中二病王太子のかわいい弟
ざぶん。水を含んで重くなった体と荷物をなんとか川岸にあげると、リオールは息をついた。
(だいぶ下流へと流されてしまったが、追いついていけない距離ではないな。っと、それよりも、荷物のほうは大丈夫か?)
川に落ちる瞬間、先に用意しておいた昼食や食料、濡れては困るウィルドレッドのものが入った袋は岸に投げておいた。
だからすぐに皆が困ることはないだろうと考えながら、荷物の点検をする。そこへ、リオールへ続いて岸にあがって来た人物が顔に滴る水滴もそのままに大きな声を張り上げた。
「てっめ……リオール!何で、俺を、川に引きずり落としやがった!?」
「あーもう。仕方がないでしょう、アルゴレスト殿下。あなたがここで出てきてしまうと予定が狂うんです」
「ああー?不肖の兄の尻ぬぐいに来た弟になんて言い草だ」
その言葉に、ぎろりと元々のつり目をさらに鋭く上げ、ウィルドレッドの弟である、第二王子アルゴレストが大きくうなった。
今年十五歳になるアルゴレストだが、その見た目は兄よりも縦も横も一回り大きい。
さらに赤毛に青い瞳は同じだが、短く刈り込んだ髪に、つり上がった瞳と、似ているところはあまりなかった。
しかも幼い頃から文よりも武を好み、王宮の騎士たちにまじって剣の練習に明け暮れていた。
ウィルドレッド同様に王の息子であるから『加護無し』のはずであるが、人一倍の努力のたまものにより、王都一の剣の使い手になるのも時間の問題だと言われている。
それゆえに、第二王子アルゴレストはカロゼム王国では認知度が高い。病弱というふれこみで、肖像画も出回らせていないウィルドレッドよりもよほど顔を知られている。
もしもラビスィーラやユリベルがアルゴレストの容貌を知っていれば、芋づる式にウィルドレッドの正体もバレてしまう。
それには今はまだタイミングが早すぎると、リオールは考えたのだ。
そう。リオールは突然の乱入者に驚き、川に落ちたわけではなかった。
彼は、フードで顔を隠して腕を掴んできた人物がアルゴレストだと気がついたため、地面を蹴り上げてわざと自ら川へと飛び込んだ。
そしてその時に、しっかりとアルゴレストの胸元を掴み道連れにもした。
「とりあえず火を焚きましょう。服を乾かして、お話はそれからいたします」
「走り回れば勝手に乾く」
「風邪をひきますよ」
「ひいたことがないから大丈夫だ」
「私が、風邪を、ひくんです!」
(この、体力オバケがっ!)
ウィルドレッドとは方向性の違う脳筋少年。それが第二王子アルゴレストだった。
***
「つまり、兄上の花嫁候補が見つかったということだな」
「今のところはまだまだ殿下の希望的観測段階ですけれども」
火をおこし濡れた服を乾かすついでにお湯も沸かした。
アルゴレストが、「これを入れろ」と採ってきてくれた松の葉を入れてお茶を作ると、川で少し冷えた体にじわり温かさが戻ってくる。
そうして今までの一連の話をアルゴレストへと説明すると、彼はうんうんと弾むように頷いた。
「いいんだよ、兄上が気に入ったのならば!リオール、絶対に逃がすなよ。首に縄をつけてでも、儀式までに王宮へ連れてこい……絶対だっ!」
首に縄とは穏やかではないが、アルゴレストにとっては切実だ。
「……まだ、メキャリベ侯爵から言われているんですか?シュレーゼ嬢のことを」
ぽろりと思ったことの言葉がこぼれると、アルゴレストの首がぐりんと直角に曲がってリオールを射抜いた。
「っ当たり前だ!約束を守らなければ、俺はシューと結婚できないんだぞ!そのためだったら、今すぐ兄上と花嫁候補を引きずって……」
「いえいえいえ、さすがにそれはお待ちください!ちゃんと、私が、責任をもってお話いたしますので、どうか……ええ、本当に」
ラビスィーラの王都にいると聞いた親戚にも黙って連れて行ってしまったら、ただの誘拐になってしまう。それにそんなことをしてしまったら、彼女の侍女であるユリベルの責任にもなってしまうだろう。
そんなふうにユリベルのことを考え、ピタリと手が止まった。
(彼女だって、殿下に失恋したうえに、責任を取らされることとなれば心に深い痛手を負ってしまう……)
昨日の朝食の時の彼女たちの会話を漏れ聞いたことを思い出す。
リオールのような童顔でくせ毛は格好悪い。
それに引き換え、ウィルドレッドのようなさらさらの長髪が格好いいと力説していたことを――
(いや、別に間違ってはいない。殿下は見栄えだけはいいし、自分は確かに童顔だ、けれど)
それを思いがけず耳にしてからというもの、なんとなく胸がもやもやしてしまった。ユリベルがウィルドレッドのことを口に出しただけで避ける態度をとってしまったことにも、もやもやが深くなってしまうリオールだ。
自分とアルゴレストを落ち着かせるために、もう一杯お茶を淹れて手渡した。
「本当だろうな、リオール?」
「ええ、まあ」
多分、という曖昧な言葉は飲み込んだ。
ウィルドレッドはいたく気に入っているが、リオールから見ていると、ラビスィーラはなんともつかみどころがないように思えるのだ。ユリベルの方がよほどわかりやすくウィルドレッドに興味深々と見える。
感触は悪くない。
悪くはないが、なんとなくあちらからも値踏みをされているような気分にさせられる。
深淵を覗くものはあちら側からも見られているとよく言われるが、正にそんな感覚を覚えてしまう。
そうして一息ついた後でも、まだ疑い深く探りを入れてこようとするアルゴレスト。
しかしリオールはそんな彼の気持ちもわからないではない。
とにかくアルゴレストは、自分の婚約者であるシュレーゼにべた惚れだったのだ。
彼が八歳の時、五歳のシュレーゼと引き合わされたのだが、その時からシュレーゼ一筋と言っていい。
しかし肝心のその日、大いなる失言をかまして、彼女の父親であるメキャリベ侯爵には蛇蝎のごとく嫌われた。
結果、『王家の結婚の儀式を行わない』という約束をして、なんとか婚約の継続を勝ち取った。それゆえアルゴレスト的には、絶対にウィルドレッドの結婚の儀式を滞りなく済ませてもらわねば困る立場になったのだ。
王家の結婚の儀式は『~鋼鉄の鎧騎士に導かれしベールの三処女より選ぶべし~』の通り、出来レースであっても形式上三人の候補者から選ばなければならない。
だからたいていの場合は婚約者とわかるような目印を持って、儀式に挑むのが常だし、それで何ら問題はない。
しかし、それすらもアルゴレストとメキャリベ侯爵は嫌がった。
「そもそも俺の唯一はシューだからな。顔を隠した三人候補者を並べてその中から選ぶと言うような儀式は、例え形だけでもやりたくはない」
「わかっています。だからこそ、今一番大事なところですので、邪魔なさらないようお願いできますか?」
リオールの言葉に、大きく首を縦に振る。
「わかった。では、俺は兄上たちと鉢合わせしないように、ここからテリエッタへと向かうようにしよう」
「お任せください、アルゴレスト殿下」
そう言って話を終えると、ぼちぼち乾いただろう服に手をかける。急ぎウィルドレッドの後を追わなければと考えながら身支度をしていて、ふとリオールは気づいたことがあった。
「ところで、アルゴレスト殿下。どうやってウィルドレッド殿下を見つけられましたか?」
「兄上の書置きが残っていたんだが……」
そうして見せてもらった書置きには、「出家してきます」ただそれだけが書いてあった。
(『家出』ですらないのか……本当に、殿下はなんといっていいか、残念な人だ)
「だから、王国全土の教会へと配下の者を走らせてみた。それでも一向に足取りが掴めなかったんだが、一昨日になって、テリエッタでまとまった量のヨフ金貨が両替されたと狼煙が上がったんだよ。人を送りようにも、足りていないからから、俺だけでもと急ぎここまで飛んできたんだ」
「ヨフ金貨でしたか。そういえば、高額ゆえ王都以外ではあまり使用されませんでしたね」
「まさか、いまだにこんな近くをふらついているとは思いもよらなかったけどな」
全くアルゴレストの言う通りだ。これがウィルドレッドでなければ、とっくにもっと遠い場所まで移動出来ていただろう。
「それにしても、よくこの裏街道を知っていましたね。私たちも初めて知りました」
「この裏街道は、以前リソベルーリに教えてもらったんだ。かなり早く移動が出来るからと」
「辺境伯のご長男でしたね、リソベルーリ様とは同じお歳でしたか」
「ああ、ヤツとは二人で同盟を組んでいるからな。鬼退治同盟だ」
何を退治したいのかさっぱりわからないが、とにかく知る人ぞ知るといった街道ではあるようだ。とにかくこのニアミスが大事にならなくて良かったと、リオールは思う。
「では、儀式の三人の候補者の内、一人分の枠を空けておくように頼んでおく。だから、兄上をくれぐれも頼んだぞ」
そう念を押して去って行くアルゴレストの足取りは軽い。
リオールは乾ききらなかった靴の重みに、少しだけ気分の悪さを感じたが、それを振り切りウィルドレッドたちの下へと急いだ。




