辺境伯令嬢のささやかな主張
「うーん、本当に久しぶりに寄ったけれども、加護の街は賑やかなところね」
「はい、お嬢様」
「やっぱり女神ヨーフェテリエ様のご加護のお陰かしら?」
「はい、お嬢様」
黒髪の少女が先ほどから何度声をかけても、隣に立つこげ茶色の髪の少女は生返事で同じ言葉を繰り返している。
「あ、ほら!あの屋台の串、美味しそうじゃない?」
「はい、お嬢様」
「あら、あんなところに破落戸が溜まっているようだから、ちょっと斬ってこよ……」
「はい、お嬢……は?ちょっと、やめてください!何を言い出すんですか!?」
お嬢様と呼ばれていた少女がさらりと人斬り宣言をしたことに慌て、隣に付いていた少女が声を荒げた。
「いやね、冗談よ。ほら、いつもの剣だって宿に置いてきたでしょ」
そう言って、何も持っていないという証拠に手のひらをぴらぴらと振る。しかしお付きの少女は彼女の言うことを全く取り合わない。
「お嬢様の斬らないは信用できません!ちゃっかりダガーナイフはスカートの中に隠し持ってきているじゃないですか」
「あら、知っていたの?」
「当たり前です。私が何年ラビスィーラお嬢様に付いているとお思いですか」
「そうね、生まれた時からだわ。ね、ユリベル」
ようやく気の入った言葉を聞けて嬉しくなった黒髪の少女が、ユリベルという名の少女をぎゅっと抱きしめた。
話の内容はともかく、ここだけ切り取ればなんとも麗しい光景だろうか。
先ほどからやたら物騒な言葉を吐き出していた黒髪の少女の名は、ラビスィーラ・エスパッダ。
ここ、加護の街と呼ばれるテリエッタより北へ、馬車で三十日ほどかかる場所にあるアルベを領地とするエスパッダ辺境伯家の長女だ。
そしてその側から離れることなくついて歩く少女は、ラビスィーラの乳姉妹であり、エスパッダ辺境伯の遠縁にあたるフィアータ男爵家の三女、ユリベル・フィアータである。
美麗と可憐、タイプは違えども、どちらもかなり目を引くような美しい少女たち。
「でもね、ユリベル。だからといって私のことを無視するのはいただけないわよ」
「は、ははは……はい」
つまりラビスィーラは、自分の話を聞いていないユリベルに対して少しだけ腹を立てたために、あんなことを言い出したということらしい。
(いや、破落戸を斬って捨てるとかシャレになってないから……)
ユリベルは軽く胃痛を覚えた。
北方の守護鬼ともいうべきエスパッダ辺境伯の長女であり、女神ヨーフェテリエより剣鬼・鬼速の二つも加護を付与されたラビスィーラは強い。とんでもなく強い。
ただでさえ辺境伯領地で実戦経験豊富な騎士たちに混じり訓練を受けているが、そこにこの加護だ。
剣さえ持てば王国内で向かうところ敵無しと言ってもいいだろう。
さらにその上『剣が無いのなら剣に見立てればいいじゃない』の精神のもとに、どんなものでも剣にしてしまう。
多分葉っぱ一枚ですらラビスィーラに持たせれば小型ナイフになる。破落戸の一人や二人くらいならそれでも十分だろう。
つまりカロゼム王国内においてラビスィーラに斬れないものは無いといって過言でもなんでもないのだった。
「で、でもですねえ、お嬢様。その……やっぱり今回の、その……家出は、やっぱりやり過ぎのような、気がしてですね、ええ」
出来るかぎりラビスィーラを刺激しないように、ユリベルは恐る恐る問いかける。
「仕方がないでしょう?だって、お父様が本当に煮え切らないんですもの」
「それは……弟君であるリソベルーリ様もいらっしゃいますし。今の段階ではなんとも……」
「何を考えることがあるというの。リソベはまだ十五歳、成人までまだ五年もあるわ。この私が辺境伯を継ぐと言っているのに?すでに成人して二年も待ったじゃない。もう待つのは嫌よ」
今年十八歳になるラビスィーラとユリベル。
ここカロゼム王国では男性は二十歳で成人とみなされるが、女性の場合は十六歳で成人とされる。
それは勿論結婚をして家に入るということを前提とされた年齢であって、爵位の継承権を得られるという成人とはわけが違った。
しかし、確かに成人は成人。
そこを逆手に取って、ラビスィーラは何度も父親であるエスパッダ辺境伯へ爵位の継承権を請願した。
正攻法から絡み手まで。なだめすかし、時には可愛くおねだりまでして……けれども頑として首を縦に振らないエスパッダ辺境伯。
とうとう業を煮やしたラビスィーラは、『継承権を渡してくれるまで家には帰りません!』と書置きを残し、侍女のユリベルを供として領地アルベを飛び出してきてしまったのだった。
「それでも、やはり家出はやり過ぎかと……辺境伯様も、王太子殿下の結婚の儀式が終われば、王都へ行き継承の相談をなさるとおっしゃっていたではありませんか」
その家出直前、ラビスィーラを止めようとして眼前に立ちはだかったものの、見事コテンパンにのされつつ、なんとか声を絞り出した辺境伯の姿を思い出す。
「あんなのはお父様のその場限りの言い訳に決まっているでしょう。いつもいつも何かしらと理由を付けては王都には近づこうとしないのだから、きっとまた時間を引きのばそうという魂胆なのよ」
口元をぷうっと膨らませてむくれている姿だけ見ていれば、美しいだけでなく可愛らしさも兼ね備えた少女だと誰もが思うだろう。
しかし付き合いの長いユリベルは知っていた。この表情をしている時のラビスィーラは、大体何かとんでもないことをしでかす前兆だと。
「と、とりあえずはこの加護の街にしばらく滞在するということでよろしいのですね?お嬢様」
「嫌ねえ、ユリベル。ここにいたって加護がもう一つ付くわけじゃあるまいし。少し休んだら、勿論向かうべきは王都よ。決まっているじゃない!」
なんとかこの地で大人しく観光しているうちに機嫌を直してもらって領地に帰る作戦だったがすでに破綻している。出てくる寸前にユリベルは自身の父親、フィアータ男爵から涙目で頼まれたが、多分無理だろう。
「ふふふ。そこで適当な入り婿候補を見つけて、国教会で結婚の許可をもらうの。この際だからさっさと既成事実を作ってもいいわ。他所の跡取り貴族なんかと縁組される前に自分で道を切り開いて、国王陛下に辺境伯の爵位継承を認めさせてあげるわ!」
意気揚々と拳を掲げるラビスィーラは美しい。黒髪に黒い瞳が太陽の光にキラキラと反射して輝いている。それとは反対に、焦げ茶色のユリベルの顔色と瞳はどんよりと濁っていく。
(あああ、やっぱり。こんなことになるんじゃないかと思っていた)
ユリベルは胸元に人差し指で横に線を引き、国教神である女神ヨーフェテリエに語りかける。
(この際、家出はまあいいです。ただ、どうか、どうかこれ以上、ラビスィーラお嬢様がとんでもないことをしでかさないように見守ってくださいませ)
痛む胃をおさえ、ユリベルはこの後襲い来るであろう騒動を想像しながら願った。
そうしてラビスィーラに頼まれた串焼きを二本買い求め、両手に串を持ったまま彼女の下へ戻ると、人通りの多い広場の反対側を見つめているのに気がついた。
「どうなされましたか?お嬢様」
「ああ、ユリベル。そうね、ついつい見入ってしまったわ」
「まあ、何でしょうか?」
ラビスィーラの体の向こう側をひょいっと覗き込むと、そこには明らかにこの場にそぐわない、仕立ての良すぎる服装の男性が二人、屋台の主人と話をしているようだった。
「どこの貴族のお坊ちゃまでしょうか。初めてのおつかいに苦労しているようですね」
ここテリエッタはカロゼム王国にある三つの加護の街のうちの一つである。
『加護』とは、カロゼム王国民であり、国教神女神ヨーフェテリエを信仰するものならば、絶対的例外はあるものの基本的には誰であれ付与されるものであった。
それはラビスィーラに与えられた剣鬼のようにあり得ないほどの力を有するものから、普段の生活がほんの少し楽になる程度のものまで多種多様だ。
これは決して魔法のように万能なものではなく、加護を受けたその人が上手に使ってこそ有用なものとなる。
だからこそ貴族から平民まで全ての王国民が加護を付与されることを願い、加護の街にやってきていた。
実際のところ、わざわざ加護の街まで出向かなくても、十歳の年齢になれば自動的に付与されるのだが、やはりそれは人の性というもの。もらえるものならば直ぐにでもと考える者が多い。
それにともない、女神への順礼も加わるため、国内に三か所ある加護の街には人の出入りが絶えず、激しく賑わっている。
そしてこのテリエッタは、王都から一番近い場所に位置することから、貴族が一番多くやってくる街だ。
それゆえに貴族専用の店や旅館がある区画が別途用意されてもいる。辺境伯のように田舎の領地で庶民慣れしたラビスィーラやユリベルのような貴族や、よほど好奇心の高い貴族以外はそこから出てくるような真似は滅多にない。
あのどこか浮世離れしたような二人組もこんな下町を歩くのなら、もう少し自分たちみたいに服装から態度までもっと気をつけないと。
そうユリベルが口を開こうとしたところ、ラビスィーラから「ほう」という感嘆の声が漏れた。
「……いいわ。凄く、いい」
「え?は……なにが、よろしいのですか?」
「顔が、いいわ」
一瞬、ユリベルは何を聞いたのか理解ができなかった。
(顔?……顔って、言った?)
もう一度彼らの方を見直せば、確かに二人とも大変整った顔をしていた。
栗毛のふわふわしたくせ毛の青年はどこか憎めない可愛らしさがある。
そして長髪の赤毛を一つにまとめている男性の方は切れ長の瞳にすらりと通った鼻筋、薄い唇、どこを切り取っても美しい青年だった。
ついでに周りも見回せば、老若問わず、女性陣がちらちらとそちらを伺っているのがわかる。
「そうですね……見たことがないほど整っているとは思いますが」
しかし色々と残念そうな感じでもある。
特に、赤毛の美しい方が怪しい。
(やたらと身ぶり手ぶりが大げさで、なんというか仕草がいちいちわざとらしい?)
話をしている屋台の店主もなんだかイライラしているようだ。
そう付け足すと、ラビスィーラはにこやかに笑った。
「ソレがいいんじゃない!あれほど顔が良くて、適当に無能。私の邪魔をしない鑑賞用、ああなんて素晴らしいの。これで小さな貴族の次男か三男の極潰しだったら完璧だわ……ちょっと、今から声を掛けてくるわよ!」
しばらく前からしくしくと痛んでいた胃が、きゅうっと握り絞られる心地がした。
ユリベルが言いたいことはただ一つ。
(そこの二人組、早く逃げてーっ!)




