【第26話】人権
「でもさ」
バスティオが、疑問を口にした。
「みんなが好き勝手やったら、仕事をしない奴も出てくるだろうし、社会が回らなくなるんじゃねぇか?」
「そしてさ、物流とか公共サービスは、大勢の人の動きを合わせないと成り立たないんじゃねぇか?」
「馬車だって時刻表がないと乗れないだろうし、工場も部品が決まった時間に来ないと止まっちゃうだろ?」
「誰もやりたがらない清掃や介護はどうするんだ?」
「締切とか報酬がないと、俺たち、先延ばしにしちゃうんじゃねぇか?」
「そういう考えが出てくるのは、国のような巨大な仕組みで『誰かが管理すべきだ』と考えるからじゃよ」
ヴェンは穏やかに微笑み、問いを返す。
「では、狼の群れを想像してみるのじゃ。十匹ほどの狼が、誰も時計を持たず、命令もされぬのに、完璧に狩りをこなし、子を育て、互いを守っておる。なぜじゃと思う?」
バスティオが言葉に詰まるのを見て、ヴェンは続けた。
「一頭一頭が外部からの命令ではなく、周囲の状況を理解し、必要なことを自発的に行っておるからじゃ」
「リーダーの狼はおるが、それは『命令する者』ではなく、『先頭に立つ者』に過ぎぬ。他の狼も、それぞれが自分の役割を理解し、自然に動いておる」
ヴェンは、重要な点を強調した。
「人間も同じことができるはずじゃ。ただし、狼の群れのように小さな規模でならのう」
「しかし、『全体のため』という名のもとに、誰かが巨大な仕組みで管理しようとした瞬間に、この自発性は失われてしまう」
ヴェンは険しい顔をして言った。
「問題は……人間にリーダーがいると、巨大な仕組みで管理しようとする癖があるんじゃ」
「だからこそ、この村には『命令する者』を置かぬのじゃ」
(ん?)俺が疑問を口にしようとした瞬間、バスティオが同様の疑問を投げかけた。
「ちょっと待てくれ、つまり、この村にリーダーはいないということか?」
「そうじゃ、この村にリーダーはいないが、村の『調整役』はいる。それが儂じゃ」
バスティオが首を傾げた。
「調整役って何だ?」
「命令はせぬが、『人と人を繋ぐ役』じゃよ」
「例えば、『料理が得意なAさん』と『食材を求めているBさん』を引き合わせる」
「『この問題について皆で話し合ってみたらどうじゃ?』と場を作る。それが調整役じゃ」
「狼の先頭に立つ者も、方向を示すが命令はせぬじゃろう。それと同じじゃよ」
ヴェンの長い話を聞いているうちに、俺の中にある何かが、少しずつ変わり始めていた。
バスティオも真剣な顔で聞いている。
この村の仕組み、そしてヴェンの考え方は、確かに俺が知っている世界とは全く違う。
「百人程度の村なら、複雑な物流も大きな工場もいらぬ」
ヴェンは、バスティオの疑問に答えた。
「『締切がないと人は怠惰になる』じゃと?」
「それは檻の中で飼われた動物の発想じゃよ。野生の動物に締切があるかのう?」
「それでも彼らは、生きるために必要なことをちゃんとやっておる。本当に必要なことなら、人は自然に動くものじゃ」
「例えば、母親は赤ん坊が泣けば、誰かに命令されずとも世話をするじゃろう。それでも無理なら、他の誰かにお願いすることもあるじゃろう」
「好きな遊戯なら、何時間でも集中できるじゃろう。問題は『無理にでもやらされておる』ことなんじゃ」
バスティオは、考えながら答えた。
「う~ん、まぁ……そうかもしれねぇな……」
「今の社会を料理に例えてみるのじゃ」
「みんなが同じ作り方で、同じ時刻に、同じ料理を作らされておる。じゃが、人には好みがあるじゃろう」
「辛いものが好きな者、甘いものが好きな者、肉が好きな者、魚が好きな者、それぞれじゃ」
「もし各自が好きな時に料理を作って、それをみんなで分け合ったらどうなると思うかのう?」
「好きな時にいつでも食べられるじゃろうし。もっと豊かで美味い食卓になるはずじゃよ」
「清掃じゃとて介護じゃとて同じことじゃ」
「『誰かがやらなければならぬ嫌なこと』ではなく、『大切な者たちのためにできること』として捉えれば、自然と手を差し伸べる者が現れるじゃろう」
「今の社会は巨大な工場のように、人を歯車として扱っておる」
「だが、人間は機械ではない。心を持った生き物じゃ」
ヴェンは、力強く言った。
「人間は『心に従って生きる権利がある』んじゃ」
「そして、それこそが『人権』というものじゃよ」
俺は、何も言えなかった。人権……そんなものが、この腐った世界に本当に存在するのか?
「小さな村なら、一人一人が人として大切にされるじゃろう」
「『Aさんは料理が得意じゃ』『Bさんは修理が上手じゃ』『Cさんは子どもの面倒見が良い』と、みんながそれぞれの個性を活かせるのじゃ」
(ん?ちょっと待て、それって結局……)俺は苛立ち疑問を投げかけた。
「おい、ジジイ! それって村八分になったら終わりじゃねぇかよ!」
「村八分じゃと? それは、国の一部としての常識などが機能しているせいで起こるものじゃ」
「『国などいらぬ。自分を大切にし、周りの者も大切にする。それだけで十分なんじゃよ』」
「『そういう村には、村八分というようなものは存在せぬ』し、そういう心配も無いのじゃ」
「とまぁ、儂はそういう考えを小さな頃から持っていて、天帝国でずっと苦しいと感じていたんじゃ」
「だからこそ、儂はリンティカ天帝国とは真逆の、この村を作ったのじゃ」
「最初は、魔神を倒し3つの願いで叶えてもらおうと思っていたのじゃがな……」
「つまり、じじいは元勇者ということか?」
「儂は元勇者ではないぞ」
「儂は、この人間社会の仕組みすべてに疑問を持つが故に勇者学校には行かず、修行を積み重ね、五十歳頃に魔神討伐に向かったのじゃ」
「儂は魔神と戦ったが、勝てなかった。だが、魔神は儂を気に入り、願いを一つ聞いてやると言ったのじゃ」
「そして、その時、儂は知ったのじゃ……」
そして、ヴェンは重大な真実を告げた。
「奴は……魔神は……この世界を創造したと言われる、『絶対神ウプロンド本人』だったのじゃよ!」
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【第26話 終わり】
次回:【第27話】掌の上
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