【第25話】体の声
村の連中は、あの憎むべき天帝国の常にしかめっ面をしている連中とは全く違う。
気ままに働き、遊び、食べて、寝る……
汚い労働と税に縛られた天帝国では、夢物語でしかない光景が、ここには広がっていた。
天帝国では、ありえない光景であるのは間違いない。
暫く、この奇妙な村を見て回った後、俺たちはヴェンの家に戻った。
「お帰り、二人とも」
ヴェンが、穏やかに言った。
「あ、私が選んだ椅子だ!」
彼女は、子供のようにはしゃいで椅子に座りやがった。心底、癇に障る。
俺はこの奇妙で、同時に俺の常識を覆した村の真実を暴くため、さっそくヴェンに詰め寄った。
「おい、ジジイ。このおかしな村が、一体どういう経緯で成り立ったのか、全て吐き出せ」
「やっぱ、テリアルもそう思うよな。俺にも教えてくれ」
「うむ……長くなるぞ」
「長くなっても良い。詳しく話せ」
◇ ◇ ◇
「儂はな、この人間社会が気に食わんのじゃ」
「リンティカ天帝国の人々を見てみるのじゃ。死んだ目をしておる、なぜだか分かるかのう?」
「そんなの決まってる。信仰数値、税、労働、上げたらきりがねぇだろ! 目が死んで当然だ」
「想像してみるのじゃ、鳥は時計を見て歌うかのう?」
「……知るか。見るわけねぇだろ」
「では、花は決まった時間に咲くかのう?」
「咲かねぇよ。自然に咲く」
「うむ。自然界の全ては、自分のリズムで生きておる」
「じゃが、人間だけは違う」
「……どういう意味だ?」
「眠くても起き、腹が空いていなくても時間だから食べ、帰りたくても時計に従って働く」
俺は、その言葉に何も言えなかった。確かに、そうだ。天帝国の人々は、皆そうしていた。
「これは本当に、心と体に正直な、自然な姿かのう?」
「当然、自然じゃねぇだろうな。だが、それが社会ってもんだろう」
「天帝国では、強制力がないと皆、働かなくなり滅びる。秩序を保つには、仕組みが必要だ」
「当たり前じゃ。あそこの皆は、自分の心という自然の流れに逆らって生きている」
「故に、疲れ果てておる。強制力がなければ働かないのは当然じゃよ」
「じゃが、ここは少人数で、個人個人が自分のリズムで助け合っている。だからこそ、自然に身を任せられるのじゃ」
「もしも宇宙人が人間を観察したら、こう思うじゃろう」
「『あの生き物たちは、なぜ自分の体の声を無視して、壁にかかった丸い物体に従って生きておるのじゃろうか? まるで機械のようじゃ』と」
「赤ん坊を見てみるのじゃ。腹が空いたら泣き、眠くなったら寝る。これが本来の姿ではないかのう?」
「いつから我々は、自分の体よりも時計の方を信じるようになったのじゃろうか?」
「そして理由を聞くと、『社会が回らないから』と言うのじゃ」
「はっ! 実際、それだと社会が回らねぇよ、じじい」
「ほう? だが、誰のための社会なんじゃ? 社会が人間のためにあるのか、人間が社会のためにあるのか?」
「籠の中の鳥は、『外に出たら危険だから、ここにいる方が安全じゃ』と思い込む。だが、本当にそうかのう?」
「自由に空を飛び回ることの方が、鳥本来の幸せではないのかのう?」
「確かに、安全で自動的に餌がもらえるかもしれぬが、ある日突然、飼い主が死んだらどうする?」
「好きなことも出来ず、そのまま死に絶えるだけじゃ」
確かにそうだ、だが人間は鳥じゃない。
「じじい……人間は鳥じゃねぇよ」
「そうじゃが本質的には同じじゃよ、人間に例えてみるかのう……」
「天帝国という籠の中にいれば、確かに安全で食べ物も保証されておる。じゃが、その代わり自由はない」
「食べたい時に食べられず、休みたい時に休めず、帰りたい時に帰れず、寝たい時に寝れぬ」
ヴェンは、真剣な眼差しで問いかけた。
「『これが人権を守っておると、本気で思うのかのう?』」
「そして、もし天帝国というシステムが崩壊したら、籠の中で守られてきた者たちは、自分で生きる術を知らずに死に絶えるだけじゃ」
「しかし、外を見てみるのじゃ。確かに危険なこともあるかもしれぬが、そこには本当の自由がある。この村のようにのう」
「『強制されなければ人は怠惰になる』じゃと? それは今の仕組みで疲れ果てておるからじゃよ」
「試しに、一ヵ月程ずっと何もせずに過ごしてみるのじゃ」
「そのうち必ず何かをしたくなる。それが人間の本性なんじゃ。今の『仕事をしたくない』という気持ちは、本当にやりたくないのではなく、『強制されることへの反発』なんじゃよ」
ヴェンは、外を指差した。
「この村を見てみるのじゃ。誰かが『やれ』と命令しておるかのう?」
「みんな自分の得意なことを、自然にやっておる。人にはそれぞれ違う才能があるんじゃ」
「だからこそ、人が集まれば自然と生活に必要なものが揃うようになっておるのじゃ」
ヴェンの言葉は、俺の常識を根底から揺さぶっていた。
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【第25話 終わり】
次回:【第26話】人権
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




