「破滅の炎」後編
宿泊施設「ホウ湖の真ん中」にて。渡し船の営業時間が終わって宿泊客以外の人が居なくなった夜のエントランス棟。ファティマ達が向かえば、エイシンは紅茶を飲んでいた。
「よく来たな」
「あなたがエイシンね。聞かなくてももう知ってると思うから、答えだけ聞いていいかしら」
「某は、生前、それほど豪傑ではなかった。故に武功では頭角を出せなかった。才が無かったとまでは言わないが、武功以外で将軍の名誉を捧げようと、占術を始めた。しかし占術は、将軍の為だけにやっていたものではない。戦火に対して、手も足も出せない者達の心の拠り所となった。それから某は占術士として名を上げる様になった」
「そう。でも、あなたがアミセルを討つ未来を望むのは、結局は自分の為?」
「否めないな。とは言え某も人の子。戦火を広げたくないという思いには変哲も無い。そなたもそうであろう」
「そうね。同じ人間でも、戦争する事でしか生きていけない人も居る。私は、そんな人間でなくて良かったわ」
「結局は、戦争する奴としない奴、その戦争なんだな」
「もし良かったら、近々起こる転機があれば教えてくれないかしら」
「アミセルは、また蘇りし者を生み出す」
「まじかよ」
「そして悪い報せは、その者は、戦争をする側の者だという事」
「ファティマが味方じゃないから、さっさと仲間作りか?」
ふとファティマは微笑んだ。その眼差しをエイシンは真っ直ぐ見つめ、小さく頷いた。
「ならばルアに頼むがいい」
「私が動いたら、好転しないの?私も興味があるの。私は今までは、ただ戦火に支配されていた。でももし私の力で戦火を遠ざけられるのなら、もうただ支配されたくない」
「希望もまた燃えているのだな。だが早まるでない。まだ、会っていない者がいる」
「え?」
勝手に未来を言ってくるアクティブな予言者。それでもカースベルクは「何の話だ」と聞かなかった。聞かなくてもいいと思ったから。それから翌日、ファティマ達は転移した。そこはゼーレ帝国。復興中の街の隣街。
「不思議ね」
「何がだよ」
「何も感じない。蘇りし者は必ず分かるのに」
「そんな特殊なタイプもいるのかよ。でもエイシンがここにいるって言ったならそうなんだろ」
ファティマ達が見上げたのは大きな看板。そこは長閑な街の中にある放牧養豚場。
「可愛い」
ブーブーと鳴く豚たちがのんびりと草原で過ごしているそこに、その男はいた。客なのかスタッフなのかイマイチ分からない雰囲気。
「おい、そいつら、まさかシーザリアン」
ファティマが遠くからその男を見つけたところで、養豚場のスタッフがそう言って警戒をぶつけてくる。
「そうよ」
しかし3体のシザリハウンドたちが円らな瞳でスタッフの男を見上げれば、スタッフの男は仕方なく1体の頭を撫でた。
「本当に花が生えてるんだな」
「あの人に会いに来たの」
「ん?ああ、ハクジュソウか、お前ら知り合いなのか?」
「知り合いじゃないんだけど、身内に近いのかな」
「道でぶっ倒れてて助けたんだが、名前以外記憶が無いってんだから仕方なく置いてやってんだ」
それからスタッフの男、マスタンが案内すればファティマ達は養豚場に入っていく。ブーブーと鳴く豚たち。シザリハウンドたちがはしゃぎながら豚に近付くと、豚たちは特に逃げる事なく、シザリハウンドの匂いを嗅ぐ。
「よお、お前の身内だってよ」
歩いてくるファティマを、ゆっくりと立ち上がりながらハクジュソウはじっと見つめた。そして首を傾げると、すぐに豚に構い始めた。
「私はファティマ・フォーマルハウト。こっちはカースベルク」
「ファティマ・・・」
「何も思い出さないか?」
ゆっくりとまたファティマを見た途端、ハクジュソウは突然頭の中に流れ込む“記憶に煽られた”。それはまるで列車の窓から景色を眺めているようだった。
「炎が見える」
「ん?」
「炎・・・私から何を感じたの?」
「炎に焼かれる街、そして、城」
「それは、私の記憶ね」
そんな時だった、シザリハウンドの1体がハクジュソウに歩み寄って顔を見上げたのは。そんなシザリハウンドの円らな瞳を見つめるハクジュソウ。頭に流れ込んだ景色は、5匹の仲間と一緒に森でファティマと仲良くしているというもの。
「再会したのか」
「ワン」
ブーブーと鳴く豚たち。マスタンも自分の仕事に戻って静かな時間。
「アミセルが蘇りし者を支配する為に仕掛けてくる。あなたはどうする?戦うの?」
「アミセルは、何で、そんなに戦いたいんだろう」
「私に聞かれても。支配したいと言ってるけど、何でかは聞いてないな」
「じゃあ、聞きに戻るか?」
「・・・そうね。でも、あなたの意思はどうなの?相手が仕掛けてきたら戦うの?アミセルはあなただけじゃない、この世界も支配する。自分にそれを阻止する力があるとしたら?」
「オレには、そんな力なんてない。お前だって、何も感じないだろ」
「それは、そうだけど。でもエイシンが言ったの。あなたは蘇りし者だって。それはあなただって分かるはず。自分の中の力を感じるでしょ」
「力・・・いや、この力が何なのかも分からない」
ダーラ、アミセルの居る古城。しかし王間にやって来たものの、王座にアミセルの姿は無かった。
「朝だしな、まだ寝てんじゃないのか?」
ふと歩き出したハクジュソウ。歩み寄った王座を静かに見つめるその背中を、ファティマも何となく見つめる傍らで、カースベルクは1人で別の部屋を探し始めた。おそらくどこかに寝室があるのだろう。そうカースベルクが広い広い古城を歩いていると、シザリハウンドの1体もちょろちょろとついてくる。
「ここは何だ。寝室・・・じゃないか、書斎っぽいな。広すぎて分かんないな」
「クウン」
「ん?」
ペタペタとシザリハウンドが向かった方へと歩いていくと、そこにあったのは何も入ってない暖炉。それから窓から外を眺めたり、絵画も無い壁を見上げたり、そんなのんびりとした探検をしていると、やがてカースベルクとシザリハウンドは鍵のかかった部屋を見つけた。そんな時だった、別のシザリハウンドがカースベルク達を迎えに来たのは。あれから、ファティマとハクジュソウはずっと王間に居た。
「アミセル捜さないのかよ」
「居場所なら分かってる」
「何で・・・寝てるからか?」
「そう。無理に起こしたら消されるかもよ?」
「それは、あり得るな。だったら出直そうぜ」
「そうね。ん?」
ファティマは振り向いた。そこに誰かが来た訳じゃない。それは気配だった。世界のどこかで気配が増えた。でも今、アミセルとクラウンは寝ている。だからファティマは神妙な顔で、遠くを見つめた。
「誰か来た」
「え?」
「ここじゃなくて、遠くに、蘇りし者の気配が、2つ」
「近いのか?」
「そうね、近付いてくるわね」
「どうすんだよ」
「何か用があるのかも」
そう言って、ファティマ達は転移した。そこは朝空が望める大きなバルコニー。空を見上げたファティマは、近付いてくる2つの気配を見つめていた。インディゴに輝く強い光と、シアンに煌めく強い光。それはまるで流れ星のように存在感を放っていた。そしてやがて姿が見えてくると、インディゴの電気を纏ったのは、細く長い尻尾と翼、そして鳥のような下半身を持った、インディゴ色の短髪の女で、シアンの電気を纏ったのは同じような姿のシアン色の長髪の男だった。異様な雰囲気と艶やかな殺気を纏いながら、ゆっくりと2人がバルコニーに降り立つ。
「あなた達は、どこから来たの?」
「こことは違う世界よ?フフッ」
「にしても、本当に異世界にも蘇りし者が居るなんてな。面白いなぁ?エメリス」
「そうね。私はエメリス。こっちはレグリム。あんたは?」
「私は、ファティマ・フォーマルハウト。違う世界って、どういう意味かしら」
「んー、それはねえ。私達に勝ったら教えてあげるわ?」
とても好戦的な笑み。そんなエメリスを前に、ファティマはカースベルクを見た。
「下がってて」
「お前ら、こっちだ」
カースベルクに促され、シザリハウンドたちも下がっていく傍ら、ふとハクジュソウはレグリムと目を合わせた。そこに見えた景色は、大きな生物同士の戦いと、殺気が形を為したような電撃や炎、光がぶつかり合ったりするもの。
「本当は、戦いたくなかったのか」
「あ?何だ。何言ってんだ」
「何を見たの?」
ファティマが問いかける。
「仕方なく、守る為に戦ってきた。やがて戦う事にすら絶望を感じた。そして故郷を捨てた。そんな記憶が見えた」
「お前、何なんだ」
「一応、この人も蘇りし者なの。力は感じないけど」
「なら、お前も戦え」
何故そんなに戦いに拘るのか。そんな問いかけはする暇もなく、レグリムは手にシアンの光を集めるとブーメラン型の剣を作り出し、それをぶん投げた。その直後、レグリムの剣を弾き飛ばしたのは檸檬色の剣を持ったファティマだった。
「あなた、戦えないんでしょ?下がってて」
ハクジュソウがゆっくりと下がっていく中、飛んでいったレグリムの剣はシアンの電気を纏いながら引き寄せられるようにレグリムの手に戻った。それからすぐにエメリスもブーメラン型の剣を作ると、それを真ん中で分けて2本の短剣とした。インディゴの電気を短剣に纏わせて飛び出したエメリス。その突撃をファティマは檸檬色の炎と共に受け止め、更に双剣ならではの怒涛な連撃も全て弾いていく。そしてエメリスを蹴り飛ばしたファティマは、カースベルク達の姿を一瞥した。──やっぱり、私と関われば不幸が訪れる。
「良い太刀筋ね、フフッ」
そう言うとエメリスはより一層、その笑みに闘志を見せた。
「雷矢!」
その場で突き出された短剣。その直後には剣先からインディゴの電気が矢のように放たれた。纏う炎でバチンッと受け流すファティマ。
「魔法か。異世界の」
呟くカースベルク。
そんな時に横からブーメランが飛んできて、ファティマはとっさに檸檬色の炎を足元から突き上げ、壁を作った。それでもブーメランは勢いを失わず、くるくるとレグリムの手元に戻っていく。それから負けじとファティマも剣を振り、広範囲に檸檬色の炎をボオッと踊らせるが、翼をはためかせれば2人は飛び上がって簡単に距離を取る。しかし距離を取ってもレグリムは剣をぶん投げ、エメリスは雷矢を放つ。それでもファティマは果敢に2人の攻撃を防いでいく。
「大丈夫なのか?あんただって戦った経験なんか無いんだろ?」
「経験は無いけど、私の中の感覚が、私を守ってくれる」
「でも不利だよな。相手は2人で空も飛ぶ」
そう言うとカースベルクは意を決した。そしてゆっくりと歩き出すと、その姿をハクジュソウとシザリハウンドはただ見つめる。
「何をするつもり?」
「言っただろ。自分の身は自分で守れるようにはしてるって」
その直後、カースベルクの全身は分厚い鎧のような赤い外皮に覆われた。背中からは2本の太い尾状器官が伸び、その先端には漆黒の剣が形成された。ふと世間話を思い出すファティマ。
「あなたも、えっと、ウパー・・・」
「ウパーディセーサな?このモデルはオレのオリジナルなんだ。けど正直、蘇りし者になんか勝てるかどうか」
「無理しないで。私が守るから」
「頼もしいな」
それからカースベルクは尾状器官の剣を開くと、そこから衝撃波を放った。それは熱を持った赤く光るもの。銃弾のように鋭く、でもバチンッと弾かれたそれを見て、ファティマは感心した。
「雷矢!」
すぐさま放たれたインディゴの電気。そのターゲットはカースベルク。でもカースベルクも尾状器官の剣で雷矢を弾けば、エメリスはそれを鼻で笑った。
「蘇りし者以外に興味は無いのよね。レグリム行きなよ」
「はあ?ったく、仕方ねえな。だったらこれでも受けてみろ。雷刃三層!」
ぶん投げられた剣。その瞬間からそれは激しいシアンの電気を纏った。回転しているのに一直線に飛んでいく剣。それを真っ直ぐ見て構えるカースベルク。電気を纏ったブーメランはまるで円のよう。そして一瞬の内に尾状器官の剣で受け止めたはずのカースベルクはそのまま吹き飛び、バルコニーから落ちていった。
「あ!」
「ふんっ。所詮その程度か」
戻ってきたレグリムの剣。するとそれはレグリムの手元には戻らず、レグリムの目の前をカーブして通り過ぎてそのままファティマに向かって飛んでいった。それでも三層の電気を纏ったレグリムの剣にも1歩も退かず、ファティマはまた剣で弾く。
「何であんたから来ないのよ」
指を差すように、エメリスはそう剣先をファティマに突き出す。
「私は、ただ戦いを見つめる事しか出来なかった。でも私には今、力がある。だから、私は守る」
「戦うんじゃないのかよ」
「私は、私の力を、私が招く不幸から守る為に使いたい」
「ふーん」
「おい!」
「え?」
レグリムが“それ”に気が付いた時には、それはもうエメリスを襲っていた。地上から飛んできたそれは激しく強い熱と光の塊で、まるで流れ星のよう。そして大爆発。直後にはカースベルクがロケットのように飛んで来て姿を現し、再びバルコニーに降り立った。
「さすがに強いが、オレだってまだまだいけるんだ。って言っても、今のが最大出力だけど」
「ワンワンッ」
「ん?お、おう」
爆風はすぐに掻き消され、そこにはエメリスが滞空していたが、その顔は渋いもので、少し焦げている体から見ても無傷ではなく、ファティマは安堵した。
「なかなか効いた。けど悪いね、蘇りし者と戦わないと意味無いんだ」
「何でだよ」
「それも、勝ったら教えてあげるわ?──」
双剣の先を重ねるようにして、エメリスは剣先を突き出す。
「雷矢十層!」
強烈にインディゴに輝く、電気の矢。最早矢というには太過ぎて巨大。それでもそれがぶつかり、形が歪んだのは、そこにファティマが居たから。檸檬色の炎の壁が一瞬で弾けて消え去り、雷矢もバラバラと散っていく。それでも相殺されたインディゴの電気はバルコニーの辺り一面をバチバチと叩き、窓ガラスも粉砕し、部屋の中にまで小さな焦げ跡を残していく。
「クウン」
振り返るファティマ。窓ガラスの際まで避難していたシザリハウンドたち、ハクジュソウもその激しい攻撃に巻き込まれてしまっていて、ハクジュソウはシザリハウンドたちを庇って背中に傷を負っていた。
「まったく、これだから戦えない奴らがいると、邪魔よね」
「ヤバイな、マジで。おいハクジュソウ大丈夫かよ」
「ただの掠り傷だ」
「とにかくもっと中に逃げろ。地下とか」
「ワンワンッ」
「え?」
するとそう言いながら、3体のシザリハウンドたちは闘志を見せつけながらファティマの隣に並んだ。
「いや、確かにお前らも蘇りし者の力だけど、お前らはシーザーじゃない。戦えんのか?本当に」
「ワンワンッ」
「ワオーン!」
人知れず大地の大樹の中でシーザーが目を開けたその瞬間、3体のシザリハウンドたちの全身がそれぞれ炎、岩、氷に包まれた。炎に包まれた1体は全身の花と翼が赤く染まり、1体は全身の花が岩のように硬化して翼も岩色となり、そして1体は氷の角が生えて全身の花と翼が蒼白くなった。
「そう。一緒に戦ってくれるのね」
読んでいただきありがとうございました。
果たして破滅の炎という存在が勢力図を変える事になるのか。というところでいきなり異世界から蘇りし者もやってきて・・・。良い感じにカオスだと思います。




