「自然との対話」前編
ケルタニア、とある交差点。これまでなら何も問題の無い、ただの交差点。しかし今、交差点のど真ん中には大きな果樹がある。根を張ってアスファルトを歪ませ、地割れを起こして、堂々と果実を実らせている。だからそこには、朝からクラクションが鳴り響く。何故なら枝葉が邪魔で信号が見えないから。車同士でぶつかりそうになってはクラクションが鳴り、その度に枝に止まっていた小鳥たちがバタバタを逃げていく。それからとある住宅の庭では、小さな女の子が自宅の庭をめちゃくちゃにしてしまった木を見上げていた。穴が空くほど睨み付けている女の子。するとその木の枝に、スーッと“知らない鳥”が降り立った。睨み付ける先を鳥へと変えた女の子。睨み合う鳥と女の子。
ベリカニア、海沿いの丘の上の家。種を植えた庭に水を撒いているペルーニに、ふらっとヘルは歩み寄る。
「(急過ぎない?展開)」
「でもルア、嬉しそうだよ?」
お座りしてヘルはふと俯いた。そんな態度を見上げて、ペルーニは微笑んでヘルの鼻を撫でた。
「寂しい?」
「(だって・・・まぁでも、いつかはこうなるよね。生きるって、こういう事だよね)」
「えへへ。急に大人」
「(えっへへへ)」
「ヘル、ペルーニ、お昼だから何か食べよう?」
「(うん)」
家の前からブーンとバイクが発進していく。リビングにはピザの匂いが充満し、ヘルはそれだけで尻尾を振った。それから魔法の手でピザを1ピースを取って自分でパクッと食べれば、ヘルは無意識に「にんまり」のテレパシーを漏らしていく。
「これが民の食べ物か」
ゆっくりと手を出し、ルアの見よう見真似でピザを一口。大きなリアクションはせず、でも目を見開いて頷いたのがむしろ王様っぽいと、ヘルはニヤリとしてひとりで頷く。やがてみんなが満足した頃、ふとシルヴェルは振り返った。そして立ち上がり、庭に出る。
「(知らない匂い。っていうか、変な匂い)」
神妙な感じでヘルがそう言えばルアは冷静に驚きながらシルヴェルを追いかけた。ルアが庭に出ればそこには“何となく可愛らしい動物”が居て、キョロキョロとしていた。
「何か用か?」
シルヴェルは尋ねる。しかしその“赤錆色の毛並みをした、翼を生やした中型犬のような動物”はシルヴェルには目もくれずに翼をはためかせた。
「(見たことないや。精霊でもないみたいだし、ていうか、あの色・・・)」
パタパタと去っていく知らない動物。その挙動はどこか可愛らしくて危なそうで。
「シーザーの配下だ」
「えっ」
「(やっぱりあの色、そうだよね。でもあんなの・・・あんな、可愛いシーザリアン見たことない)」
「ちょっとヘル」
第76話「自然との対話」
とあるニュース番組では、新しいシーザリアンが特集されていた。あの脅威的な災害のようなシーザリアンとは一変して、ペットにしたいと思わせる風貌のシーザリアン。その種類は現在、鳥型、有翼犬型、熊型、ボルテクス型が確認されている。ボルテクスといっても大きさは大型犬くらいで、全身に毛皮の生えた“可愛らしいボルテクス”。
「ここからは、生物学に詳しいアルクレイス大学のメイラー教授にお話を伺いたいと思います。シーザーの意思が働いているとは言え、シーザリアンとは関わり易くなったとの声が多いですね」
「だからといって、シーザリアンの脅威的なイメージが拭い去られた訳ではありませんよね。いつまた脅威になるか分からないですから、安易には近付かない方が良いでしょう」
「そうですね。これからもシーザーとシーザリアンの動向には注視していかなければなりませんね」
ケルタニア、とある公園。シーザリアンが居て、人集りが出来ているという通報でそこにやって来たのは、アキレスとリュナーク。
「ほんとにあれ、ボルテクス、だよね?」
「まぁ、見た目だけは、な」
“あの頃”のボルテクスとは全然違って、ボルテクスは人に囲まれても敵意なくただ日向ぼっこして寝ていた。だから余計に物珍しくて可愛らしくて、平和な人集りが出来ていたのだった。
「アキレス、どうする?」
「こういう事になっても、“シーザーは”人を襲わない。どういう思惑があるのか、まったく気味が悪い」
「アルタライザーだ」
子供の声に人々が振り返る。リュナークが歩き出した途端、1人の男の子の顔色が急に厳しくなる。
「殺すのか?」
「えっ」
サッとリュナークの前に立ち塞がる男の子。
「暴れてもないのに殺すのかよ」
「え、いや、ちょっと落ち着けって。別に殺しに来た訳じゃないよ」
「そうなの?」
「通報があったから来たけどさ。こういう感じなら大丈夫だと思うし、オレも、ちょっと近くで見てみたいなって」
リュナークと男の子が近付いたところで、ボルテクスはパチンと目を覚ました。スッと立ち上がると人々はザザッと後ずさっていく。それからボルテクスの鋭い眼差しが子供に向けられるとリュナークは子供を自分の背後に隠し、緊張が走る。しかしボルテクスは体を伸ばしてあくびをして、ゆっくりと歩き出した。
「ねえ、シーザリアンって、どうやってご飯食べてるのかな。見たことないんだよね」
こっそりあとをついていきながら、子供はそう口を開く。やがてボルテクスは噴水にやって来ると、そのまま水を飲んで、また歩き出した。
「研究者の間では、光合成で生きているらしい」
「何それ」
「その内学校で教わるよ。やっぱり植物なのか、シーザリアンって。ってことはさ、この惑星に必要って事?」
「だろうな・・・・・そういう事か」
「え?」
「シーザーは、敵意と殺意の無い支配をしようとしてる」
「それって・・・」
「このままシーザリアンが増えれば、やがて人間社会を破壊するだろう。植物が増えすぎれば、建物や道路などの人工物、つまり人間だけに必要な生活インフラが機能しなくなり、人間というより、人間社会が破壊される」
「ま、まさか、それが、シーザーの狙い?」
ケルタニア軍基地本部。アルタライザー部隊が全員揃っている場でアキレスが自分の見解を話せば、みんなは冷静に頷いた。
「シーザーの狙いは、人間ではなく、人間社会の生活インフラか、なるほどな。人間に敵意を向けられずに数を増やし、やがて気が付いた時には生活インフラが機能しなくなり、結果人間を脅かす事が出来ると。多分、アキレスの言う通りなんだろうな」
「もし、闇雲にシーザリアンを排除しようとしたら、どうなるかな」
「世間からひんしゅくを買う。もしかしたらウパーディセーサ・ヒーローに邪魔されるかも」
「いや、早く手を打てば問題無いだろう。今、まだ世間がシーザリアンに疑心暗鬼の中でならアキレスの見解は聞き入れられる。記者会見をするだけでも、やらないよりかはいい」
「先ずはやっぱり・・・連携取った方が良い、よね?」
それからケルタニア軍基地本部、シーザリアン対策モニタールームにやって来たのは、ルアとヘル、そしてテリッテ。
「以上が我々の見解だ。どう思う」
「(ほんとだったら早く何とかしないと)」
「ほんとかどうか、本人に聞いてみようよ」
「おいおいそんな簡単に出来るのかよ」
「だって実際話せたから」
「いや、今は状況が違う。あの大樹に近付けるのか?」
「それは、やってみないと分からないでしょ?」
そうテリッテが笑顔を見せると、アキレスやみんなも冷静に仕方なく同意する空気を流していく。それからアキレスを加えてルア達がパッとやって来た、大地の大樹の麓。そこは別にシーザリアンの警備がある訳でもなく、とても静かだった。
「(木って、こんなに大きくなるもんなのかな)」
「これは、大地そのものだろう。木なら自重に耐えきれないはずだ」
「(そっか)」
「シーザーさーーん!!」
突然の大声。そう言ってテリッテは大地の大樹をノックした。呆気の取られるアキレス。
「人の家じゃないんだから」
そんなアキレスの呟きなど気にせず、テリッテはまた叫んで大樹をノックする。そんな時だった、ふとアキレスが振り返ったのは。眼差しの先には、木のように殺気無く突っ立っているシーザーの姿があった。
「居るなら黙ってるな」
そうアキレスが言ったところでようやくテリッテ達が振り返る。
「(あれ、匂い、感じなかった。完全に木と同じだからかな)」
「シーザーさん。あの、その、こんにちは」
するとシーザーはどこか王族育ちかのように、緊張感のある表情でただ小さく頷いた。そんなテリッテを横目にアキレスは前に出る。
「お前の目的は何だ。何故、モンスターで人を襲わない」
「襲わない事が不満なのか?」
「そうじゃない。人を襲わなくなった本当の目的は何だと聞いている」
「崇高な意思を、お前達に話す理由は無い。お前達は所詮、自然には逆らえない」
「・・・人間社会を破壊するつもりか?」
しかしシーザーは静かに睨み付けるアキレスを真っ直ぐ見つめ、そしてまるで小さな動物を嘲笑うように微笑んだ。
「お前達に出来る事は無い」
するとその直後、まるで水が凍りついて形を為すように、シーザーは一瞬でただの木になった。
「くそっ。やっぱりだ、シーザーは、人間社会を破壊するつもりだ」
「(そんな、どうしたらいいんだろう)」
「悪い。またイエンに頼みがある」
そうしてルアが一旦消えていき、イエンを連れて戻って来た時、ヘルはふと“風を感じた”。
「大樹の中心に居るんだろ?シーザー。またこの前のように封印出来ないか?」
「やってみる」
大樹の中心を見上げたイエン。しかしやがて、その表情は驚きに染まった。
「どうした」
「シーザー、居ない」
「何だって」
「というか、もうこの大きな木が、シーザー」
「(隙間が無いとかじゃなくて、完全に同化したって事?)」
「うん。シーザーの霊気、大きな木全体を巡ってる」
するとまた風が吹き、それはどこか強く背中を擦るようにみんなの間を通り過ぎていく。そのただの風は、まるで帰れとでも言っているように、明らかに緊張感という意思を感じさせた。
「どうする事も出来ないのか?」
「んー」
「(作戦会議の為に一旦戻らない?何か、ヤバイ風が吹いてる)」
それは心に直接、威圧感をぶつける風。何だか居るだけで恐怖を覚えてしまう風。だからアキレスでさえ焦りを覚えてしまい、息を飲んだ。
ジュピター・コーポレーション本社20階。自動ドアが開いた。生体認証で普通にジュピターズ本部に入って来たのは、シュウズン。でもその日、シュウズンが来たのは1週間ぶりだった。
「シュウズン!」
音信不通で1週間ぶりにやって来たもんだから、みんなの反応は想像通りだった。歩み寄ってくるジュピターズメンバー達。
「何してたんだよ。スマホも置いてっただろ」
「まぁ、適当にパトロール。ホールズ全体を」
「報告も仕事だろ」
シュウズン達を少し遠くから見ていたササラギは、ふと感じた。それは超感覚で、ササラギの態度の不安定さ、そして、“体の異変”を。
「あぁ・・・・・オレ、ジュピターズ、抜けようと思って」
「何があった」
「オレはさ、乗り遅れたくないんだ」
「その、この前言ってた、ジュピターズになった理由?」
「あぁ。新しい波を見つけたんだ。だからここを降りる」
「おいおい、そんな勝手な事が許されると思ってんのかよ」
「大体、ここって、辞めたらジュピターズの力も返さなきゃいけないんじゃないのか」
「そうなのか?」
「え、どうなんだよササラギ」
「え、ああ、まぁ、それはそうなるんだろうな。ジュピターズの技術流出は抑えたいだろうし、その為の契約でもある」
「いや、別にあれだ。違う企業に売る事はしない。オレはただ力が欲しいだけだ。それでジュピターズよりも居心地の良い場所を見つけた」
「どこだよ」
「・・・そういうことで」
「待て」
背中を向けたシュウズンの腕を掴んだのはセキハ。
「そんな事は許されない。報告も無く、事情の説明も無く抜けるなど」
「いやぁまぁ、だよな。けどただふらふらパトロールしてたのは本当だ。力を試したかったからな。ジュピターズの情報を漏らしてもない」
「その力ってのは何なんだ」
「あんまり言わない方がいいんじゃないかと思うんだが」
するとそんな言葉に何人かが呆れたように笑い声を漏らす。
「もしロウタがお前だったら、お前は黙ってるのか?」
「ったく、分かったよ。けど、抜ける事は決めてるからな?」
「先ずは事情を話せ」
セキハが手を放せばシュウズンはみんなの前で変身した。それはジュピターズの姿に加えて、あの光剣獣のような、クリスタルのように煌めく鎧を纏った姿。
「まさか、それ」
「シルヴェルの力だ」
「どうして」
「くれっつったらくれた」
「そんな訳ないだろ」
「いや本当なんだって。オレは強くなりたいだけだ。だから、シルヴェルにつく。別に脅されてとかじゃない。自分から、ジュピターズよりも強い力を望んだんだ」
「マジかよ」
「1人しか居ないけど、シルヴェルの親衛隊ってやつかな」
「シルヴェル。いつからアイドルになったんだ」
「そういう事じゃねえ」
「ていうか、くれって言ってくれるならオレだって欲しい。みんな貰いに行こうぜ」
「お前らもジュピターズ抜けるのか!」
「セキハ、心配すんなって、オレ達はジュピターズは抜けない。力を貰いに行くだけ」
「お前らなぁ、そんな都合よく行く訳ないだろ!親衛隊になるから貰ったんだ」
「そこは、そうだな。ジュピターズ全員がシルヴェルの親衛隊になればいい。だから、ジュピター・コーポレーションがシルヴェルと契約すればいい」
「さすがレッサー。冴えてんな」
「勝手に決めるな!」
「言うだけ社長に言ってみようぜ?シュウズンを逃がしていいのかって言えば社長も考えるだろ。シュウズン、上手くいけばジュピターズのままで居られるかも知れない、ちょっと待ってろよ」
「まぁ。けど望みは薄そうだな」
「社長はオレらレッサー&オーエンに期待してるからな。可能性は高い」
それから社長室のドアはノックされた。入れと言われたので、社長室に入っていったのはレッサー、オーエン、セキハ、そしてシュウズン。
「シュウズン。お前、どこで何をしてた!」
「その事で、社長に相談があるんです」
自信家で聡明で、でもどこか考えが読めないレッサーのいつもの強気な微笑みに、スカラサイは静かな怒りを納めないままの眼差しを返していく。それからシュウズンが変身して見せて、レッサーが提案を聞かせると、社長は鋭く真剣な眼差しで俯いた。
「シルヴェルとの契約、か。確かに戦力も底上げされるし、ジュピターズの流出も防げる」
「ですが社長、信用には値しませんよ。何にしたって、蘇りし者ですよ?」
「セキハ、忘れたのかよ。信用は出来るだろ」
「は?」
「アルテミスのルアだ。シルヴェルは、アルテミスと組んでるんだ」
「それは、そうだが」
「ここに戻って来る前、シルヴェルの所に行ったが、今、シルヴェルとルアは一緒に暮らしてる」
「マジかよ」
するとスカラサイは淀ませていた空気を吹き消すように、強く溜め息を吐き下ろした。その社長の表情はみんなが良く知る、社長らしい決意を感じさせるものだ。




