懐かしき地獄の日々
漁業を生業とするイゴの村人達の朝は早く、早朝と言いよりは夜中に近い。
三時には起床して漁に向かう準備をするのが理由だ。
網にランドウと呼ばれた魚を入れておく網カゴなどを用意して、引き車に積み込みをして数人で仕事に向かうのだ。
仕事に向かう村人達にとっていつもの日常だったのだが、最近向かう途中に違う光景が飛び込んでくる。
「はぁ!はぁ!はぁ!…っと!?やり過ぎだぁぁあ!」
「はぁ!はぁ!ペイン殿っ!少しやり過ぎじゃないかっ!王子に対してその様な…うわぁぁあ!?」
「はぁ!はぁ!…話してる暇があったら二人共躱し続けろぉおお!!…あ、ひぇえええっ!?」
「くくくっ!ほれっ!ほれっ!モロに喰らえば即死じゃからのぅ!?」
陽気な表情を浮かべてはいるが、言葉の意味は笑い事では無いルクス王子とザイカとミン。
早朝四時から二時間をペインとの感覚鍛錬をこなして三日目である。
朝六時に終わり憩いの宿エルドラで朝食を済ませた後は、昼過ぎまでモンスター狩りをする。
これを一日の内に二回こなしてから就寝になるのだが、三人は疲れが取れない状況での鍛錬の内容に、流石に限界がきていたのだ。
「あ、油断しおって!当たるぞぃ!」
「…失礼しますっ!!はぁぁあ!!」
ギャリンッ!!と金属がぶつかり合う様な音と共に、ペインの強化された髪毛の攻撃を地面に流すヴェルゴ。
「ほほぅ!?もうそんな段階まで行ったのか!?やるではないか?ヴェルゴ!」
「まあ…とりあえずは合格かな?受け流す場所も考えられる様になって一人前だからな」
「お二人共ありがとうございます、まさか受け流しがこれ程に重要だとは…鍛錬が楽しくて仕方がありません」
あの攻撃を受け流すのがどれ程に難しいかを理解している三人は驚愕する。
「はぁ、はぁ…やはり、魔族七陣柱は伊達じゃないって事だなぁ?助かったぜ」
「はぁ…ふぅ!すまない、ヴェルゴ殿」
「いえいえ、お気になさらず」
ルクスはヴェルゴに御礼を言って安堵するが、スバルは共に御礼を言っているザイカに向けて話す、その間ミンは地面に倒れ息を整えていた。
「ザイカ…あんたにも今ヴェルゴがやったぐらいの次元までは到達してもらう予定だぞ?」
そんなスバルの言葉にはザイカなら到達出来ると言う意味と、そこまではこの地獄の鍛錬が続くと言う意味が含まれている事が分かったザイカは苦笑いする。
しかし…苦笑いしながらもザイカの胸中は嬉しさの方が勝っていた。
これ程の強者達にまだまだ強くなれると暗に言われ、気分良くならない者はいないのだから。
「…ははは、それは…これからの先が楽しみだな」
「わ、分かりやすいくらいに顔に出てるな…色々と、ははは」
「む?…スバル、俺とミンは良いのか?」
スバルがそんな話をしているとルクスが疑問を聞いてくるのだが、ペインがそれに答える。
「ザイカは絶対防御の意味を真に理解して無いからじゃ、じゃからスバルに担当してもらうのじゃよ」
そんな話をしながらもルクス達は分からないと言う表情をしてペインに返す。
「…駄目だ、全然分からねぇ。絶対防御の意味を真に理解してないってのは何なんだ?ペインお嬢ちゃん」
「む?…うーむ、それは…いや、スバルに聞いた方が良いぞぃ?スバルは後の先に関して…もはや人外の域におるからのぅ」
後の先…それは攻撃を全て受け切る事、更に受け流し攻撃する一種の攻撃スタイルだ。
スバルにおいてはシステマキングス時代をソロでプレイする為に染み付いた型みたいなものである。
「え?…まあ、良いか。ザイカはこの前三つの防御系スキルを使ってたよな?」
「…え?あ、ああ…あの時の刺客達との戦いの時だな?確かに使ってたが、ペインにはなってないと指摘されていたしな…私なりに考えていたのだが、分からなかったのだ」
ペインは鍛錬する期間…答えは言わない、自らに考えさせて自らにあった答えを出させるのだ。
ザイカが悩んでいたのを知っていたのであろうペインはスバルに答えさせていたのである。
「そもそも防御系スキルを使う前提が違ったんだよ、あの時のザイカは亀になっただけなんだ」
「か、亀になる?…どう言う意味なんだ?」
「そのままの意味だよ…どうぞ攻撃して下さいってスキルの使い方だったし、攻撃に繋げる意思が無かったからさ」
防御系スキルを使うと言う事は、攻撃を耐える動作に入る事を意味している。
しかし、スバル達の理解するスキルの使い方は違う。
基本的にスキルに頼る攻撃をしていはならないと考えているからだ。
スバルが箱庭でペインと戦った時に放ったコンボなどは話が別になるが、基本的には攻撃にスキルを織り交ぜるのがスバル達がペインに鍛錬で教わった基本だ。
「し…しかし私は絶対防御の黄金騎士団の団長なのだ、攻撃を先に仕掛けると言うよりも…」
「いや、自分の型を捨てろと言ってるんじゃない。…先を見て幅を広げろって意味だ。そもそもザイカは俺と型が似ているんだ、後の先だよあんたは」
そう言われたザイカは少し考えて頷く、そして防御に関しての概念を取り払うように言う。
「………そうか…いや、そうなんだろうな。私が漠然と考えていた絶対防御…その概念を取り払って鍛錬に励んだ方が良さそうだ、何よりも私が強くなりたい…先を見たいと思っているしな」
「任せてくれザイカ、その鍛錬をこなしてきた俺達がいるんだしな!…あ、でも…ペインとの鍛錬は吐きそうだったわ俺達も」
スバルは自身の胸を叩きながらそう言うのだが、暗にペインとの鍛錬は気をつけろと苦笑いしていた。
「確かになぁ…ザイカから先に仕掛けるってのは余り見た事が無いなぁ…ところで、俺はどんな型なんだ?」
「ルクスよ、強いて言えばお主は…バランス型じゃのぅ、因みにミンはサポート型じゃ。鍛錬次第でまた変わるかもしれんがのぅ?」
ルクスの疑問にそう答えたペインだったが、実際はザイカも含めてどうなるかは分からないのである。
ペインは言いながらも表情は明るく笑顔だった、どう成長するか分からない原石達を前に嬉しくて。
「サポート型かぁ、割と攻める方が好みなんですが…まあそれもまず、一カ月の鍛錬をこなしてから考える事なんでしょうね」
先は長いと胸中を苦笑いしながら吐露したミンは空を見上げていた。
その通りだと言わんばかりにペインは頷いて、一同はまた鍛錬に戻る。
そんな様子を木影から見守る影が三つあった…シエンとアカリとリイサである。
全員で話し合った結果により三人で王国に近いペシェードと言う街に、現在の王国がどの様な状況かを探りに行く為である。
出発前にスバル達の鍛錬の様子を見に来ていた三人は苦笑いしながら話していた。
「うわぁ、懐かしいですね…あの光景。…吐きそうになりますよねぇ…」
「…うん、最初は…地獄だったよね」
「あらあらまあまあ…でもアレを越えれば、戦闘経験や状況判断力…更にはスキルに頼らない組立てが出来るので頑張ってほしいですわ、ウフフ」
三人はそんな会話をして鍛錬を懐かしみながらも、ペシェードの街に向けて出発するのであった。
ールキア海域付近・抗う者のアジトー
妖精のルウ達は仲間達に話を伝えてから戻るとして、アジトに戻って来ていた。
仲間達はルクス王子との話し合いに歓喜し、スバル達との出会いに驚愕もしていた。
この世界に…まだ名を馳せていない強者が存在する事実があったのだから仕方ない。
「凄いじゃないか!ルウ!そんな人達と一緒ならきっと…変えられる筈だ!…にしても、それ凄いローブだな」
「油断しないでよね?…余裕なんて無いんだから私達にもルクス王子達にもね?…まあ、このローブが凄い物ってのは認めるわ」
苦笑いしながら仲間達はルウ達がシエンに貰ったローブを見て羨ましがっている。
そんなやり取りをしていたルウ達の前に一人の女性が現れる。
「皆さんどうかされ…ルウさん!おかえりなさい!…心配してましたが、無事だったみたいで安心しました!」
そう言いながらルウに抱きつく女性は笑顔であった。
「ただいま戻りました、シエラ様。…あ、あの?そろそろ離れて下さい…恥ずかしいので」
「…凄い!このローブふわふわしてますね…あ、すみません」
一目見た瞬間に凄い代物だと判断したシエラは、ローブに触れたい欲求を抑えきれなかったのである。
しかしルウにそう言われてしまったので、肌触りを少し体感したシエラは残念そうな表情を浮かべつつ離れるのであった。
その後ルウ達はシエラに状況を説明してどうするかの話し合いをする。
抗う者達のアジトは決して狭くは無いが広くも無い作りになっていた。
「…了解です!これからはそうするです!疲れたです…」
「ふえ〜ん…やっと難しい話が終わったよぉ〜」
「リム…貴女ったら本当に…はぁ、まあ今回は色々あったし疲れたわよね」
これからの方針が決まった途端に脱力する三人…憩いの宿エルドラで休ませて貰ったとは言え、気を抜けない状況に変わりはなかったから仕方がない事だ。
「ふふ…本当にお疲れ様、いつも…三人ばかりに行ってもらってごめんなさいね…」
「い、いえ!そう言う意味じゃないですからねっ!?…単純に色々あり過ぎてって意味です本当にっ!」
シエラにそう返すルウは咄嗟に別の話題を出す。
「あ!そう言えば!…このアジトに向かう道中で助けたあの男は話せる様になりましたか?」
「…いえ、残念ながら。…あんな場所で何があったのか、助けた場所では戦いの痕跡も無かったのに…あの人は…一体何者なんでしょうかね?」
二人はそう話しながら部屋の角にへたりこむ様に座る男性を見る。
男は部屋の天井を虚ろげな瞳で見つめるだけで動かない。
そんな男に近いて二人は話しかける。
「…どう?大丈夫ですか?話せますか?貴方は一体何者なんですか?」
「…ぁ?…ぅう…あぁ……ぅあ」
男は只々そう唸る様な言葉とも言えない呟きを発するのみである。
しかしルウを見た男が口にした言葉にルウ達は驚愕する事になる。
「ぅう……ぁあ?……ぇ、ぇえ…エレメント…ローブ?」
「…えっ?………な、何故貴方はこのローブの名前を知ってるのっ!?」
ルウの声が部屋に響き渡り仲間達は驚く、しかし一番驚いたのはルウ達だ。
エレメントローブはシエンから貰った代物だが、そんなローブを今まで見たことが無かったのに目の前の男は知っているのだから。
髪は白髪で助けた時に側に落ちていた武器、そして埋葬したが…女性の死体と共に放心していたこの男は一体何者なのだろうかとルウ達は考える。
しかし…その後に男が喋る事は無く同じ状態になってしまうのであった。
「返答は無し…かぁ。…シエン達に聞いてみる事案かも知れないわねこれは」
そう言いながらルウは男の傍にある武器を見る、中々に特殊な武器を使ってると胸中で思っていた。
血と激しい戦いによりボロボロになったそのレイピアを見つめながらそう思うルウだった。




