ。
「我の本ではあるが、どうしてそう思う?」
シンリュウは「そうだねえ」と空を仰いだ。
「前に、君みたいに冒険譚を『自分の』だって言う魔物がいたんだ。魔物・・・そいつは魔人と名乗っていたかな。その時の冒険譚もSランクだったんだよ。と言っても、冒険譚のランクなんてものは、俺たちが勝手に決めているんだけれどね。ようは、ノーツァルパントが直々に書いた冒険譚の中には親玉がいて、そいつがその冒険譚の持ち主だと認識しているらしい」
バーンクロウはシンリュウをじっと見つめていたが、やがて口を開いた。
「そうか、シュシュリーを倒したのはお前か」
「俺、だけじゃないけどねえ。俺はその頃、まだ弱かったから」
シンリュウはバーンクロウの視線を正面から受け止めた。
「俺たちがSランクの冒険譚を探すのは、メイン・ストーリーがそうだからというのもあるけれど、もう1つ、君のような存在と出会うためでもあるんだ。敵なのか、それとも友達になれるのか、気になるじゃないか」
バーンクロウは、牙を剥き出して笑う。
「我と対立するのであれば、仲良くは出来んだろう。創造主の統べる世界で生きることが出来ねば、な」
「君たちみんなが、そういう考えじゃないんだろう?そう、思いたいけどねえ」
シンリュウとバーンクロウを避けるようにして、森の奥から巨大な三頭犬と、こん棒を手にしたトロールとが火柱に向かって駆けて行った。
「ところで、あいつらはいったいどうやって集めたんだい?」
シンリュウは、逃げてゆく魔物たちを興味深げに眺めて問う。バーンクロウは、「ああ」と退屈そうな表情を見せた。
「創造主を信奉する人間どもに頼まれてな。大量の鑑定済みの本に入っては魔物どもを追い出し、我の本へと逃げ込ませては、忠誠を誓わせているのだ。1冊にまとめておいた方が、持ち運びには都合がよいのでな。人間に従わぬ魔物でも、我のような魔人であれば統率できる」
「それはまた、なんのために?」
シンリュウが、顎をいじりながら、やはり興味津々といった表情で尋ねる。
「来るべき日のために、だ。それに、我らがメイン・ストーリーの捜索をする間の人間避けにも使えるかと思ったが・・・あまり役には立たなかったな」
バーンクロウがはぐらかすように笑う。
「そりゃあ、あの子たち、強いからねえ」
シンリュウも笑顔になる。そして。
シンリュウがゆっくりと刀を鞘から抜いた。
梟の面の集団からの狙撃が、ライムたちに命中することはなかった。いくらかは、ココノハの放った矢に弾き返されたり、各々の防御で跳ね返されたりしたのだが、その後の追撃がこなかったのは銃を持った者たちが軒並み制圧されていたからだ。
水飛沫が舞う。うねる水流が梟の者たちを地面に押しつぶす。
「大丈夫か!?」
威勢のいい、女性の声。ライムが振り向くと、薙刀を振るい水流を操るシズクの姿が。
「ココノハさん!加勢にきました!」
ココノハは、安心したように頷く。
「もしも回復が必要な方がいらっしゃったら~」
シズクの後ろから、アオイが顔をのぞかせた。ネガがたちまち、顔を真っ赤にさせる。
森の奥から、巨大な蟻の魔物の群れが、わらわらとやってくる。背後から梟の者たちが魔具製銃で追い立てているようだ。しかし、その群れの中を一陣の風が吹き抜けた。二刀の風で斬り裂かれた蟻たちが崩れ落ちるようにして倒れる。
「行燈手鞠」
魔具製銃を手にした梟の者たちに、鞠が放られる。すると、梟の者たちがぼんやりと照らしだされた。反対に、こちら側は仄暗くなる。梟の者たちからすれば、自分たちの姿は目立つ一方で攻撃の狙いは定めづらくなる。ルナが、二刀の脇差を手に立つサクラの横へ、ひょこっと現れた。
「おお・・・ブジンカの四戦姫か」
リキが立ち上がると、ジャンベを抱えあげる。
「戦えない者は、俺とこの場を離れよう。おい、トラヒコ、無茶をするんじゃない!」
戦えない者ではないとばかりに、トラヒコが立ち上がろうとするのを、リキが諫める。
「僕は、まだ戦えます」
そう言って前に出るライムの肩を、なんとか立ち上がったトラヒコが拳で小突く。
「ああ、そうだよな。俺だってそうだ」
ネガが、そばに歩み寄ってくるアオイへ真剣な顔を向ける。
「リキさんは骨折箇所多数、内臓系にもダメージがあるかもしれないっす。ユウヒの方は安静にさせておくだけでいいと思うっすけど、しいて言うなら魔力の流れを緩やかにする作用がある薬草を・・・っす。ジャンベは疾患や内外傷によるものではないっす、そのうち意識は戻ると思うっす」
アオイは、にっこりと微笑んで頷いたが、怪訝そうな顔で首を傾げた。
「ネガさんは?」
ネガは、鳥の巣頭を掻き、メガネをかけ直すと、立ち上がった。
「あの2人が残るなら、おいらもっす」
ネガが、ライムとトラヒコに並ぶ。モッチが、避難する者たちの周りを囲む線を書く。ココノハがユウヒを抱えて、線の内側へと運んだ。
「私も行こう。この場は、サクラやシズクに任せられる」
アオイがルナを連れて、ネガに向かって頷き、線の中へ入る。
「みんな、梟の栞は一刻も早く撤退したいはず。あっちの戦いは、そんなに長くかからないと思うから、君たちは無理せずにね」
モッチはそう言い残し、ライム、トラヒコ、ネガ以外の一同とどこかへ瞬間移動した。
巨大蟻の群れと、ぼんやりした灯りに照らされながら暗がりに向かって手当たり次第に銃を撃つ梟の者たち。それに対峙する、サクラ、シズク、ライム、トラヒコ、ネガ。
その時、凄まじい波動と炎のぶつかり合いで、森中の木々が揺れた。




