最後の安息
あれから数日後…今日が箱庭で過ごす最後の日だ。
まあ実際は後二日あるわけだが、もう九十日以上が過ぎたのだ。
感傷に浸る様にこれまでを振り返りながら、スバルはロビーでコーヒーを飲んでいた。
「…ふぅ、美味い」
あれから更に鍛錬を積んだ俺達は全員が再度ナインシリーズを習得していた、ペインも同様だ。
ペインは忌み名シリーズ習得を断念した、理由はスキルリセットで隠しボス限定のスキル消失の可能性を考慮したからである。
ペインは数々の固有スキルを所持していた為の決断だ、まあそれでも全ナインシリーズまで習得したペインのステータスは凄まじく、忌み名シリーズと大差無いと思える程に強かった。
ペインとの戦闘訓練だけは本当に辛かった記憶しかない。
「…はぁ」
思い出して溜め息を吐くスバルは再度コーヒーを口にして苦味で忘れる様に芳醇な香りを楽しむ。
ガチャ…パタン!
音の方を確認するとシエンがやってきた、シエンとスバルは軽く挨拶してシエンはコンソールで水を注文してイスに座る。
水を一口飲みひと呼吸ついたシエンはスバルに話しかける。
「何とか…狙いのレアアイテムも間に合いましたね」
「ああ、良かったよな?本当にギリギリだったしな」
二人は苦笑いしながらレアアイテム収集のこれまでを振り返る。
「特に…バジリスクから出る〈湧き出る矢筒〉は良く頑張ったなシエン。俺なら諦めたかも知れない…」
「いや、またそんな謙遜を…アレがあるのと無いとではアーチャー系の職は天地の差が生まれますからね。トレーニングルームを活用出来るこの期間にドロップしてくれて助かりましたよ…確率〇.〇〇二%でしたしね」
全く良く頑張ったよ本当に、どうにも俺はレアアイテム掘りは苦手なんだよなあ…スキル習得なら喜んで励むのだけどな。
ガチャ…パタン!
次に出てきたのはリイサ…いや、アカリやペインも同じ部屋から出てきた。
「おはよう」「おはようございます」
俺とシエンは挨拶すると眠気が残ってそうなペインが話してくる、アカリも眠そうだ。
「は、早いのぅ?…お主ら…ふぁぁぁあ。おはようじゃ」
「早いってもう十時だぞ?」
とっくに朝食などは過ぎてる時間帯である。
さては…また夜中までトランプ遊びとかやってたな?やれやれと溜め息を吐くスバル。
シエンも同じく気付いたのだろう、まあまあとスバルに苦笑いを向けてくる。
「まあまあ、とりあえず昨日までで箱庭でやる事は終わりましたから。今日明日は休みだと皆さんと話し合いましたからね」
「あらあらまあまあ、スバルもやりますか?ババ抜き…ウフフ」
女性メンバーの中では一番きちんとしていたリイサから提案されるスバル。
しかしスバルは首を左右に振りながら言う。
「俺…ギャンブルとかそう言う類いのゲームとか苦手なんだよな」
「意外ですね、スバルは元は三十四歳でしたし…そう言うのは得意かと思ってましたよ?」
「シエンそうでしょうか?逆に…超弱そうですわよ?スバルは」
普通の三十四歳ならそこそこに嗜むんだろうが…システマキングスに人生を捧げていたからな。
「うっ、…システマキングスしかやって無かったしな、恐らく…めちゃくちゃ弱い」
スバルはリイサの言う通りと苦笑いして話す。
そこにペインが意気揚々と口を開く。
「…ふふふ、ならば!スバルが混ざれば妾は初めて勝利出来るかも知れんのぅ!」
「それは泥試合になりそうだな、ははは」
そんな話をしているとアカリがペインに近寄り話す。
「…ペイン!応援する!がんばろ!」
アカリは当初から比べたら寡黙だった喋り方も少なくなってきた。
人それぞれではあるが…皆んな変わったのだろうなと笑みを浮かべてアカリを見るスバル。
「そう言えば…、最終日のタイムラグが無くなる日に別の恩恵を選んだ方々と出会いますよね?…その時に説明されるんでしょうか?転生に関しての話は」
「んー、こればかりはなぁ。恐らく…としか」
実はこの件…転生に関しての質問をムースにした所、何とエデルから許可が下りなかったのである。
五人はこの件があり最終日に分かるはずとして保留にしていたのである。
どちらにせよ最終日に全てが分かるし、新たな人生が始まるのだ。
「今日は…どうする?あらかた必要なスキルは習得済みだし、それぞれ必要なレアアイテムはドロップしたし。…残り約二日かぁ…」
「…妾もお主らに出会えなければ…自由は無かったからのぅ?…そんなお主らには最終日まで特別な鍛錬をつけてやろうではな…むぐっ?!」
言い終わる前にその口を塞ぐアカリとリイサ。
二人は笑いながらも瞳の奥には深淵を覗いたような黒さがあり、それを見たシエンとスバルはソッと視線を逸らすのであった。
「あ!…スバル!そ、そう言えばあの件の話があるので、スバルの部屋で話しましょう!二人きりで!」
「あ…ああ!あれか!あの件があったな確かに!時間が掛かるかも知れないしな!…じゃあ他のみんなはまた後で、夕食までには戻れるかな?…さぁ、行こうか?シエン」
どの件だとかは男達には関係無く、その場から立ち去る為のこれまたある種の連携をするシエンとスバル。
そんな光景を許すはずが無いアカリとリイサは引き止めようとするが…お互いの手がペインの口を塞いでいるので身動きが出来ないまま、シエンとスバルを部屋に逃がしてしまう。
「ンググッ!ンー!…プハッ!何をするんじゃ!主らは!地獄の鍛錬が必要な様じゃな!?」
やっと解放されたペインは髪を逆巻き怒りを露わにする、そんなペインにリイサが言う。
「あらあらまあまあ…残念ですわねぇ、箱庭のコンソールで注文出来るスイーツは…転生したら食べられるかどうか分かりませんのに?…可哀想に」
「…うっ、そ、そうなのか?」
千年を戦い抜いた闇夜の化身…ペインはスイーツが大好物になっていた。
特にティラミスが大好物でありスイーツを食べる時のペインは正にお子様であるかの様な表情をする。
「…そうだよ?だから…残りの日数は沢山食べておいた方が良いよ?…鍛錬はいつでも出来る!でも…ティラミス食べられるのは最後かも知れない…」
これまた女達のある種の連携である、アカリの見事なまでの絶望を煽る様なアシストにより、ペインは最終日をスイーツ食べ尽くしにしようと二人に提案する。
もちろん二人は了承するが、苦笑いだった。
鍛錬の辛さを知る四人は最終日くらいゆっくりしたいと思い各々が連携して逃げたのだが…アカリとリイサは体重は大丈夫だろうか?とお互い顔を見合わせながら溜め息を吐くのであった。
「…どうだ?シエン…皆んなは戻ったか?」
実はシエンとスバルは部屋のドアを僅かに開け女性たちが部屋に戻るかを確認していたのだ。
「いえ、まだですが…もう戻ると思われます。残りの日数をスイーツ食べ尽くしに…みたいな話で纏まったみたいですから」
「…良し、ならばゆっくりドアを閉めてくれ…」
お互い頷きながら指示をやり取りする二人。
シエンはゆっくりとドアを閉めてスバルと顔を見合わせながら溜め息を吐く。
「はぁ、流石に最終日くらいゆっくりしたいからな…」
「同感です…毎日、身体中が筋肉痛ですし…」
スバルとシエンは共に、正確にはペイン以外の四人は毎日筋肉痛になる程…鍛錬していた。正に鬼畜なりペイン。
しかし嬉しい事もある、戦闘を繰り返していくうちに当人達の心肺機能の爆発的な向上と身体能力の向上である。
この変化を実感してきたからこそ、地獄の鍛錬を切り抜けられたとも言える。
現にスバルの身体はハイパーメタボリックだった頃とは比較にならない程にバランスの良い筋肉が付いていた、腹筋も割れているのだ。
シエンも同様に腹筋が割れて、当初の自分からは考えられ無かった程であった。
運動で身体を動かすのと、死が間近にある鍛錬では体力や精神力の減り方に天地の差がある。
得られる経験や効果も天地の差があると四人は身を持って知ったのだ。
「とりあえず…その時までの残り日数はゆっくり過ごそうぜ?」
「はい、そうですね。…所でスバル、そ、相談があるのですが…」
そうしてシエンにある話について相談され、談議をする事になったスバルなのだが…この話を実はドアを締め切ってなかったシエンの不注意により、この話が女性陣に筒抜けになっていたのはまた別の話だ。
そうして最後の安息は終わりを告げ一〇〇日目の朝が来る。




