中二病王太子のはじめての贈り物
約束した偽名をあっさりと捨て置き、堂々と自分の名前を言い切ったウィルドレッドに対して、リオールはとてつもなく腹を立てていた。
「約束しましたよね、旅では偽名を使うと。なにをちゃっかり名乗ってしまったのですか?」
「え、いや。しかし恩人に偽名を騙るというのは人としてダメだろう」
「王太子としてダメです。その対応が!」
だから王都までの旅に必要なものの買い足しの為と言って、一旦ラビスィーラとユリベルと名乗った少女たちと離れた。
そしてそのテリエッタの街中へと戻っていく道すがら、再度説教をした。
いくら加護の街だからと言って、こんな王都から離れた場所で正体を明かし、何かがあったらどうする気だろうか。
書置きをして出た王宮からの追手が近くにいるのならば、王太子はここにいますと声を大にして呼び込むつもりがあるが、その気配がない今、馬鹿正直に名を名乗らせるつもりは、リオールにはなかった。
思春期の病を理由に公的行事以外は王宮外に出ることもなかったし、絵姿も出回らせていない。
騎士たちと一緒になって汗を流す弟王子のアルゴレストの露出は多いものの、線の太い彼と細すぎるウィルドレッドは赤毛以外似ているところは全くなかった。
だからこそ名前の一致程度でウィルドレッドが王太子だとバレることはないとは思うが出来る限り危険は排除したかったのだ。
しかし当の本人があっさりとその安全策をポイっと投げ捨てる。
今も、まだ破落戸が街中をうろついている恐れがあるから、ラビスィーラたちと門のところで待っていてもらいたかったのだが、ついてくると言って首を縦に振らなかった。
(まあ、見ていない時に何かしでかされても、それはそれで困るか。うん)
もしウィルドレッドによって彼女たちに王太子の正体がバレでもしたら、騒ぎ立てられてしまうに違いない。
王都……十日間の道程を、ウィルドレッドの言うことを聞きながら二十日かけてだらだらとこのテリエッタまで来ておいて即引き返すというのもなんだが、リオールからすれば渡りに船だ。
道慣れぬ女性たちと同行し、帰り道にあと二十日間かかろうと、余裕で結婚の儀式に間に合う。
(とりあえず、金貨を使いやすい銅貨に両替をして、携帯食糧をいくつかと、あとは……)
リオールが指折り旅の算段をしている横で、ウィルドレッドはきょろきょろとあちらこちらを何か探すように見回している。
「殿……とと、ウィルおぼっちゃま。一体何を探していらっしゃるのでしょうか?」
「うん。先ほどの屋台の店主をだね」
「…………はぁ?」
あれほど厄介者扱いされたというのに、全く懲りていない。
痛み出した頭を押さえながら、リオールが口を開こうとすると、とんでもない言葉を吐き出した。
「僕の美しい蝶が羽を休めるられるような、煌めく蜜に溢れた花が欲しいと思って」
(ん、あれ?ん、んんーーーーーんんっ!?)
リオールの首がぐきっと音が鳴るほどに傾いた。
「あの……まさか、いえ……もしかして、その、あの屋台で見たようなアクセサリーを、ラビ嬢へプレゼントしたいと、そうおっしゃっているのでしょうか?」
「それ以外にどう聞こえたというのだ?」
(っ、マジかーー……)
怪しげな企みと妄言ばかり好んでいたあのウィルドレッドが、どんなものであれ女性にアクセサリーを贈りたいと言い出したのは、リオールの従者生活の中で初めてのことだったのだ。
もしかして、などと考えは頭の中にちらりとも浮かばなかったと言えば嘘になる。
(しかしまさか贈り物をしたくなるほど興味を持つとは……)
今までウィルドレッドを狙う貴族父娘たちの相手をさせられるなど、散々迷惑をかけられまくって来たリオールにはうかつには信じ固いものだった。
ウィルドレッドの顔を伺えば、いつになく楽しげな雰囲気をかもしだしている。
そして幸いなことに彼女たちは、今のところ落ち着き気味のウィルドレッドの思春期の病にもうまく対応出来ているように見えた。
さらに言えば、辺境伯令嬢と同じ名前のラビスィーラという少女とはウィルドレッドとも随分と気が合っているように思える。
(これは、案外と上手くいくのではないか?……いや、上手くいくような気がする、うん)
とうとうウィルドレッドがその気になったというのならば、なんとかして結婚の儀式にまでこぎつけたい。
騙すというのは人聞きが悪く聞こえるかもしれないが、正しく騙してでも王宮へ連れ込み、儀式への参加を承諾してもらおう。そう本気で画策しだした。
「ところで、で……ウィルおぼっちゃま。女性に初めて差し上げるアクセサリーとしては、先ほどの屋台の物では少々質に問題があると思われます」
さすがに銅貨二枚が標準のアクセサリーは王太子の贈り物としては適さない。
せめて貴族街の店舗まで足を運んだらどうかとのリオールの適切な助言はあっさりと切って捨てられた。
「いや、あのチンチロリンの涙が欲しくてね。ラビ嬢の胸によく似あいそうだと思わなかったかい?」
(チェチンリンローニの涙ですっ!いや、違う。違わないが、違う)
両替店の前で膝から崩れ落ちそうになるのを必死でリオールは踏みとどまった。
そうして、ここで反対したところで一歩もひかないだろうウィルドレッドのために、先ほどの屋台まで戻り、嫌そうな顔をしている店主から例のネックレスを買い取る。
「それでは早く待ち合わせの場所へ行きましょう。少し遅くなってしまいました」
「ああ、そうだな。我ら番犬が急がねば、天使たちが羽をもがれてしまうかもしれない」
先日王妃の飼い犬である超小型愛玩犬ポロンに脛を噛まれたと涙目だったウィルドレッド。
彼が自分のことを番犬になぞらえるのは、番犬に大変失礼な気もするリオールだったが、そこは敢えて突っ込みを入れることなく足を早めることに専念した。
「まあ!私にプレゼントですか?」
「はい。ラビ嬢の美しさには到底及びませんが、あなたとの出会いを記念して選んでまいりました」
そう言って、ウィルドレッドがラッピングもされていない例のアレを差し出すと、かすかに眉をひきつらせたラビスィーラが静かにそれを受け取った。
「これは手形です」
「……手形?」
「今はまだ旅の途中ゆえ。約束の地に無事貴女方を送り届けましたら、私の心臓を切り出して見せましょう……こちらと引き換えに」
(リオール訳:王都へ着いたら、ちゃんとしたものを贈りますので、約束代わりにお持ちください)
かなり思春期の病がぶり返しつつあるが、一応真意はラビスィーラには伝わったようだ。
ウィルドレッドの台詞を聞いて、ようやく笑顔を彼へと向けて頷いた。
(よかった……殿下に『こう言って下さいね』と念を押しておいて、本当に良かった)
いくら貴族でないとはいえ、侍女が付く裕福そうな商家の娘が、銅貨二枚のアクセサリーをもらって喜ぶわけがない。
贈り物は金が全てではないと言う者もいるが、質もダメな上に贈られる本人が欠片も欲しがっていないようなものを贈ってどうすると、リオールは思う。
案の定、鷹揚そうに見えたラビスィーラですらアレを見て若干引いていた。
隣に付いていたユリベルなどあからさまにドン引きしていたようだ。
なんとかウィルドレッドに悪意はないということがわかってもらえたからには、早いところ出発してしまった方がいいだろう。
これ以上、彼が墓穴を掘る前に王都へと近づきたい。
そうでないと、その墓に入るのはウィルドレッドではなくリオールになってしまう、と。
「ええ、と。それではあまり遅くならないうちに出発いたしましょう。お嬢様方のご用意はよろしいでしょうか?」
「はい。私どもの準備は出来ております」
言葉ではそうはっきりと口にしたものの、どこかしら不安げな表情のユリベル。
リオールの狙いの一つとして、ウィルドレッドとラビスィーラをなんとか上手く取り持ちたいという考えがあるものの、決してユリベルを蔑ろにしようという気持ちはない。
それどころか、どこか自分と同じような匂いのするユリベルの、少し困ったような顔を想像すると、胸が軽く締め付けられるような感覚になる。
だから、安心して欲しいと言う気持ちを込めて、出来る限り優しく笑いかけた。
そしてそれは、リオール自身でも思いがけないほど自然な笑顔になったのは言うまでもなかった。




