2日目【東大寺・近江神宮】
シャララララ〜ン
翌朝、紬はけたたましいアラーム音と共に目覚めた。
寝起きは決していいとは言えない紬だが、なんだかすがすがしい。
「あ……ごはん行かなきゃ」
紬は、浴衣を慌てて着替える。
席に着きしばらくすると、湯気の立つ白いご飯と味噌汁、そして焼き鮭が運ばれてきた。
鮭の皮はパリッとしていて、身はふっくらとしている。
噛むたびに塩気と旨味が口いっぱいに広がる。
「朝からこんなに美味しいなんて……!」
紬は思わず頬を緩めた。
◇◇◇◇
再び京都駅のホームに立つと、平日なのでスーツ姿が目立つ。
ホームにみやこ路快速がやって来ると、紬はスーツケースを持ち上げて乗り込む。
景色は、すごろくのマス目から徐々に田園へと変わり、山々が近づいてくる。
「奈良かぁ~久しぶりだなぁ」
そんなことを考えながら、紬は窓に額を寄せる。
◇◇◇◇
電車のドアが開いた瞬間、京都駅のような大混乱とは対照的だと思った。
駅は、古い木造寺院を思わせるような、格子状のデザインで感銘した紬は携帯電話で写真をたくさん撮る。
駅を出ると、奈良は快晴だった。
日差しが痛く感じるほどに。
目の前には近代的なペデストリアンデッキが伸びていた。
しかし、そのすぐ左手には、時が止まっているような瓦屋根の旧駅舎がある。
「『東大寺・春日大社方面行き 』!これねバスは」
紬は東大寺へ向かうバスに乗り込んだ。
そして、降りると参道は観光客で賑わっている。
顔を上げると、巨大な南大門が見えてくる。
そして、紬はそのまま門をくぐると.....目の前に大きな大仏がそびえたっている。
「あの時代にこんなものが作れるだなんて!人の団結力はすごいわねぇ……」
紬は写真を撮りまくっていた。
そして、手を合わせる。
「さすがに、中では取れないから外観と一緒に自撮りしましょう!」
紬は、カメラを右手に持ち腕を伸ばす。
そして、左手でピースをした。
「You are kidding, right? I don't believe it!」
(あぁ〜英語だ......外人さん多いなぁ。でも、有名観光だから仕方ないか!)
「よ、良ければお取りしましょうか?」
その時、一人の男性が紬に近づく。
その人は、スクエア型の眼鏡をかけており、ジャケットにジーパンを合わせたスラっとした人だった。
「やっぱり、つむちゃん......???」
そして、その男性は目を見開きその場に固まる。
「えっと......」
紬はこの男性に心当たりが全くない。
(誰なの......?)
「俺だよ、俺!『小林蒼斗』」
男性は、自分の顔を右の人差し指で指差す。
顔は満面の笑みを浮かべている。
(蒼斗......?)
紬はそれでも思い出せない。
「あ~......これでわかる?」
その男性は、センター分けで整えられていた髪を崩して眼鏡を外す。
「え......あおくん?なの......」
紬はその姿を見た瞬間フリーズしてしまう。
「はいっ!お久しぶりです...!覚えててくれて嬉しいよ。20年ぶりかなぁ?」
実は、蒼斗は紬と家が隣で4つ上だったこともあり、とっても仲が良かったのだが、小学校1年生の時に外交官だった父親の仕事の都合で海外に引っ越してしまった幼馴染だ。
「うっわ〜!すっごい久しぶりだね!今何してるの?」
紬は、ようやく誰か分かり納得していた。
「俺は、向こうの大学院を卒業して4年前に戻ってきたんだ!今は、厚生労働省で医系技官として働いてるよ!つむちゃんは?」
蒼斗は眼鏡と髪型をもとに戻しながら言う。
「私はね、こっちの大学卒業して総合商社の企画で働いてるよ!」
紬は手を背中の後ろで握る。
「そっか、元気そうでよかった!連絡先交換しない?」
蒼斗は、携帯電話を黒のショルダーバッグから取り出して差し出す。
「いいよ!」
紬は迷いなく携帯電話をかざす。
ピコンッ
◆◆◆
Aoto Kobayashi
千葉紬
◆◆◆
(あおくんは、英語なんだね......)
(やった!つむちゃんの連絡先ゲットできた!)
「ねぇ、あおくん......もしかして、ついさっきの英語って......」
紬ははたと思ったことを口にした。
「あぁ~聞こえてたか……向こうでの生活が長くて感情が高ぶるとすぐ英語になるんだよ」
蒼斗は少し照れくさそうに言った。
「ふ、あははっは!何それ!ねぇ、私と一緒に回らない?」
紬は、ずっと心の奥につっかえていた何かがはじけ飛んだ。
「えぇっと......友達、先輩と息抜きに来てて......」
蒼斗は、額にしわを寄せる。
「そっか......」
そして、二人の間に沈黙が流れる。
「あ〜おと!行ってくればいいじゃないか。この子なんだろ?『いつか、つむちゃんに会いたいな~でも、どこにいるかわからないし』とか言ってたやつがよくゆうぜ」
どこからともなく一人の男性が現れる。
そして、手を蒼斗の肩にまわす。
「先輩!というか、盗み聞きしないでください!」
「まぁまぁ。なっみんな、鹿せんべいの所までは別れようぜ!いいだろ?」
『賛成!』
「蒼斗、終わったら連絡くれよな。抜け駆けなしだぞ?それに、紬さんもな。こいつ、いっつもこの見た目にスタイルそして性格に職業......おまけに仕事出来るしさぁ。だから、『モテモテ』なんだよ。まぁ、職場では『絶対零度』ってあだ名さ。あぁ、オレの敵!」
「先輩っ!」
そのまま、その男性と蒼斗の友人は去っていった。
「ごめんね......いろいろと......」
蒼斗は、その後姿を見ながら紬に言う。
「いいのよ。それに、あんなに楽しそうにしている蒼斗を見ると嬉しいもの。でも、絶対零度って何やったらそうなるのよっ!」
「つむちゃん、忘れてくれ......そのあだ名は」
蒼斗は髪を崩して、横を向く。
「それにしても、やっぱり呼び方は変わらないわよね......」
「うん......逆に『千葉さん』なんて呼んだらかえって距離が出来るよ。『小林さん』って呼びたいと思う?」
「思わないわよ。それに、なんだか嫌」
◇◇◇◇
東大寺を出ると、鹿たちが自由自在に歩いていた。
紬と蒼斗が鹿せんべいを買い、鹿の近くに行くと、すぐに鹿が近づいてくる。
「ちょ、ちょっと待って……!あおくんも上げなよ!」
紬は笑いながらせんべいを差し出す。
「あぁ!奪われた......3枚同時に」
蒼斗は右手に持っているせんべいをすべて取られてしまった。
その子がせんべいを「サクサク」と食べている姿は妙に癒される。
「かわいい……」
紬は自然と笑顔になった。
「そうだね......」
蒼斗の顔も和む。
「ありゃもうなくなっちゃった!」
「俺も~」
二人は手に残ったせんべいを束ねていた紙を見ながら言う。
「何かあったらいつでも連絡頂戴!すぐ飛んでくから。なんたって俺は『お兄ちゃん』なんだから、頼ってよ?!」
「大げさね......ありがとう。また今度一緒にランチにでも行きましょう!」
「うん!」
こうして二人は別れた。
◇◇◇◇
「あら?もうこんな時間......あ、柿の葉寿司のお店があるわ!」
奈良公園を出て数分の所にある小さな店に入る。
「いらっしゃいませ!ご注文決まりましたら教えてください!」
元気な女の子が出迎えてくれた。
「もう決まってるわ。柿の葉寿司を1つください」
紬はメニューすら開かずに言う。
「お吸い物がついていますが大丈夫ですか?」
「はい!」
「かしこまりました!」
そのまま、女の子は厨房の方へと向かった。
店内はとってもにぎわっている。
「失礼いたします。『柿の葉寿司1人前とお吸い物は吉野汁』ですね!」
今度は同級生くらいの男の人が持ってきた。
どうやら、家族経営らしい。
包みを開くと、柿の葉の香りがふわりと広がり、酢飯の匂いがしてくる。
「おいしそう......」
鮭の寿司を口に運ぶと、酢飯のほどよい甘みと鮭の旨味が舌の上で溶け合う。
「こんな味なんだ……」
紬は初めて食べる鮭を柿の葉で包んである柿の葉寿司を堪能した。
◇◇◇◇
来た時に通った電車に乗り奈良から京都へ戻り、さらに近江八幡へ向かう列車に乗る。
窓の外は、東京から来た時の景色と少し似ているような田園風景に様変わりする。
太陽は少し高さを変えている。
◇◇◇◇
「やってきたぞぉ!近江神宮っ!」
紬はそのまま階段を上る。
「確か、百人一首の1番は『秋の田の かりほの庵の 苫を荒み わが衣手は 露にぬれつつ 』だったかしら?にしても、本当にやってきたのね!乙巳の変で蘇我氏から天皇へ政権を戻して、大化の改新を中臣鎌足と行った!そして、何よりも水時計を作った時の神様よ!近江神宮には時計館宝物館っ!そして何よりも、白村江の戦いよねぇ!防人に水城!大津京への遷都......大江令の制定。庚午年籍の作成!はぁ~やっと小倉百人一首の聖地巡礼にこれたわ!」
紬は興奮するがままに、独り言をぶつぶつと唱えだす。
左右が緑に囲まれた階段を上ると朱塗りの本殿が見えてくる。
本殿で手を合わせると、紬は心の中でそっと呟いた。
「天智天皇......どうか私に勇気という名の力をください!」
◇◇◇◇
もうすっかり日が暮れた頃、紬は近江牛のすき焼きがおいしいと評判の店に入った。
「すき焼き一人前お願いします」
「はい!」
私は予約しており、カウンターに案内されるなりすぐ注文した。
店主の老紳士が苦笑交じりに頷く。
「おまたせ。この店の看板メニュー『近江牛のすき焼き』だ!」
「いただきます!」
パッチンッ!
紬は割り箸を割る。
そして、その箸を鍋の中に突っ込む。
紬が1つの肉を掴もうとすると鍋の中で砕けてしまった。
今度はレンゲを持ち再チャレンジ。
レンゲで肉をすくい、卵にくぐらせて口に運ぶ。
すると、舌の上で甘辛いような何とも言えない味だったがとってもおいしかった。
「……あぁっ~なんって最高なのかしら!」
紬の箸は止まらない。
◇◇◇◇
「ありがとうございました!」
店を出ると、すっかり辺りは暗くなっていた。
滋賀の空はゆっくりと色鮮やかに変化する。
紬は列車に乗り、京都へ戻る。
外の景色は暗く、あまり見えなかった。
見えるのは街頭......信号......踏切......。
◇◇◇◇
「やっと今日1日が終わったわ!明日はいよいよ帰らないと……志木さんにお土産ね!」
そう思いながら、紬は携帯電話を充電器に差したのを確認して布団に身を沈めた。
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