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第二幕④ 道化師は事情を語る

少し短いです

ジェーンの心からの忠告を聞いたクラウンは、床からゆっくりと立ち上がると、そのまま俊也と対面になっているソファーに座、らなかった。

ソファーの横に立ち、俊也の目をしっかりと見据えると同時に深く頭を下げた。

「まずは、謝罪をさせていただきたい。

何の説明もなく、君を危険な目に遭わせてしまって本当に申し訳なかった」

始めて出会った時のどこか戯けたような態度や口調はなく、本気で目の前の少年に謝りたいという誠意を示した言葉だった。

頭を下げたまま、一向に上げようとしないクラウンに俊也は声をかける。

「あの、クラウン。一つ良いかな?」

「もちろん、一つとは言わず何でも言って欲しい」

「……正直あんな事をされて怖かったし、助かったとはいえ全く怒らなかったと言ったら嘘になるんだよ。でも、きちんと理由があってした事なんだよね」

「そうだね、理由はあるよ」

「じゃあ、まずあの時どうやって俺は助かったのかを教えて欲しい。次にどうしてそんな事をしたのかの理由も聞かせてくれないか? その上で決めても良いかな」

「それは、当然の事だね。もちろん話させてもらうよ」

俊也の言葉に異論はないと答えるクラウン。まだ、顔を上げる気配はなく、下を向いたままだ。

「後は個人的なお願いが一つあるんだけど」

「良いとも、何でも言ってくれ」

「座って話してもらえるかな。流石に立ったままなのは落ちつかなくてさ」

「……君が望むなら従おう」

「後、出来ればもう少し砕けた口調に戻して話してくれないか。すごい違和感を感じるから」

「……それは、ボクにとってもありがたい事だけれども、良いのかい?」

「別にふざけたり、ちゃんと説明しない訳じゃあないんだろう? だったら問題ないよ」

「分かったよ。変に気を使うような口調にはしないとも誓おう」

そう言うと、ようやくクラウンは顔をあげた。

あれだけの事があってなお“道化師”の化粧は、崩れていない。

出会った時のような笑顔も、ジェーンに怒られている時の情けない泣き顔も浮かべてはいない。

真剣な表情だった。

「剣に誓って?」

「勿論、ジェーン君の剣に誓って、だ」

ついさっき目の前で刺されたからね、と床に突き刺さったままの剣を見ながら重々しく頷くクラウンを見て、俊也は思わず、吹き出してしまう。

その笑いに触発されたのか、クラウンも小さく笑い返した。


改めて、クラウンはソファーに腰を下ろし、俊也へと視線を向ける。

「それじゃあ、あの時何があったのかを話していこうと思うのだけど、俊也君が覚えているのは、屋上から一緒に飛び降りた所からで良いかな?」

「……うん、そこからお願い」

一緒に飛び降りたという、まるで無理心中のような言葉に思わず苦笑いをする俊也。

そんな言葉は、一緒にバンジージャンプでもしない限りは使わないだろう。

「了解したよ、……とは言っても、実はそれほど話せる事はないんだよね」

「えっ?……そうなの?」

「あの時、一緒に落下しながら君の意識がなくなり、気絶している事を確認してから元いた屋上まで瞬間移動をしたんだよ。それから、屋上まで戻ってから気絶した君を抱えながら、屋上の扉を通ってここに戻ってきたんだよ」

「……本当に、あっさり話が終わったな」

もう少し込み入った話になるかと思われたのに、意外なほど簡単に話が終わってしまい、俊也は拍子抜けしてしまう。

「何か、不自然な点はあったかい?」

「……不自然な所はなかったけれども、新しい疑問は出来たよ。クラウンはさっき、屋上まで瞬間移動で戻ってから屋上の扉を通って帰ってきたと言っていたよな?」

「うん、そう言ったね」

「何で瞬間移動出来るなら、落下中にそのまま拠点まで帰らなかったんだ? そっちの方が手間はかからないじゃないか」

「あぁ、それは簡単な話だね。ボクの瞬間移動ではそこまで出来ないからだよ」

「出来ない? 瞬間移動って言うくらいだから好きな所とか一度行った場所に行けるという力だと思ったんだけど……?」

俊也が想像していた瞬間移動と言えば、その場所が実在していれば、どんな場所でも気軽に行ける力だと考えていたのだが、その事を伝えると、クラウンは苦笑しながら説明を続けた。

「俊也君の認識は間違っていないよ。確かに瞬間移動というのはそういう異能で合っている。だけど、ボクの瞬間移動はそこまで自由が効かないんだよ」 「……どういう事?」

「ボクの瞬間移動は、場所を一つ移動ポイントに指定して、異能を使ったらその場所に移動する事が出来るという力なんだよ。ゲームでもあるだろう?一回行ったセーブポイントならそこまでショートカット出来るコマンド。アレに近いのが、ボクの瞬間移動なんだよ」

クラウンの説明に俊也も合点がいった。以前、自分がやっていたRPGにあった、いわゆる『ファスト・トラベル』という物に近いという事だろう。

「なるほどね……ん? でもそれなら、移動できるポイントをここにも指定しておけば、もう一回瞬間移動して帰って来れたんじゃないか?」

「残念だけれど、ボクが移動ポイントに指定できるのは一箇所だけなんだよ。新しく登録してしまったら、新しい移動ポイントに上書きされてしまうから連続移動で簡単に〜とは行かないんだ」

「……意外と条件が多いんだな、瞬間移動って」

イメージでは、気楽にどこでも行ける便利な移動の力だと思っていたが、そうそう都合が良い物ではないと少し残念に思う俊也。

「瞬間移動に限らず、だね。強い異能だからって何でも出来る訳じゃあないんだよ」

そこで、少し疲れたのか、ふぅっと息を吐き出すクラウン。

俊也も少し冷めたコーヒーを飲み、一息ついた。

「ここまでは良いかな?まだ聞きたい事があるなら言って欲しいね」

「じゃあもう一つ。さっき、屋上の扉を開けてここまで帰ってきたって言っていたけれど、ジェーンさんに迎えに来てもらった訳じゃあないよな?」

「そうだね、別の人の異能で拠点まで帰ってきたよ」

「その人も瞬間移動が出来る人って事?」

「いいや、近いけれども瞬間移動ではないよ。強いて言うならさっき説明したボクの異能に少し追加機能があると考えてくれれば良いかな」

「……今更なんだけど、そんな力があるなら俺を気絶させる理由が見当たらないんだが? 普通に説明してくれたら、屋上から飛び降りる必要はなかったんじゃないか?」

クラウンの説明を聞けば聞くほど、わざわざ俊也に飛び降りをさせる理由がない事に気付く。

『コイツ、もしかしてその方が格好良いからという理由で、紐無しバンジーを強要したのではないだろうか』と思わずにはいられなかった。

そんな疑いの目を向けられても、クラウンは動揺した様子はなく、素直にうなずく。

「確かに、説明したら済んだ話だろうね。君が納得したら解決する事だったのは間違いないよ」

「なら、どうして……」

「会ったばかりの派手なピエロに、『良い所へ案内してあげるよ!』と言われて、君は簡単に信用出来るかい?誰が見ても誘拐にしか見えないよ?」

「お前がそれを言うのかよ!? ……初対面で何も知らない時なら疑ったけれども、あの時の俺なら躊躇いはしただろうが、信じて付いて行ったよ」

「そうかもしれないね。でも、拠点まで帰れる異能はボク以上に怪しい見た目をしているからね、多分、俊也君は素直に来てくれなかったと思うよ」

「……クラウンの衣装並みに派手な格好なのか?」

「ん~、例えるなら古びた雑居ビルにある風変わりなお店を想像してくれると分かりやすいかな?」

「あぁ、そりゃあ怪しいな! ……いや、どういう見た目なんだよ!?」

俊也の脳内では、繁華街や歓楽街にありそうな薄汚れたビルにあるおかしな店のイメージが過ぎった。

確かに、そんな所には行きたいとは思わない。

思わないが、それが見た目ってどういう事だろう。正直、今日会った人の中で一番怪しい見た目のクラウンにそう言われるのは解せなかった。

「それに、今言った事に全て納得して来てくれたとしても気を失ってもらうのは変わらなかったと思うよ」

「……何でそこまでする必要があったんだよ?」

「君の安全とここにいる子供達を守る為だね」

そんなクラウンの言葉を聞いた瞬間、俊也は少々腹が立った。見ず知らずの子供をいじめるような人間と認識されるような謂れはない。

「……ちょっと待ってくれ。俺ってそんな危険人物認定されていたのか?」

「いいや? ボクが見た限りでは、君が他の子に危害を加えるような様子は見られなかったよ。そうでなければ招く事もしなかったよ」

「じゃあ、どうして……」

「俊也君、君が最初に異能を持った子を見てどう思った?」

語気を強めた俊也の言葉を遮るように、いきなり質問をしてきたクラウンに戸惑う俊也だったが、答えた。

「ど、どうって始めは驚いたよ……いきなり、生首が壁から生えてきてそれが喋ったから凄くびっくりしたよ……」

「うん、それが自然だろうね。普通は皆びっくりして戸惑うか興味をひかれてその子に色々質問する。大体このどちらかの反応をする事が多いんだけれど、どちらも来客と子供の双方を傷付ける恐れがあるんだよ」

「ま、待ってくれよ……別にそんなつもりで言った訳じゃあ……」

「もちろん、分かっているよ。悪意があって反応したんじゃないのは、理解出来るよ。《《ボクらはね》》」

クラウンの口から出た言葉に俊也は思わず息を呑んだ。

「ボクやジェーン君みたいに、ある程度の年齢の人間なら『それは仕方がない』と割り切れるよ。だけど、あの子達の多くは子供だ。自分が周りと違う事を恐れて、傷付いたりするのは辛い事だ。興味本意の行動も同じだね、根掘り葉掘り質問されたくない子も多いんだよ」

クラウンの言葉は、重く、静かに俊也の頭に入り込んでいった。

確かに、怖がられて喜ぶ人間は極少数だろう。それが子供なら皆無に等しいはずだ。

興味本意で質問されて、珍獣の様に観察されて嬉しいと思う子はいないだろう。

自分の姿を見て戸惑い、怯えた反応をされた子はこう思うだろう。

『自分の姿はおかしいのか』『気味が悪いのか』

『他の人と違う事は悪い事』『変わっている事は駄目な事』

そんな風に考えてしまう子は、幸せといえるだろうか。

「ごめん、流石に無神経だった……」

気付けば、俊也は震える声で謝罪をしていた。

そんな俊也を見たクラウンは、軽く笑って話を続けた。

「そういうトラブルが起きないように、始めて来た人にはフォローが出来る者が側について案内出来るようにするんだけれど、すぐに対応出来ない時もあるんだよ。だから、一度眠ってもらう必要性があったんだよ。要するに時間稼ぎだね」

クラウンはそう言うと再びソファーから立ち上がり、俊也へ向かって深く頭を下げた。

「以上が君を気絶させなければいけなかった理由になるよ、そしてもう一度謝らせてほしい。事情があったとはいえ、危険な目に遭わせてしまってすまなかった」

先ほどと同じ誠意を込めた謝罪をするクラウンを見て、俊也の答えはもう決まっていた。

「クラウン、説明してくれてありがとう。俺は謝罪を受け入れる。だから、頭を上げてほしい」

俊也の言葉に、クラウンはゆっくりと頭を上げていき、俊也の顔をじっと

相変わらず、化粧のせいで表情は分かりづらいが、緊張したような固い表情に見えた。

「……謝罪を受け入れてくれて感謝するよ、ありがとう。 坂口 俊也君」

「……ほら、謝罪は受け入れたんだから早く座ってくれよ! まだ聞きたい事もあるんだからさ!!」

「あ、あぁ……ごめんよ」

少し照れ臭くなった俊也に急かされ、クラウンはもう一度ソファーに腰を下ろした。

座り直したクラウンは、大きく息を吐いてホッとした様子だった。

「許してもらえなかったらどうしようかと思っていたから、緊張したよ」

「……クラウンも緊張するんだな」

「そりゃあするさ!それにまだきちんとお礼も言えていないんだからさ!」

「お礼? さっきのジェーンさんとの事で?」

「うん、アレは本当に助かったよ!! ……だけどそっちじゃないよ、アイ達の事だよ」

「アイちゃん達?」

ここで三つ子達の事が出てきた事に俊也は驚く。

そもそも、アイ達と行動していた時にクラウンはその場にはいなかった上に、事情を知っているジェーンからは説教を受けていたから関わった事は、まだ知らないはずだった。

「さっき広場でライに話しかけられた時に教えてもらったんだよ。君を試す為にわざと喋れない振りをしていたのに、その事が分かっても怒ったりしない良い人だったってね」

「あ、そうか! ライはテレパシーが使えるから脳内で話したのか!」

つくづく賢い子だなぁと感心する俊也だったが、ふとある事に気付いた。

「なぁ、クラウン。今更なんだけれど気を失わせるなら、そういう薬みたいな物を使った方が良いんじゃないか?職質とかされたらまずいけれどもハンカチとかに染み込ませておけば大丈夫じゃないか?」

「えっ……あ、あぁ!! そうだね! どうも怪しいと思われるから、そういう類は持ち歩かなくて思いつかなかったよ!」

「だから、そう思うならずっとピエロの格好はやめた方が良いって!! 」

「…ハ、ハッハッハ!! いやぁ、ついいつもの事だったからさ!」

俊也に笑いながら突っ込まれて、クラウンも一緒になって笑いあった。


だが内心では、先ほどのジェーンの説教を受けている時以上にクラウンは焦っていた。

俊也は知らない。

クラウンがきちんと睡眠薬を染み込ませたハンカチを分けて持ち歩いている事を。

俊也は気付いていない。

あの時、俊也に褒められた事で嬉しくなってしまい、つい勢いで屋上から飛び降りてしまった事を。


それを誤魔化す為に、クラウンはひたすらに笑って隠し通す事を決めたのであった。

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