奮闘侍女のちょっとした熱弁
一口食べてみて、すぐに「美味しい」と、素直にそう言葉が出た。
元々ラビスィーラの供として野営訓練に参加することのあるユリベルなので、主同様食べ物に文句は言わない。
むしろ栄養と水分補給さえきっちりとできればいいと思っていたほうだ。
しかし、リオールの携帯食をアレンジして作った朝食を口にした途端、ある意味感動した。
「美味しい」というものは、心に余裕を持たせるものなのだな、と。
だからユリベルは次の瞬間には、次からの食事をリオールに作ってもらえるかと頼み込んでいた。あまりに唐突な願いだったが、彼の方も快く承知してくれる。
もっとも、携帯食に苦労していたウィルドレッドの為という方が大きいのだろうけれども、その気持ちが嬉しくてほんの少し心が浮きたつ。
が、最後の一粒までも貰おうと、ウィルドレッドがリオールに張りつき鍋をこそげている時、それをじっと見つめながらラビスィーラがポツリとこぼした言葉が胸を突き刺す。
「…………料理の出来る婿もいいわね」
「ええっ!?」
思わず大きな声をだしてしまい、リオールが振り向いた。
慌ててなんでもないと手を振って応えると、軽く歯を見せウィルドレッドの相手に戻る。その隙にユリベルはラビスィーラの耳もとへと急いだ。
「む、婿候補はウィル様ではありませんでしたか?ラビスィーラお嬢様!」
「候補なら何人揃えてもおかしくはないわ?それに、料理が出来れば遠征先にも連れて行けるじゃない」
「そんなの……別に、当番でできるようにすればいいじゃないですか」
「でも、料理もセンスでしょう?苦手な者は結局携帯食で丸投げするわ。私や、ユリベル、あなたみたいに」
実際野戦演習の食事はたいていが当番制だ。辺境伯の娘であろうがそれは平等に回ってくる。
ラビスィーラもユリベルも従事したことがあるが、その言葉通りの用意しかしたことがなかった。
「でもっ、そもそも、リオールさんはどう見ても武芸のできるようなタイプではありませんし。多分、連れて行けばあっという間に敵の的になってしまいますよ。お荷物です。それでもいいんですか?」
何故そこまで必死になってリオールをこけ下ろしているのか、ユリベルにもわからない。
けれども、ここでリオールの使えなさをアピールしないといけない気がして、ひたすら都合の悪いところを言い連ねる。
「ほら、リオールさんってすごく童顔じゃないですか。あれでは大人っぽいお嬢様の方が年上にみられてしまいます。それから、あのくせ毛はちょっと酷いですよね……私は直毛のほうが美しくて格好いいと思います。あと……」
指を折りながら、一つ一つ伝えていくと、黙って聞いていたラビスィーラも我慢がきれたというように、突然笑い出した。
「え、お嬢様?」
「ああ……くっ、いやね、ユリベル。私、料理の出来る婿がいいとはいったけれども、リオールがいいとは言ってなくてよ」
「あ……」
ラビスィーラの指摘に顔が赤くなった。
(そうよね。そういえば……一度もそんなこと……)
つい、ラビスィーラがリオールに興味を持ったのだと思い熱弁を振るっていた。
しかも、わざと興味がなくなるように、だ。
それがどういった意味を持つのか、それを考えだす前にラビスィーラがユリベルへと声をかける。
「いいわ。寝床の片づけは私がしておくから、あなたはリオールと一緒に朝食の後片付けをしてきてちょうだい。そうして、ウィル様について少し情報収集してきてね」
そう言いつけると、その長く美しい黒髪を揺らしながらすくっと立ちあがった。
とてつもなく強く美しいラビスィーラは、ユリベルの憧れであり崇拝すべき対象である。
その主の考えを、受け取り間違えたとはいえ、自分の個人的な感情に振り回されて答えてしまった自分にいたく反省をする。
(よし、じゃあ今度はしっかりとラビスィーラお嬢様のお役にたたなければいけないわ)
気合を入れ直して、男性たちのところへと向かうと、たった今朝食を終えたとおぼしきウィルドレッドの食器を片付け始めたリオールとばちっと目が合った。
「あの、片付けのお手伝いをさせてください」
「あー、こちらは間にあって、い……」
「うん。それでは私は寝床の片づけをしてこよう。濡れるのは嫌いなのでちょうど良かった」
などと猫のような言い訳をして、ウィルドレッドはいそいそとラビスィーラの下へと向かっていった。
残された二人は少しだけ躊躇した後、「では食器を運んでいただけますか?」というリオールの言葉でようやく動き出した。
川の端に身をかがめながら、手際よく食器を洗っていくリオールの姿にまたも感心する。
手の中にすっぽりと入る何かですっと拭き取ると魔法のように汚れが落ちていくのだ。
もっとしっかり見てみたいと思い、リオールの方へ体を寄せると。ちょうど洗い終わった食器をこちらへ手渡そうとしたその身体がユリベルへとぐっと接近してごつんと頭をぶつけあう。
「あ、もうしわけありません」
「いえっ、こちらこそ……」
どちらともなくぺこぺこと謝り合っているうちに、どちらともがなんだかおかしくなってしまった。
目を合わせて笑いあうと、二人隣り合って川横の岩に座った。それから食器や鍋を綺麗に拭いていく。
「これは、毛糸を編んで作った洗い物用の簡易ブラシのようなものです。よく汚れが落ちるので重宝しています」
そうして見せてくれたそれは、確かに毛糸をざっくりと編んでつくった塊だった。
(こんなもので、あんなに綺麗になるのなんて)
ラビスィーラ専属の侍女であるユリベルは、野営の仕方は知っていても、下働きのやるような片づけの仕方は知らなかった。
しかし、そこそこの身分であろうウィルドレッドの従者であるリオールとて、本来は知っているような知識では無いはず。
だとしたらやはり――
「リオールさんの加護なのでしょうか?その、料理や片づけもですが」
「……んー、そこは、お話できなくて申し訳ありません」
思わず口から洩れてしまった言葉だったが、きっぱりと断られてしまった。
「あ、いえ……こちらこそ、すみません。立ち入ったことでした、ね」
独身の男女が自分の加護について話をするということは、付き合うこと前提だというのに、つい考えてしまったことがそのまま出てしまった。
どうしてか、リオールの加護について尋ねたことについて、あっさりと断られたことに胸の奥がもやもやとした気分でいっぱいになる。
(私だって、自分の加護のこと、話すことなんて出来ないのに……そうよ、断られても当然よね)
きゅっと目をつむった後で、ぱっと開ききりもやもやを弾き飛ばす。そうして新しい話題を振った。
「そうだ、ウィル様のお好きな食べ物はなんでしょうか?」
「……ウィル、おぼっちゃまのお好きなもの、ですか?」
「もしお好みがわかれば、それをとってくるように努めます。お家ではどのようなものをお召し上がりでした?」
それに、ラビスィーラへ報告もできる。食の嗜好というものは、わりと身分が出やすい。
「……硬いものが苦手でして。肉よりも野菜の方がお好きですし」
大体想像はついていた答えだ。それ以外にはとユリベルが考えていると、食器や鍋を持ったリオールが立ちあがる。
「そろそろあちらも支度が終わったでしょうね。昨日の遅れを取り戻すためにも、そろそろ出発いたしましょうか」
少しばかり素っ気ない言葉だったが、そう言われてしまえば否とは言えない。
これ以上の会話はまた後にしようと、リオールの後を追った。
***
「それで、野菜好きということしか聞けなかったのね」
「ええまあ」
昼は、リオールが朝食を作るついでに作っておいたという小麦粉と塩だけで作ったパンのようなものに具を挟んだものを皆で食べた。
いつの間にこんなものをと、ラビスィーラとユリベルは驚きつつもおかわりまでした。しかし、具が干し肉の他は芋と少々の野菜のみだったので、物足りなさを感じたラビスィーラが「夜は肉を食べるのだ」と張り切った。
今日の夜は、昨日休む予定だった小屋までたどりついたのでそこへ荷物を置いて、早速ユリベルと共に食糧調達に出る。
その間リオールには色々と小屋で準備をしてもらおうという算段だ。当然のごとく、道すがらはしゃぎ過ぎたウィルドレッドは、すでにバタンキューとなっていた。
「ウィル様のことをお聞きしようとすると、何故か邪魔が入るか、反対に静かになってしまうので、どうしてもそれ以上は」
申し訳ありません、とユリベルの謝る声に重ねて、ドスっというナイフが何かに刺さった音が聞こえた。
がさがさと茂みをかき分けて戻って来たラビスィーラから獲物を受け取る。
「これ以上は獲らないでくださいね。説明に困りますので」
「追いかけていたら木の枝に引っかかったって言えばいいじゃない」
「無理です。あとはキノコと野草を採るほうに専念してください」
それでも説明に無理がある。
(いっそ私に狩猟の加護があることにしてしまえばいいかしら?)
おそるおそる獲物を差し出すと、それの血を見たウィルドレッドがひっくり返る騒動をおこした。
おかげでなんとなくうやむやになったことに、ホッとしたユリベルだった。
そんなこんなで二日目の夜が過ぎ、旅も三日目の朝日が昇る。
今朝も人より早く起き出していたリオールを追いかけるように手伝いを申し出たが、やはりいま一つ会話が弾まない。なんとなく淋しいような気持で出発をした。
ユリベルが落ち込みがちに歩いているというのに、呑気なラビスィーラはウィルドレッドと共に楽しく語り合っている。
はずんでいるところを邪魔してはいけないと、少し離れたところを進んでいると、川幅の広くなったところにでた。
そこで急に鳥の声が聞こえなくなる。悪意は感じないが、何かが近くに居る。そう気がついた時には、遅かった。
「見ーつーけーたぁああーっ」
突然、川とは反対側の茂みから飛び出してきた手が、がっとリオールの右腕を掴んだのだ。
「げっ!あ、でっ……」
そう、リオールが驚きの声をあげたのと同時に、ずるりと足を滑らす。
そうして、あっと思う間もなくその乱入者と共に川に落ちた。運悪く早い流れにのってどんどんと流されていく。
「リオールさんっ!」
「大丈夫です。それより、ウィル、様をー」
ユリベルが大きな声で叫んだが、その言葉だけを残してリオールは川に流れのなかに消えていってしまった。




