97.群がる爪牙⑤
真向から組み合ったリキとバーンクロウ。
「ほう。純粋な力比べというのも面白いものだ。人間も、なかなかにやるものだな」
バーンクロウは笑みを浮かべ、リキを称賛する。それは格の違いから生まれる余裕の表れだった。その証拠に、リキは歯を食いしばり、全身の筋肉が浮き上がる程に力を込めていて、汗も滝のように流れている。
「褒美として、先程の問いに少し答えてやろう。メイン・ストーリーの中に魔物はいない。そもそも、メイン・ストーリーがどのようなものなのかを知っていれば、そのような問いが出てくるはずもないのだがな。しかし、人間たちの好奇心を少々侮っていた。放っておけば、いずれお前たちも・・・」
バーンクロウの足元が、僅かに揺らぐ。リキが全力でバーンクロウに投げを打とうとしたのだ。
「そうか、褒美はいらぬか」
バーンクロウの顔から笑みが消えた。代わりに、憐れむような表情が浮かぶ。そして、次の瞬間には、リキの身体が裏返しになって宙を舞っていた。そのまま背中から叩きつけられる。衝撃で土俵にひびが入り、そして隆起した大地が轟音とともに土砂崩れをおこした。
気を失ったリキの廻しを、翼を広げて宙にとどまったバーンクロウが掴んでいた。
「死ぬのなら、仲間と一緒の方がよいだろう?」
バーンクロウは、生い茂る森の樹冠、その先の大地に向かって、リキを凄まじい勢いで投げ捨てた。
頭上の光景を、森の中を走りながら見上げていた一同。ミツカがすかさず、ツタを広範囲に展開させて網のように張り巡らせた。しかし。
「だめ、勢いが強すぎて受け止められない!」
その時、後ろから息を切らせながらやってきたネガが、「し、失礼しますっす!」と思い切ってミツカの背中に触れる。ミツカの魔力が増強され、ツタが太く強固になった。
「さすが、ネガくん。素敵よ」
ミツカの声に、ネガは顔を真っ赤にさせる。
まるで投げつけられたボールのように、リキの身体がツタの網にぶつかった。ネガの増強魔法があっても、ツタの網が千切れそうになった。ミツカはツタの他に、ツルや、巨大な口のある花を出現させて、手当たり次第に緩衝材とした。
地面への直撃を免れたリキであったが、意識は戻らない。ネガが触診する。
「全身の様々な箇所に骨折があるっす。内臓にもダメージがありそうっすね・・・回復、いくっす!」
ネガが回復魔法をかけ、ミツカが特製ジュースを用意する。ネガの魔力回復のためと、リキの意識が戻った時のために。
バーンクロウのさらに頭上から、紫色の閃光が五月雨のように降り注ぐ。1本1本が波動の矢だ。バーンクロウは天を見上げると、宙を斬り裂くように腕を振るった。途端に、空が焼けるように炎が上空を覆い、五月雨は燃え尽きてしまった。しかし、矢を射るココノハが森の中を駆けまわっているのか、別の場所、また別の場所から次々と波動の矢の群れは降り注ぐ。
「ちょっと、敵が炎の能力なんて聞いてないし!」
五月雨でココノハがバーンクロウの注意を逸らせている間、その背後ではユウヒが「火花 向日葵」を展開させていた。
「効くかわからないけど!」
巨大な炎の塊がバーンクロウへ向かって落下する。しかし、それに気づいたバーンクロウが右手をかざすと、瞬時に同じくらいの大きさの炎の塊が発生した。それらはぶつかり合うと1つとなり、隕石のようになった炎はユウヒに向かって押し返されそうになる。
ライムが腰を落とし、深く息を吐くと、拳を天に突きあげる。籠手から巨大な波動の拳が上空へと飛び、バーンクロウへと向かう。バーンクロウは足元を炎の絨毯を敷くようにして炎上させると、そこから巨大な炎の手掌が現れてライムの攻撃を受け止めた。
今しがた、炎を揺らめかせていた風が凪ぐ。風は一か所へと集まっていき、その場所で周囲の木々を揺さぶりへし折ってしまいそうな程に吹き荒れていた。その中心にはトラヒコがいて、鞘から抜かれた刀の刀身は黄緑色に輝いている。トラヒコは刀を大きく振りかぶると、上空のバーンクロウめがけ振り下ろした。「そよ風」が、轟々と音を立ててバーンクロウに襲い掛かる。バーンクロウは、ココノハ、ユウヒ、ライムの攻撃を同時に受け止めていて、4つめの攻撃が自身へ向けられると、流石に顔をしかめた。そして大きく息を吸い込むと、鋭い歯を見せつけるように口を開く。喉の奥が深紅に光った瞬間、バーンクロウの口からは強力な火炎が放射された。「そよ風」はそれを斬り裂くようにして火炎にぶつかってゆく。火炎が、まるで果実の皮を剝くように、裂けてバーンクロウへと押し戻されるとその周囲を覆ってゆく。
突然、「そよ風」が霧散した。バーンクロウを覆っていた炎の膜がみるみるうちにバーンクロウ自身へと吸収されていく。それと同時に、ライムの攻撃は炎の手掌で握りつぶされ、巨大な炎の塊はバーンクロウへと引き戻されてゆく。
「ちょ、ちょっと待ってよ、やばいって!」
手にした杖ごと上空へ引き込まるように、ユウヒの身体が浮いた。やがて、巨大な炎の塊に呑み込まれてしまうだろう。
「無限の可能性」
ユウヒは、長老の言葉を思い出す。
「うちの炎は、意思も強くて激しい・・・うちだって、そう。他の炎に取り込まれて一緒くたにされるなんて、絶対に嫌。それなら、うちだって・・・」
巨大な炎の塊へと飲み込まれる寸前、ユウヒは杖から炎を噴射し、自身を覆う渦を発生させた。
いつの間にか、波動の矢の五月雨はやんでいた。
「ユウヒ!!」
炎へと吞み込まれゆくユウヒを案じて、上空へ無我夢中に攻撃を放とうとしていたライムのもとへ、山吹色の髪を揺らし、木々を縫うようにしてココノハが現れた。
「君、波属性なのか。しかし・・・」
ココノハが、ライムの籠手に目をやる。
「本来は、近接戦闘向きの戦法のようだね」
「はい、体術が基礎にあって・・・波動を籠手に纏って戦っています」
ココノハの問いに返しながら、ライムはユウヒから目が離せない。ココノハもライムの焦りをよく理解しているようだ。
「先程の、波動の拳を飛ばす攻撃が、君の得意技ではないだろう?君のなかで、最も強力な攻撃を奴に当てるためにはどうすればいい?私も波属性だ。なにか助言できることがあるかもしれない」
ユウヒが、炎に呑み込まれた。しかし、その直前に自身の炎で身を覆ったところを、ライムは見逃さなかった。ライムはココノハへ視線を移す。
「僕の得意技・・・というか、1番威力のある技は勁弾といいます。拳を相手に密着させて、そこに全身の波動を集中させて一気に流し込むような・・・だから、相手がすぐ目の前にいる必要があります」
ライムの説明を聞き、ココノハは一瞬思案するような表情を浮かべ、すぐに返した。
「その、勁弾を、遠くの相手に仕掛ける想像をしたことはあるかな?」
ライムは、ぽかんと口を開けた。
「ない・・・です。そもそも勁弾は、そういう技じゃないっていう・・・そうか、そう思い込んでいたんだ。例えば、相手のお腹がここにあるとして・・・」
ライムはそう呟くと、拳を頭上のバーンアウトへ向けた。
「それよりも、奴の身体は確かにあそこにあるが、君もあの位置にいて、いつも通り勁弾を放つという想像の方がよいかもしれない。遠距離攻撃は、遠くのものが近くにあるという想像よりも、遠くのものに自分の攻撃が当たっているという想像の方が上手くいきやすいからね」
ココノハの助言に、ライムは頷く。
「私は、なんとか奴が地上に降りるよう、攻撃を続ける」
ココノハが弓に矢をつがえる。不意に、風がどこかからどこかへと吹き抜けていった。
「僕の仲間も、そう思ってくれているみたいです」
ライムが大きく息を吐き出すと、それすらも風は運んでいくようだった。
「今度は、失敗しない」
トラヒコが刀を鞘におさめ、目を閉じる。あらゆる方向から風が集まってくる。トラヒコは両手を前に突き出した。バイクのハンドルを握るように。
「風に、なる。俺は、風」
口笛を吹く。音色が風の形を教えてくれるようだ。そしてトラヒコも口笛の音色と共に風と混ざり合い、世界を吹き抜けていくような感覚になる。
「そうだ。こんな、感じ」
集まる風が、穏やかだ。刀を抜くときに少し風が揺らいだけれど、あまり気にならない。それくらいトラヒコの心も穏やかだ。
刀を振りかぶる。黄緑色の輝きが、刀身から溢れてトラヒコ自身をも包み込む。
ユウヒは灼熱の炎のなかで、不思議と安らかな心地であった。こんな状況なのに、長老との会話がやけにはっきりと浮かんでくる。
「長老、炎の怪鳥、だっけ?怪鳥とか、ウケる・・・うちは、天使だったもんね。炎の・・・天使・・・」
突然、ユウヒのなかで何かが小さく爆ぜた。その小さな火種が全身に広がってゆく。コルアール国で、火吹きの実を5ついっぺんに食べた時のような感覚、しかしそれよりも自分のなかでコントロールが出来ているような状態である。そして、ユウヒの全身が深紅に煌めいた。
バーンクロウに吸収されようとしていた巨大な炎の塊が、突如綻びをみせ、みるみるうちに消え去ったように見えた。しかし実際には、炎は塊の中にいたユウヒに全て吸収されてしまっていたのである。バーンクロウは首を捻り、ユウヒの姿をみつめると牙を剥き出して笑みを浮かべた。
ユウヒの背中には、片翼の炎の翼が生えていた。ユウヒの目が燃えるように輝く。杖を構えることもなく、ただユウヒがバーンクロウを見つめると、途端に目にも留まらぬ速さで炎が宙を這い、バーンクロウの身体を縛り付けた。
「火花 朝顔」
燃え上がりながら自らを縛り付ける炎を、バーンクロウは吸収することが出来ない。ダメージを負うことはないが、身動きがとりづらい。
さらにそこへ、先程の風の斬撃とは質の異なる、高威力の攻撃が迫ってきた。再び口から火炎を吐き出して応じようとしたところに、今度は喉元へと迫る紫色の閃光を察知する。自らの喉を貫こうとするそれを睨みつけると、宙に炎の手掌が現れて矢を掴み焼失させる。その間にトラヒコの「そよ風」がバーンクロウへ直撃し、ついにバーンクロウが地上へと落下した。
ライムが、バーンクロウの落下した辺りへ向かって走る。しかしその前方に、空から火の玉が落ちてきて、慌てて飛び退いた。見上げると、上空に巨大な炎の球体が浮かび、そこから雨のように火の玉が地上へと降り注いでいる。ユウヒが必死で片翼の炎の翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと地上へ舞い降りるのが見えた。間髪を入れず、ユウヒが「火花 向日葵」を展開したようで、球体と同じサイズの炎の塊がぶつかってゆく。互いの炎は今度は混じり合わず、反発するように押し合いをはじめた。バーンクロウの球体から降り注ぐ火の玉も、ユウヒの向日葵から生まれる火の玉がそれを追いかけて地上へ落ちず拮抗している。さらに、トラヒコが3回目の「そよ風」を放ったのだろう。黄緑色の輝きが空へと昇ってゆき、炎の球体へとぶつかると、その形を保つことの出来ない程に炎を拡散させた。
ライムがバーンクロウの姿を捉え、木の幹に隠れて攻撃の準備を始めた時、バーンクロウは片手を掲げ、新たに上空へ炎の球体を生み出すところであった。そしてそれは、ものの数秒で完成してしまう。今度は、ユウヒも、トラヒコも、反撃が出来ないようだ。
ライムの後ろから、無数の波動の矢が木々の隙間を抜けてバーンクロウに向かう。バーンクロウの身体はユウヒの拘束から既に解放されていた。空いている方の手をかざすと、とてつもない威力の火炎が放射され、矢の群れを燃やし尽くす。
ライムは腰を落とし、勁弾の構えをとった。丹田から波動が拳に集中する。バーンクロウを見据えると、ぼんやりとその目の前で、ライム自身が同じ構えを取っている姿が見えるような気がした。ライムが肘を曲げて相手の腹部にあてる動きをすると、その想像で描き出した自分も同じ動きをする。そして、2人のライムが同時に、勁弾を放つ。
不思議であった。倒木が3本並んだ程の距離があるのに、相手の腹部に自分の拳がめり込んだ感覚があったように思えた。
「勁弾・・・砲?」
ライムが、まだ信じられないような気持ちで立ち尽くしている向こうで、バーンクロウが腹を押さえ前屈みになっているのが見えた。しかしすぐに立ち直ったバーンクロウが、憤怒の表情で勢いよく腕を振るうと、ライムの隠れていた周辺の木々が一瞬で焼け爆ぜた。ライムは咄嗟に籠手で防御の姿勢をとり、波動が炎の威力を和らげたが、それでも全身が焼けるようであった。そして、両手の籠手の隙間から前方を伺うと、そこには同じようにこちらを覗き込むバーンクロウの目。思わず叫び声をあげて尻もちをついてしまうライム。まるで瞬間移動でもしたかのようにいつの間にか目前にいたバーンクロウは、ライムを見下ろすと不敵に笑った。
「面白い。此度はなかなかに楽しませてもらったぞ、人間たち。記念に置き土産でもしていこうか」
バーンクロウが手の爪先に小さな火をともす。ろうそくの火のようだ。しかしその色は、墨で塗りつぶしたように真っ黒である。
黒い火は少しずつ大きくなり、ライムの顔くらいの大きさにまで燃え上がった。その間、ライムは何故か身動きが出来なかった。ココノハの矢がバーンクロウを襲うが、身体に刺さるよりも前に焼き尽くされる。ふと気がつくと、ライムとバーンクロウの周辺は景色が歪んでいる。
今度は突然、巨大な砂の張り手が、バーンクロウへ襲い掛かった。見えない炎の壁があるのか、砂が焼かれ、なおもバーンクロウを突っ張ろうとするその手はさらさらと崩れ去った。
「リ、リキさん・・・?」
ライムが振り向くと、歪んだ景色の向こう側で、地面に両膝をつき全身で呼吸するリキの姿。リキに寄り添うミツカ。そして。
「ライム!!それ、きっと呪いっす!!その黒い炎に触れちゃダメっす!!」
ネガの声で、ライムはハッとした。身体を起こしざまに駆け出そうとする。しかし、身体が震えて思い通りに動くことが出来ない。
ネガは目の前の光景に対し、無力であった。兄、インテとの会話を思い出す。現在知られている全ての呪いの種類と症状は暗記した。バーンクロウが指にともした黒い炎は未知のものだが、それでも直感的にそれが呪いであるとネガは思った。しかしネガに出来たのは、ライムにそう伝えることだけで、呪いを防ぐ魔法も、仮にライムが呪いを受けた場合に症状の進行を遅らせる手段も、まだ準備できていなかった。必死で記憶を辿って知識を絞り出そうとするが、専門書のページを捲る自分の姿しか思い浮かばない。ネガは鳥の巣頭を掻きむしり、「ライム!!」と声を掛け続けるしかなかった。
それなのに。
ふと、ネガは安心感に包まれるような気持になった。
どうしてか、勇気が湧いて来る。
暖かく、鼓舞するような波が、背後から押し寄せてくる。
ネガよりも先に、ミツカが振り返った。そして、安堵の表情を浮かべる。苦しそうな表情のリキが、汗にまみれて笑顔になった。
一方で、バーンクロウは黒い炎を指からかき消し、呪いを中断した。そして、真剣な表情で身構える。翼を広げ、牙を剥き出し、本能から警戒しているようだ。
ネガも、振り向いた。
「シ、シンさん・・・っす」
ネガの、漏れ出たような呟きに、ライムも身体を捻って振り向いた。
「いやあ、悪いねえ、遅れちゃって」
甚平姿で、ふらっと散歩にでも現れたようなシンリュウ。腰には一振りの刀。シンリュウの後ろから、ひょこっとモッチが顔を出す。シンリュウは肩にジャンベを担いでいて、ジャンベの手には1冊の冒険譚が。それを見てバーンクロウの顔色が変わった。
「さて、久しぶりに頑張らないとかな」
シンリュウが、ジャンベを肩からそっとおろす。そして、飄々としたいつもの様子で、バーンクロウと向かい合った。
「やあ、ライム君。よく頑張ったねえ。さ、あっちで休んでいてくれよ」
シンリュウが、ネガの方を指さす。先程まで震えて動かなかった身体が、嘘のように軽かった。ライムは頷くと、シンリュウの横に並び、呟いた。
「いつか、初めてお会いした時の約束、果たせるように努力します」
シンリュウの答えを聞く前に、ライムはネガの元へと走った。きっと、ここから先は、邪魔になってしまう。
「そうだねえ。いつか、おっさんのことを助けてもらわないと」
シンリュウが鍔に指をかけた。凄まじい波動が森中に広がっていくようだ。




