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我が主はいずこに  作者: 柏木椎菜


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7/16

七話

 そろそろ日が暮れようとしていた。昨日来たばかりの町の中は家路につく人々の姿が多くある。それぞれの家、家庭に帰って美味しい夕食を食べるのだろう。

 ヒューもちょうど夕食を食べているところだった。住宅街の一画、二階建ての白い家の裏にヒューはいた。そこにしゃがみ、道との境に立てられた柵に絡み付く植物を物色していた。小さな赤い実が無数になっており、食べられそうな見た目に引き寄せられていくつかつまんで食べていた。その味は甘いものの、かなり薄味だったが、とりあえず食べられるとわかってヒューは片っ端から赤い実をつまんでは口に入れていった。他にも食べられそうな草花はないかと周辺を探していた時だった。

「なあ、そこで何してんの?」

 少年らしき声にヒューは顔を上げる。だが振り返ってみても人影は見当たらない。

「こっちだよ、上」

 そう言われて視線を頭上へ向けた。見ると白い家の二階の窓に声の主はいた。開いた窓の縁に座ってヒューを見下ろしている。

「食事ですけど」

 そう答えると、十代と思われる少年は怪訝そうに首をかしげた。

「そんなところで? 食べるもんなんかないじゃん」

「ありますよ。この実とか、甘くて食べられます」

 つまんだ赤い実を掲げて見せるが、少年はやはり怪訝な表情を浮かべる。

「何それ。本当に食べられんの?」

「はい。もう食べてます」

「ふーん……変なやつ」

 少年は腕を組み、食事をするヒューをじっと眺める。

「……なあ、その食事が終わったら、暇か?」

「後は寝るだけで、今日はもうすることはないですけど」

「じゃあさ、ちょっと頼み事聞いてくれないか?」

「どんなことですか?」

「俺の身代わり」

 ヒューは首をかしげる。

「身代わり?」

「俺のベッドで寝てるだけでいいんだ。俺のふりして」

「何でそんなことを?」

 聞くと少年は顔をしかめ、茶の頭をかく。

「親に学校の宿題さぼったことがばれてさ。外出禁止食らったんだよ。でも今晩、友達との約束があるんだ。前から約束してて、絶対行きたいんだよね」

「どこへ行くんですか?」

「町外れの金鉱。昔の金鉱で今は使われてないんだけど、奥まで行くとまだ金が採れるって噂があってさ、それ確かめに行くんだ。もし本当なら、金持ちになれるかもな」

 少年はへへっと笑い、楽しみにしている様子だ。

「一階に親の部屋があるんだけど、時々様子見に来てちゃんといるか確かめんだ。だから身代わり作らないと抜け出せなくてさ。やってくれないかな」

 宿題をさぼった罰として外出禁止にされたが、少年はその反省をする気はさらさらないようだ。友達との約束を守り、どうしても遊びに行きたいらしい。だがそんな事情はヒューには関係ないことだ。重要なことはただ一つしかない。

「それなら、僕の望みも聞いてもらえませんか?」

「聞けることならいいけど、何?」

「あなたに、僕の主になってもらいたいんです」

 少年の顔に、はっきり疑問が浮かび上がる。

「……何なの? 主って」

「主のあなたに僕は仕えて、しもべとして何でもします」

「何でも? じゃあ俺が死ねって言ったら?」

「言う通り、死にます」

 にこやかに答えたヒューを見て、少年はそれが真面目なのか冗談なのか判断できなかった。

「……そういう遊びがしたいのか?」

「遊びじゃありません。真剣に、僕の主になってほしいんです」

 どう取ればいいのかわからない少年は面倒くさそうに言った。

「まあ、身代わりやってくれんなら、主でも何でもやるけどさ」

「本当ですか! じゃあ今からあなたはご主人様で、僕はしもべです。何でも言い付けてください」

「ご主人様って……俺のことはレックスでいいよ。そっちの名前は?」

「僕はヒューです」

「ヒューね。じゃあヒュー、そこから回って玄関まで来てくれ」

 そう言うとレックスは窓から離れ、一旦姿を消す。ヒューは食事を中断し、言われた通り家の正面へ回り、玄関扉の前に到着した。

「……よし、じゃあ入って」

 中から扉を開けたレックスはヒューを招き入れる。

「ここが居間で、あっちの扉が親の部屋。昼間は大体ここでくつろいでるけどな」

 右側にある居間を見ながらレックスは説明し、二階への階段へ向かおうとする。

「ご両親は今、自分の部屋にいるんですか?」

 居間をのぞいてみても、そこに人影はない。

「いないよ。親父は仕事で夜に帰って、母さんは買い物に行ってる。多分そろそろ帰って来るはずだ」

 二人で階段を上がり、レックスの部屋に入る。狭い部屋にはベッドや机、タンスなどがあり、その隙間を埋めるように脱ぎ散らかした服や菓子の袋が散乱している。そのせいか中に入ると甘酸っぱい独特な匂いが漂っていた。

「それじゃ、ベッドに寝て、俺のふりしてくれ」

 くしゃくしゃに丸まった毛布を広げると、真っ白なシーツが敷かれたベッドにヒューを促す。

「寝てるだけでいいんですか?」

「ああ。でも頭まで毛布かぶってくれよ。俺とお前、髪色違うし、顔見られたら終わりだからな」

 ヒューは柔らかいベッドに乗り、横になる。その上にレックスは毛布をかけた。

「それと、万が一話しかけられても返事はすんなよ」

「そういう時はどうすれば?」

「そうだな……手だけ出して答えればいい。俺には構うな、みたいな」

 レックスは片手を振って手本を見せる。

「わかりました。返事は手を振ってですね」

「腹減ってんなら、机にある菓子食ってもいいから。でも絶対大きな音は立てんなよ」

「はい。気を付けます」

「じゃあ、俺は行くから。頼んだぞ」

 そう言うとレックスはタンスの側に置いてあったかばんを背負い、部屋を出ようとする。だがヒューはもう一つ聞きたいことを思い出し、すぐさま呼び止めた。

「レックス様、待ってください!」

 呼ばれたレックスはぎょっとしたように振り向く。

「レックス、様? 何だよそれ。レックスだけでいいよ」

「でもあなたは僕の主なんです。そう呼ばないと失礼に……」

「様なんて呼び方、逆に馬鹿にされてるみたいで嫌だよ。普通に呼べって」

「そ、そうですか……じゃあ、レックス、聞きたいことがあるんですけど、僕はいつまでここで寝てればいいんでしょうか」

「ああ、それ言ってなかったな。金鉱に集まるのが七時だから……遅くても九時か十時頃には帰って来れると思う」

 つまりヒューは数時間、ベッドで寝続ける必要があるようだ。

「わかりました。それまで役目を果たします」

「おう。しっかりな」

 かばんを背負い直し、レックスは今度こそ部屋を出て行った。足音が階段を下り、玄関扉の閉められる音がかすかに聞こえた。それを聞いてヒューは毛布を頭までかぶり、目を閉じた。あとはこのままじっと寝ている他ない。楽と言えば楽だが、レックスの両親がいつ帰って来るかはわからず、気は抜けない。静まり返った周囲に耳を傾けながら、ヒューはただ時間が経つのを待った。

 だがその十分後、ヒューの澄ました耳にかすかな物音が聞こえた。レックスが出て行った時と同じ、玄関扉が閉まる音――もしかしたら、買い物に行ったという母親が帰って来たのかもしれない。途端にヒューは緊張した。かぶった毛布を強く握り、その中で開けた目を部屋の扉のほうへ向ける。それと同時に聞こえてくる物音に対して全神経を集中させた。しかし目立った音は聞こえてこず、二階へやって来る気配も感じられない。すぐに来そうにはないが、油断はできない。集中したまま三十分ほどが過ぎようとしていた時だった。

 タン、タン、と誰かが階段を上って来る音がした。ヒューに再び緊張が走り、毛布の下で身体を強張らせた。ついに来た――必要もないのに息をひそめたヒューは、部屋の外の気配を待つ。そして、扉がガチャリと開かれた。

「レックス……寝てるの? もうすぐ夕食だけど」

 女性の声が言っている。おそらく母親だ。

「お昼は食べなかったけど、夕食はどうするの?」

 これは質問をされているのか? どうすべきかヒューは迷う。

「ねえ、寝てるの? それとも外に行けなくてすねてるとか?」

 声が少しずつ近付いて来る。毛布を剥がされる前に追い返さなくては――ヒューは教えられた通りに毛布から片手だけを出し、返事の代わりに振ってみる。

「……何? 夕食いらないの?」

 そうだ、というようにヒューは手を振る。

「ならそう言いなさいよ。親を追い払うみたいに……まったく」

 溜息混じりの呆れた声が言うと、足音は遠ざかり、部屋の扉がパタンと閉められた。続いて階段を下りる足音がする――母親は戻って行ったようだ。ヒューはひとまず安堵し、毛布からそろりと目を出して部屋を確認した。そして誰もいないのを見ると、また毛布をかぶった。どうにかばれずに済んだ。しかも怪しまれた様子もない。ベッドに寝ているのはレックスだと思い込ませることができたはずだ。緊張を解き、ヒューは目を閉じる。しっかり主の身代わりになれている。この調子で夜まで寝ていれば大丈夫だろう――一時気を緩ませたヒューは再び静寂の中で時を過ごす。だが柔らかく温かいベッドに次第に意識がまどろみ始めた。緊張を解いたせいでもあるし、地べたとは違う場所だからだろう。野宿ばかりしているヒューは寝心地のいいベッドに潜む睡魔にあっという間に捕らわれ、気持ちのよさそうな寝息を立てて眠ってしまった。寝てはいけないとわかっていても、甘美な眠りに逆らう術などヒューにはなかった。

「……!」

 目が覚めた瞬間、ヒューは自分が眠っていたことに気付いて焦った。毛布は変わらず頭までかぶっていたが、一体どのくらい眠りこけていたのか。その間、母親はまた来ていなかっただろうかと、眠ってしまった分の不安が一気に押し寄せてきた。

 そっと毛布をめくり、部屋の様子を見てみる。灯りのついていない部屋は真っ暗だったが、窓から入る光がうっすらと照らしてくれている。ヒューは耳を澄まし、一階の音を探ってみる。……何の物音もしない。今なら動いても大丈夫だろうかと、ベッドから足を下ろし、慎重に立ち上がった。

 窓辺に行き、外を見てみる。入ってくる光は夜空に浮かぶ満月の光だ。それ以外は闇に包まれ何も見えない。寝ている間に日はとっくに暮れ、知らぬ間に夜に変わっていた。自分は何時間眠っていたのだろうか。今の時刻は……?

 音を立てないようヒューは忍び足で時計を探した。物で散らかった机の上を見ると、いくつかの菓子が置かれていた。そう言えばレックスが食べてもいいと言っていたのを思い出す。寝て腹も空いていたヒューは一つ食べてみることにした。個包装された飴に、缶に入った丸いチョコレート菓子、そして小さな箱に詰め込まれたクラッカーだ。レックスは甘い菓子が好きなのだろうか。とりあえずヒューは手前にあったクラッカーを一枚取り、食べてみた。その途端、バリッと音が響き渡り、慌てて両手で口を塞ぐ。静かすぎる場所では物を食べる音さえも大きい。ヒューはクラッカーを食べるのを諦め、チョコレート菓子をいくつかつまんで腹を満たした。

 しかし部屋を見て回っても、ここに時計はなさそうだった。レックスが帰って来ていないのなら、まだ十時前なのかもしれないが、ヒューはこのまま待ち続けるのはどうも不安だった。これはしもべとしての性なのだろう。主から離れ、その姿が長く見えないとどうしても心配になってしまう。その上自分がどれだけ眠っていたのかもわからない。もし十時を過ぎていたら、レックスに何か起きたとも考えられるのだ。時刻さえわかれば少しは安心できるのだが……。

 指示に従い、身代わりを続けようと一度はベッドに戻ったヒューだったが、やはりどうしても不安が拭えず、ベッドから出たヒューは意を決して部屋を出ることにした。他の場所になら時計があるだろうと考え、とにかく時刻を確認しておきたかった。

 ゆっくりと扉を開け、廊下の様子をうかがう。どこも真っ暗で灯りは消されているようだ。階段を踏み外さないよう手すりをつかみながら慎重に下りて行く。途中立ち止まり、一階の物音に耳を澄ましてみる。だが何も聞こえてこない。レックスの部屋と同じ静寂だけが居座っている。階段を下り切って恐る恐る居間をのぞくと、そこも真っ暗で静まり返っていた。両親は自分達の部屋にいるのだろうか。ヒューはそっと入り、居間で時計を探す。ソファーや本棚がある一画に近付いた時、カッ、カッ、カッと規則正しく刻む音が聞こえ、はっとする。これは時計の振子の音――ヒューは音の出所を探し、周囲を探る。

「……あ」

 思わず声が出てすぐに口を閉じた。ソファーの後ろの薄暗い壁に振子時計が掛けられているのを見つけた。これで時刻がわかる。ヒューは暗い中へ目を凝らし、時計の針を確認する。

「!」

 そうして見えた時刻にヒューは自分の目を疑った。そしてもう一度確認してみるが、答えは変わらない。時計が示していたのは、十一時五十分――帰ると言った時間から約二時間も過ぎているではないか。ヒューは途端に危惧を覚えた。時間を忘れて友達と遊んでいるとしても、さすがに二時間は経ち過ぎる気がする。レックスはヒューのことを忘れ、遊び続けているのか、あるいは向かった金鉱で金を見つけ、掘り続けているのか……。ヒューはいいように考えたかったが、やはりどうしても嫌な予感が頭によぎり続けた。しもべとして、このまま指示に従い続け、待つべきなのか……。

 ヒューの足は玄関へと向かった。嫌な予感を抱えながら待つことなどできなかった。何も起きていないのならそれに越したことはない。だが主に何か起きているとしたら、ここにいては必ず後悔することになる――ヒューは静かに扉に近付き、鍵を外して取っ手を引いた。月明かりと共に冷たい夜の空気がふわりと入り込んでくる。周囲に何の気配もないのを確認して外へ出ると、そっと扉を閉め、ヒューは道へ駆け出した。

 迎えに行かなければ。しかしどこへ? 金鉱へ行くと言っていたが、ヒューはその場所を知らない。確か町外れと話していたと思うが、どの方向の町外れなのか……。真っ暗な道をうろうろしていたヒューだったが、前方に人影を見つけ、ためらうことなく駆け寄った。

「すみません! 教えてもらいたいんですけど――」

「ひゃっ! び、びっくりしたあ……」

 突然話しかけてきたヒューに、女性は後ずさって驚く。

「何だ? 子供か? とっくに寝てる時間だろ。どうしたんだ」

 隣の男性がいぶかしげに聞く。

「町外れの金鉱って、どこにあるんですか?」

「金鉱って、昔使ってたってところのか? それならこっちの東の道をずっと行った先にあるけど……」

「こんな時間に遊びにでも行くの? あそこ、土と石しかないわよ?」

「行くなら大人と一緒に行ったほうがいいぞ。まあ、長年立ち入り禁止になってるから、行っても入れないと思うがな」

「そうですか……ありがとうございます」

 怪訝な視線に見送られ、ヒューは東の道へ駆け出した。男性の話が本当なら、金鉱へ立ち入ることはできないようだ。だがレックスは金を探すと言っていた。立ち入り禁止の中へ強引に入ったのだろうか――さらに嫌な予感が増し、ヒューの足は自然と速まった。

「……この、辺り、かな」

 数十分後、町外れに来たヒューは真っ暗な景色を眺めていた。民家も道もなく、周りには土と石が転がる地面だけが広がっている。このどこかに金鉱への入り口があるはずと、月明かりだけを頼りにヒューは探し歩く。

「……ここだ!」

 それはまもなく見つかった。削られたような大きな土壁が続く途中に、ぽっかりと暗い穴が開いていた。その前には木製の立て看板があったが、上半分が折れていて何が書かれていたのかはわからない。入り口もおそらく木材を打ち付けて入れないようにしてあったのだろうが、そのほとんどは壊されており、破片が地面に散乱していた。最近壊されたようには見えないから、レックスがやったとは思えないが、しかしこれでは誰でも中へ入れてしまう状態だ。立ち入り禁止にしている意味がない。

 この中にレックスがいるのだろうか――ヒューは入り口から奥をのぞき込んだ。さすがにここまで月明かりは届かず、見えるのは吸い込まれそうな闇だけだった。何も見えないが、確認はしなければいけない。壊された入り口をくぐり、ヒューは壁に手を付きながらゆっくりと奥へ進んだ。

 土埃の臭いが充満する中を歩いて行くが、自分の足音以外には何も聞こえてこない。手には冷たい土の壁の感触……伝わってくるのはそれだけだ。やはり何も見えない状態で捜すのは困難だ。

「レックス! いるんですか?」

 闇の奥へ呼びかけてみるが、返って来たのは響いた自分の声だけだった。主は本当にここにいるんだろうか。すでにここを出て、友達の家にでもいるんじゃないだろうか。

「レックス! どこですか?」

 自分と入れ違いになっていたりしないだろうか。今頃家に帰って、空になったベッドを見て驚いているかもしれない。そんなことになってはいないだろうか――ヒューの頭には様々な可能性が浮かび上がってくるが、その反面には恐れが隠れていた。もう主を失いたくないという気持ちが、希望的な可能性ばかりを考えさせる。不安に押し潰されないように……。

「……レックス!」

 半信半疑なまま、慎重に進み、闇に向かって何度も呼びかけ続ける。体感では大分奥まで進んでいると思われた。どこまで行けばいいのだろうと、わずかな迷いを感じ始めた時だった。

「……!」

 静寂の中に何か聞こえた気がしてヒューは足を止めた。じっと耳を澄ましてみるが、もう何も聞こえない。息を吸い込み、ヒューはもう一度大声で呼びかけてみる。

「レックス!」

 自分の声が響き、そして無音に戻る。その中にヒューは集中して耳を傾ける。

「――こっ――」

 はっとしてヒューは闇の奥を見つめる。ほんのわずかだが、人の声のようなものが聞こえた。レックスかもしれない――手で壁を伝いながらヒューは慎重に、だが足早に進んで行った。

「どこなんですか!」

 居場所を見つけようと大声で聞く。すると――

「――ここ――っだ――」

 先ほどよりも声が大きく聞こえた。確実に近付いているようだ。声のする闇へ少しずつ進んで行く。と、その前方に小さな光を見つけた。あそこにいるのか――ヒューは急いでその光の元へ向かう。

 右に曲がった通路からその光は漏れていた。おかげでようやく周囲の状況が見えたヒューは、その通路を曲がって声の主の元にたどり着いた。

「レックス! 心配しま――」

 そう言って見た目の前の光景に、ヒューは驚き、絶句した。地面に置かれたランプに照らされていたのは間違いなく主であるレックスだった。だがその下半身は大量の土砂に埋もれ、ヒューを見上げる顔は青ざめて辛そうに歪んでいる。

「ヒュー……助け、て、くれ……」

 土砂に圧迫されて苦しいのか、声はかすれて弱々しい。

「す、すぐに助けます!」

 ヒューはレックスの前へ行き、その両腕を力いっぱい引っ張った。

「や、やめろ。そんなんじゃ無理だ。土砂が重すぎて……抜け出せない」

「じゃあ、一体どうすれば……」

「向こうに、道具が置かれてるのを見た……そこの、シャベルで……」

 レックスは通路の右方向を指差す。

「わかりました。少し待っててください」

 ヒューはランプを持ち、示された右の通路へ行ってみる。しばらく歩き進むと広い空間に出て、その片隅に金鉱で使われるロープやつるはし、木材などの道具がまとめて置かれていた。その中にあったシャベルを手に取り、ヒューは急いでレックスの元へ戻る。

「今助けますから、もう少しの辛抱です!」

 ランプを置き、ヒューはレックスにのしかかる土砂をシャベルですくい、どかしていく。しかし、すくってもすくっても上から土砂が崩れてきて、レックスにかかる重さは変わらない。それでもヒューは諦めず、額から汗を流しながら懸命に土砂をどかし続け、時間をかけてレックスの下半身を掘り起こしていった。

「……ヒュー、足が、抜けるかも……」

 両手で踏ん張り、足を動かそうとしているレックスを見て、ヒューはすぐさまその身体を引っ張った。ぐぐっと引くと、レックスの身体が動いて手応えを感じた。

「そのまま、引っ張ってくれ」

 言われたままにヒューはレックスを引っ張る。ぱらぱらと土砂が崩れる音を聞きながら、全身の力で引き続ける。その次の瞬間、急に重さが消えて、勢い余ったヒューは尻もちをついてしまったが、レックスはようやく土砂から抜け出せた。

「た……助かった……」

 のそりと起き上がったレックスは汚れた両足をさすりながら、自分を捕らえていた土砂の山を見つめた。

「よかった。足は大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」

 ヒューは尻に付いた砂を払いながら立ち上がる。

「あ、ああ……多分……」

「待たずにここまで来て、本当によかったです。レックスを助けることができました。じゃあ家へ帰りま――」

「まだだ。まだ、帰れないよ……!」

 そう言うとレックスはシャベルを取り、勢いよく土砂を掘り始めた。

「何をするんですか?」

「向こうに、まだ友達が……あいつらがいんだよ! 早く助けてやらないと……」

 ヒューは呆然と土砂を見つめた。この奥に、一緒に来た友達がまだ閉じ込められて……?

「俺のせいだ。俺がふざけて、腐った柱を蹴ってびびらせようとしたから……土砂が、崩れて……」

 シャベルで掘りながら、レックスは今にも泣きそうな顔で言う。

「あいつら、下敷きになって死んだかもしれない。そしたら、俺が殺したも同然だ……!」

 シャベルを必死に振り、流れ落ちてくる土砂よりも速く掘っていたレックスだったが、次に振ったシャベルがガツンと何かに当たり、その動きを止めさせた。

「……な、何だよこれ」

 レックスがのぞいた先には、大きな岩があった。その一つだけではなく、同じような大きさのものが積み重なっている。シャベルでいくら押してみても岩が動く気配は微塵もない。阻んでいるのが土砂だけならどうにかできたかもしれないが、力で動かせない岩がこれほどあっては、もう二人だけではどうにもできそうになかった。

 レックスは震え出した手からシャベルを落とし、頭を抱えた。

「どうしよう……これじゃ助けらんねえよ……あいつらを殺しちまう……ヒュー、助けてくれ! 俺はどうしたらいいんだ!」

 呆然と立つヒューの肩を強くつかみ、レックスは混乱したように叫んだ。積み上がった岩の壁はヒューにも成す術がない。しもべとして力不足を認めつつ、最良の方法を提案するしかなかった。

「ここをひとまず出て、助けを求めましょう」

「求めるって、誰に……」

「助けてくれそうな、たとえばレックスのご両親とか――」

「親にばれたら俺が殺される!」

 友達の命が懸かっている時に、自分が叱られることを恐れる主に思わず呆れそうになるヒューだったが、助けを求めなければ状況は悪くなる一方だ。少し考えてからヒューはこう言った。

「……じゃあ、こうなってしまったことは、全部僕のせいにしてください。そうすればレックスは叱られることはないでしょう?」

「え……?」

 怪訝な表情の主にヒューは続ける。

「金鉱へ誘ったのも、土砂を崩れさせたのも、全部僕がしたことにしましょう。レックスは無理矢理連れられて来ただけで、何も責任はない、ということで」

「そ、そんなことにしたら、ヒューが大変に……」

「いいんです。僕はレックスの身代わりなんですから。あなたを守ります」

「ヒュー……」

 困惑を見せるレックスにヒューは笑いかけた。

「それで、いいですか?」

 長い沈黙の後、レックスはヒューを見つめると、うん、と小さく頷いて見せた。

「それじゃ急いで出て、助けを呼びましょう」

 ランプを持ち、ヒューは来た通路を戻った。レックスは大きな怪我は負っていなかったが、圧迫され続けた足の動きがまだ鈍く、ヒューはそれに合わせて歩を進めた。そうして金鉱を出て、家に戻ったのは深夜の二時近くだった。

 レックスが両親を起こし、助けを求めたことで、この事故は公に知られることになった。金鉱へはただちに救助隊が向かい、土砂と岩を取り除く作業が始まった。一方でレックスとヒューは事故が起きた経緯を聞かれるため、警察署へと連れて行かれた。寝静まっていた町の一画だけは、夜明けまで騒がしいままだった。

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