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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第4章「ウォー・ゲーム・オブ・ハザーズ」

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「歴史は常に轍に芽吹く」前編

シエネイラにて。まだまだ破壊された街並みが残る朝方、ジェクスはパンが入った紙袋を抱え、家に戻った。事実上は空き家だが、そこに誰かが住んでいると周囲に知られればもう空き家ではない。ジェクスがダイニングテーブルに紙袋を置くと、イシュレはパシンと本を閉じた。

「パン食うかー?」

2階に向かってジェクスが問いかければ、エストーンとレヴァクの声が返ってくる。いつものように貰ってきたパンの今朝のラインナップは、何かの葉物野菜が練り込まれたふわふわのパンだったり、ぎっしりした感じのパンだったり。でも美味しければ気にしないので、イシュレはクロワッサンを手に取った。

「もうあれから1か月だな」

パンをかじりながらジェクスが呟けば、イシュレはふとゼフォンを思い出した。魂ごと取り込まれてしまったので、蘇らせる材料であるその人の魂子が存在しない。とは言えエルフは死という自然にさえ逆らわない。悼む気持ちはあるが、人間のように泣き喚いたりしないし、生き返らせてくれと懇願したりはしない。朝食が終わった頃、ジェクス達の家に声が響いた。

「ごめんくださーい」

「ワンワン!」

出迎えたのはジェクス。客は顔見知りの人間の女性と大型犬だった。

「おう、どうした」

「チラシです」

「あ、準備出来たんだ?」

ひらひらとジェクスの肩に乗り、ウリネックはそう言って微笑んだ。しかしジェクスはキョトンとしていた。

「ハナビ、タイカイって、何だ?」

「エルフとの戦争が始まってから出来なくなっちゃったらしいんだけど、もう出来るようになったからって、明後日の夜だからね?」

「え、あぁ」

「見たら分かるよ」

「ワンワン」

「うん、ぼくは勿論知ってるよ。キレイなんだよね、あれ」

破壊された街跡は“轍の街”と呼ばれていた。その日の夜、とある男が轍の街を歩いていた。ロードスターのライザー部隊も騒音対策の為に動かない、静寂と闇だけの深夜。しかし霊気検索すれば目を瞑っても瓦礫を歩ける。そして男は立ち止まった。闇の中だからこそ、それは“見えない光”を帯びていた。ゆっくりと静かに瓦礫を退かしていき、それからそれをつまみ上げる。それは、カルベスの欠片。深夜の中で、見えない光を帯びた漆黒の石を見つめる男。男は、黒装束を纏っていた。

花火大会当日。日も暮れてきた轍の街に人間やエルフ、精霊が集まってくる。それは被災者達全てを元気づける為のもの。ライザー部隊が急ピッチで広場を幾つか確保したお陰で、観客達は少しだけゆったり出来た。屋台通りの良い匂いが優しく風に乗ってくる。それから日が暮れた頃、始まりの1発として大玉花火が打ち上がった。



第64話「歴史は常に轍に芽吹く」



草鉄本部。とある日、轍の街から200キロほど離れた、轍の街など他人事のように暮らしている都会に常駐する草鉄の人間が、視伝の人間を連れてきたのだった。

「本当に『ムラクモ』なのか?」

「えぇ、本人がそう名乗りました。しかし、姿と名は正に歴史上の偉人、ムラクモなんですが、性格というか、史実とは異なりまして。もう既に30人ほど犠牲に」

「ムラクモは剣豪として名高く、確かに修行の為に沢山の人を斬ってきたが。今は」

「行方を眩ましています。それから史実とは明らかに異なるのが、魔法で」

「戦国時代でも魔法はあっただろう。確かにムラクモは魔術の類いを嫌っていたが、ムラクモが魔法を使っていたのか?」

「それも強力なもので。血剣術が歯が立たないほどの」

唸るファウンデイル。それからファウンデイルは陽光本部へ向かった。何も言わずふらっと来たからこそ、何かあったのかと、スディングは内心で驚いていた。

「今しがた、視伝が来た」

「ムラクモの件ですよね?」

「あぁ」

「あちらではもうニュースになってるそうです。拘束する為の小隊を派遣しようと思うんですが」

「血剣族のみでか?」

「いえ、ライザー部隊も編成します。死者を蘇らせる魔法は精霊由来のものですが、首謀者はシエネイラの歴史をよく知るものでしょう。もしかしたら、エルフとの停戦に異を唱える血剣族かも知れません」

「ならばそういった者はこちらで調べる」

「お願いします」

それからジェクス達の家に1人の草鉄がやって来た。玄関で声が響けば、出迎えるのは大抵ジェクス。それは派遣される小隊への協力要請で、簡単な説明を受けた後、そしてジェクスとイシュレはシエネイラの都会の街、ケンアルトにやって来た。

「何だこりゃ」

呟いたのはジェクス。歓楽街がめちゃくちゃだった。まるで台風でも通り過ぎたかのように色々な看板が倒れていたり、切れた電線から火花がパチパチと吹いていたり。

「ムラクモはホウレンザンの方に向かったそうです」

「どこだそりゃ」

「あちらの山です」

「あぁ山の名前か」

こういう場所に来たらライザー部隊の仕事は先ず救助活動。でももう怪我人は救助済みなので、それから小隊は広く散開するライザー部隊と共に豊蓮山方面に向かっていく。やがて豊蓮山の麓に着くと、普段は登山客で賑やかなはずなのに妙に静かで、小隊の人間達はその異様さに冷静に戸惑っていく。

「霊気検索してますが、それらしい反応は無さそうですね。もう移動したんでしょうか」

「恐らく、移動はしないだろう」

「何でですか?」

「逃げる事自体、騒ぎを避けてる。それにここは、ムラクモの地元だ。山なら土地勘は変わらないはずだから、慣れた場所に留まる可能性は高い」

「そうですね」

すると小隊長はイシュレに振り返る。

「マガツの力で検索したら何か分かるかも知れない。頼む」

「うん」

虹色揺らめくイシュレの瞳。すると直後にイシュレは首を傾げた。

「何かいる」

「どこだ」

「この坂の中腹の、建物」

「ここは旅館街だぞ?旅館で一体何してるって言うんだ」

「・・・・・ご飯食べてる」

「え・・・」

人気旅館の1つにぞろぞろと入っていく小隊。するとその雰囲気に出迎えたスタッフはすぐに表情で緊迫感を訴えてきた。

「ムラクモは」

「こ、こちらです」

ロビーから廊下を進むとその先には幾つかのレストランがある。その内の1つに案内したスタッフはすかさず物陰に隠れた。まるで強盗が居座り、悠々と食事しているところに、ぞろぞろと警官隊が向かっていく。そんなドラマみたいな情景に、これはやっぱりただ事ではないんだと歩いていたスタッフに手招きして物陰に誘う。

「ムラクモだな」

「今食ってるとこだろ」

人間達と2人のマガツエルフ、そしてライザーが取り囲んでも、ムラクモは戦国武将らしく全く動じない。

「食べながらでいい。お前を蘇らせた者は誰だ」

「知らん男だ」

「あくまで隠すか」

「ふん、隠してなどないわ。気が付いたら立っていて、拙者を蘇らせた者は、自由に生きろと言って、名も言わず、去っていった」

「自由に・・・」

そんなムラクモを前に、イシュレは瞳を虹色に光らせる。

「お前はもう沢山の人を手にかけた。この時代ではそんな者は生きてはいけない」

「拙者も、手にかけられた」

そう言ってムラクモはズルルルッとコーンスープを啜った。小隊長はふと記憶を辿る。それは学校で習った歴史の事。戦国時代、ムラクモは剣豪として名高く、数々の戦を勝ち抜いてきた。その最後はライバルだったシオウマルとの一騎討ちでの戦死。

「確かにお前の時代では、殺す事も殺される事も当たり前だったんだろう。だが、もう時代は変わったんだ。30人も手にかけたところで、誰もお前も称賛しないし、慕わない」

ガシャンという音が鳴った。ムラクモが思い切りテーブルを叩いたのだ。そしてそこにはムラクモの笑い声が響いた。

「拙者に取ったら何も変わっとらん。刀は、人を守る為に非ず」

「お前がシオウマルに言った事か」

「彼奴も蘇っておるのか?」

「いや、確認されていない」

「そうか。・・・・・それで、拙者を何とする」

「自由に生きろと言われたお前の生きる目的がただの人斬りなら、再び墓に戻って貰う」

ムラクモはコーンスープのカップをカツンッと置いた。その眼差しは誰でもない一点を見つめていた。

サクリア、その首都エリックハイドン。そのとある街でとある男が歩いていた。男は街並みをただ眺め、ただ行き交う人々を観察していた。まるで見ているもの全てが知らないものかのように。けれど男は大木の如くどっしりと冷静沈着だった。分からないから恐れているのではない。そこには必ず、掌握欲求がある。分からないものを恐れるのなら、その一部分でも自分の手中に納めてしまえば恐れは薄れるもの。今までそうやって生きてきた。それはこれからも変わらない。そんな時だった、男がウパーディセーサ・ブラックという存在に目を留めたのは。それが何かは当然分からない。だから男は追いかけた。ウパーディセーサ・ブラックは雄叫びを上げながら行き交う人々を威嚇し始めた。通行人が突然変身し、殺気をあらわにしたという“よくある状況”。逃げ出す人々。

「くそったれがああ!ふざけんな!どいつもこいつも・・・オレをコケにしやがって!」

ウパーディセーサ・ブラックは街路樹を蹴り倒し、路肩に駐車中の宅配トラックを蹴り飛ばした。トラックが倒れれば走行中の車は急にハンドルを切り、それがきっかけで衝突事故が起こった。それからウパーディセーサ・ブラックは尾状器官から衝撃波を連射した。雑居ビルの入口のガラスが砕け、銀行の入口も吹き飛んだ。

「何をしている」

男は問いかけた。そんな男の姿を近付く事すら出来ない野次馬達は不安げに眺める。

「何をそんなに自棄になっているのだ」

「あ?テメエには関係ねえよ。ただの発散だ。死にたくねえなら失せろよ」

少ししてやって来た警官隊。その内の3人がウパーディセーサとなる。そして問答無用で戦闘が始まった。“暴れるチンピラ”と“警官隊”。ただそれだけの戦い。衝撃波が飛んでいって雑居ビルの2階の窓が吹き飛び、倒れた街路樹が更に砕けて飛んでいく。

「下がれ!」

警官隊の1人が男に叫んだ。だから男はウパーディセーサ・ブラックに近付いていった。二度見する警官。

「下がれ!」

警官隊のウパーディセーサも改良されていて、ウパーディセーサ・ブラックが相手でも問題なく制圧出来る。なので尾状器官が1本伸びていき規制線のように男を制止した。男はそれを掴んだ。

「止めるな、あの男に話がある」

「知り合いか?」

「知り合いではないが、興味がある。世に不満を持つのは何故か」

程なくしてチンピラは拘束された。尾状器官は尾状器官で縛られ、体は地面に押し付けられた。直後に警官は警戒した。男が尾状器官をゆっくりと押し退けたのだ。それは決して人間ではあり得ないパワー。

「お主の不満を聞かせろ」

「くそ・・・あ?チッ誰だよお前」

「不満には力がある」

「あ?」

「人は不平不満によって欲を募らせる。欲こそが人を動かす源だ」

「・・・は?だから何だよ」

「お主のその不満は、今そうやって地に伏せば満たされるのか?」

「・・・何だって?」

「お主の欲はその程度か?」

「何なんだよお前」

「もし世を変えたいほどの欲を溜めているなら、私が力の使い方を教えてやろう」

「・・・は?」

「しかしお主が虫けらほどの力しか無ければ、ただそうやって踏み潰されていればいい」

「テメエ!ふざけんな!」

チンピラは地面を掴む。まるで砂を握り締めるように、アスファルトをメリメリと歪ませて。

「おいお前」

警官が耐え兼ねて声をかける。興味があると言って黙って聞いていれば、チンピラを挑発するなどと。しかし警官が男の肩に手をかけようとしたその時だった、チンピラの体から黒青の光が洩れ出したのは。

「誰が──」

メリメリと歪むアスファルト。次第にチンピラを踏みつける警官達の足が上がっていく。

「おい!抵抗するな!」

「誰が・・・雑魚だって?オレだってな──」

チンピラの尾状器官から黒青の火が吹き出し、その圧力に警官の尾状器官が緩んでいき、そしてその眼差しが黒青に輝けば、その体は直後に黒青の光の爆発を起こした。

「くっあり得ない。魔法だと!?」

そもそもウパーディセーサは“動物の超進化”。魔法を使えるはずがない。ブラックを生み出したザ・デッドアイというマフィアが特異な力を持っているが、ロードスター連合王国で誕生したギガス、及びギガスアーマーのような“元素を操る”事は出来ない。なのに今、このウパーディセーサ・ブラックは衝撃波ではなく、攻撃性のある光を発した。

「何だと、まさか、違法改造か」

「ギガスを混ぜたか?」

立ち上がるチンピラ。その眼差しは男を見つめていた。男は感心するように不気味な笑みを浮かべていた。ピストルを構えるように警官隊は一斉に尾状器官をチンピラに向けた。

「望みは何だ」

「オレは、ザ・マッドアイを潰す!」

警官隊が一斉に衝撃波を放った。3方向、全部で6本の尾状器官からの衝撃波は融合して強力になり、歪んだ空気は爆音と共にチンピラを覆い隠した。しかしそれでも体から洩れる黒青の光は消えなかった。

「くそ・・・」

と思いきやチンピラは片膝を落とした。その時、男はチンピラを見つめた。そこに“力の波動”が発生した事など誰にも見えないし、感じないし、分からない。そうチンピラ自身も。

「弱い者はただ蹂躙される。力が欲しいか?」

「・・・あぁ、欲しいさ!ウパーディセーサなんてなけりゃ、こんな事にはならなかった。世の中、狂ってる!」

警官の1人が殴りかかった。その瞬間だった、チンピラの体から溢れる光が、黒青から“金青”に変わったのは。バチンッと尾状器官が警官の拳を叩き、更には蛇のように首に絡み、警官を投げ飛ばした。

「何だ、その力は」

それから警官ウパーディセーサを全て薙ぎ倒してようやく、チンピラは自分の手を見下ろした。

「何なんだ、この力」

「お主の名は」

「オレは・・・ブレン・エンビスト」

「力の使い方を教えてやる。その代わり、少々聞きたい事がある」

それから翌日、ヘルは自宅の庭でタブレットを見ていた。最近は警官ウパーディセーサも強いし、忙しくはないけど、ニュースを検索する癖は変わらない。ふとヘルは再生マークを押した。再生されたのは昨日投稿された動画。

「(ん、何だこりゃ。ディンクルス・イコア。・・・ねえ!ルアー?)」

「・・・・・・・んー?」

遠くで畑を耕しているルア。しかし手を止める様子は無いので、仕方なくヘルは立ち上がった。

「(見て見て。似てない?ディンクルス・イコアだって)」

「え?あの歴史の教科書の?」

「(ほら)」

動画には音声も流れていた。でもそんな事より、ルアはウパーディセーサ・ブラックの変化とその力の方が気になっていた。

「(言葉もそのまんまじゃない?教科書に載ってたディンクルスの言葉。人は不平不満によって欲を募らせる。欲こそが人を動かす源だって)」

「いや、ていうか、このチンピラ、おかしくない?」

「(ギガスが混ざってるんじゃないの?)」

「そうなのかな。だとしたら、もっと色んな魔法するでしょ」

「(んー、でもさ見てよ、ディンクルスじゃない?ていうか本人じゃない?)」

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