ヴェルゴ・ヴィンセント
憩いの宿エルドラを出たペインはすぐに行動する。
強化された髪の毛を蜘蛛の足のようにして宿の側にある木々を駆け上がるペイン。
その様はまさに異業種と呼ばれるに相応しいものであり、村人が見ていたならば失神していたであろう。
「バレておるぞ?…お主は…どこの種族じゃろうな?」
木々から憩いの宿の屋根に立ち尽くす男に尋ねるペイン。
「…ほう?良く私の存在に気が付きましたね?」
その男の名はヴェルゴ・ヴィンセントと言い、魔族七陣柱が一人…第七部隊を率いる隊長であり、魔族軍の躾も担う者である。
額には一角のツノが生えており人間には到底見えない、だがその格好はまるで執事を思わせる服装をしていた。
しかし…余裕を見せながらもヴェルゴは身震いした。
(…ば、馬鹿な…何というお嬢様でございましょう…私の警戒網を容易く抜け…一瞬でここまで来る身のこなし…不味いですねこれは…)
「ほう?ほぅほぅ?これは…?お主も原石の匂いがするのぅ!?…殺すのはやめじゃ…連れてくいくかのぅ?」
そんな事を言いながら無邪気に笑うペイン…ヴェルゴの身体から脳への危険信号が鳴り止まない。
恐らく…勝てない…そう思わされたヴェルゴは逃げる為に話す。
「…面白いお嬢様でございますね?…ですが…捕まるのもご遠慮させて頂きます!」
言いながら素早く転移魔法陣のアイテムを使う…その瞬間ペインが指を鳴らす。
パチンッ!
「闇の掟!…残念じゃったのぅ?このスキルは半径二十メートル内のあらゆる転移、索敵の効果を無効化するんじゃ、指が…滑ったのじゃ!!」
自身のスキルを説明する余裕を見せるペインはそう言いながらヴェルゴに向かっていく。
「…くっ!?…くぅううぅ!!がぁあああっ!!?」
ペインの攻撃をなんとか両腕で防いだヴェルゴだったが、その威力は凄まじく…憩いの宿の屋根にいたヴェルゴはペインの攻撃を防ぎながら村の外へと吹き飛ばされていく。
「ぐぅううっ!!な、舐めるなぁぁぁあっ!!」
防ぎ続けていたペインの攻撃を地面に流すヴェルゴ。
ドカァァァアアッ!!
ペインの攻撃が流された衝撃波により、ヴェルゴは地面を削りながら止まる…その威力により十メートル程の直線の異常なクレーターが出来る。
やっと勢いを止めたヴェルゴは片膝をつきながらも生きていた。
しかしそのダメージ甚大であり、ヴェルゴは口から血を流し防御した腕からは血を滲ませていた。
「はぁ!はぁ!カハッ!…こ、こんな異業種など…し、信じられないっ!何て力なのだっ!?…ぐぅ!」
スキルを使用しない攻撃の威力でこれである…ヴェルゴはもはや笑うしかなかった、恐怖からでは無い。
ヴェルゴの主人…魔族の頂点に立つグリード・ヴァルヘイムに匹敵する者が目の前にいるのだから。
「ほう?!くくくっ!!お主…スキルを使ってないとは言え…妾の半分の力の攻撃を防ぎ流すとはのぅ!?…お主は今迄で最大級の原石じゃのぅ!!…死ぬでないぞ?」
「…くっ!迅影陣!!」
ヴェルゴは素早くスキルを発動させペインの周りを、影から出た四つの分身が取り囲む様に高速に移動する。
そしてヴェルゴ自身も影の分身に紛れる。
速度を増し砂煙を上げながらペインを狙い五つの影の攻撃が迫る。
「良い判断じゃ!攻撃と回避…果ては引きの一手にも繋がるスキルを発動させ、更には考える時間も稼げるしのぅ?じゃがまだ甘いっ!」
ガガッ!ガシッ!!
「くっ!?…ふふ、やはり無駄な時間でしたか…奥の手を使おうと…これは抜け出せそうにありませんね、私の負けでございます…」
五つの攻撃が全て防がれ本体も見破られた上に両腕両足を髪で拘束されたヴェルゴがそう言うとペインは笑う。
「くくくっ!何を言うておるっ!妾の鍛錬を段飛ばしで合格にしても良いくらいじゃ!…さて、ほれっ!村に戻るぞい?」
「な、何を仰っているか全く理解出来ないのですが?」
だがそうは言ってもヴェルゴはペインに従うしか無い。
魔族七陣柱の一人であり、魔族第七師団の隊長である自身が…敗北を認めてしまったのだから。
「…まさか、魔族七陣柱である私が…こんな事になろうとは…ふぅ。ルキア海域に降り注いだ光の正体を探る為に、単独行動したのが仇となりましたね」
ヴェルゴはスバル達が転生された時の光を調査しに来ていたのだ。
そんな最中にルクス王子と刺客の騒動を知り、その情報も調査しておこうとした結果だった。
「くくくっ!そんなつまらん話より…腹が減ったのじゃ!早よ行くのじゃ!」
「つまらん話…ですか…はぁ、仕方ありませんね…今は」
現状どうしようも無いヴェルゴは渋々と受け入れる事にするのであった。
この時…ヴェルゴは敗北を認めはしたものの、何とか軍が配備されている地域にまで戻ろうとしていた。
だがヴェルゴは如何に自身の考えが甘いかを、イゴの村で思い知る事になる。
「良し!さあ!お主…そう言えば名を聞いとらんかったのぅ?」
「ふふ、そうでしたね…私の名はヴェルゴ・ヴィンセントと申します」
ペインが戦闘に夢中だった事に思わず笑うヴェルゴ。
「うむ!ならばヴェルゴ!貴様は今日から妾の家来じゃ!妾の名はペイン!皆に説明するから行儀良くしとるのじゃぞ?」
やれやれと言う表情を見せながらも整った姿勢でヴェルゴは返す。
「ふふ…かしこまりました、ペインお嬢様」
「おお!お嬢様などと…可愛い感じじゃのぅ!良しならばヴェルゴよ、イゴの村に戻るのじゃ!」
こうしてヴェルゴとペインはイゴの村へと歩き出す。
「…所でヴェルゴよ、お主はSPをどう使っておる?」
「…どう使って、とは?普通に魔法を使用する際に…としか返せませんが?」
「実は…このSPには別の使い方があるんじゃが…聞きたいかのぅ?」
道中二人はそんな話をしながら憩いの宿エルドラへと歩いて行くのであった。
ー憩いの宿・エルドラー
急にペインが飛び出して言ってしまいルクスやルウ達は驚いていた。
「ペインのお嬢ちゃんは大丈夫か?何かあったのか?」
「ねぇ、大丈夫なの?急に飛び出していったみたいだけど
「ああ、まあ大丈夫だろ…かなり気配の感じ辛い奴が居たみたいだな」
スバルのその言葉は明らかに敵が潜んでいたと含まれていた。
気付いたのは恐らくペインとスバルのみ、他の者には気付かれなかったと言う点ではヴェルゴはやはりかなりの強者であり、隠密行動のプロであると言えるだろう。
「…それ程の敵なのに、何故そこまでお前らは落ち着いてられるんだ?」
「仲間だからな」「仲間ですから」「…仲間!」「仲間だからですわ」
声が重なりながらすぐに四人はそう答える。
なるほどと言う表情で笑うルクス、スバル達の関係が強い絆で結ばれていると感じたからだ。
ルウ達にもそれは伝わり笑顔を見せる。
「ふふ、良いわね…あなた達の関係。…そう言えばあなた達って、お互い愛し合ってる人とか居るの?」
急な質問に…時の魔法などこの世界にあっただろうか?と言うくらいに動かなくなるスバルを除く三人。
「俺は無いが…他も、とりあえず無いかな?」
「あら?そうなんだ、ふーん…アカリ」
唐突に名前を呼ばれ反応するアカリ…何故かシエンも。
「…ん?ど、どうしたの?」
「いや、あのねぇ?実は…あなたに話があってね〜?」
「……ルウ、さん?あ、あなた…まさかっ!?」
急に慌てるシエンの反応を見たアカリは鋭い目つきでルウに話す。
「…何があったの?」
「私達は妖精なのは理解したわよね?実は妖精って息を止めてる間に、その存在を視認出来なくなる特性みたいなのがあるんだけどぉ…シエンに見つかった時に実は……」
ルウが肝心な部分を言いかけた、その瞬間…ガチャ…リィン…。
「んで…じゃ、変換と言うよりもこれは…己のイメージに近いものがある…む、着いたのぅ」
「なるほど…確かに有り得ない話ではありませんね。…これはこれは皆様お初にお目にかかります」
二人は喋りながら憩いの宿に入ってきたのだが…明らかに人間では無いヴェルゴと普通に話しながら入って来たのだから皆んなは驚いた。
「ペイン…何を連れて来とるんだお前はっ!説明しなさい全員に!!」
「隠密していた魔族のヴェルゴを村の外まで吹っ飛ばして、その先で戦い捕縛して家来にしたから連れて来たのじゃ!」
全く何を言ってるかスバル達にも分からなかった、すると魔族のヴェルゴが口を開く
「ふふ、本当に面白いお方ですね…ペインお嬢様」
「うむ?そうか?…照れるでは無いか!さて、ヴェルゴも皆んなに挨拶しとくのじゃ!」
そんなペインの言葉に反応して、周りの視線がヴェルゴに集中する。
(ふむ、まあ自己紹介くらいなら問題は無いでしょう)
「分かりましたペインお嬢様…私の名はヴェルゴ・ヴィンセント。魔族軍が第七部隊の隊長であり、魔族七陣柱の一人でございます。皆様…以後お見知りおきを」
「な、何だって?!アンタ…本当にヴェルゴなのか?」
「う、う、嘘でしょ!?ヴェルゴ・ヴィンセントって言ったら実質…魔族のトップ三の大人物じゃない!」
「ふふ、嬉しい反応をありがとうございます」
(ルクス王子に妖精…でございましょうか?この反応が普通の筈なのですが…あの四人…なるほど。あの方々がペインお嬢様のお連れ様でございますね…)
そんな事を胸中で抱きながらスバル達に視線を流すヴェルゴ。
途端ヴェルゴは冷や汗が止まらなくなる…。
(…ば、馬鹿な?!こ、これはっ?!)
ヴェルゴは自身の感じた違和感を質問により吐き出す、この冷や汗を事実と認めたくない為にも。
「…ひ、一つ宜しいでしょうか?…其方にいらっしゃる方々は…もしや、ペインお嬢様より強いのでしょうか?」
その質問に周りにいる者も驚愕せざるを得なかった、そんな馬鹿な…と言う様に。
何故ならスバル達も充分に強いのは皆が理解しているが、ペインは更に異業種である。
実力的には互角かも知れないが、スバル達の中では恐らくペインが一番強いと周りは見ていたのだ。
「ヴェルゴさんよ?確かにスバル達は強いが、スバル達を鍛錬したのはペインのお嬢ちゃんだと聞いてる…恐らくそれは無い」
「同じ見解ね…互角のスキル所持ならば異業種の方が圧倒的に強いわ」
ルクスとルウはそう自分の見解を話す。
…だが、返ってきたスバルの返事は違うものであった。
「…ヴェルゴ…お前中々やるなぁ…そうだ。俺達四人は全員ペインに勝てるぞ?まあ…と言ってもそれもペインのおかげだがな?」
(や、やはり…!こ、この四人を見た時から冷や汗が止まらない理由…ペインお嬢様より強いと私に理解出来てしまった理由っ!それは…)
スバルの言葉に固まるルクスとルウ達を他所に、ヴェルゴが何かを諦めたかの様に呟く。
「…ふふ、まさか四人…いや、五人もの七星級の強者がこんな端の地域に存在しようとは…」
そんな呟く声を聞いていたスバルはヴェルゴに言う。
「あ、ヴェルゴ…別に逃げたきゃ逃げても良いぞ?俺達の情報ややる事に首突っ込まないならな?」
「…は?そ、それだけでございますか?」
コクリと頷くスバル。
「ああ、俺達はこの王国を変える計画がある…まあ、それはルクスの仕事だがな?…だが、一つ俺は考えている事がある。邪魔だけはしないで欲しいかな?」
「あれ?僕達そんな話は聞いて無いですよね?アカリやリイサは聞きました?」
「ん、聞いてないよ」
「あらあらまあまあ…聞いてないですわ、ペインは?」
「聞いてはおらん…が、何となく分かるがのぅ妾には」
ペインの言葉にリイサが鋭い目つきをしたのだが、スバルは見なかった事にしながら話す。
「スバル殿………考えている事、とは?」
ヴェルゴに言われたスバルは目を瞑り少し考えてから口を開く。
「…俺はいつか…全種族が住める国を作りたいと思うんだわ」
この世界ヴァルハラにおいて最もあり得ない言葉、最も誰も言わない言葉…その言葉がルクス達やルウ達…ヴェルゴの心に突き刺さるのであった。




