中二病王太子のしょうもない言い分
(またか。また始まったのか)
リオール・オベロイスは癖のある栗色の髪を傾けながら、自らの主君、カロゼム国王夫妻の長子であるウィルドレッド・ソル・カロゼム王太子に向かって、大きなため息を隠すことなく吐き出した。
「リオール。ため息とは幸せの鳥籠を壊して回る竜の吐息となるのだよ」
(……うん、意味が分からない)
しかしまあいつものことだと、リオールは先ほどから理解不能の言い分を並べるウィルドレッドの言葉を無視した。
「まもなく成人となられ、しかもその上王太子としてのご自覚をお持ちの殿下には、私の些細な嘆きなど説明は不要と思われます。ウィルドレッド殿下」
カロゼム王国では男性は二十歳の誕生月迎えることにより成人とみなされる。
あとちょうど三ヶ月で成人を迎えることとなる王太子ウィルドレッドが優雅な仕草でお茶を飲みながら、リオールの嫌みたっぷりの言葉を「ふうん。じゃ、いいか」と言って軽く流した。
(いやそこは聞けよ。聞いてこいよ)
心の内では全力で突っ込みを入れているが、流石に相手は王太子。それだけにそのままぶつけるわけにはいかない。
リオールはお茶菓子を摘まんだウィルドレッドへと、いつものように言葉を選びつつ確認の言質を取りにいった。
「それでは、先ほどのたわごとは、なかったこととしてよろしいでしょうか?」
「えー、それはダメだよ。何と言っても僕の一生に関わることなのだからね」
「一生、と申せられても……」
その一生の願いでリオール自身の人生の幕が引かれるかもしれないと思うと、背中に嫌な汗が流れていくのを感じた。
リオールからすれば先ほどウィルドレッドが発した言葉など、たわごと以外の何ものでもない。何をこの期に及んで言い出すのだと。
そもそも彼には生まれた時から時間はあった。いやさすがに生まれてすぐにどうとは言い過ぎた。しかしながら、もっと早く行動さえすれば、よりどりみどり……とは言い切れないが、もう少し意見は尊重できたはずだった。
それなのにこの成人するという歳、今のこの段階になってこんなことを言い出すとは……リオールは頭を抱える。
そんなリオールの頭痛の原因を知ってかしらずか、見て見ぬふりをしているのか、ウィルドレッドはその色濃く美しい青い瞳を細め腕を組み、にこやかに微笑みながら無茶ぶりを叩きつけた。
「やっぱり花嫁は自分で選ぼうと思う。そういう理由だから、早速我が永遠の伴侶、魂の番を探す旅に出ようか。ね、リオール」
(どこにだよぉおおっ!?)
リオールの心の叫びは、かろうじてヒクついた口から飛び出すことはなかったが、かわりに彼の脳内でこだました。
***
ウィルドレッド・ソル・カロゼムがカロゼム王国の王太子として生を受けた十九年と九ヶ月前、王国内は沸きに沸いた。
生まれたての赤子だというのにもかかわらず、光り輝くようなその美しさに、お祝いに駆けつけた多くの貴族たち皆が感嘆の声をあげたという。
燃えるような赤毛に深い海色の瞳、ぬけるように白い肌がその美貌を彩り飾る。少々体は弱いものの、その分言葉を話し出すのも文字を覚えるのも、そして教えられた知識を吸収するのも格段に速かった。
正に神童と呼んで相応しいと側仕えや家庭教師たちも狂喜乱舞したと言う。
そんな未来有望な王太子には、それこそ彼のものごころつく前から我が娘を未来の王太子妃にと、数多の貴族からの猛プッシュが引きも切らさずの状態だった。
そう、だった、だ。
ウィルドレッドが、年若くして思春期の病と呼ばれる大病に罹患するまでは――
十一歳の誕生日をすぎたある日突然、わけのわからないポージングを連発し出したかと思えば、両手のひらに包帯をぐるぐる巻いて『ぐ……これ以上、抑えきれない。僕の中のっ……暴れ出す。ダメだ』などと意味不明の言葉を語りだし周りを困惑させた。
ある時など公務時の正装に黒い眼帯を付けてあらわれ、外すように王妃が注意を促すと『魔眼が開けば世界は混沌に陥ってしまいます』とのたまい、尻叩き十発の刑をくらう。
さらに本格的に思春期を迎えた王太子は絶好調を極めた。自らを『暗黒の貴公子・牙狼剣の使い手』と名乗っていた頃は、お忍びで城下に出た時にいつもの変なポージングで破落戸に喧嘩を売り、あわやというところで隠れていた護衛騎士と近くにいた同世代の娘に助けられた。
『昇竜が呼び覚ます、来い叢雲雷電』と天に向かい騒いでいた時は、大人くらいの大きさの凧をつくらせ、それに張りつき空を飛ぶのだと言い切った。そして渋るリオールに無理矢理引かせたのだ。
ふわんと体が浮かび上がった瞬間『見よ、我が眷属!』と歓喜の声を挙げたかと思ったら、
――王宮の二階ベランダからあっさり落ちた。
その結果が足首の骨折、全治二か月で済んだのはまだ僥倖といえよう。
あの刹那、タコの糸を引っ張っていたリオールは自身の死刑と家名断絶を本気で覚悟したと、後に語ることとなる。
***
「そもそも弟のアルゴに婚約者がいて、兄である僕にいないというのもおかしな話だろう?」
「それこそ全て殿下ご自身の行いが跳ね返ってきたためと存じ上げます」
不思議そうに首を傾げるウィルドレッドへ容赦ない言葉を叩きつけるリオール。
確かに彼の五歳下の弟である、アルゴレスト・ルナ・カロゼム第二王子には、メキャリベ侯爵の令嬢、シュレーゼという立場も年もお似合いな婚約者がいる。
しかもそれは六年も前からすでに決まっていた婚約だった。普通ならばあり得ない話だが、こればかりは仕方がない。
つまりこのように壮大な黒歴史を乱発し出したウィルドレッドは、いくら一国の王太子とはいえ限度というものがあると敬遠されたのだ。
年齢を重ねるごとに、これでは命がいくつあっても足りないのでは?いや実は足りないのは頭のネジだ!などと散々な言われ様となり、ウィルドレッドの外戚として彼を盛り立てようとしていた有力な高位貴族たちが、一人また一人と脱落していった。
二十歳の成人を迎える直前の今となって、ウィルドレッドの周りに群がる娘持ちの貴族と言えば、何かうま味はないかと探すハイエナのような下位貴族や新興貴族ばかりが残るのみとなってしまった。
「それに、例え最終的に王太子妃がどなたに決まろうとも、カロゼム王国に不都合はないとは思われますが?」
実際、ここカロゼム王国は貴族による合議制により政治がおこなわれており、王家とは絶対に存続させなければならないものではあるが、その実態はほぼお飾りのようなものだ。
誰が王の外戚になろうとも、うま味といったら王家にあてがわれる費用の一部をちょろまかすくらいのことしかできない。古くから仕える高位貴族ほどそれを理解しているからこその、婚約者候補辞退だ。
~鋼鉄の鎧騎士に導かれしベールの三処女より選ぶべし~
要は、このカロゼム王国に代々語り継がれる結婚の儀式さえ守られればそれでいい。婚約者がいようがいまいが、そこはどうとでもなる。
「いやいやいや、僕にあるだろう、不都合?不都合ありまくりだよ。せっかく夫婦になるのに、お目当てが僕の顔と財布だけっていうのも悲しいじゃないか」
(チッ。そこに気がついたか。ずっと気が付かなければよかったのに)
リオールがウィルドレッドには聞こえないように舌打ちをする。
長い付き合いだからこそわかるが、こうもしつこく自分の意見を言ってくるということは、ウィルドレッドが絶対に引くことはないということだ。それはあの凧の一件を経てからというもの、嫌と言うほど身に染みている。
王家に仕える者として、いざという時には命も差し出す覚悟を持つ教育はされてきたが、成人間近にもなって完治する見込みのないウィルドレッドの思春期の病の妄言の犠牲になるのだけは御免こうむりたいリオールだった。
「それでは、優秀な護衛の者を十数名付けますので、花嫁探しでもなんでもお気をつけていってらっしゃいませ。ただし、必ず二ヶ月で帰宮してくださいね」
結婚の儀式までは三ヶ月あるから、なんとか間に合うはずだ。
しらっと護衛騎士たちに丸投げしようと決め、頭の中で騎士のメンバー選定と旅費の予算立てをし始めた。がしかし、ウィルドレッドは無情にもその言い分を切り捨てる。
「そんなゾロゾロとお供付きで出かけたら、僕が誰なのかバレてしまうじゃないか」
「は?」
「だからさあ……まだ見ぬ僕の麗しきカナリアが怯えて歌を歌えなくなってしまうよ」
「殿下は王太子なのですから護衛は当然のことでしょう……って、まさか!?」
黙っていればカロゼム王国の国教神・女神ヨーフェテリエと見間違えるほどの美貌をほころばせながらウィルドレッドが自室の隅を指さした。いつの間にか用意されていた旅支度用の鞄のバックルがあやしく光る。
「勿論、僕とリオール、二人だけの旅立ちさ。さあ、今すぐにでも希望の翼を広げて飛び立とうか。あ、これは命令だから」
(っだ、ふざけんなーふざけんなーふざけんなぁああああ……)
逃げられないと悟り、全ての機能を停止させ頭の中でかかるエコーに身をゆだねるリオールであった。




