95.群がる爪牙③
森の奥からは戦いの音が響く。
ココノハとミツカの間には微妙な間隔が空いていて、遠慮がちにその間、少し後ろを歩くユウヒ。しかしその表情には興味津々な様子が滲んでいる。
「あの~、ココノハさんとミツカさんって、どんな出会いで・・・?」
ミツカは、「はあ・・・」と顔をおさえて溜息をつく。
「前にね、この辺りで、ブジンカと共同で魔物の討伐任務が行われたの。ココノハとはその時からの縁。まあ、あれよ、頻繁に会ったりとか、連絡のやり取りをしたりとか、そういうのはないわよ?」
ミツカのこんな姿は初めてである。ユウヒはますます、にんまりとした。そして、C級冒険者試験へ向かう道中の会話を思い出す。
「そういえば、ミツカさん、ブジンカが好きって言ってましたもんね」
ユウヒの言葉に慌てるミツカと、それを聞いて「ほう」と目を少しだけ見開くココノハ。
「リキや、あのスリングショットの男・・・ワタラだったか。それに、モッチ。他の面々はあの戦いの中か?」
ココノハが、前方から吹きすさぶ風に顔を背けながら尋ねる。
「ワタラは、怪我で引退したの。でも、元気よ。今は肉麺屋さんをやってる」
ミツカの返答を聞きながら、飛んできた枝を首を捻って躱し、ココノハが呟く。
「そうか。同じ狙撃手として残念な気持ちはあるが・・・息災なら何よりだ」
ふいに、思いがけず近くでガサガサと物音がして、ユウヒが驚いて飛び退く。しかし、ココノハはこともなげにその方を見つめる。
茂みから、ぼんやりとした顔のジャンベが、ふらふらと歩いて出てきた。その後ろから、モッチがてくてくと続く。
「え、ジャンベ!?」
ジャンベは、ユウヒの声に立ち止まる。
「ユウヒ・・・さん・・・。ボク、大丈夫です。もしかしたら、『7』の本みたいな特別な冒険譚があるかもしれなくて・・・」
モッチが、ココノハの姿をみとめ、首を傾げる。
「モッチか。久しぶり。この少年は・・・?」
じっと、ココノハの目を見つめるモッチ。
「まだ内緒。わたしたちにとって、とても大切な存在。でも君、わたしたちと一緒に戦ってくれるなら、少し教えてあげる」
背後で、地響き。閃光が炸裂する。
「ああ。もとより、ここは我が故郷の近くだ。いずれにせよ共闘を申し出るつもりであった」
ココノハの答えに、モッチは頷く。
「君、メイン・ストーリーって知ってる?」
ココノハの細い目が、限界まで見開かれたようだった。ユウヒが「え、いきなりそこまで言っちゃう!?」と驚く。
「大丈夫。この森は、ニマール国の検知範囲外だから」
モッチの言葉に、ココノハは微かに頷いた。
「そう。この子は、メイン・ストーリーを読み解く鍵になる」
樹上から、大口を開けて翼の生えた巨大なカエルが迫りくる。ミツカが「さあ、共闘の時間よ」とココノハの後ろに隠れる。ココノハが弓を構えると、空中に紫色に輝く矢が現れた。波動の矢をつがえると、弦がきりきりと引かれた。ココノハが矢を放つと、1つの矢でカエルの魔物が3体同時に射抜かれた。さらに間髪を入れず、ココノハは波動の矢を連射する。
「さっすが、ミツカさんの恋人さん」
ユウヒが杖を構えて援護射撃をしながらそう言うと、ミツカは顔を赤らめて「そういうのじゃ、ないのよ?」と呟いた。
いつの間にか、ジャンベは歩き出していて、モッチもその後をついて行ったようだった。
リキが逞しい腕で巨大猛牛の角を掴むと、「せいっ!!」と投げをうつ。猛牛も踏ん張り堪え、反対に首を捻ってリキを投げ飛ばそうとする。互いの力比べは、最終的にリキへ軍配が上がった。巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられ、地響きが鳴る。
首が捩じられて絶命した猛牛を見下ろし、息を整えていたリキは、舞った砂埃の向こうで蠢く何者かたちの気配を感じた。
「隠れずに出て来い!!」
リキが吠えるも、何者かたちは遠巻きにリキを取り囲んでいる。砂埃が風で吹き流され、現れたのは、梟の面をした集団であった。
「なんだ、お前たちは」
梟の面をした集団は、それぞれが手に魔具製の銃を構えている。
「そうか、少なくとも味方ではないようだな」
そう言うと、リキは右足を高々と持ち上げた。すると、先程吹き流されていった砂埃が上空へ集まり、リキの動きに合わせて大きな足の形を成す。そして、リキが四股を踏むと、上空の大きな砂の足も地上へ直撃した。梟の集団が衝撃で弾き飛ばされる。
「さあ、来い!!」
リキが蹲踞し、パンっと両手を打った。
ライムが籠手に波動を込め、正拳を突くと、巨大な波動の拳が前方へ撃ち込まれた。トラヒコも居合の構えを取り、「疾風」を放つ。ネガが2人の魔力を補い、また行動阻害で魔物の足止めを行う。ライムへ覆いかぶさるように襲い掛かったヤギの頭を持った巨人に、ライムが「勁弾」を放つと、ヤギ巨人は膝から崩れ落ちた。すかさずネガがライムの腕を軽く回復させる。トラヒコがヤギ巨人の身体を踏み台にして跳躍すると、刀を振るう勢いのまま回転して「風車」を放つ。
魔物の群れの勢いが、少し落ち着いてきた。そう3人が感じた時、唐突に魔物たちが動きを止めた。慌てふためくようにして、何者かに道を開けるかのようにその場から飛び退く。
「ど、どうしたっすか?」
ネガが息を切らしながら、きょろきょろと周囲を見回した。
「はあ、はあ、きっと、あれのせいだ」
ライムが指をさした先を、既にトラヒコは睨みつけていた。ネガがライムの指先を辿り、はっと驚愕する。梟の面の集団が、低い姿勢で魔具製銃を構えてこちらへやって来る。
「あれが、梟の栞・・・」
トラヒコが呟く。そして、容赦なく刀を振り抜いた。風の斬撃が、梟の面の集団へ飛んでいく。しかし。
前方の景色がぐらんと揺らめく。風の斬撃が、梟の集団を避けるかのように、上空へと進路を変えた。
周囲の空気が、焼けているように感じた。
ライムたちの心臓も、なにか灼熱の物体で炙られているような、そんな感覚を覚えた。それなのに身体は嘘のように震える。
「想像以上に、ヤバそうだぞ」
トラヒコが声を絞り出す。この、武者震いなのか、脅威に対する警告なのか、怯えなのか、わからない震えを押さえつけるように刀を握りしめる。
「うん、異譚渡りさんに、圧倒的な存在に、会っておいてよかったよ」
ライムも、籠手の中で拳を握りしめる。
「でも今度は、戦意マシマシって感じっすけどね・・・」
ネガが震える膝をおさえ、バングルに手をあてる。
「どうも駒が減ると思って来てみたら」
こちらへゆっくりと歩み寄る紅の身体には鱗がみえる。背中には、大きな翼。顔は爬虫類のようでいて、角や牙もあるものの、人間にも近い印象だ。身の丈は、王鬼と同じくらいかと、ライムは感じた。しかしこれまでのどんな相手と比べても、この存在から放たれる強者の圧迫感は凄まじい。異端渡りを前にした時、人間が敵う相手ではないかもしれないと、本能で感じ取った。それと同じような感覚に、ライムたちは襲われていた。
突然、背後から何かが勢いよく飛んできて、ライムたちの頭上を越えて、投げつけられたように紅の者へと向かう。それは梟の面をした人間のうちの1人であった。紅の者は微動だにしない。しかし、投げつけられた人間が紅の者へ触れることはなく、腕1本分程の距離まで近づいた瞬間に人間の身体が燃え上がると、跡形もなく消滅させられてしまった。
「お前たち、全力で逃げるんだ!!」
リキが、投げ飛ばした人間の後を追うようにして駆けてくる。ライムたちの前へ進み出ると、紅の者に向かって立ちはだかるように両腕を広げた。
「でも、リキさん!」
ライムは、加勢するなどと言うつもりはなかった。むしろ、リキでさえ敵わないのではないかと思っていた。それはリキも理解しているようだった。
「分かっている。お前たちが逃げる時間稼ぎをするだけだ。俺も、すぐに逃げる」
そう言うと、リキは蹲踞し、広げた両腕を勢いよく振るうと、ぱんっと手を合わせた。
「塵手水」
リキが再度両腕を広げたその姿は、まるで大鷲のようだった。すると、大地が激しく揺れた。そして、リキと紅の者とを丸く囲うようにして、大地が持ち上がる。木々を押しのけ、樹冠のさらに上で広がったのは、巨大な土俵であった。
「おい、行くぞ!」
トラヒコが納刀すると、ライムとネガを振り返り、鋭く声をかけた。
「う、うん!」
ライムは、頭上に展開した土俵から目が離せないまま、トラヒコに続いて駆けだす。
「お、おいらたちがいても、何の役にもたたないっす」
ネガも慌てて、2人に続く。駆ける3人の背後から、魔具製銃から撃たれた光線が襲い掛かる。無我夢中で、木々を縫うようにして、その場を離れる3人。
「俺は、リキ!そちらも名乗れ!」
リキが蹲踞をし、土俵に拳をつく。紅の者は、微かに牙を見せて笑みを浮かべた。
「人間と対等に言葉を交わすなど、久しぶりのことだ」
紅の者も、リキの姿勢を真似する。
「我が名は、バーンクロウ。創造主自らの手で生み出された存在なり」




