「神獣」前編
「・・・ペルーニ」
震える声で助けを呼んだルアに、ペルーニは宥めるような表情で頷いた。そしてペルーニは手をかざした。ヘルの亡骸は燃えずに灰となって消えていった。
「死んだのか」
振り返るルア。ジェクスもボロボロで、少し足を引きずって歩み寄ってくる。ルアは何も言えなかった。悲しいけどすぐ生き返る。クラウンは強すぎたが、全力を出せば何とかなるはず。それはまるで“ちょっとした深傷を負ってしまっただけ”かのよう。やがて透明のヘルが目の前に現れると、ルアはゆっくりと抱きしめた。
「(死ぬって、こんな気分なんだ)」
「何だったんだ、あの力」
「(この世界の、レーヴァテインっていうウパーディセーサの力だよ)」
「クラウンの中にも、カルベスのテムネルがあった」
イシュレも全身血だらけで、ふうっと溜め息混じりに座り込んでそう言えば、ジェクスは歩み寄っていく。
「そうか。あいつ自身もカルベスの力を」
ヘルはブルブルした。それは生きてる証を踏みしめたかったから。
「霊王は原則、生き返らせる許可は一度しか出さない」
降り立ったシュナカラクがそう言うと、ヘルとルアは落胆を共有した。
「(濃縮魂子作っとけば良かった。油断しちゃった)」
「でも、こんなに強いなんて知らなかったし」
プライトリア、メクハスの闘技場。カンディアウスは豪快に笑った。それは本当に戦いを楽しんでいるようで、その態度を金銀の瞳で睨みつけるアポロンは、息を整えた。今さっきアーサーに教えて貰った、リッショウ。アポロンの気迫と存在感が高まれば、その隣でアテナも同様にリッショウを会得する。上半身が鳥で下半身が馬の精霊ムギー、電気の体をした蝶のような精霊リンリリー。その2体に憑依して貰ったアテナは、毛皮のマントを纏い、髪の半分が茶色に染まり、右目だけが蛍光灯のように黄緑に輝いた。そしてアーサーの目の前に双子が立った。2人の背中を見ながら立ち上がれば、アーサーは振り返ってテリッテと見つめ合った。
「二極火柱!」
剣から解き放たれる、紫と朱の炎。それはビームのように真っ直ぐで剣のように鋭い。津波のような爆音が空気を焼き、カンディアウスを覆い尽くす。
「なるほど、魔力を増幅させる魔法。これは素晴らしい」
ダークグリーンの光が渦を巻いていた。紫と朱の炎を薙ぎ払ったそれは光であり炎であり、水であり電気だった。まさに嵐そのものだった。
「・・・・・・何だと」
ダークグリーンの渦が収束すると、カンディアウスは変身を遂げていた。最早人間ではなかった。3メートルの巨体、ダークグリーンの輝きを纏うそれは、まるで虎だった。
「止めどなく、力が湧いてくる。ハッハッハ!」
第65話「神獣」
「・・・シヴァリス・・・・・」
「何だそりゃ」
呟くアポロンにアーサーは尋ねる。
「伝説上の生物とされているものだ。この国では、神の獣として語り継がれ、強さの象徴だ」
「神の獣・・・」
「見た目はそうだけどさあ、本物な訳ないでしょうが」
「そうだな」
「ウオオオオオ!!」
風が吹くように、川が流れるように、マグマが溢れるようにダークグリーンの閃光が撒き散らされていく。閃光の1つ1つが爆発し、それは本当に次元の違う、理解を超えた神のような脅威だった。プライトリア軍人達はすぐに避難していき、アポロンとアテナも光壁を携えて後ずさる。
「何なんだ、あいつは、ただ蘇った古の闘士ではないのか」
するとそれを、アーサーは鼻で笑った。振り返るアポロン。“何かが溢れただけかのように”、やがてダークグリーンの閃光は止んだ。
「テリッテ」
「うん」
テリッテのドゥシピス・ゼプレから光が伸びて、アーサーを繋ぐ。
「・・・・・でえぇっ!」
「ふうーー」
「(大分慣れたな。この感覚も。あれ行くぞ)」
「うん」
スーッと息を吸うテリッテ。2人の意識が共有するのは翼の力とリッショウ。2人のリッショウにはまだ差があるから、それをどう擦り合わせるか。その直後から蒼白い炎がチラつき、テリッテを包んでいく。
「オージャソウル!
(オージャソウル!)」
テリッテの瞳が蒼白く光り、全身に光の筋が浮かび上がると同時に、蒼白い炎の鎧がその体を覆った。
「・・・オージャ?」
「(あぁ。火を鎧にしたんだ)」
「へえー。うふふっ・・・火を鎧にか、面白い事するねえ」
不敵な笑みを浮かべて頷くアテナの横顔をふとアポロンが見つめる傍ら、マスカットもグズィールとアイコンタクトを交わせば合体した。
「蘇っていいこともあるものだな。戦いのない人生など、やはり脱け殻も同然」
「レードソウル!
(レードソウル)!」
マスカットとグズィールが作ったのは氷の鎧。でも蒼白いというほど、翼の力とリッショウと氷の融合率は高くなく、アテナのリアクションも普通だった。
サンジャラにて。クラウンには逃げられたが、サンジャラにも居るという昔の偉人の様子を見る為にルア達はスンバという街にやって来た。結構な田舎街で、自然の多いその場所には湖があり、龍が居た。やじ馬、マスコミ、軍人と共に、湖の上に浮かぶ龍を見上げるルア達。
「カルベスの力感じる」
「じゃああいつで間違いないのか。でも人間じゃないとはな」
蛇のように長い胴体、短い手足、角と髭。全長は20メートルくらい。それは正に伝説上の生物として有名な姿そのもので、ルアはヘルの緊張とウキウキを感じていた。
「(何してるんだろう。戦いは起こってないみたいだけど)」
そんな時にふとヘルの耳に入ってきたのはカメラの前で喋っている男性キャスターの言葉。
「サンジャラの偉人、エイシンがあのような龍になったという目撃情報がある中、サクリアで蘇ったディンクルス・イコアとの関連があるかどうかは、現在調査中です」
「(ルア、サンジャラの偉人エイシンだって)」
ルアはスマホで検索した。エイシンは300年前に存在した戦国武将。龍の眼を持つ男と言われていた。生前には骨を沈めてくれと家臣に頼むほどホウ湖が好きで、よく釣りをして過ごしていたエピソードが有名。
「ホウ湖って、ここかな」
「あいつの名前、エイシンってのか」
「そっか」
龍を見上げながら突然にボソッと呟いたイシュレ。当然ジェクスは「え?」と伺う。
「蘇ったのは本人だけじゃなくて、もっと沢山の時間と思想を巻き込んでるって、あの姿はそれらが集約したもの」
「(でも、龍って伝説上の生物だよ?存在しないものでも魂子があるの?)」
「ん、まあ魂子は記憶そのものでもあるからな。願望でもそれ自体が魂子になる」
「(そうなんだ。つまり、記憶も伝承も、その地域全体の思想が集まりながら、1人の人間として蘇ったって事?)」
「うん」
「(でも1人の人間を遥かに超える力がある)」
「あいつは一体何をしてるんだ」
「(聞いてみる?)」
「危ない」
ヘルは少しびっくりした。自分の毛皮を掴んだルアの力が強かったから。
「(でも、きっとディンクルスみたいに話が出来るんじゃないかな)」
「ルア、ここからでも話せるぞ」
ジェクスがそう言えば、ただ龍を見上げた。
「お前はエイシンか?」
そしてただ話しかけただけ。大声を出す訳でもなく、まるで目の前に居る人に話しかけるトーンで。
「霊気検索みたいに、声だって飛ばせるよ」
真顔の笑顔でイシュレがそう言ったのでルアは龍を見上げた。龍はジェクスを見下ろしていた。
「何してるんだ?何か待ってるのか?」
するとエイシンはゆっくり降りてきた。ざわめき出す人々。ヘルの毛皮を掴むルア。ヘルはルアがプリマベーラに手を伸ばした警戒を感じ取る。
「語りかけてくるのは誰だ」
「こっちだ」
ギロッと龍が眼差しを流す。息を飲む人々。それから龍は2人のマガツエルフを捉えた。同時にジェクスは、龍の琥珀色の瞳に魔方陣が浮かび上がったのに目を留めた。
「ほう。来訪者よ。果たして、そなたらは待ちわびし者か」
「誰を待ってるんだ?」
「災厄に抗う、業の深き者」
「・・・災厄?」
「未来を見てる」
そうイシュレが呟けば、ジェクスは納得したように小さく頷く。それをふと聞いていたのは、やじ馬の男。
「エイシンはな、龍の眼を持つって言われててな、その力は千里眼なんだが、時折近い未来を言い当てていたらしい。でもそれは占いをやってたからなんだがな」
「(占い好きの戦国武将だったんだ)」
「あぁ」
「(でもそれが、あの力のお陰で、魔法そのものに進化したんだ。おーい!エイシン!災厄を止める為に戦うの?)」
「某では中々手に負えぬ。どうやら、そなたらにも同じ顛末が待つようだ」
「(ボク達でも手に負えない相手が、いつ来るの?)」
「抗えぬ者には関係の無い事よ」
するとエイシンは天に昇っていき、分厚い雲に消えていった。やがてやじ馬も散っていき、そこには不安だけが残った。
プライトリアにて。現役の闘技場が、まるで遺跡のようになっていた。地面はボコボコ、壁も崩れ、もう復旧は不可能というくらい。軍人達はただ眺める事しか出来なかった。その戦いは正に神の領域だから。
「北方面、避難完了です」
「よし。一先ずはこれでいい。しかしここに誘導した王子の判断は正解だったな」
「あの者は一体何なんでしょうか」
「さあな」
ルーカス第1隊長は固唾を飲んだ。あの最強の双子が押されている。独立自警団の助けがあって4対1になって初めて抑えられるようになった。あれはもしかしたら本当に神獣なのかも知れない。嵐のように溢れ出す果てしない霊力。──負けてしまえば、恐らく国が破滅するだろう。
「(うおおおりゃあ!!)」
テリッテの尾状器官の拳はまるで隕石のようにドカンッと空気を震わせた。衝撃と共に爆発して舞い散る蒼白い炎。籠手は着けてはいるが、カンディアウスは骨格的に手を出して受け止める事はなく、全ての攻撃は“ダークグリーンの分厚い嵐”によって受け止められていた。でもその一瞬、蒼白い衝撃はカンディアウスを吹き飛ばした。
「ぐぬう、やるな、お主、名は何だ」
「テリッテです。・・・あっ
(アーサーだ!覚えとけ!)」
「守護獣と人獣一体という訳か」
「(何かアーサー、いつもよりリッショウ強くなってる)」
「(そりゃあそうだろ、2人分だ)」
「(そうなんだけど、その、2人分がより1つに纏まってきたんじゃない?)」
「(あぁ、けどまだまだやれるぞ、俺達なら、もっとリッショウを高められる)」
「うん」
「あたしだって、まだまだいけんだから!グロージャソウル!」
眩く燃えるアテナ。アーサーが思わず「おっ」と声を漏らした直後、アテナは火の粉を散らしながら雷の速さでカンディアウスを通り過ぎた。それはまるでアテナが雷火になったかのよう。それでもダークグリーンの嵐はカンディアウスを護るが、嵐より速く、アテナの拳はカンディアウスの頬に突き刺さった。巨体の虎がゴロンと倒れ込む。
「どうだ!ハッハッハー!」
「(やるじゃねえか)」
「いい拳だ」
「あたしはアテナ。覚えときなっ」
嵐が吹き荒んだ。でもそれは攻撃ではなく、威圧。そして堂々と仁王立ちすれば虎は豪快に笑った。
「我はカンディアウス。拳ひとつで思い上がるな」
ルアのスマホが鳴った。それは一旦禁界に戻ろうという時だった。
「はい」
「一旦戻る?」
イシュレがそう聞くと、ジェクスはルアを見た。
「・・・何かあったか?」
「ディンクルスの部下が軍と衝突してるから来て欲しいって」
「オレ達は一旦あっちの世界に様子を見に行くが、大丈夫そうか?」
するとルアはヘルを見て、大丈夫でしょという楽観を感じ取った。
「大丈夫」
パッとやって来たルアとヘル。ケンセン城跡地では、さっきまで睨み合いだった状況は一変していた。軍人ウパーディセーサと一般人ウパーディセーサが、銅色の光を纏ったウパーディセーサと戦っていた。
「(金銀銅ってやつかな)」
「そうなのかな。とりあえず濃縮魂子作ってからね」
「(まぁ行けるでしょ、金銀銅の銅なら1番弱そうだし)」
「そんなの、分かんないでしょ。濃縮魂子無きゃだめ」
ヘルは言葉が詰まってしまった。下手したら、死んじゃうかも知れない。ルアが言いたい事は分かっていたから。同時に、ヘル自身も大丈夫と言いきれない不安を感じていたのは事実だから。
「独立自警団、来たか、すぐ加勢してくれ。ウパーディセーサにはない魔法でかなり手強い」
「どうしてこうなったんですか?」
「一般人ウパーディセーサが、乱入した。それで軍も動かざるを得なくなった」
「こっちが引けば、あっちも引くんじゃないんですか?」
ルアの言葉と若干冷たい眼差しに、スエイン大佐は一瞬固まった。そしてふと振り返れば、それは確かにそうかも知れないという状況だった。
「(準備するからさ、ちょっと待っててよ)」
「そうか」
リッショウボールは5分もあれば出来る。しかしもうすでに、軍人と一般人ウパーディセーサは全滅していた。ルアとヘルが橋の前に立った時、ディンクルス軍のウパーディセーサは背中を見せて歩いて去っていった。
「(あれ)」
「何か、ただ普通に城を守っただけみたい」
「(でも、目的って何だろうね)」
「え?」
「(ずっと城に籠ってどうするんだろ)」
そこにやって来たのはスエイン大佐。
「仲間が増えるのを待ってるんだろ」
「(やっぱり、戦争で再び世を動かす為に?)」
「言葉通りに受け取るならな」
3ヶ所の門でも同様に防衛が為されたので、戦いは勝手に静まった。乱入した一般人ウパーディセーサによるとそれは正義感だった。しかしそれは容易く跳ね退けられた。マスコミがそう報道していく。
プライトリアにて。雷火を纏ったアテナは、カンディアウスの嵐を華麗にかわしていく。しかしカンディアウスはダークグリーンの霊気を体に密着させ、防御力を増していた。順応し合うアテナとカンディアウス。アポロンの2色の炎など援護にしかならない。カンディアウスは楽しそうに戦っている。だからこそ、アーサーは闘志を燃やした。
「(出来たよー)」
グズィールの言葉にすっ飛んで戻ってきたテリッテとアーサー。
「(アテナ!見てろよ?これが俺達の本気だ)」
「ん?」
マスカットとグズィールに作って貰ったリッショウボールを、テリッテは左手の手袋に着けた。リッショウボールが光れば、爆発的に高まるテリッテの気迫と存在感。更に蒼白い鎧は濃縮されて、手の尾状器官の武装は3倍ほど肥大し、翼の先端にはブースターが形成され、腰には短い尾状器官と同じくらいの尾状器官状の剣も作られた。アテナとカンディアウスは自然と止まっていた。
「(どうだアテナ!)」
「何故アテナと張り合ってる」
アポロンの呟くような問いは宙に流れていった。
「はあっ!
(はあっ!)」
振り上げられたエクスカリバー。放たれた巨大な一閃の蒼白い炎。当然のようにダークグリーンの嵐が行く手を遮るが、カンディアウスは嵐ごと吹き飛んでいった。その風圧はアテナでさえ思わず顔を背けるほどで、アポロンは目を見開いて呆然とした。闘技場の観客席さえ切り裂いた蒼白い炎が消えた頃、カンディアウスはその溝に瓦礫ごと嵌まっていた。




