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灰色世界と遺書

5月頃に書いて放置していた作品です。

いつから、目に映る景色は

灰色に染まったのだろうか――


とある季節の変わり目の

とある平日の真っ昼間に

とある高層マンションの

その屋上に呟きながら彼はいた


「ずっと考えてきたんだ……

誰にも邪魔はさせない……

そのためにこの時間を……

待ったんだ……」


屋上から見える景色を

身体に吹き当たる突風を

楽しむためじゃない


ただ、病に犯された

自分の人生を終わらせるために

自殺するために


自宅のある

高層マンションの屋上に

彼は来たのだ


「封筒はある……

携帯もある……

イヤホンもある……

全部あるな……」


呟きながら準備を確認して

適当に買い

それなりに履いた

ありふれた色の

スニーカーを片方脱いで


遺書代わりの遺詩

それを綴った文章を入れた封筒を

突風に飛ばされないように

重し代わりに置いた


「携帯にイヤホンを繋いで……

動画サイトにアクセスして……

この曲を聴けるようにして……

よし、準備は終わりっと……」


彼の携帯に映ってあるのは

有名な某動画サイトに

投稿された

彼のお気に入りの曲

その再生選択の画面


「あとはフェンスを乗り越えて……

曲を再生して……

ジャンプする要領で……

飛び降りるだけ……


それだけだ……

それだけなんだ……

恐怖をこの曲で紛らわせば

あとは簡単なんだ……」


彼は呟きながら

転落防止のために

備え付けられている

フェンスを登り

安全と危険の境界線を

乗り越える


「ハハ……

さすがに怖いなぁ……

でも、やらなくちゃいけないんだ……

病から解放されるためには……

やらなくちゃいけないんだ……」


彼は呟きながら

イヤホンの先端を

両耳にかけ

用意していた曲を再生する

そして、曲の音量を出来る限り

最大にする


「さすがにうるさいけど……

恐怖は紛らわせれたかな……

さぁ、目を瞑って……

この灰色の空へと……

いち、にの、さんで、飛び込もう……

いち、にの、さんっ……!」


彼は自分自身へと

掛け声をあげながら

目を瞑り

フェンスの外側へと

ジャンプした


高層からアスファルトの地面へと

引き寄せる引力に

導かれる特有の感覚に

覆われながら


されど耳だけは

イヤホンを通して

最大音量で

耳から脳へと伝えてくる

お気に入りの曲だけに

支配される


飛び降り自殺者の

音楽聴者だけに

終わりに向かってゆくなかで

最後に与えられる音に


苦から解放される喜びを感じながら


高層マンションの駐車場のアスファルトに

一瞬の落下衝撃を

身体に感じて


彼は絶命した


衝撃によって生まれた

歪んだ花弁のような

血の海に

死体となった彼の耳から

外れ落ちたイヤホンから

聞こえたのは


機械質の赤ん坊の産声だった――


『遺体となった彼が残した遺書に書かれていた遺詩』


【世界は黒ずんだ灰色だ

それでしか、その色でしか

この目には映らない


誰の顔も灰色で塗りつぶされて

家族の顔ですらも

灰色に塗りつぶされた


灰色に映し出される

食べ物も水も

何もかもが嫌になった


病に色彩を奪われたまま生きるより

灰色の世界で生きるより

偽りで満ちた

空虚な希望に縋るより


自殺することを

僕は選んだ


これは僕自身の決定だ

この決定は誰にも邪魔させはしない……

誰にも邪魔などしない……


だから、飛び降りた

真っ赤な血が

歪んだ花弁を

アスファルトに

咲かせるために


黒ずんだ灰色の生に

終わりをもたらすために――


残してしまう家族へ

親不孝の息子でごめんなさい

色彩にいる家族だけは

どうかその色彩を

手放さないで

強く生きてください


さようなら


あなた方の息子より】


《終》

自殺した彼が聴いていた曲は、サンホラのChronicleの「君が産まれてくる世界」です。

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