苦労人従者のすてきな旅ご飯
ラビスィーラたちに裏街道の存在を教えられたリオールは驚きを隠せなかった。
(こんなにも目の付きにくいところに、時間も短縮できるほどの道があったとは……王都に帰ったら調べておかないと)
それを何故この少女たちが知っているのか非常に気になりはしたが、あまり突っ込んだところを聞きすぎて、リオールたちの正体にまで言及されたくはなかったので、そこはぐっと飲み込んだ。
藪をつついて蛇を出すのは彼の本意ではない。
そうでなくても世話のやけるウィルドレッドは勝手に穴から飛び出して周りに迷惑を駆け回るのが趣味だ。
勿論本人にそのつもりはないようだが、裏街道を進み始めてすぐにもウィルドレッドはその本領を発揮していた。
もう荒縄でぐるぐるに巻き取り荷物の様に担いで歩きたいと、リオールは本気でそう思う。
今さら四人分の荷物に一人の体重分が加わろうとも気にしない。むしろ精神の安寧の為にはそちらを選びたい、と。
「いやでも、彼女たちは元気だよね。あれだけ歩いたと言うのにも関わらず、全く疲れている様子がないよ」
「ウィルおぼっちゃまとお比べになれば、大抵の人類は体力がありあまっていると思います」
ヘロヘロによたりながら「もうダメ」と泣きついたウィルドレッドに向けた視線が、彼を素通りしてリオールに突き刺さった時は冷や汗が止まらなかった。
「予定の半分も進んでいませんので、今日は野宿するしかありませんね」
そう前置きをしてユリベルがてきぱきと場所を選び、荷物の中から綺麗に畳まれた布を使い、野営の準備をする。
そうしてリオールが荷物を運んだ礼だと言って、ラビスィーラと共に夕食の準備してくれた。
してくれたのだが――
「ふむ。この歯が欠けそうなほど固い穀物は、なかなか味わい深いね」
「押麦、とうもろこし、ひえ、あわにナッツ類に糖を混ぜて固めたものですわ。携帯食として大変栄養価が高く、遠征……コホン。いいえ、旅のお供には最適ですの」
用意された夕食は、カロゼム王国でいわゆる野戦食と呼ばれるグラノーラの岩石固めだった。
つい先日、ウィルドレッドの弟である、第二王子アルゴレストが騎士団の携帯食料として木箱で用意していたのを覚えている。
そしてそれをいくつかごまかし、お手玉のようにして遊んでいるところを「食べ物で遊ばないでください」と注意されるところまでが王子兄弟の日常の一コマだ。
(しかし、今どきでは商家の娘でもこのような携帯食料を持ち歩くのか)
感心しつつ、リオールもその岩石固めを口に運ぶと、ガリ、ボリ、という不吉な音が歯ぐきから脳内に振動する。
生憎とそちらが気になって全く味が分からないと思った。
これでは、とウィルドレッドを見やれば、やはりぺろぺろと表面を舐めるだけで岩石の欠片も減っている様子はない。
時折歯を立てるはみるものの、あごがひっかかりそれ以上は進まないようだ。
しかし、横目でうかがったラビスィーラたちの岩石固めは順調になくなっているようだ。
その差に驚いたが、乳母日傘で育った上に、体の弱いウィルドレッドだ。日頃から世間の波にもまれているだろう商家の娘よりも生きる力が低いのも仕方がない。
リオールは夜の火の番と見張りを引き受ける。
そうして自分の荷物の中から綺麗にしまっておいた鍋を引っ張り出して、こそこそと次の日の朝に向けての支度にとりかかった。
***
「おはよう……リオール……」
「おはようございます、ウィルおぼっちゃま。よく眠られましたか?」
「んー……あんまり、ん、ん?」
夕食後、倒れるように横になったウィルドレッドだが、生まれてこの方ベッド以外で寝たのは初めてだった為、あまり熟睡はできなかったようだ。
いつもならばほとんど目覚まし時計と化しているはずのリオールが、いちいち起こさなくても勝手に寝床から抜け出してきたのがその証拠。
そして、完全に覚醒するまで時間がかかるのが常だが、今日は違った。
突然鼻をひくひくとさせると、かっと目を見開きその青い瞳を輝かせた。
「いい匂い……リオールのご飯だなっ!」
「はい。ウィルおぼっちゃまにも食べられるように、温かいものを用意しました。顔を洗ってきてください。今ご用意いたします」
その声に、というよりも匂いにひかれるように、布で区切られた女性側の寝床からラビスィーラとユリベルが顔をのぞかせた。
二人とも平静を装ってはいるものの、リオールの持つ鍋に興味津々といった様子だ。
「ラビ様とユリベルさんも、どうぞ仕度をお済ませください」
そう声をかけると、さっとその姿が布の向こうに消える。
それを確認してから、テリエッタの街中で買い足しておいた木の皮を防水加工した深皿に鍋の中身をよそい分けた。
「ん、ん、んーっ、熱っ!でも、美味しい!」
「あら、まあ」
「とても、優しい味がします」
「はは、ありがとうございます。まだおかわりもありますので、どうぞよろしければ言って下さい」
まず、ナイフで裂かなければならないほどの干し肉をお湯でふやかし出汁をとっておき、その中にあのグラノーラの岩石固めをそのまま投入した。
そうすればわざわざ砕く必要もない。
それをくつくつと弱火で煮て、柔らかくなったところに塩で味を整えてから、ウィルドレッドが疲れた時に口にできるようにと持っていた蜂蜜を隠し味として混ぜ込んだのだ。
勿論、出汁を取った干し肉も、いい塩梅にふやけているので、あらためて少量の油でカリッとするまで弱火で焼き上げる。
そうして出来上がったのが、グラノーラのリゾット、干し肉のカリカリ焼き添え。
本日の朝食メニューである。
煮込みに時間はかかるものの、手持ちにある材料で簡単に出来る料理。
リオールの認識としてはその程度のものだったが、彼以外の、特に女性陣からすれば目から鱗といった様子だった。
「あの……リオールさんは、随分と料理がお得意なのですね」
「いえ、料理などと呼べるようなものではありません。おぼっちゃまの軽食を作れる程度ですよ」
実際この料理も、アルゴレストに『食べ物で遊ぶな』と叱られ、罰としてちゃんと食べるようにと渡された岩石固めを消費するために考えたレシピだった。
そのことは言わずに答えると、顔を見合わせたラビスィーラと顔を見合わせたユリベルが、顔を赤らめながら恥ずかしそうに言った。
「実は私たち、料理がとても苦手なのです。もしよろしければ旅の間、リオールさんに食事の当番をお願いできないでしょうか?」
(…………まあ、そこは流石になんとなくわかっていました)
いくら携帯食として広まりかけているとはいえ、女性が食べるものとしては適さないのではと、料理をしながらあらためて考えていた。
つまり、ラビスィーラとユリベルは料理がしたくても出来ないのではないのかと。
「ええと、材料の調達は私たちがいたしますので、ぜひお願いしたいのです」
材料の調達。それは料理をする上で非常に大事な部分だ。
なにせ、リオールが買って持ってきているものも干し肉や干飯のように日持ちがするものばかりなので、作れるメニューとなると、今作ったものとそう大した違いはない。
「けれども、調達といってもそう簡単ではないでしょう?」
あまりにも簡単に言うユリベルを心配して尋ねると、代わりにラビスィーラがにこやかに微笑みながら答えた。
「大丈夫ですわ。私たち、狩りはとても得意なので」
「は?」
「いえっ、いいえ!キノコや野草の知識がありますからっ!ええと、この季節、果物もありますし、ねえ」
(ああ。キノコ狩りとか、ぶどう狩りとか言うな……うん)
汗をふきながら、にこにこと笑顔を見せるユリベル。
「では、料理は承りました。けれども無理はなさらないでくださいね」
リオールの言葉にユリベルは、若干ひきつりながらも笑みを深くした。
(頑張ってくれようとしているんだな)
その姿を見て、例え食糧の収穫が上手くいかなくても、出来る限り美味しい料理を作ってあげようとリオールは決意した。




