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我が主はいずこに  作者: 柏木椎菜


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八話

「――で、渋るレックス君を連れ出し、あの廃坑へ行ったと?」

「はい。そうです」

 警察署内の狭い一室。そこに置かれた机を挟む形で、警官と向かい合わせに座るヒューは真っすぐ見据えてそう答えた。

「しかし、なぜ深夜に廃坑なんかへ行こうと思ったんだ?」

 三十代と思われる警官は不思議そうに聞く。

「それは……金が採れるって噂を聞いて……」

 レックスが言っていたことをそのまま使い、言った。

「そんな噂を信じるとは……やっぱり子供だな。今も金が採れるなら廃坑になんかなっていないさ。あそこの金はとっくの昔に採り尽くされているよ。まったく、馬鹿なことをしちゃったね」

「………」

 ヒューはレックスのために、ただ黙って聞くしかない。

「とりあえず、ざっと経緯は聞けたかな。時間も遅いし、疲れているだろう。君をどうするかはまた明日にしようか」

「あの、レックスはどこにいるんでしょうか」

「レックス君は話を聞き終えて、ついさっきご両親と帰ったよ。明日また詳しい話を聞く予定だ」

「そうですか……」

 すべてヒューがやったことだと上手く話せただろうか――それだけが気がかりだった。

「君も今日は帰って……ああ、そうだった。君には住所も、保護者もいなかったんだね。ずっと独りで暮らしているのかい?」

「まあ……だけど慣れてるんで」

「そうは言っても、まだ幼い身だ。たった一人じゃ大変なことばかりだろう。今日のところは警察署に泊まって休むといい。簡単な食事なら用意もできるから」

「僕は大丈夫です。食べる物も自分で――」

「そうはいかないよ。君を独りのまま町に放り出すことはできない。子供の遠慮は不要だ」

「本当に僕は――」

「いいから。さあ、付いて来て。署員の仮眠室だから、最高の部屋とは言えないけど」

 扉を開け、来るように促されたヒューは仕方なく警官の後を付いて行く。廊下を進んだ突き当たりの仮眠室に入り、ヒューはそこに並んだベッドの一つを使うよう言われる。

「何か食べ物を持ってくる。それ食べたら寝るんだぞ」

「はあ……」

 笑顔の警官が一旦消えて、ヒューは仮眠室を見渡す。四つのベッドが並ぶ奥にはカーテンが引かれた窓があったが、その隙間からわずかに見える外は未だ真っ暗だった。夜明けはもう少し先のようだ。ヒューは疲れた全身を伸ばし、せっかくの厚意に甘えることにした。またベッドで寝ることになるとは。だが今回はぐっすり眠ってもいいのだ。物音を気にする必要もない。朝までゆっくり寝ていられる――その後、警官の持って来たパンや果物を食べたヒューは、満たされた気分で熟睡するのだった。

 そして翌日の朝――

「――ヒュー君、ヒュー・エメット君、起きてくれ」

 呼ぶ声に目を覚ましたヒューは薄く目を開けた。その先にはこちらを見下ろす昨日の警官の顔があった。

「気持ちよく寝ているところを悪いが、もう朝だ。起きてくれないかな」

 毛布をめくり、ヒューは身体を起こす。いつの間にかカーテンは開けられており、その窓からは眩しい陽光が入り込んでいた。

「……おはようございます」

「おはよう。顔を洗って身支度を終えたら、また話を聞かせてほしい」

「警察の人は、こんな朝早くから仕事をするんですね」

 これに警官は微笑む。

「いや、君に話を聞くのは午後でも構わなかったんだけど、いい知らせが入って来てね」

「いい知らせ? 何ですかそれは」

「君が身支度をした後に教えるよ。とりあえず洗面所へ行こうか」

 ヒューは警官に案内された洗面所で顔を洗い、ぼさぼさの髪を整えると、昨日話を聞かれた同じ部屋に入った。向かい合う席に座ると、警官は早速口を開く。

「で、いい知らせっていうのは、君の知り合いのことだ」

「……レックスのことですか?」

 警官は首を横に振る。

「違う。他にもいるだろう?」

 ヒューは考えるが、今回のことで知り合いと呼べる者はレックス以外に思い浮かばない。そんな様子を警官はじっと見ていた。

「君が廃坑へ誘って、生き埋めになった友達二人のことだよ」

 言われてヒューははっとする。すべて自分がやったことにしたなら、レックスの友達とも知り合いでなければおかしいのだ。そのことをヒューはすっかり失念していた。

「彼らは早朝、廃坑から助け出されて無事だったよ」

 ヒューは目を丸くして聞いた。

「命は、助かったんですか?」

「ああ。かすり傷一つない。土砂が崩れた瞬間、彼らは咄嗟に奥の通路へ逃げて岩の下敷きにならずに済んだらしい。その後、外へ出る別の通路を探して歩き回っていたようだが、救助隊に無事保護された」

「そうですか……レックスも喜びます」

 無事と知れば、殺してしまったと自分を責めることもなくなる。一安心だ。

「そんな彼らからは話も聞いていてね。君と同じように廃坑へ来た経緯を聞いたら、こう答えた。前から三人で金が採れる噂を確かめようと計画していたって。そこに君の名前は一切出てこなかったよ。不思議に思って聞いてもみたけど、彼らはヒュー・エメットという少年は見たことも聞いたこともないと言った」

 穏やかな口調ながら、警官の鋭い視線がヒューの胸に動揺を広げていく。

「君とレックス君は、揃って嘘をついているね……?」

 念入りに練ってついた嘘ではないし、すぐばれるのは当然とも言えた。だがヒューはしもべとして、主のレックスが咎められることだけは止めたかった。

「嘘じゃありません」

「君が主動的立場で皆と廃坑へ行ったと言うけど、それなのに救助された二人が君を知らないなんてことはあり得ないだろう」

「……知り合ったばっかりだから、きっと忘れちゃってるんですよ」

「たった数時間前に会った人間をそう簡単に忘れるものか。……君は多分、今回の事故には一切関わっていないんだろう。その責任をなぜ負おうとするんだ?」

「それは違います。僕は皆と金鉱へ行って、事故を起こしてしまったんです」

 真っすぐ見て言うヒューを、警官は腕を組み、冷静な眼差しで見つめる。

「……もしかして、レックス君のためか?」

 主の名前に、ヒューの心臓が小さく跳ねた。

「レックスは何も関係ありません。全部僕が悪いんです」

「レックス君に頼まれて君が責任を――」

「そんなこと言われてません!」

 声を張り上げたヒューに、警官は少々驚いたように瞬きをした。

「……まあいい。君にだけ話を聞いても仕方がない。この後レックス君がここに来るはずだから、彼ともじっくり話をしてみるさ」

「レックスが来るんですか?」

「ああ。何か伝えておきたいことでもあるか?」

「いえ……でも、早く会いたいです」

「話が終わればすぐに会えるよ。それまで君にはここで待っていてもらいたいんだけど……」

「わかりました。待ってます」

「閉じ込めるみたいですまないね。お詫びというわけじゃないが、朝食は用意するから」

 そう言うと警官はさっさと部屋を出て行った。その後、言う通り持って来た朝食のパンをかじりながら、ヒューはレックスの身を案じ続けた。主だけは守りたい。しかし側に行けない状況では祈ることぐらいしかできることはなかった。

 こうしてヒューが一人残されてから、二時間ほどが経とうとしていた時だった。

「……ヒュー君、こっちに来てくれるか」

 不意に扉が開けられると、そこから警官がのぞいて言った。ヒューはすぐに部屋を出て警官の後を付いて行く。

「レックスは来たんですか?」

「ああ。話も聞き終えたよ。……ほら、あそこにいる」

 示した先を見ると、廊下に置かれたベンチに三人の姿があった。うつむいて座るレックスと、彼の両親と思われる二人がいる。

「……ヒュー」

 すると気付いたレックスが立ち上がり、ヒューに歩み寄って来た。それを見て両親もベンチから立ち上がる。

「レックス、大丈夫でしたか? 話はちゃんと――」

「いいんだヒュー、そのことはもう……」

 心配するヒューの言葉をさえぎり、レックスは沈んだ表情で言った。どうしたのかと聞こうとしたヒューの前に警官が口を開いた。

「レックス君から全部聞いたよ。君が身代わりを引き受け、事故の責任も請け負ったことを」

「え……」

 ヒューはどうしてという視線でレックスを見つめた。せっかく身代わりになったのに、本当のことを話されたら守れない――疑問を浮かべるヒューを、レックスはばつが悪そうに見る。

「助かったあいつらは騙せない……どうせ嘘はばれると思って……悪かったよ。責任押し付けて」

「や、やめてください。レックスは僕の主なんですから」

「違う。俺達には何の関係もなかった。俺がたまたま見かけたヒューを、都合よく利用しただけだ……」

「まったく、遊びに行きたいからって、こんな小さな子を使うなんて……本当にごめんなさい。馬鹿な息子のせいでこんな騒ぎに巻き込んでしまって」

 聞き覚えのある声の母親がレックスの横に立ち、申し訳なさそうに言った。だがヒューは母親の言葉よりもレックスの言葉を聞きたかった。

「レックス、僕はあなたのしもべです。あなたを守り――」

「やめろよ。そういうのはもう終わりだ。他で見つけてやってくれ」

 ヒューは言葉を失った。もう終わりという強く突き放す語感に、頭は真っ白になり、全身から力が抜けそうだった。

「レックス君とご両親が君に一言謝りたいと言ってね。レックス君も、君には罪悪感があったんだろう。だから勇気を持って嘘をついたことを話してくれたんだよ。もう君も嘘をつく必要はない」

 警官はヒューの肩をぽんと叩く。

「このたびは、大変ご迷惑をおかけしました。……お前もしっかり謝れ」

 父親は深刻な顔でレックスの腕を小突く。

「……ごめんなさい」

 謝るレックスに警官は笑みを見せた。

「まあ、廃坑の入り口が壊されていたことも問題がありましたし、幸い怪我人は出ませんでしたから、今回は厳重注意に留めておきますが、今後危険な場所に立ち入らないよう、ご両親からも注意をお願いします」

「家できつく言っておきますので。それでは失礼します……」

 三人は小さく頭を下げると、向きを変えて静かに警察署を出て行った。その後ろ姿を見送ると、警官はヒューに向き直る。

「……主とかしもべとか、それは何かの遊びでそう言っていたのか?」

「遊びじゃありません。レックスは僕の主だったんです。昨日までは……」

 そしてたった今、その主はヒューを捨てて立ち去った。ヒューはまた独りに戻されたのだ。

「彼が主だから、君がしもべ、ってわけか……それで責任を負って、レックス君を守ろうとしたのか?」

「そうです。しもべは主のために動いて、守らなきゃいけません。それが役目ですから」

「本当にそうかな。主だったレックス君は、自分が起こした事故を君のせいにしようとしたんだ。でも結局は非を認めて白状した。君が守るべきものは嘘の言葉じゃなく、非を認めた後のレックス君じゃないのか?」

 ヒューは警官を見上げて首をかしげる。

「どういう、ことですか……?」

「つまり、君の守り方は間違っているということだ。レックス君の過ちを隠す守り方じゃ、反省もしないし、また同じことを繰り返すかもしれない。そうさせないためには本人に過ちを気付かせ、それを認める勇気を持ってもらうことだ。人として正しい道に導く……守るならその姿勢を守るべきだろう」

「嘘をついた主でも、僕には大事な主なんです。守れるなら守らないと」

 あまり理解してなさそうなヒューを見て、警官は困ったように息を吐いた。

「……まだ君には難しい説明だったかな。でも間違っていたとは言え、人を思い遣る優しい心を持っていることはよくわかったよ」

「しもべなら当たり前のことです」

 これに警官は苦笑いを浮かべる。

「事故については、もう君に聞くことはない。もう帰ってもいいんだけど……帰る場所がないんだよな。どうしたい?」

「どうしたいって、何がですか?」

「警察としては身寄りのない子供を放っておくことはできなくてね。ひとまずここで預かりはしても、そう長くは面倒を見られない。そういう場合は大抵、孤児院に引き取ってもらうことになっているんだが――」

 孤児院――以前にも聞いた提案だった。

「皆はどうして僕を孤児院や教会に行かせたがるんでしょうか」

「それは、独りぼっちの君を心配しているからだよ。……孤児院には行きたくないのか?」

 ヒューは孤児院がどんな場所かは知らなかったが、自分のような子供が大勢集まっている場所だとは何となく想像はできていた。しかしそうなると自由に主を探せなくなるような気がして気が進まなかった。

「今のままで困ることはないし、行く必要はありません」

 そうは言っても警官として、この人は自分を孤児院へ連れて行くのだろうと、半ば諦めた気持ちでその表情をヒューはうかがっていた。しかし警官は予想に反した言葉を言った。

「そうか。だけど君を無視することもできないからな……よければうちへ来るかい?」

「……うち? 僕を連れて行かないんですか?」

「何だ? 本当は行きたいのか?」

「行きたくはありませんけど……そう言っても無理矢理連れて行くんだと思って」

 警官は腰に手を置いて言う。

「他の人間ならそうするかもしれないな……実は孤児院については、あまりいい話を聞かなくてね。虐待があるとか、寄付金を横領しているだとか、まだ証拠がないから調査中ではあるんだけど、そんなところへ君を送るのには少なからずためらいがあるのが正直な気持ちだ」

「だから、自分の家に僕を?」

「無理にとは言わない。嫌なら君が気に入る場所を探すよ」

「僕が行って、迷惑じゃないんですか?」

 警官は笑う。

「子供なのに気を遣わなくたっていい。俺は一人暮らしで、部屋はどうせ余っているんだ。迷惑になることはないよ。……どうだ? 来てみるか?」

 ヒューは優しそうな笑顔を見つめると聞いた。

「それじゃあ、僕の主になってくれますか?」

「え? ああ、そういう遊びがしたいのか。もちろん――」

「だから遊びじゃありません。本当の主になってほしいんです」

 これに警官は困りつつも笑って見せる。

「わかった。主にはいつかなろう。でもうちへ来るのにそんなことにこだわる必要はないだろう。大事なのは安全に眠れて、毎日食べられる環境だ。今の君にはそれがまず必要なことだ」

 いつか主になるという中途半端な答えではあるが、断られていない以上、ヒューには期待を抱かせ、独りで立ち去る理由にはさせなかった。

「……じゃあ、あなたの家へ行きます」

 そう言うと警官は微笑み、右手を差し出した。

「よし、今日からは同居人だな。よろしく」

 ヒューは警官と握手を交わす。

「よろしくお願いします。……ところで、お名前はなんていうんでしょうか」

「俺はセシル・シェリダンだ。セシルでいい」

 警官のセシルはにこやかにそう名乗った。

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