92.新たな任務
竜の筆、広間。いつもの掲示板前の席に、ライム、トラヒコ、ユウヒ、ネガ、ジャンベが集まっていた。
1か月程、各自が別々に行動していて、情報共有という名の土産話に花が咲く。ユウヒは故郷の島から、こちらでは珍しい果物をどっさり持ち帰ってくれて、ヨモギが切り分けたそれをギルドの皆に配っている。ライムとジャンベがさっそく齧り付き、爽やかな甘酸っぱさに思わず笑顔になる。トラヒコもひとつ摘まんで口に入れるが、視線は窓の外、ギルドの入口に停められた鮮やかな緑色のバイクである。
「ちょっと、あんたねえ。少しはありがたそうに食べたらどう?この辺の市場にはめったに並ばないんだからね、これ」
ユウヒがトラヒコに噛みつくと、トラヒコは、「ああ」と視線を広間に戻す。
「トラヒコに似合うよね、あれ。かっこいい」
トラヒコの代わりに、ライムがバイクへと視線をやる。先に到着していたライムたちは、トラヒコがあのバイクに跨って現れるのを窓越しに見て、目を丸くしたのだ。
「俺が払える範囲で選んだ中から、ナガレさんに勧めてもらったやつに決めたんだ。俺はもう、あの人の趣味をバカに出来ない。常に頭のどこかで考えちまう。ちなみに、言い訳をするわけじゃないが、戦闘に活かせそうな発見もあった。なんとなく、師匠の言っていた『風になる』っていう感覚が分かった気がする」
トラヒコはそう言うと、果物をもうひと摘まみ口に放り込んだ。ユウヒは、ナガレの名前を聞くと、「ナガレさんのは大人の男の趣味だから・・・あんたには早いわよ」と頬を赤らめた。
「おいらも、少し大きな買い物をしたっす」
ネガが、机の下から箱を取り出した。蓋を開けると、手首をまるごと覆うサイズのバングルが仕舞われていた。
「病院実習のレポートをジームドンク教授へ提出しに行った時、おすすめを聞いたっす。これ、実際に病院でも使っている人がいるくらい、回復魔法用の魔具としては新しいものっす。前の腕輪も残してあるっすけどね。これは兄者の助言で、訓練の時はそっちを使うっす」
ネガがバングルを腕にはめると、バングルは金色に輝いた。
「綺麗・・・いいなあ、光属性の武器って綺麗なの多いよね。ジームドンク先生のも、宝石いっぱいついてて綺麗だったもん」
ユウヒが、以前腹部の傷を癒してもらった時のことを思い出しながら、羨ましがる。
「そういえば、ポンポンの靴はどうしたの?」
ネガが、その辺の靴屋で買ったような普通の靴を履いているのに気がつき、ライムが尋ねる。
「やっぱりあの靴の、魔力の変換効率が上昇する効果っていうのは、一時的なものだったっす。でも、それで良かったかもっすね。もしも冒険でずっと履き続けていたら、あの靴もいつか壊れてしまったかもっす。ポンポンの靴は、大切な時に履くようにとってあるっす」
ネガがしみじみとした顔で述べる。そして、ぼそっと「まあ・・・あの靴が似合うくらいお洒落な男にならないとっすね」と付け加えた。
おもむろに、トラヒコが腕組みをして声を潜め、「おい、そろそろ」と切り出した。
「お前ら、この期間、遊んでいただけじゃないだろうな?収穫を共有しよう」
土産話ではなく、本当の情報共有といったところか。ユウヒが頬を膨らませ、トラヒコの方へ身を乗り出す。
「じゃあ、あんたからどうぞ。バイクの免許取って、バイク買って乗り回して、ってだけじゃないんでしょうから」
トラヒコはそれを鼻で笑うと、ちらっと周囲の様子を伺ってから、話しだす。
「お袋にまた会ってきた。努めて友好的に、な。いくつか掴めたものがある。まず、『梟』について。シンさんからヒイラギっていう人物についても聞くつもりだが、その前にお袋に確認をしてみた。梟は、『梟の栞』というのが正式な名称らしい。団体、と言っていたから、おそらくはそれなりに構成員がいるんだろう。お袋は、そこに所属していた人物と関係があるようだった。ただ、エピローグやメイン・ストーリーという言葉は知っていても、意味は知らなかったらしい。その人物がどれくらいの地位にいたのか知らないが、団体内でも伏せられている情報はあるようだ」
トラヒコはそこで言葉を切ると、改めて広間を見渡した。そして、今度はライムの目をじっと見つめる。
「俺の想像に過ぎないが・・・その、かつて梟の栞に所属していた人物っていうのが、ライム、お前を育てた親戚じゃないか?」
ライムは、茫然とした表情でトラヒコを見つめ返す。しかし、理屈は通っている。あの論文、隠されていたメッセージに記されていたのが、まさにエピローグやメイン・ストーリーという言葉であった。
「レモン姉さん・・・あれ、ちょっと待って・・・。たしか、レモン姉さんはラクダ村へ辿り着く前に父さんと旅をしていて・・・『とあるギルドへ所属した』って言ってた。それが梟の栞・・・?」
ライムが前回帰省した時に、レモンから聞いた生い立ちを思い出す。
「ギルドも、団体という括りにはなるだろう。お前が探している父親についても、手がかりになるかもしれないな」
トラヒコの視線を、段々とはっきり見つめ返すことが出来るようになっていくライム。
「うん。そうだね。ありがとう、トラヒコ。それに、レモン姉さんはこうも言っていたんだ。ある時父さんは、理由も言わないままレモン姉さんを連れてギルドを抜けたって。もしかしたら、ううん、きっとそうだ。父さんは梟の栞で、おそらく冒険譚の核心に迫るような何かを知ったんだと思う」
「あ、そういえばさ」
ユウヒが突然手を打つ。「声がでかい」とトラヒコに窘められ、慌てて声を落とす。
「うち、島で長老と話したんだ。あの、魔具なしで魔法を使える長老ね。色々話したんだけど、その中で・・・5年くらい前に、長老へ会いに来た男の人がいたんだって。長老は若者って言ってたけど、長老の基準じゃ40歳くらいは若者に入ると思う。それで、その人が長老にこう言ったんだって。冒険譚の仕組みそのものを、作者に変えてもらうって。うち、その時はよく分からなかったけど、これがライムのお父さんってこと、ない?」
ライムはそれを聞いて、天井を見上げて考えた。トラヒコの話は、自分の持っている情報と照らし合わせても、納得できる根拠がある。しかし、ユウヒの話はどうだろうか。根拠はないが、考えれば考える程、それが父であるような気がしてくる。
「うん、そうかもしれない。それに、父さんじゃなかったとしても、その人のやろうとしていることには驚くよ。だって・・・」
ライムが言葉に詰まると、ジャンベがそれに続く。
「作者にって、ノーツァルパントにってことですよね?」
「生きてる・・・んすか?というか、ノーツァルパントが何者かもよく分かってないっすけど・・・」
ネガが口をあんぐりとさせている。
「冒険譚の仕組みそのものを変える・・・おい、長老は他に何か言っていなかったか?」
トラヒコに問われ、ユウヒが「ううーん」と目を閉じる。
「大きな混乱になっても自分が悪者でいい、みたいな?冒険譚はなんで未完のまま現れるのか、とか・・・ごめん、あんまり覚えてないや。ってか、あんたのお母さんはノーツァルパントのこと何か言ってなかった?」
ユウヒが身を乗り出すと、トラヒコが顔の前で手を振った。
「いや、聞いてすらいない。ただ、あの様子じゃ知らない、というより興味すらないな。お袋にとって、この冒険譚絡みの現象を誰が引き起こしたかは重要じゃないんだろう」
ユウヒが「ほんとは聞き忘れただけだったりして」とからかうのを無視して、トラヒコは続ける。
「お袋の言い方だと、竜の筆はかなり真相に近づいているんじゃないかってことだ。結界師一族との関係もそうだ。初代マスターから続く縁もあるんだろうが、それに加えて絶対に外へ漏らしちゃまずいやり取りが行われていたからこそ、このギルドも結界で守られているんじゃないか?」
トラヒコが、ライムとジャンベを見つめる。
「多分、トラヒコが言う通り、竜の筆は何か重要なことを掴んでいる」
ライムがそう述べると、ジャンベも隣で大きく頷いた。
「でも、肝心な部分はギルド史にも書かれていなかった。意図的に伏せられているのかもしれない。でも、竜の筆がそもそも、冒険譚の謎を解明するために立ち上げられた組織だっていうことは分かった。ということは、核心に迫るようなところまで近づいているかもしれないよね」
ライムの言葉に、ネガが思わずぶるっと身震いをする。
「マスターや、ジームドンク教授、ハクビさんにシンさん・・・S級冒険者が揃っているわけっすから。それにそんなS級冒険者を育て上げた先代、先々代だって化け物だと思うっす。初代も・・・。S級といえば、ショウノジンさんだってS級鑑定士なわけっす。もしも核心に迫ることが出来るギルドがあるなら、ここっすよね・・・」
「ショウノジンさん、聖地アーケに来たことがあるみたいなんです」
ジャンベが呟く。一斉に視線が集まり、慌てて「でも、詳しくは教えていただけませんでしたけど」と付け加える。
「ちなみに、さっき出たノーツァルパントについてだけど。結界師一族の歴史書や、図書館の本にもちらっと名前が見つかったよ。だけど、かつての大戦で武勲を挙げた戦士の1人だってことくらいしか書かれていない。もしかしたら、史実として把握されているのは本当にそれだけなのかもしれない。冒険譚を生み出したことは、誰も知らなかったとか・・・」
「戦士・・・なんかイメージと違うかも。なんていうか、天才魔術研究家、みたいな・・・勝手にそんな想像してた」
ユウヒがそう言うと、トラヒコが鼻で笑い、ネガが苦笑する。
「戦争で戦った人は、剣士も魔法使いも回復役も、みんな戦士って呼ばれるっすよ。ニマール国の戦士、みたいに」
「へえ、じゃあ、うちの想像も当たってるかもしれないってことね」と、あっけらかんに笑うユウヒ。
「僕も知らなかった。ユウヒと同じ想像をしてたから、違和感があったんだ」
ライムがそう言うと、ジャンベも「ボクもです」と頷いた。
「そういえば、S級・・・ってことで言うと、もう1つ。ハクビさんが、先代に『恩を仇で返しちまった』みたいなことを言ってたけど、これかもしれないっていうことがあったよ。30年くらい前、正確には28年前、このライオンタウンで大きな事故があったらしい。『S級魔物出現による大災害』って書かれていた。多数の死傷者が出たらしい。もしかしたら、あの閲覧禁止がかけられたSランクの冒険譚だとしたら、マスターたちS級冒険者の4人は凄く責任を感じたんじゃないかな・・・」
一同、言葉を失ってしまう。そして。
「うちら、ハクビさんに嫌なことしちゃったね・・・そりゃ、言いたくないよ、そんなこと」
ユウヒが項垂れる。
「その大災害に関係するかもしれないのが、ザンデラさんのことです」
沈黙を破るように、ジャンベが口にした。
「ザンデラ?」
トラヒコが怪訝そうな顔をする。ユウヒとネガは、きょとんとしている。
「そう。まず、ザンデラさんがマスターの息子さんだってことは、知ってた?」
ユウヒとネガは、今度は目を見開いて驚いた。トラヒコは、「聞いたことはある」と返す。
「あのマスターの息子が、あんな嫌な野郎だっていうのは信じられないがな。それで、あの野郎がなんでその大災害に関係してるんだ?」
トラヒコの問いに、ライムとジャンベが顔を見合わせる。
「確証はないんだけど・・・まずザンデラさんが生まれた時期が、この大災害の直後なんだ。少なくとも、同じ月。そして母親は書かれていない。マスターが結婚した記録もない。もしかしたら、マスターがこの大災害前に女性とお付き合いしていて、ザンデラさんが生まれる直前だった、ってこともあるかもしれないけど・・・」
ライムの言葉に、ユウヒが食いつく。
「マスターが無責任な恋愛とか、全然想像つかない・・・事情があって結婚できなかったとか、秘密にしなきゃいけない相手だったとか・・・そもそも、ザンデラさんがマスターの実の息子じゃないかもよ?その大災害で孤児になった子を引き取ったとか」
「それはあり得るな。マスターとあの野郎に血の繋がりがあるとは考えたくない。ただ・・・似てはいるんだよ。悔しいけど、なんとなく・・・」
トラヒコが呟く。
「その大災害で身寄りをなくした子がいるとすれば、特定はしやすいと思う。調べてみたんだけど、多くの死傷者と言っても、死者は数人だった。ほとんどが怪我人で・・・マスターたちや、先代マスターが必死で守ったんだろうね。でも、もしもマスターの実の息子じゃないとしたら、『エレンドの息子 ザンデラ誕生』って書かれるかな。ザンデラさんに配慮して、大災害後にマスターの息子として生まれたことにした・・・?いずれにせよ、この大災害とザンデラさんには何か関係があるかなって思ったんだ。まあ、これに関しては僕たちが首を突っ込む話じゃないかもしれないね」
ライムがそう言うと、ジャンベが「すみません・・・」と顔の前で手を合わせた。
数日後、ライムたち5人はモッチの研究室にいた。今回も、メモリーモスがライムたちのもとへ飛んできて、意図を察した一同は追い立てられる前にすぐ、研究室へと急いだのだ。
「君たちにまた、新しい任務を頼みたい。これ、見て」
モッチが示す、空中に映しだされた大陸地図。赤く点滅しているのは、ブジンカ国との国境付近、広大な森林地帯である。ライムとジャンベはその位置を見て、思わず顔を見合わせた。
「でも、聖地アーケからは少し遠いかもしれません」
ジャンベがライムに囁く。
「ムース森林。ここで魔物が大量に出現してる。まさに、今」
モッチが淡々とそう言い、くるっと振り向くと、5人をじっと見つめる。
「え、今?」
ユウヒが驚く。ネガも、「おいらたち、間に合うっすかね・・・」と鳥の巣頭を掻く。
「もう、リキとミツカが行ってる。君たちには、これからわたしと一緒に向かってほしい」
そう言うと、モッチは桃色のペンを取り出し、有無を言わせず宙に線を引き出した。
「あ、ちょ、ちょっと待って欲しいっす!」
「待って待って、うち、まだ心の準備が!」
ネガとユウヒが慌てる横で、トラヒコが溜息をついた。
「このまま、現地へ行くんですか?」
ライムの問いに、モッチは顔を上げる。
「ううん、それだとわたしの魔力がもたない。転送魔法の装置まで、何回かに分けて飛ぶだけ」
転送魔法、が何なのかライムはピンとこなかったし、ジャンベも同じらしい。しかし、モッチは線で一同を囲み終わると、容赦なくペンをカチッとやった。
灰色の光に包まれる。




