「魔人の復活」前編
サクリアから遠く北西に位置するゼーレ帝国。世界で最も国土が広い雪国として知られているそんな国に、クラウンは居た。黒装束が際立つくらい、真っ白な雪を被った街アンゼルジ。黒いからというより、それだけじゃ寒いだろうという目線を浴びるクラウンがそれから見上げたのは、ニーゼカレナ・ヴォーガ大聖堂。代々の国王が埋葬されていて、5万人を収容する広大な大聖堂。観光客と礼拝客が日々絶えないそこで、そしてクラウンは王達の墓を前にした。最上の装飾、彫刻がそこら中にあって、まるで荘厳という空気が目に見えるよう。人が並んでいるので、人波に逆らう事なく歩き出すクラウン。玄関廊に当たる部分で天井を見上げれば、芸術と荘厳が細部まで満たされていて、クラウンはふっと笑みを溢す。その瞬間、母親に手を引かれながら玄関廊を歩く子供は見た。宙に投げられた、漆黒の宝石を。立ち止まる子供。振り返る母親。巻き上がる突風。
「きゃああ!」
誰かの叫びと共に、人々は何事だと固まった。屋内では絶対あり得ない現象だからと、荘厳が緊迫に塗り潰される中、そして人々は目を留めた、そこに立つ、ガルゼルジャンを。
「ここは・・・。我を、蘇らせたのは、貴様か」
「オレが誰かなんてどうでもいい。自分自身の欲望だけを考えて、自由に生きろ」
そう言えばクラウンは満足げに歩き出した。しかし直後、クラウンは腕を掴まれた。ガルゼルジャンの眼差しはもうすでに、喜びに満ちていた。今までで1番戸惑う時間が短いかつての帝王。いや、そもそもいきなり蘇った事に戸惑い自体感じていないのか。その一瞬だけで、クラウンはガルゼルジャンに強靭な精神を見た。
「我の力を、怨むな」
「え?」
ガルゼルジャンは微笑んでいた。人々を眺めながら。そしてクラウンは腕を放された。その言葉の意味を考えるより先に感じたのは、今さっきまでの満足感を忘れてしまうくらいの威圧感だった。
「我はガルゼルジャン!世界を支配する神だ!──」
風が吹いた。それは白銀に色付く、包み込むような殺気だった。
「我の前を歩む者あらば、地獄に叩き落とす」
大聖堂に充満していく白銀。白銀に撫でられた人々はその瞳に白銀を刻み、ガルゼルジャンに跪いた。ガルゼルジャンは振り向いた。ただ1人歩いて、大聖堂を後にしようとしているクラウンを。その瞬間、白銀の風は氷の壁となってクラウンの行く手を阻んだ。
「我に背を向ける者あらば、その首を落とす」
第66話「魔人の復活」
サンジャラ、スンバ。ホウ湖の上空から再び龍が降りてくると、人々は喜んだ。そんなやじ馬、マスコミなど気にも留めず、エイシンは遥か北を眺めていた。
「・・・来たか、災厄よ。さて、どうしたものか」
サクリア、ケンセン城跡地。10機のドローン便が飛んでいく。軍人達がそれを黙って見上げていく中、そしてドローン便は旧ケンセン城の入口の前に着地した。
「ん?何か来たっすよ?もう頼んだんすか?」
「いや頼んでないぞ。誰だよ・・・・・お?」
ブレンがスマホの画面をスクロールして見つけたのは、「ディンクルス様が昼食をご所望というニュースを見たので頼んでおきました」や「お腹空いてるみたいだから頼んどいた」というコメント。
「おっほほ、何だこりゃ、すげえな。ディンクルスが食材と料理人を寄越せっていうニュース見たっつって、勝手に頼んでくれたってよ」
「料理人は来ないのか」
「さすがにそれは来ないんじゃないか?」
「そうか」
非常食の類いからレトルト食品、栄養食品、そして野菜や果物などの食材とドッグフードが届き、銅の力を持つ1人、ヨウクがドッグフードに首を傾げる。
「グガグガ」
「まさか、ブルータスってドッグフードでいいのか?」
「まぁいいんじゃないか?逆にそれしかなさそうだし」
半笑いでブレンがそう応えながらゼリータイプの栄養食品を吸い始めると、ヨウクは見つめてくるジャガーノートとふと見つめ合う。
「これでいいのか?」
するとジャガーノートは頷いたので、ヨウクは歩み寄って10キロ袋のドッグフードを手渡した。まるでポテトチップスの袋を開けて、そのまま口に流し込むようにドッグフードをボリボリ食べていくジャガーノート。──考えてみればドッグフードも総合栄養食品か。
ゼーレ帝国。ニーゼカレナ・ヴォーガ大聖堂の入口から飛び散っていく氷の破片と彫刻品。直後に氷の壁から脱出したのはクラウン。しかしまた直後に皮膚が白銀に染まった10人の男女、子供が飛び出してきて、クラウンに向けて白銀の光弾を放っていく。それらを一気に蒼いエネルギー波で打ち消すと、男達の背後に悠々とガルゼルジャンが姿を現した。
「我を蘇らせたのなら、我に服従する宿命だ」
「ふう・・・オレだけ見てる暇は無いぞ」
「何だと?」
「世界中に、お前のような者が居る。これは戦争だ」
「戦争など起こらない」
「あ?」
「我が居る限り、世界は我がもの」
「さすが、魔人と呼ばれた最狂の帝王だな。だったら見せてみろよ。本当に世界を支配出来るか。ディストラクション!」
プライトリアにて。カンディアウスはゆっくりと目を覚ました。悔いなく死んだはず。そう自分の体を見下ろしてそれから、笑顔のテリッテを見た。
「何故、殺さない」
「だって殺す為に戦ってた訳じゃないので。どうして暴れてたんですか?」
「獣呼ばわりするな。我は闘士として生き闘士として死ぬ、それだけだ」
「お腹空きませんか?」
カンディアウスは応えないし、テリッテの顔も見ない。それは負けた闘士として惨めに座り込んでいるんだと誰もが分かる態度。
「お腹がいっぱいになれば誰だって幸せになれますよ?」
「そうだよそうだよー。あんだけ暴れたんだからお腹空いてるはずでしょー」
しかしアテナがそう言ってもカンディアウスは「ふんっ」と鼻息を吹いただけ。
「腹減ってないんじゃねえか?」
「えー、そうなのかな」
「そんな事ないよねー?」
「だーっうるさい!さっさと何か持ってこい!」
「ほら、やっぱりお腹空いてるみたいよ」
闘技場のレストラン施設に連れ込むと、カンディアウスは黙々と食事を始めた。しかしそれからだった、ようやくアポロンが深刻になったのは。闘技場の再建も含めて、カンディアウスという人物をこれからどうしていけばいいのか。闘士という職業などもう存在しない。余興で格闘イベントをしても、力に差がありすぎてつまらない。これほどの力を持った人をただの市民として扱う事は難しいだろう。
「どうすんだよこいつ」
見た目と口の悪さに反して、アテナよりも真っ当な質問を投げかけてきたアーサーに、アポロンは内心で感心する。
「私が管理するしかないだろう。しかし──」
「また暴れたら、俺じゃなきゃ止められねえ」
「あぁ」
「まぁ呼んでくれれば行くけどよ」
「いや、先程の、魔法の玉の作り方を教えてくれ。あれを使えば私でも止められる」
「我はこの国を出る」
振り返るアポロン。話を聞いていたのか、カンディアウスは真っ直ぐアポロンを見ていた。
「この国には誰一人として、我と張り合う力のある者は居ない。闘士としてこの国には用はない」
「何よー!あたしまだまだ行けるんだから!」
「感じるのだ。遥か遠く、力ある者の気配を」
「もしかして、それってお前みたいに蘇った奴の事か?」
「なるほど。我のような者が他にも。それは楽しみだ」
明くる日の禁界の合同キャンプ場。ヘルは時速200キロで走っていた。それは単なるランニング。ヘルが禁界の壁沿いをリッショウ状態で走っていく一方、ルアは風の魔法を練習していた。そんな時だった、パッとヘリオス達が現れたのは。
「ルア、最悪の事態が起こった」
「・・・え」
「ゼーレ帝国で、ガルゼルジャンが蘇った」
「ガルゼルジャンって、ゼーレ帝国がゾーン帝国って名前だった時の、150年くらい前に居た、最後の独裁者」
「あぁ。教祖のようなカリスマ性と、恐怖と暴力で国を支配した、最狂の帝王。暗殺の後、ゾーン帝国が国の名前を変えたくらいの、黒歴史そのもの。昨日蘇ったらしく、その直後から、ガルゼルジャンは一般市民を魔力で洗脳して、ゾーン帝国を作った。このままだとゼーレ帝国が崩壊する。対処出来るのは俺達だけだ」
ルアは真剣な顔で頷いた。昨日、アーサー達とジェクス達がそれぞれ蘇った偉人を倒した。独立自警団アルテミスなら、対処出来る。それからルアは禁界の森で寝ていたアーサーを見つけた。
「アーサー、起きて!」
「・・・ん。・・・んだよ、ルアか」
「私達の世界でまた昔の人が蘇ったの。すぐに対処しなきゃだから、お願い」
「まじか、じゃテリッテのとこ行こうぜ」
一方ヘルがヘリオスと向かったのはジェクス達の家。そこでふとヘルは気が付いた。この家にはインターホンが無いという事に。
「(ジェクスー!)」
「・・・・・お、珍しいな、どうした」
「(また昔の人が蘇ったって、しかもすごい悪人だから、応援に来てよ)」
「分かった」
ゼーレ帝国、アンゼルジ。すでにその街そのものがゾーン帝国と化していた。全ての交通機関は遮断され、軍隊が包囲していた。そんな状況を世界各国が報道する。ただの人間だった時でさえ魔人と呼ばれていたガルゼルジャン。それが本当に魔人になってしまったと、そして白銀に毒された者達はまるでウパーディセーサのようになり、女子供も関係なく兵隊と化したと。
「(どうする?ルア。ゾニック語分かんないよ?)」
「うん、だよね」
「キューピッドをやってる友達なら分かるけど」
「足手まといが居たら多分戦えねえだろ。相手はそんな簡単じゃない」
アンゼルジを包囲する軍隊を前にしたはいいものの、言葉が分からないのでルアとヘル、アーサーとテリッテが戸惑っていると、そんなルア達にジェクスは笑みを見せた。
「良いこと教えてやるよ」
「(え?)」
「エルフはどんな国でも暮らせる。それはどんな国でも言葉が分かるからだ」
「(いいなー。何で?)」
「エルフが動物と会話出来るのは、感情を霊気検索して解析してるからで、それを人間相手にやれば、その人間の言語感覚を解析する事が出来る」
「(そんな事してたんだ。霊気検索は分かるけど、解析って?)」
「解析って魔法だ。霊気検索と解析を同時に出来るようになれれば、役に立つぞ」
「コツは、知りたい情報を検索して魂子を選別する事だよ」
「(わーい、やってみよう)」
ルアとヘルはアイコンタクトを取ると、辺り一面を霊気検索した。分かるのは、風のように漂う霊気の流れ。その中で微かに際立つ、カルベスのテムネルのような濃縮されたもの。きっとそれが“白銀の兵隊”。そしてルア達は心の中で解析と唱えた。人間の脳の中で巡っている思考、記憶、それらの魂子を検索して選別して解析する。つまり言語の記憶を検索したら、それを解析して、それからルア達は首を傾げた。
「(ゾニック語の情報?みたいなものは分かるけどさ、意味が分からない)」
「言語の記憶と感情の記憶を照らし合わせればいいんだよ」
そういってイシュレはふわっと瞳を虹色に光らせる。
「(難しいよー。2つの情報を意識していくなんて)」
「そうだなぁ。エルフはそういうのを無意識に出来るし、子供の頃から当たり前のようにやってたからな。人間がすぐにってのは難しいのかもな」
「エルフは人間よりも魂子をコントロールしやすいから」
冷静な笑みでペルーニがそう言えばルアとヘルは静かに霊気検索をやめていき、静かに落ち込んだ。
「ま、オレ達に任せてくれ」
「うん」
軍人達の数人がルア達の存在には気付いていたので、ジェクスとイシュレが先頭でやってくると、次第にざわめきが軍隊に広がっていく。
「独立自警団だ。お前らただの人間じゃどうする事も出来ないはずだ。こっちでやらせて貰う」
「いや、それには及ばない。これから新兵器を投入する」
「新兵器って何だ」
「それは言える訳ないだろう。異世界の得体の知れない者に。巻き込まれたくないなら離れていた方がいい」
予想外の答えに驚きの表情を浮かべながら振り返ったジェクスに、ルア達はキョトンとする。
「助けは要らないそうだ。新兵器を使うってよ」
「フンッ。バカだな。絶対勝てる訳ねえ」
「どうする?ルア。無理矢理行くか?」
「ちょっと様子見た方が良いと思う。自分の国の事を自分達で何とかしたいと思うのは普通の事だし」
「でも絶対勝てないだろ?それを分からせてやらなきゃ、死人が増えるだけだろ」
「そうだけど。きっと、言葉だけじゃ理解しようとしない」
「じゃあ、私達は助ける為に勝手に入っちゃおうよ」
「(ボク達の実力を分かって貰う方法は、戦う事だけじゃないよね)」
テリッテの意見にヘルが同意すると、テリッテの笑顔にはルアも思わず笑みを溢す。
「(傷付いた時に寄り添えば、誰だって話を聞いてくれるって)」
ルアはスッキリしたようにハッとした。傷付いた者に寄り添うのが独立自警団アルテミス。でも助ける為にわざと犠牲者を作ったりはしない。助けるつもりなら徹底的に助ける。じゃないとむしろ誠意は伝わらないなら。
「ヘル、良いこと言うじゃん」
「(ねー)」
「自分で?・・・。ジェクス、勝手に入っちゃおう。出来るだけゼーレの人達を助けて、私達に任せた方が良いって思って貰う」
「分かった」
「テリッテ、合体だ」
テリッテとアーサーが合体し、そして全員がリッショウをすれば、その気迫と存在感に軍人達は更にざわめき出す。でもそのほとんどが迷惑そうな眼差しだった。何故なら直後、10体の得体の知れない何かが飛んできたから。
「(お、何だありゃ、新兵器か)」
それは5メートルくらいで、ゴリラ体型の“機械生物”だった。背中のブースターから噴射される青いエネルギーはどこかウパーディセーサのようだが、まるでSFロボットかのような出で立ちにヘルは無意識に「わお」をテレパシーでルアに送った。そんな10体がルア達の前に降り立てば、そこに1人の男性上官がやってくる。
「これは我がゼーレが開発した『ゼリア・ノヴァ』。ウパーディセーサという最高の遺伝子を開発してくれたサクリアには感謝するが、手を取り合う理由は無い。引き下がって貰おう」
「こっちにも、ガルゼルジャンと戦う理由があるんだ。そもそも原因はオレ達の世界にあるからな。それに、お前達が思っているより手強い。オレ達は、お前達の犠牲が増えないように乱入する」
「フッ、戯言を。ゼリア・ノヴァは世界一の兵器だ。負ける訳がない。そこで黙って見ているがいい」
ジェクスは困ったように溜め息を漏らした。男性上官が去っていくとゼリア・ノヴァ部隊も飛んでいき、ルアはポカンとする。
「世界一の兵器だから負けないだと。とりあえず視点を飛ばして見てみよう。それで危なくなったらオレ達がいく」
ルアは頷き、アーサーは呆れたように笑う。霊気検索しながら解析するより、視点を飛ばすだけなら簡単。そうしてジェクス達がドローンのように上空から戦場を見る中、ゼリア・ノヴァが配置に着き、白銀の兵隊が建物からぞろぞろと出てくる。その状況にルアは目を見開いた。白銀の兵隊は、ざっと1万を超えていたから。




