辺境伯令嬢のわがままな持論
あのラビスィーラが贈り物を受け取った。
辺境伯領でこんな話が出たとしたならば、おそらくそれを耳にした者の半分は笑い飛ばし、残りの半分は恐る恐るその実態をユリベルへと尋ねにくるだろう。
つまり、それほどにあり得ないことだったのだ。
白い肌に花びらのような薄桃色の唇、黒髪と黒い瞳のラビスィーラは、見てくれだけなら非常に神秘的な存在に見える。
事実五年ほど前、お忍びで辺境伯と王都下へ出かけた時、身分を隠していたのにも関わらず、多くの貴族、大店の子息より熱いラブコールを受けた。
その際にはとんでもなく大きな宝石や、見るからに高価なアクセサリーが我先にと贈られたという。がしかし、どれもこれも一瞥したのち鼻先に突っ返されたと、当時ラビスィーラに付いていった護衛の一人が語っていた。
「それで、お嬢様。その……どこが、気に入ったのでしょうか?あの、個性的なネックレスの……」
ユリベルが気を使い、敢えて安物だの変なデザインだのという言葉は使わずに尋ねると、ラビスィーラは「ああ」と一言声をあげてから、一拍置いて話し出した。
「見れば見るほどあまりにも出来が酷すぎて、呆れている内についつい手を出してしまったのよ」
不思議よねえ。と、くすくす笑うラビスィーラの顔を見て、ユリベルはとても驚いた。
そもそもラビスィーラは何事も物事をはっきりと言う。
嫌いなものは嫌いだし、いらないものを手に取るような真似は絶対にしない。白と黒の境界線を侵食するものの存在はありえないと考えている。
ラビスィーラの考え方は基本、デッドオアアライブ。ユリベルもそれは嫌というほどわかっていた。
(それなのに、ラビスィーラお嬢様はアレを受け取った。しかも、それを楽しんでいるなんて……)
ラビスィーラの笑顔が木漏れ日に反射してきらきらと輝く。常に美しい彼女だが、今日は一段とその美しさに磨きがかかっている。
それもこれも、あの赤毛のウィルドレッドのお陰だろうかとユリベルは考えた。
突拍子もないことをしだし、やたらとラビスィーラたちを驚かせるウィルドレッドは、確かに彼女を退屈はさせないようだ。
「ところで、そろそろ先には進めそうかしら?」
「ええと、お待ちください……ああ、ちょっと無理そうですね。まだダウンしているようです」
「まあ、本当に二人とも体力がないのねえ」
テリエッタを出てすぐ、ユリベルが伝えた裏街道を歩きはじめる。
そこでウィルドレッドが女性に荷物を持たせるのは紳士ではないと言いだし、颯爽と受け取ったはいいが、その重みで速攻ひっくり返った。
なんとか体勢の立て直しを試みて歩みを進めたところ、何が珍しいのか鳥の鳴き声を気に入ったウィルドレッドが空を見ながらはしゃぎだす。そうして今度は木の根っこに足をつんのめらせて、またひっくり返った。
三度目は勘弁してほしいと、四人分の荷物をリオールが全て引き取り肩に背中に背負って持った。
その上であちらへふらふら、こちらへふらふらと物珍しそうに歩くウィルドレッドの首根っこを捕まえて、引きずるようにこの川まで連れてきたが、そこでとうとうダウンしてしまったのだ。
勿論はしゃぎ過ぎてしまっただけのウィルドレッドも。
そのため、欠片も疲れていないラビスィーラとユリベルは暇を持て余し、先ほどからだらだらとお喋りに興じることになった。
ただでさえ体力オバケのラビスィーラにとっては、彼らの疲れっぷりが信じられない。
「でも、さすがにその言い方では、リオール様が少し気の毒ですね」
ひっくり返った荷物を拾いまとめ直してくれたのもリオールだし、はしゃぐウィルドレッドの手綱を持つのも全てリオールの仕事だった。
そもそもウィルドレッドがやらかさなければ、リオールもここまで疲れていることはなかっただろうとユリベルは同情する。
「あら、ユリベルはリオールが気に入ったの?お婿さんにもらう?」
ぶはっ!
ラビスィーラの思いもかけない言葉に思いっきりユリベルはふきだした。
「ななな、なにをおっしゃるのですか!?」
「だって、あなた、昔からふわふわした可愛いものが好きだったじゃない。ほら、兎のモフモフとか、羊のポイポイとか名前付けて可愛がっていたでしょ?結局演習中のご馳走にしちゃったから飼ってはあげられなかったけれども」
辺境伯領での行軍演習中の、懐かしくも恐ろしい思い出の一コマを語るラビスィーラ。
確かにユリベルはふわふわの小動物が好みであるけれど、それとこれとは話が違う。そんなことよりももっと大事なことがあるだろうと、慌てて話を変えるように大きな声で彼女の名を呼んだ。
「ラビスィーラお嬢様っ!私のことは、どうでもいいんです!それよりも……」
コホンと咳を一つ吐いて呼吸を整えてから、ユリベルはあらためてラビスィーラへと問う。
「お嬢様は、あのウィルドレッド様のこと、本気でしょうか?」
「え、本気って?」
「んんっ……ですから、本当に、その、それこそ婿候補になさる気がおありなのでしょうか、ということです」
「そうねえ……」
いまだヘロヘロで大きな岩に張りついて休んでいるウィルドレッドへと視線を向ける。
こんな姿でもその美青年は見栄えがする。その実態と前振りを知らなったら、思わず声を掛けたくなるかもしれない。
「今のところ、第一候補だわ。だって、面白いんですもの」
(やっぱり、アレかあ……)
わかっていたことだけれども失望感は否めないと、ほんの少し肩を落とす。
しかし剣と辺境伯の爵位以外にはほとんど執着心の無いラビスィーラが、たった半日付き合っただけでも役に立たないウィルドレッドを見捨てないのだから、相当なお気に入りだと気がついてもいた。
だとしたらユリベルのやるべきことは決まった。
とりあえずはウィルドレッドについての情報収集。
ウィルドレッド・ゼロと名乗っていたが、偽名だろうとふんでいた。
エスパッダ辺境伯のおまけのおまけのような存在だが、仮にもユリベルとて男爵家の娘である。王都へ向かう前に貴族名鑑なるものにひととおり目を通したけれども、ゼロという家名はなかった。
かといえ、単なる商家も論外だ。あのような自由奔放な存在は、ただの商家には絶対に手に負えるものではない。
王都に着いてから人を使って調べる算段をすること。頭のなかにそう書き込んだ。
(あと、少しくらいはリオール様から何か聞けるかしら?)
あれやこれやとウィルドレッドの世話を焼くリオールは、傍から見てもかなりきっちりとした従者に見える。
そんな彼が、ちょっとつついたくらいで自分の主の情報、おそらく隠しているであろう身分を話すと言うことは考えられない。
(だけど、ウィルドレッド様の好みとか、趣味とか、ラビスィーラお嬢様のことをどう思っているかくらいは聞いても大丈夫よね?加護は……聞かないようにするから)
うん。と、両こぶしをぎゅっと握って頷いた。
少しだけ気持ちが上がってきたユリベルは、いい加減大人しくしているのに飽きていたラビスィーラの気持ちを察する。
ウィルドレッドとリオールものろのろと立ちあがり川の水を汲み始めているから、そろそろ頃合いだ。
「出発の声をかけてきます」
わかったと、頷くラビスィーラの顔を見たら、一つ気になっていたことを思い出した。
「お嬢様、もしもウィルドレッド様がご長男で跡継ぎだと言われましたらどうしましょう?」
うん?と少しだけ首を傾け、ラビスィーラは事も無げに言い切った。
「弟がいれば万事解決ね。いなくても……なんとかなるでしょう」
(まあ、そう言うと思いました)
苦笑いをのせながら、ウィルドレッドとリオールの休む川沿いへ走るユリベル。
――この瞬間、遠く王都で、それはそれは大きなくしゃみ三連発を出している人物のことなど、ユリベルには知る由もなかった。




