苦労人従者のひそかな気持ち
ウィルドレッドを追いかけてきたアルゴレストと共に川に落ちた後、なんとか無事に合流をしたと思ったが、リオールはどうにも微妙な空気が漂っているのを感じた。
(やっぱり、ウィルドレッド殿下を一人で置いていくんじゃなかったか……)
おそらく何かをやらかしたのだろうと考え尋ねてみると、
「いや、大人しく待っていたよ。少しだけ尻もちはついたけれど」
そう言って、臀部をさすりながら答えた。
元々何をしても悪びれないウィルドレッドだ。やらかしたことも堂々と平気な顔をして答えるのが常だから、大人しく待っていたと言うのならば事実そうなのだと思う。
(だったら……失言をしたのかも。もしかしたら王太子だということがバレたか?このよそよそしさは、逃げ出す前兆かもしれない!?)
ラビスィーラとユリベルは、間違いなくウィルドレッドとリオールよりも体力がある。
そのうえ、この裏街道を知っているという地の利もある。少しでもダッシュで走られてしまえば自分たちには追い付けないだろう。
そう戦々恐々とした気持ちで様子を窺っていたが、どうやらそうではないらしい。
それどころか夜が明け日付が変わった次の日から、何故かユリベルがウィルドレッドの側に張りつき、ものすごい勢いでぐいぐいと攻め込んでいくのだった。
「あの、ウィル様のお歳は?」
「ウィル様のご出身は?」
「ウィル様のご趣味は?」
「ウィル様の――」
(と、聞かれても、年齢以外に何一つまともに返せることがない!)
だというのにも関わらず、何度もユリベルはたたみかけてくる。
リオールが口を酸っぱくして、『花嫁探しにでるのなら、絶対に、絶対に、王太子という身分だけは隠すように』と言ってあるから、そこだけは大丈夫だろうとは思う。
しかしそれ以外のことは、放っておくとウィルドレッドはあっさりと質問に答えてしまうだろう。
正直言って信用はしていない。
ウィルドレッドの代わりに、ユリベルの質問を横から適当に流すも、次から次へと手を変え品を変え追撃してくる。
ここまでごまかされていれば、普通ならば相手にされていないと気がついてもいいものだとは思うのだが、それでも全く懲りずにウィルドレッドへの質問攻めを繰り返すユリベル。
熱意は買いたいと思う。けれどもそれに見合ったものは渡せない。
そんなジレンマが徐々にリオールに重くのしかかった。
(そんなにウィルドレッド殿下のことが好き、なのか……?)
ウィル様は?ウィル様は?と、何度もこげ茶色のカールした髪を揺らしながら、髪色と同じ瞳を真っすぐに向けられると、胸をぎゅっと掴まれたように苦しくなってくる。
一日中続いたユリベルとの攻防に疲れ、いい加減距離を置きたいと思っているが、ウィルドレッドを一人するわけにはいかない。
夕食の支度中はユリベルもラビスィーラと寝床の支度に入るため、少しばかりは離れられると思ったところだが、それすら許されなかったらしい。
「あの、ラビお嬢様が寝床の支度はいいから、ウィル様とリオールさんを手伝ってきなさいとおっしゃいましたので」
そう言って、二人がいる炊事場にやってきた。
夕食の支度でウィルドレッドに出来ることと言えば味見だけで、他に出来ることはなにもない。
必然的に暇なウィルドレッドは、これまたそうやることの少ないユリベルとお喋りをし出す。そうしてまた例の質問攻めへとなっていった。
鍋の具合や火の加減を見ながら彼らの受け答えに入るのはなかなかに大変だ。
横にいるのだから、まずい質問だけに気をつければいいと思うのだが、ついつい全ての言葉に耳を傾けてしまう。
「あつっ!」
つい気をやった瞬間、熱い鍋に指が当たってしまい、リオールは左手に鋭い痛みを感じた。
「早く、冷やして!」
間髪入れずにリオールの右手を取り、ユリベルは水場に急ぐ。
川から少し離れたこの場所は幸いにして石清水の湧く水場があった。その綺麗な水はとても冷たく、そこまで水量はないものの十分にリオールの火傷した指を冷やしてくれた。
「はい。これで大丈夫だと思いますが、念のためしばらくは水仕事をなさらないようにしてくださいね」
胸元から軟膏とハンカチを取り出し、十分に冷えた指先に手際よく処置をしていく。
そんなユリベルの姿に見惚れていたリオールは、慌ててお礼の言葉を伝える。
「ありがとうございます。その……随分と手慣れていらっしゃいますね」
「うちの家族は仕事柄、ケガが多いものですから」
さらりと家庭の事情を告げながら、視線はしっかりとリオールに向けられている。
「ご家族はそんなにケガが多いんですか?」
「ええ、父も兄たちもみんな大雑把なんです。だから、私がいつも手当てを……って、すみません。関係ないですよね」
「いいえ。その、やはりユリベルさんと同じように、ラビ様のお宅でお仕事を?」
「……あ、はい。ええと、下働きのような、なんでもやっているので……」
若干口ごもるも、ユリベルの家族もラビスィーラの家の関連で働いていると言う。
一家で世話になっているのだとしたら、もしもラビスィーラがこのままウィルドレッドと上手くいき、つつがなく結婚の儀式をクリアしたのなら、ユリベルはそのままラビスィーラ付きの侍女となり、王宮へと残る可能性は高い。
(その場合、当然だが彼女は、自分の主と好きになった殿下が幸せに暮らしていくのを見ていかなければいけないわけで……)
はたしてそれが、ユリベルにとって良いことなのか悪いことなのか、リオールにはわからなくなってしまった。
(私ならば、好きな人が近くに居てくれるだけで嬉しいと思うが。女性の考え方は違うのかもしれないし……いや、いっそ、彼女がウィルドレッド殿下の相手になるという手も……)
ウィルドレッドが気に入っているとはいえ、ラビスィーラはいま一つ何を考えているのかわからない底の知れぬ感がある。
それに比べユリベルはどうだろうか?
ラビスィーラほど目を引く容姿ではないが十分に愛らしく、その立ち振る舞いとて卑しくも見えない。
いや、むしろウィルドレッドに好意を抱いている分、喜んで彼の結婚相手になってくれるのではないだろうか?
そこまで考えてから、もう一度ユリベルに気が付かれないようにと横顔を覗き込むと、唇を尖らせながら何かを考えているような仕草が見てとれた。
ズキン。その途端、リオールの胸の奥のどこかが音を立てて『違う』と主張した。
ユリベルのその顔が、その目が、体が、全部全部ウィルドレッドに向いてしまっていたのならば、リオールはきっと平静ではいられないと思う。
柔らかい髪が跳ね上がるように揺れるのも、くりんとしたこげ茶色の瞳がきらきらと輝くのも、きっと自分だけに見せて欲しいものなのだ、と。
(ああ、私はユリベルさんのことが、好きなのか)
だから、ウィルドレッドのことだけを尋ねる彼女に苛立った。
いや、実際にはユリベルの気を引くウィルドレッドに苛立っていた。
(参ったな……どう、しよう?)
アルゴレストへ報告したように、ウィルドレッドとラビスィーラをくっつけるべきなのか。それともユリベルの想いを添い遂げさせるべきなのか。
どちらにしても、リオールは失恋確実なのだが、ここへ来て気持ちが揺れ始める。
そしてそんなリオールの気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。ユリベルが不安そうな面持ちで声をかけた。
「あの、リオールさん……痛みますか?」
「え、あ。いいえ」
いつの間にか眉間に寄った皺をみて、火傷した指が痛んでいると思ったのだろう。
ユリベルはそっとリオールの腕に手を添えた。
「大丈夫でしょうか?火傷は意外と後をひきます。残りの水仕事は私たちに任せてくださいね」
気持ちは嬉しいが、そうは言われてもウィルドレッドに水仕事をやらせるわけにはいかない。勿論、ユリベルにも、だ。
「いえ。指の痛みは大丈夫です」
それよりも、腕に当たるユリベルの手のひらが熱いくらいに感じてしまう。
(もし、この手を取って……いや、ダメだ)
捕まれた腕にまで響くほど、心臓が高鳴る。思わずその手を振りほどいてしまった。
「リオールさん?」
「ありがとうございました。あの、本当に平気ですので……その、気持ちだけで十分ですから」
首を傾けるユリベルの顔が見れない。
戸惑う気持ちを押し止めながら、リオールはウィルドレッドのもとへと足を早めた。




