奮闘侍女の小さな心配
「ほら、ユリベル。あんなに無防備に金貨なんて出したわよ、こんな下町で。なんて世間知らずのぼんぼんなのかしら」
目当ての青年たちがなにやらやり合う様子に、うっとりと囁きながら近づいていく主、ラビスィーラも相当世間ズレしていると思うユリベルだ。
しかし、あのまま騒いでいれば良くない輩にあっという間にカモにされるのも目に見えている。
ラビスィーラに興味を持たれるのと破落戸に絡まれるのとどちらがマシなのかはわからないが、のんきなぼんぼんの隣で、焦っている栗毛の青年の顔色だけは少し心配になった。
そんなことを考えていると、いつの間にかラビスィーラはその屋台の中に突撃していた。
「ねえ、ユリベル?」
そう、ラビスィーラが彼女の名を呼んだ時、栗毛の青年の瞳に見つめられているだろうことを意識しつつも、何でもないふうを装い屋台の店主と話を付けることに集中したのだった。
その後、やはり金貨に誘われ絡んできた破落戸が現れたが、見回り騎士を呼ぶ振りをしてラビスィーラが見えない位置から一人には首筋に手刀、そしてもう一人には弁慶に蹴りを入れ、動けなくなくしたところでその場から離れることに成功した。
ラビスィーラの体が動こうとしたその瞬間、あまり大きく立ち回ると辺境伯に今居る場所がバレますと諭した甲斐があり、破落戸側に死人はでなかったのだからユリベル的には大成功と言えよう。
そうして逃げるついで、ついつい一緒に連れてきてしまった二人組の青年たちと、テリエッタの門近くで一息ついた後の自己紹介タイムとなった。
「ラビ・パダイアと申します。こちらは私の付き添いのユリベルです」
ラビスィーラがエスパッダ家名を告げずにそう名乗った。
ということは、いつも通りのお忍びパターンその一、地方のそこそこ大きな商家の娘とその侍女という設定だ。把握したユリベルは頷いた。
「僕はウィルド……いぎゃっ!リオール何をするっ!?」
赤毛の美青年がその名を告げようとしたところで、リオールと呼ばれたくせ毛の青年が慌てて彼の耳を思い切りつまみ、門の裏に引きずり込んで消えてしまった。
ポツンと二人その場に残されてしまったことに、ユリベルは呆気にとられる。
(あの栗毛の人……なんだか思っていたのと、違うのかしら?)
ラビスィーラの破落戸たちへの一撃に気がつかなくても、あの場から助け出したのは確かだ。
それについての言葉もないどころか名も名乗っていかないとは、少しばかり礼儀がないのではないだろうかとユリベルは不満を口にした。
しかしラビスィーラは彼らの様子に全く頓着しない。
それどころか鼻歌を歌いながら、自分の髪の毛を手櫛で整えている。
「あら、すぐに戻ってくるわよ。あの二人、荷物を置きっぱなしですもの」
その言葉通り、いそいそと門の裏から飛び出してきた赤毛の美青年がラビスィーラの前に立つと、それを追いかけるようにしてもう一人のくせ毛の青年も側に寄ってきた。
「ウィルドレッド・ゼロと言います。幸いなことに王太子殿下と同じ名前をこの身に戴きました。ですが我らが太陽、天上の狼、王太子殿下と同様に呼ばれることは大変恐れ多いことですので、どうぞ僕のことはウィルとお呼びください」
「リオールと申します。ウィルおぼっちゃまの従者を仰せつかっております」
にこやかに語るウィルドレッドと名乗った青年の隣で、リオールと名乗った従者は、主のそれとは対照的にひきつった表情を向けた。
「あら……ふふ。王太子殿下とお揃いなのですね。一商家の娘として嬉しくも恥ずかしいのですが、私も辺境伯のご令嬢、ラビスィーラ様と同じ名前ですのよ」
(ラ、ラビスィーラお嬢様……なんで本当のお名前を言ってしまうんですか!?)
「それは奇遇だ。しかし、鬼、死神……いや、剣姫ともうたわれる辺境伯令嬢と、あなたのようにかぐわしき花のようなご令嬢が同じ名前というのも不思議なものですね」
「ほほほ。花とは嬉しい例えですわ」
わざわざラビと名乗った意味がなくなってしまった。
しかし笑顔で語り合うウィルドレッドとラビスィーラは自分たち二人の世界に入り込み、好き放題に語り合う。
「もしや、ラビ嬢の加護は『優麗』ではありませんか?あまりにも美しすぎる貴女にぴったりだと思うのですが」
ヒュッ!と、ユリベルが息を飲み込むような音を立てた。
「ご想像にお任せいたします。でも私が『優麗』なのだとしたら、ウィル様の加護は『詩人』でしょうか?先ほどから、素晴らしく歯の浮く……いえ、美辞麗句をいただいておりますし」
ぐふっ!と、今度はウィルドレッドの従者、リオールが何かを吐き出しそうになっている。
若く適齢期の男女が互いに自分の加護の話をし合うということは、結婚を前提にお付き合いをするということ。それは貴族であれ平民であれ、このカロゼム王国では当たり前の常識だ。
そうでなくてもラビスィーラは剣鬼・鬼速というとてつもない加護を二つも持っている。
通常商家の娘に付くような加護ではないソレは、一つでもバレてしまえばどこの誰であるかなど容易に想像できてしまうだろう。
だからこそ、ユリベルは顔をうつむけて静かに祈った。
(いいからもう、黙って。それ以上はバレます、お嬢様)
「うーん。では、僕の加護も内緒です。ちなみに個人的にはとても気に入りましたが『詩人』ではありません」
「残念です。絶対にそうだと思ったのですが」
その言葉に、同時にホッという声が落ちた。
ユリベルが顔を上げると、リオールが彼女と同じように息を吐き出しきったところだった。
「ではこうしましょう。今からご一緒に当てっこをしながら旅をするというのはいかがでしょうか?女性お二人だけとお見受けします。こう見えても男性二人組ですし、番犬よりは役に立つと思いますが」
ホッとしたのも束の間、フィアータ男爵家の番犬の鼻息にも吹き飛ばされそうなウィルドレッドが、胸元へ左手を添え、右手をスッとラビスィーラの前へと差し出した。
どう見ても護衛の申し出などではなく、ダンスの誘いのような仕草にしか見えない。
「ウィルおぼっちゃま、さすがにそれはお嬢様方の予定もございますから……」
「まあ、よろしいのでしょうか!?実は護衛をお願いしてここまできたのですが、テリエッタまでという契約でしたの。こちらでまた契約をしようとしていたところなので、大変助かります」
ぱっと輝くような瞳をウィルドレッドに向けるラビスィーラ。
ユリベルはといえば、主の思わぬ台詞に驚き、大きな空咳をげほげほと続けた。
カロゼム王国は比較的治安がいいとはいえ、先ほどのように不穏な輩が全くいないという訳ではない。
しかしラビスィーラさえいれば、鍛えぬいた騎士で組まれた一小隊くらいなんともないのだ。実際このテリエッタに来るまでに、護衛など雇ったこともなかったが、それで問題など一つも起こったことはなかった。
それなのに、突然ラビスィーラがこんなことを言い出すのは、勿論理由がある。
(どう考えても、ウィルドレッドを狙っている……)
ユリベルはチラリと青年二人組を覗き見た。
ヘラリと気の抜けた笑いを見せるウィルドレッドの姿は、やはり彼女の目にはどうやっても魅力的に映らない。
むしろ、多少童顔ではあるものの、その隣に立ちながら何やら真剣に考え込んでいるリオールの方が好ましく思う。
「お嬢様方はどちらへ向かっていらっしゃるのか、お聞きしても?」
「あ、王都へ。その……お嬢様の親戚の家がございますので、そちらを訪ねる予定です」
突然のリオールからの質問に、なんとか咳を止めたユリベルがゆっくりと答える。
「そうですか、王都ですか……」
行き先を聞いたリオールの瞳が、ほんの少しだけ輝いた。
「では、ウィルおぼっちゃま。お嬢様方と同行して王都へ向かうということでよろしいですね」
「勿論。蝶を守るのは僕らの仕事だろう。さあ、我々がついていますから、お好きなように花の蜜を集めに飛び回ってください、レディ」
ほほほ。あはは。うふふ。えへへ。ウィルドレッドのなんともいえない台詞に笑いあう四人。
あまりの酷さにユリベルは、本当にラビスィーラはこの青年でいいのだろうかと不安になってしまった。
***
「お嬢様、いいんですか?あんな……抜け、いえ……トロそ……ええと、とにかく弱そうな方と一緒に行くだなんて」
「ええそうよ。ユリベルも見たでしょ?あの運動神経の無さに、芝居がかった台詞。どこをどうとっても、顔だけの能無しだわ」
うっとりと、夢見るように語るラビスィーラに、少しもやっとするユリベルだ。
旅の準備をしてくるからと、一度テリエッタの街中に戻っていったウィルドレッドとリオールがいないうちにしかできない話をする。
いや、抜け作だろうとトロくさそうだろうが、ラビスィーラが気に入ったのならば、もうそれはそれで構わない。
ユリベルが仕えるのはラビスィーラだけなのだから、正直誰が相手でもどこへ行こうともついていくだけだ。
それに一度決めたことは頑として譲らないことはわかっている。けれども、確認しておきたいことはある。
「辺境伯の騎士が隠密で使用する裏道で行けば、王都まで十日の道程も五日程で到着できますが、はたしてあの方々についてこられるのでしょうか?通常の街道で進んだ方がよろしいのでは?」
「大丈夫、大丈夫。少しくらい遅れても気にしないわよ。第一ここまで十五日で着いているのだから、アルベ領から追手が来たって追いつかないでしょう」
実際追手が来たところでラビスィーラを止めることは困難なだけに、彼女の言葉に間違いはないだろう。しかしそれとこれとは話は違う。
恐らく運動神経の欠片も見えないウィルドレッドには、裏道を進むということだけでも重労働なのではないかという進言だったのだが、やはり聞いてはもらえなかった。
ラビスィーラは心技体の全てが備わり過ぎている分、他人がその域にたどり着くまでは相当な努力が必要だということがいま一つわかっていない。
これは数ある彼女の欠点の内の一つだった。辺境伯領内では周りも周りで、彼女に相応しくあるべく努力を惜しまず弱音を吐かない人間しか残らなかったのでそれも仕方がないところではある。
はたしてユリベルが見たところ、史上最弱に思えるあのウィルドレッドはどうなのだろうか。
あまりの酷さにあっさりとラビスィーラに見切りをつけられるのならば、それはそれで別にいい。
しかし――ユリベルは、ふわふわとした栗毛のリオールの顔を浮かべた。
なんとなく自分と似たような境遇に思える彼が、これ以上大変な目にあわないといいのだけれど、と少しだけ心配をしながら。




