「破滅の炎」前編
アミセルはフッと口角を緩ませた。王座に深く座り、頬杖を着きながら。そんな若き女帝を、ファティマは凛々しく睨みつけ、剣を持つ手に力を込めた。
「やめとけ」
怠そうにクラウンが口を開く。しかしその怠さの真意を知る筈もないファティマは剣先をアミセルに向けた。
「誰だか知らないけど、私を手懐けようとした者は必ずとてつもない犠牲を払ってきた。それが私、破滅の炎」
「勇ましい異名だな」
「今なら“本当に”力があるけど、お前が生きてた時代に、そんな事があるのか?」
「私が関わると、不幸が起こる。幼少期からそう言われてた」
「ふーん」
「大人になって、王子の兄弟に見初められて、私が関わった事で戦争が起こった。それから私は破滅の炎と呼ばれるように。弟の王子が死んで、私は兄の王子と結婚する運びとなったが、別の国の王が私に惚れた事で、私の国は2度目の火の海となった。戦争には勝って、私の国は戦争を仕掛けてきた国を支配した。でも結婚式の前日、私が戦争のきっかけだと知った支配下の国の人達がクーデターを起こして、私の国は3度目の火の海となった。私も命を狙われて、結局結婚する筈だった王子も死んだ。支配下の国も多大な犠牲を払った。そこで私の親衛だった者達が新しく王族となって、私の国と支配下の国も1つにした新しい国を作った。それで私は王の妻となる運びになったけど、そのすぐ後に城に火が放たれた」
「もういい。その未練と絶望が、今日、お前を作ったのだな」
「まぁ確かに、美人だよな」
その直後、ファティマの美しい髪に火が点いた。檸檬色の火で、まるでウエディングドレスのベールのようだった。しかし実際に燃えているように空気が熱を帯びていく。
「私を支配したければすればいいわ。でもこの炎に焼かれるのはあなたよ?」
「あたしは、生と死を司る。気に入らなければ、すぐにお前を無に還す」
「こいつの言う事は本当だ。死にたくなければ大人しくしていた方がいい」
「私は死など恐れないわ?」
「あたしは、お前を殺す為にここに居る訳じゃない。この世界を支配する。その為の手足が欲しいだけだ」
「戦争がしたいと?」
「戦争とは、力を持った者同士が戦う事。しかし、その力の差が天地ほどであれば、戦争など起こらない。あたしは生と死を司るが、あたし以外の者が全て死んだら、それは支配ではない。弱者を生かせるほどあたしは弱くない。こう見えて無力だ。だからお前が必要なのだ。お前は運が良い。あたしの手足となれるのだから」
第78話「破滅の炎」
サンジャラ、スンバ。宿泊施設「ホウ湖の真ん中」。まだ占いが始まる前の朝一に来れば、エイシンはのんびりと紅茶を飲んでいた。
「エイシン様、お呼びですか」
「1つ、災厄がやって来る。だがそれは見方を変えれば望む顛末の道筋。どうやらその者は、破壊と再生を生み出す者やも知れぬ」
「破壊と再生・・・」
「再生の為に、破壊があるのはいつの世も常なのだろうな。とかく、これは望む顛末の道筋だ、そなたも動くのがいい」
「分かりました」
ベリカニア、シルヴェルの家。ヘルがボルテクスと話しているとバッパードがやって来て、ボルテクスの頭の上に止まる。
「パーッ」
「(ん?今ね、ボルテクスと話してたんだよ。ボクはヘルっていう名前で、犬っていう動物なんだ。ボルテクスっていうのは、君が立ってる動物。ん、君はバッパード。んー、誰が決めたかは分からないなぁ、ケルタニアの偉い人かなぁ)」
するとシザリハウンドとベランデアもやって来て、ボルテクスの隣に並んだ。
「(え、あー、ボクは、いつも平和の為に戦ってんだよ。みんなは何してるの?・・・まぁ、だよね、暇そうだもんね)」
そんな時にルアが庭に出てくると、シーザリアン達はみんなゆっくりとルアを見た。
「何話してるの?」
「(何て言うか、世の中の事。みんな普通の動物みたいでさ、今シーザーとは意識で繋がってないみたいで、ボクが誰かとか。この人はルアで、人間っていう動物。そうそう、街にいっぱいいるよね。そうだなぁ、今はホールズの人達はね、君達シーザリアンと仲良くしたいと思ってるから、仲良く過ごしたらいいんじゃないかなぁ)」
そしてシーザリアン達が去っていった。
ダーラ、アミセルの居る古城。ファティマが纏う檸檬色の炎はふっと消えた。そしてファティマは剣は消さず、光から作り出した檸檬色の装飾が美しい鞘に剣を納めた。そんな態度に、アミセルは頬杖を崩した。
「戦争とは、敵となる者の命を奪う事。では命を奪わず、生かして支配すればそれは戦争ではない。この世は今、とても面白い事になっている。先ずはそれを見て回るが良い。お前と同じように、クラウンによって蘇った者達がいる。その者達を皆、あたしの支配下とする」
そうしてファティマが去っていくとクラウンは呆れたように笑い声を吐き捨てた。
「生かして支配か。そんなに上手く行くか?お前ら、そこまで力の差は無いはずだ。だから面白いのに」
「力の差・・・。あたしを見くびるな」
そう言うとアミセルは立ち上がった。
「風呂に入る。背中を流せ」
「・・・はいはい」
ダーラの街を歩くファティマ。どこもかしこも花だらけ。しまいには花まみれの動物が歩いている。そんな動物をファティマはただ眺めた。──奇妙な世界だこと。
それから気配を感じる方の空を見上げたファティマ。城に放たれた火で、私は絶命した。結局私は、不幸を振り撒くだけなのか。ふと足を運んだのは図書館。適当に本を取って開いてみる。何故言葉が分かるか分からないけど、自分の中に知らない意識があるのは自覚した。記憶とも呼べない、細かく数え切れないほどの雑念。歴史に関する本を読んだら、どうやらダーラという国が出来る700年ほど前に、この場所に私が暮らしてた国、シンディークがあったそう。そういえば、さっきクラウンによって一瞬で場所を移動した。でもその力の使い方を私は知っている気がする。そうファティマが目を閉じて意識をすると、何となく周りのざわつきが変わり、風も変わった気がした。目を開けると、何となく景色が変わっているような気がした。花だらけなので本当に移動出来たかは分からないから、とりあえず街を歩いてみた。
「パーッ」
ビクッとしたファティマ。振り返るとガードレールには花まみれの鳥が止まっていた。でも可愛いので、ファティマはバッパードを持ち上げた。バッパードはファティマの顔を見上げて「パーッ」と鳴く。
「お姉ちゃん、それあたしの」
「え?」
「足にネームリボン付けてるの」
「あ、本当だ」
膝を折り、女の子に目線を合わせてバッパードを差し出すファティマ。パッピーという名前のバッパードを受け取ると、女の子はファティマに手を振って去っていった。
「なああんた」
振り返るファティマ。次に声をかけてきたのは警戒心を露にした男性だった。
「どこの自警団だ。それとも、異世界から来たとかか?」
「異世界・・・って何ですか」
「異世界じゃないとしても、そうやって剣を腰に挿してるって事は、あんたは戦えるんだろ。どこの所属だ」
「所属・・・」
「なるほど」
「え?」
「あんたは、蘇りし者だ」
「な、何故それを。どうして」
「どうして分かったって?まぁ逆に話の噛み合わなさっていうか・・・それに感じるんだ。魔力を。その、蘇った人特有のな。名前は?オレはカースベルク」
「私は、ファティマ」
「この世界の事何も知らないんだろ?オレが教えてやってもいいぜ?」
「・・・怪しい」
「心の声を漏らすな。その、た、確かにナンパだけど、別に悪い事をしようってんじゃない。このご時世、蘇りし者はトレンドだからな。上手く関わる方が良い」
「上手く関わる・・・。私に関わらない方がいいわ。私に関わった者には、不幸が訪れる」
「不幸?例えば」
「私は、破滅の炎。私を支配しようとした者は、とてつもない犠牲を払う事になるのよ」
「支配だなんて、そんなつもりは。ただ親切にしてやろうと」
「でも、私に関わると不幸が起こるのは本当」
「それじゃあ、あんたはどうやって生きていくんだ」
「どうやって。独りで」
「世の中独りで生きてる奴なんかいないってよ。よく言うだろ。例えあんたのような人間でもな。実際、蘇りし者達は、時代に馴染んで生きてるし」
「馴染む。他の蘇りし者の事、教えてほしい」
「あぁ、いいぜ」
そうしてファティマがやって来たのは、近くのカフェ。当然お金は持ってないので、こういう小さなところでも独りでは生きていけない事を実感してしまう。それからテラスに座れば、隣のテーブルの犬に頬が緩んだ。
「時系列で言ったら、最初にニュースになったのはこいつ──」
カースベルクが見せたのはパソコン。首を傾げるファティマ。
「ディンクルスだ。元々はサクリアに居たんだが、ガルゼルジャンを倒してからは英雄としてゼーレに居る。ガルゼルジャンってのはゼーレで蘇った者だが、破壊的な人間で、アルテミスが動いて凄まじい戦いになって、まぁ最後にはディンクルスがガルゼルジャンを倒したけどな。次が、こいつ、エイシン。サンジャラの湖の宿で未来予知占いをやってる。こいつは戦いに関わるタイプの人間じゃないから気にしなくてもいい。それで今1番ニュースになってるのがホールズで蘇った者達で、こいつがシーザー。最初は破壊的だったけど、ケルタニア軍とアルテミスとの戦い、そしてシルヴェルとの戦いで、今は平和的になった。シルヴェルってのも最初は破壊的だったが、今はアルテミスの仲間になって、ジュピター・コーポレーションと契約関係だ」
「よく分からない事だらけだけど、とにかく実際に会ってみるわ。私は、他の蘇りし者に会わなきゃいけない」
「え、お、おう。ならオレもついていく」
「どうして」
「疑問に思わないか?何故こんなに詳しいか」
「それは、まぁ」
「オレの武器は探究心、そして実現力だ。蘇りし者の情報を集める事は、今のオレのトレンドだからな」
「・・・親切にしたいって言ってたくせに」
「親切ではあるだろ。最初は誰に会いに行くんだ?」
私にはいつでも“強引な人”が近寄ってくる。それはどうやら生まれ変わっても変わらないみたいだ。そうファティマが、私が私である事をまた余計に自覚しながら、それから向かったのはゼーレ帝国。移動手段は、カースベルクの自家用ジェット機。何故ならこの時代の物を見せたいからだそう。
「これが、ガルゼルジャンの破壊跡だ」
まだまだ街の“復元”には時間がかかりそう。戦いを知らないファティマでもそれくらいの事は理解した。そこでファティマが目を留めたのは、せっせと働く人型の機械。
「あれは?」
「あれはゼリア・ノヴァ。ゼーレ帝国の兵器だが、今はあれがあいつらの仕事だな。ディンクルスが居るのは、この先だ」
徒歩で進む、復興中の街並み。何故歩くのか、それはカースベルクが“見る為”だと微笑んだから。40分くらい歩いてそれから辿り着いたのはディンクルス達が住んでいる“公園”。その公園には、今は観光地となっている城がある。しかし公園に入った直後、向こうからディンクルスがやって来た。
「見ない顔だな」
「私は、ファティマ・フォーマルハウト。あなたが何者か見定めに来た」
「ほう。見定めて、何とする」
「蘇りし者達は皆支配すると、アミセルが言っている。アミセルは、蘇ったばかりの私に、世の中を見て回れと」
「アミセル・・・」
「確か、ベンダンで目撃情報のある奴だな。あんたもベンダンから来たのか」
「ベンダンという国は知らない。アミセルと私が居たのはダーラ」
「ダーラ?そうか・・・通りで目撃情報が無い訳だ。行動も起こさず隠れてる奴も居るんだな」
「お主は、そのアミセルに下ったのか」
「そんな事ないわ?私は私の意思で生きている」
「もしアミセルという者に話を捧げるのであれば、私はそんな事の為に自らの軸を易々と語りはしない。私を支配したくば、自らが動くべきだ。お主は立ち去るがいい」
「そうよね。あなたの方が清々しい。でもアミセルは、人の生死を司る。気に入らないものは無に還すと言っていた」
「だからお主は、従ったと?」
「私が従うのなら、やがてアミセルはとてつもない犠牲を払う事になる」
「犠牲?」
「私を支配するものは、必ず破滅の炎に焼かれる事になるのよ。それが私、破滅の炎という存在」
「怖ぇな」
「ほう。一国の主になる私にとっては、関わりたくない女だな」
「あなたの意思は、アミセルに伝えておく。私にはあなたがそういう意思のある人だと知れた事の方が清々しい」
「ん?」
そんな時だった、パトロールしていた“紺碧の光剣獣”が1体、ファティマ達に近付いてきたのは。
「可愛い」
「そんな訳ないだろ」
「あなたとは感覚が違うのよ」
ファティマが手を伸ばせば、紺碧の光剣獣は動物のように、その手に撫でられる事を委ねた。
「まったく、忠誠心の無い。ん、暖かい魔力を感じる、か。それは否めないな」
「1つ聞いていいか?」
「お主は、この女の使いか」
「あんただって蘇ってすぐは不安だっただろ?オレは親切で世の中の事を教えてやってんだ」
「そうか」
「あんたはシルヴェルとシーザーを倒そうとはしなかったのか?」
「“シルヴェル達”を相手にしては、軸を掴み損ねた。シーザーも、今は戦をしていない。戦をしないものには、私も悪戯に仕掛ける事もない」
「じゃあアミセルは」
「確かに、次に掴む軸とするなら、それはアミセルとの戦の中にあるのだろう。ただもう軸は見えている」
「え、そうなのか」
「それは、お主だ」
「私を、寝返らせると?」
「そう単純ではない。私には未来は見えないが、アミセルを討つものがあるのなら、それは破滅の炎なのかも知れない。もし寝返らせたら、破滅の炎の風向きが変わってしまうのだろ?」
「そうね」
「見えているのに掴んではならない。だから戦は面白い」
公園を後にしたファティマとカースベルク。自家用ジェット機への道すがら、カースベルクはふとファティマの横顔に逞しさを見た。蘇ったばかりで不安、それは単なる思い込みだった。きっと、蘇りし者と呼ばれる人達は、それなりに強靭な者ばかりなのだろう。
「これから、アミセルは戦争を起こすって事だよな。どうなっちまうんだか」
「戦争は、起こらないって」
「支配しようとしてるんだろ?」
「アミセルには、絶対的な自信がある。力の差が天と地ほどなら戦争は起こらないって」
「ふーん」
そしてジェット機は飛び立った。窓からディンクルスの城を見下ろすファティマ。それからジェット機が着陸したのはベリカニアの空港。
「ベリカニアと言えばシルヴェルだ。場所は、ちょっと遠いな、タクシー使うか」
私の魔力で移動しようか。そう言おうとして言葉を呑み込んだファティマはカースベルクの隣を歩きながら、生きていた時代では全く見たことのない空港という建物を見渡していく。
「本当に、時代が変わったのね」




